第4話 ハロウィンとおばけちゃん
おばけのおばけちゃんは自由気ままにあちこちを散歩するフリーなおばけ。毎日好きな事をして遊んでいます。体がないので食べなくて平気だし、家も服もなくて平気。何をしても怒られないし、何をしても笑われない。
ただ、誰にも気付いてもらえないのだけが少し淋しい時もあるみたい。
そんなおばけちゃんは、その日もいつものようにフラフラとお気に入りの場所を中心に散歩をしていました。おばけちゃんは季節と共に移り変わる街の景色を見るのが好きなので、この時期は真っ黄色に染まったイチョウを見たり、風に揺れるコスモスを見て秋の深まりを堪能しています。
「あれっ?」
おばけちゃんはそこで不思議な光景に出会いました。街の様子に違和感があったのです。それは道を歩く子供達の服装でした。みんなそれぞれ思い思いに普段とは違う可愛らしい服を来ていたのです。
魔女だったり、モンスターだったり、ゾンビだったり、中にはおばけちゃんみたいな雰囲気の仮装をしている子までいました。
その子供達が何をしているのか気になって後をついていくと、ご近所の家々を回っては家の人に何か呼びかけています。おばけちゃんは耳を澄ましました。
「トリック・オア・トリート!」
子供達はそう言っているようでした。その呪文を唱えると、家の人は子供達にお菓子を渡します。どうやらそれは、お菓子をもらう魔法の言葉のようでした。
「アレはハロウィンのイベントだよ」
おばけちゃんが子供達の声に首をひねっていると、背後から疑問に答える声が聞こえてきました。驚いて振り返ると、そこには見慣れないおばけがいて、ニコニコと笑っています。
おばけちゃんはハロウィンと言うものを知らなかったので、ついオウム返しをしてしまいました。
「ハロウィン?」
「そう、ハロウィンだよ。簡単に言うと、海の向こうのお祭りなんだ。どう言うお祭りかは見ての通り」
おばけちゃんの疑問に、おばけはニコニコ笑顔のまま丁寧に答えます。おばけちゃんは初めて知るこの情報に、ふんふんと興奮気味にうなずきました。
「本当は10月31日の夜のイベントなんだけどね」
「へぇ~。で、君は誰?」
「僕も一緒でね。海の向こうからやってきたおばけさ。アフラだ。よろしく」
「そうなんだ。僕はおばけちゃん。よろしく!」
おばけちゃんはこの海外からやってきた親切なおばけと握手をすると、すぐに仲良くなりました。
アフラはこの国に遊びに来たのだそうです。そこで、おばけちゃんは自分の知っている範囲で精一杯のおもてなしをしました。
有名な観光地や土地の歴史、お気に入りの場所など。それをアフラも興味深そうにうなずきながら熱心に聞いてくれるので、おばけちゃんはますますこのおばけを気に入ったのでした。
やがて、あっと言う間に時間は過ぎ去り、ハロウィン当日、そう、10月31日の夜になります。大人達はみんなで集まって、ハロウィンパーティーを開きました。
このイベントを楽しみにしていた子供達も仮装して集まっていて、みんなお菓子を食べたり、ジュースを飲んだり、おしゃべりをしたり、ゲームをしたりと、それぞれ楽しそうに過ごしています。
おばけちゃんもその様子を楽しそうにニコニコと微笑みながら優しく見守っていました。しばらく眺めていたところで、おばけちゃんはある違和感に気付きます。
「あれ? 桃子ちゃんいない?」
そう、パーティに参加している子供達の中で一番好奇心の旺盛な桃子ちゃんと言う女の子の姿が、いつの間にか見当たらなくなっていたのです。
最初に気付いたのはおばけちゃんでしたが、やがて子供達も大人達もその事に気付き始めました。楽しい雰囲気は一転、大騒ぎとなっていきます。そうして、すぐに桃子ちゃんの捜索は始まりました。
最初は会場内のどこかに潜んでいるのかもとも思われましたが、どれだけ必死に探しても、呼びかけても、桃子ちゃんからの反応が返ってくる事はありません。
大人達が困惑し、子供達が不安に覚えているさまを見て、おばけちゃんは決心します。
「僕も桃子ちゃんを探そう」
