ゴキブリ退治

ハッタリ

ゴキブリ退治

「ゴキブリがいた」


 どうやらゴキブリが出たらしい。汗が頬を伝う夏休み、僕は母方の実家でのんびりテレビを見ていたのに兄がとんでもない、まさしく飛んでもない黒いあいつが家にいると言った。


 兄は特に慌てたようすもなくただただいつもどうり冷静だ。一ミリも慌てていない。


 というかむしろ僕はこの兄が慌てたところを見たことない。多分うちの兄は家に熊が出ても同じような調子だろう。きっとこう言う。


「熊がいるんだけど」


 それも真顔で。(熊より怖いわ)

 

 そんな兄によるとどうやらゴキブリは寝室に出たみたいだ。


 僕は寝室へ向かう。(おそるおそる)


 

 そこには家族が全員集合していた。僕、兄、母、お爺ちゃん、お婆ちゃん。たかが一匹のために五人が集まった。どうやらゴキブリには僕より人を集める能力があるみたいだ。(なんちって涙)

 

 右手にゴキジェットを装備したお婆ちゃんが寝室のドアをそっと開ける。


 しかし、部屋を見渡してもゴキブリの存在を確認することはできなかった。


 少しだけホッとする。もしかしたらドアを開けた瞬間ゴキブリが飛び出してきて、あわてて避けようと思ったら間違えてエンガチョみたいなことになるかもしれないと想像していたからだ。(エンガチョってまだ通じるよね?)


 ゴキブリがこの部屋からいなくなったと考えるより、まだどこかに隠れていると考える方が妥当だ。きっとどこかに隠れたのだ。


 家族がみんな息を飲む。緊張が走る。やばい屁出そう。(ゴメンウソ)

 

 沈黙を破ったのは右手にゴキジェットを装備したお婆ちゃん。


「どこらへんにいたの?」


 兄は答えた。


「奥の方」


 部屋には布団が敷かれているから、きっとどっかの布団の下の隙間に潜んでいるに違いない。


 先人を切るのは母。棒状に丸めた新聞紙を装備してすたすたと部屋に入っていった。


 僕の母は勇気があってこういうときにはとても便りになる。こういうゴキブリが出たときはとても。(ホントすごいと思う。勇者だ。)


 母に続いてお爺ちゃんが部屋に入っていく。


 おそらくゴキブリの命はあと数分もたたずに失われるだろう。五人がかりで八畳の部屋を探すのだ。生きて帰れるはずがない。


 悪いが死んでもらおう。


捜索が続く


………


……



「いた!」


 その時、ゴキブリがうごいた!見つけたのはお婆ちゃん。


 僕は動けなかった。部屋の奥の方にいると思っていたゴキブリがドア付近の壁にいたからだ!


 ちくしょう!押し入れの扉の隙間に隠れてやがった!まさかこんな近くにいるとは!


 ゴキブリは、まだ生きたいとでも言うかのように壁にについたまま僕がいるドアから部屋の外へ出ようとカサカサとこちらに近づいてくる!


 僕と同じくビックリしてゴキジェットを装備したお婆ちゃんも動けない!(なにしてんねん!)


 このままではゴキブリを我が家に解き放ってしまう!




 その瞬間、僕はさらにビックリした。多分今年で一番ビックリした。いや人生で一番ビックリした。


 その一瞬だけ時が止まったように思えるほどにそれは衝撃的で信じられなかった。


 なんと、お爺ちゃんがあろうことかその手で壁を走っていたゴキブリを
































 ばぁぁぁぁぁぁあああああああああん!!!!!!!


 と叩き潰した。


 ……


 驚きすぎてみんなが黙って動けなかった。


 ゴキブリは死んだ。


 ひっくり返って床に落ちて死んだ。


 この世に素手でゴキブリ退治をする人がいると誰が考えるだろう。


 いや、そんな人はいない。


 前代未聞だ。


 でも、今目の前にいる僕のお爺ちゃんはやった。素手でゴキブリを退治したのだ。


 僕は可笑しすぎて笑った。


 「ハッハッハッ」


 そんな僕の笑い声に引かれてお爺ちゃんも笑った。
















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ゴキブリ退治 ハッタリ @hashi

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