おばけちゃんは会場の周辺の捜索を大人達に任せ、自分は会場の外、もっと離れた場所を探し始めました。この時、そのパニックの様子を上空から眺めるひとつの影が意味ありげに妖しくつぶやきます。
「へぇ、あいつも上手くやったじゃないか」
その声の正体はホウキに乗った魔女でした。彼女は会場の様子を確認すると、どこかに飛び去っていきます。
夜は更けて闇を深くしていき、星達はそんな騒ぎも知らない風で無邪気にキラキラと夜空を飾り付けるばかりでした。
その頃、パーティを抜け出した当人、桃子ちゃんはと言うと――。
「ねぇ、本当にそこは面白いところなの?」
「ああ、あんな地味なパーティなんかよりとても素晴らしいところさ。君だけに招待状が届いたんだ。さあ、こっちだよ」
桃子ちゃんの手を引っ張ってどこかへと連れ去っているのは、あの海外から来たおばけ、アフラでした。本来は目に見えない存在のはずなのに、今の彼は頭から白い布をかぶったような格好で、おばけの仮装をしたように見せかけています。桃子ちゃんから普通におばけのコスプレをした男の子に見えているようでした。
やがて、人の格好に化けたアフラと桃子ちゃんの前に賑やかな音楽とカラフルな光が見えてきます。
「ほら、ついたよ。あそこさ」
「わあ!」
そこは、カラフルでファンシーな飾り付けがされたとても楽しそうな場所。好奇心が旺盛な桃子ちゃんは、すぐにその会場に飛び込みます。
期待に胸を膨らませた彼女の目に真っ先に飛び込んできたのは、ハロウィンカボチャ頭の子供達でした。その子供達は飛び入りで参加したこの可愛い女の子を歓迎します。
「やあ、いらっしゃい、待ってたよ」
「さあ来て、一緒に踊りましょう。疲れたらジュースもお菓子もあるよ」
「わあーい!」
桃子ちゃんは精一杯のおもてなしを受けて、このちょっと怪しげで愉快なパーティーを存分に楽しみます。全力で踊って、全力で歌って、全力で飲んで、全力で食べて、全力で笑いました。
会場にはカボチャ頭の子供達しかいませんでしたが、桃子ちゃんはそれを全く不思議とは思いません。とても不思議な体験だったので、些細な事は気にならなかったようです。
全力でエキサイトしたのもあって、やがて彼女はすやすやと無防備に眠ってしまいました。それを確認したアフラは、ニヤリと笑うと上空に視線を向けます。
「準備は整いました!」
その声を聞いて、その視線の先にあった影はふわりと地上に降りてきました。この影こそ、さっきパニックになった会場を観察していた魔女だったのです。
「あれ? 何かが空から降りてくぞ?」
魔女が上空から地上に降りていくのを偶然目にしたおばけちゃんは、その場所に何かがあると感じ、急いで降下地点に向かいます。
「いい子が見つかりましたよ~」
「へぇ、これは上玉じゃないか」
アフラに案内されて眠っている桃子ちゃんを見た魔女は、満足そうに微笑みました。
「さて、茶番は終わりだ。帰るよ、アフラ」
魔女が指をパチンと鳴らすと、カボチャ頭の子供達も楽しげな会場も、たくさんあったお菓子とかも一瞬で消えてしまいます。どうやらこれらは全て魔女の魔法で作ったもののようでした。みんな桃子ちゃんをおびき出すための罠だったのです。
魔女は魔法で桃子ちゃんの体を操り、自身の乗るホウキに乗せました。そうしてフワリと飛び上がったとしたところで、そこにおばけちゃんが現れます。
「待てーっ!」
「な、何だいあいつは!」
「おばけちゃん! どうしてここに!」
突然現れたおばけちゃんに、魔女もアフラも驚いて動けなくなりました。そのおかげで、おばけちゃんは魔女の近くまでやってくる事が出来たのです。
魔女が桃子ちゃんをホウキに乗せているのを見て、おばけちゃんは目をつり上げました。
「その子を返すんだ!」
「ダメだよ、私の娘にするんだ」
「そんな事はさせない!」
魔女の目的は桃子ちゃんを連れ去る事のようです。事情は分かりませんが、おばけちゃんはそれを許す事が出来ませんでした。桃子ちゃんには愛してくれる家族がいるからです。
しばらくはお互いににらみ合うだけでしたが、どちらも引く事がなかったため、ついに戦う流れとなってしまいます。
「アフラ、このお邪魔虫を排除!」
「はい!」
おばけちゃんの前に、魔女の命令を受けたアフラが立ちはだかります。少し前に知り合いになって仲良く出来ると思っていただけに、こう言う形での再会におばけちゃんは戸惑ってしまいました。
「君とは戦いたくない。君も魔女を説得してくれ!」
「お前は馬鹿か?」
アフラはおばけちゃんの説得に聞く耳を持たず、いきなり殴りかかってきます。おばけちゃんはそれをギリギリで避けるものの、アフラの攻撃は更に続くのでした。
友達を殴りたくないおばけちゃんは防戦一方。それでも避けるのがとても上手なので、この戦いはいつまで経っても決着が付きません。
「ああもう、じれったいねぇ!」
じっとこの戦い見守っていた魔女は、魔法の杖を取り出して自分のしもべに向かってそれを振ります。すると、アフラのスピードが早くなりました。魔女の魔法によるサポートです。
そのせいで、おばけちゃんはアフラの攻撃を避けきれなくなり、何度も何度も殴られてしまいました。
「お前が、あきらめるまで……殴るのを止めないっ!」
「やめ、やめてくれっ! 僕は……っ」
最初こそしっかり抵抗していたものの、殴られる度におばけちゃんは力をなくしていきます。やがて限界が来て、殴られ続けたおばけちゃんはフラフラと地面に倒れてしまいました。
「霊力がなくなって力が出ない~」
おばけちゃんは目を回して気を失う寸前です。アフラはもう少しで決着がつくと、腕を大きく振り上げました。と、ここでこの騒ぎに桃子ちゃんが目を覚まします。
おばけ同士の争いは普通の人間には目に見えないはずなのに、この時の彼女はひと目見ただけで状況を何もかも理解してしまいました。
「おばけちゃん頑張ってー!」
彼女からの声援を受けたおばけちゃんは目を覚まし、殴りかかろうとしたアフラの拳を紙一重で避けると、カウンターパンチをお見舞います。そのたった一発で、アフラは空の彼方に飛んでいってしまいました。
「そ、そんなバカなぁ~っ!」
自慢のしもべが倒された事で、魔女は目玉を飛び出させんばかりに驚きました。その隙を突いて、桃子ちゃんがホウキから飛び降ります。
「えいっ」
この突然の展開に魔女もおばけちゃんもびっくりしますが、桃子ちゃんが地面にぶつかる前におばけちゃんは急いで落下地点に向かいました。そうして、びよーんと平べったく広がって保護マット状態になり、無事にキャッチに成功します。
「チッ、運が良かったね!」
魔女は目的が果たせず、捨て台詞を吐きながらどこかへと飛び去っていきました。こうして桃子ちゃんの危機は去ったのです。
おばけちゃんは体を元に戻すと、桃子ちゃんに手を差し出します。
「じゃ、帰ろっか」
「うん!」
こうして桃子ちゃんはおばけちゃんに案内されて、無事に元のパーティ会場に戻る事が出来ました。必死で彼女を探していた大人達も本人が見つかって一安心。
こうして事件は何もかも解決し、パーティは再開されます。桃子ちゃんは、ここまで案内をしてくれたおばけちゃんに向かって手を振りました。
「あれ?」
桃子ちゃんの見ている前で、おばけちゃんはすーっと姿を消していきます。どうやら見える能力がなくなってしまったようでした。
その後、桃子ちゃんはいなくなってからの事を聞かれて素直に答えるのですが、誰もその話を心から信じる人はいないようです。両親もニコニコとは笑っていましたが、どこか少し困ったような顔をしています。
仕方がないので、桃子ちゃんは本当の事は秘密にして適当に話を合わせるのでした。
パーティが再開されたのは良かったものの、もう時間も遅いと言う事で、すぐに終わってしまいます。子供達は親に連れられてそれぞれの家に帰っていきました。
「ふぅ、無事に終わって何より。ハロウィンって本当は怖い日なのかも」
戻ってからも会場の様子を優しく見守っていたおばけちゃんはそうつぶやくと、またどこかへと飛び去っていったのでした。
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