第十一話 因縁の対決

 飛ぶように時間は過ぎ、大会コレクションの日は訪れた。


 第一公営ドーム。演習場の最上階に位置するそこを、リオンとイノーラは顔を引き締めて見上げる。


 今更だが、ちゃんとした形で相棒とともに戦うのはこれが初めてだ。体の奥から緊張がにじみ出てきて、ぎゅっと握りこんだこぶしも震え始める。


 そんなリオンの肩を、イノーラはぽんと叩いた。


「大丈夫」


 横を向くと、いつもよりほんの少し強張った面持ちでイノーラはリオンを見つめていた。


「リオンは勝てる」


 そのまなざしを受け止めて、リオンは力強くうなずいた。イノーラがここまで付き合ってくれたんだ。たとえ彼女が何を考えているのか分からなくても、付き合ってくれたことには応えないと。


 大きく息を吐いて、震えを閉じ込める。大丈夫。僕たちは最善を尽くした。きっと、勝てるはずだ。


 意を決して足を一歩踏み出すと、そんなリオンたちを後ろから呼び止める声があった。


「よお、変人くん」


 厭味ったらしいその声に、リオンはしぶしぶ振り返る。予想通りの人物、エアハート兄妹はリオンの左右を陣取って両側からリオンに顔を寄せてきた。


「お前が逃げ出さなくてよかったぜ。よーうやく技師として戦う気になってくれて嬉しいよ」

「これで真正面からあなたたちをぶっ潰せるもんね!」


 にまにま笑いながら二人は距離を詰めてくる。リオンは一歩下がって彼らから距離をとると、勇気を振り絞って二人のことをキッとにらみつけた。


 意地悪兄妹は虚を突かれた顔をして、何度かまばたきをした後、リオンから離れてフンと鼻を鳴らした。


「ま、まあ勝つのは俺たちだけどな!」

「ギッタギタにしてやるんだから! 覚えてなさい!」


 捨て台詞を吐いて、エアハート兄妹は建物の中へと駆け込んでいく。リオンはそれを険しいまなざしで見送っていたが、完全に彼らの姿が見えなくなったのを確認して、はぁとため息をついた。


「リオン」

「え、何?」


 ちょいちょいっと腕を引かれ、リオンは振り返る。イノーラは去っていった兄妹のほうを見たまま、尋ねてきた。


「あの人たち、リオンの友達だった?」

「そうだよ。この前も言ったでしょ?」

「……リオンは才能があるのに学校を辞めた」


 どうして今そんなことを聞くのか分からず、リオンはイノーラに困惑の目を向ける。


「……確認」


 ぽつりとそれだけを言うと、イノーラは演習場に向かって歩き出してしまった。


「行こう」

「え、う、うん!」






 選手入場口を固い表情で通り抜け、リオンたちは明るく照らされたフィールドへと足を踏み入れる。その途端、満席の観客席から歓声が降り注ぎ、リオンはびくりと肩を震わせた。


 観客としては幾度も訪れた場所。本当にこちら側に立つ日が来たのだ。恐怖と興奮が膨れ上がり、リオンは立ち止まりそうになる。


「イノーラ」


 隣に立つイノーラに目を向けないまま、確かめるように彼女に言う。


「僕、勝ってみせるよ」


 足を動かしながらそう告げると、視界の端でイノーラはこくりとうなずいたようだった。


「エントリーナンバー一番! リオン・アランデル、イノーラ・オーウェルペア!」


 観客席の中央あたりで実況者が声を張り上げる。わあっと観客の声は膨れ上がり、リオンはにらみつけるように観客席を見回した。


「公式試合には初参加のペアですね。戦姫養成学校の技師過程で主席だった彼の実力が楽しみです」


 実況者の隣に腰かける解説が冷静に言う。過去の栄光に浸っているようでいい気分はしなかったが、期待には応えなければという思いもわいてくる。


「対する対戦相手!」


 向かい側に位置する技師席のそばから、因縁の対戦相手が姿を現す。


「エントリーナンバー二番! アレックス・エアハート、ステファニー・エアハートペア!」


 エアハート兄妹は堂々と入場すると、観客に向かって大きく手を振った。


「公式試合には三回参加。特出した成績は収めていないものの、その経験がものをいう展開になりそうです」


 冷静な解説の言葉に、実戦経験の差を思い出して不安が首をもたげそうになる。

 だけど、負けない。負けたくない。

 キッと、彼らをにらみつける。エアハート兄妹もこちらをにらみつけているようだった。


「さあ、選手たちが位置についていきます」


 技師席に入り、イヤホンと裁縫小手ミシンを身に着けてボビンにも手をかける。ガラスを挟んだ戦姫の基本位置スタートポジションには、簡素なベースドレスを着たイノーラが立つ。


着装セット


 静かにつぶやかれた言葉に呼応して、ドレスコアは糸の形にほどけ、純白の布となってイノーラに巻きついていく。


 彼女の胸囲に合わせた首まで続くハイネック。肘上まで覆う長手袋。ふんだんにフリルが使われた、四重に布を重ねたスカートは足首あたりまで伸び、首には白のチョーカーが現れる。足元には長いスカートでも動きやすいよう、かかとの高いウェディングシューズ。そのつま先から足の甲にかけては、薄いベールがある。


 初期のエヴァンジェリン型の応用品。僕が考えた中で、最強のドレス。


 大きく歓声が響く。


 自分の思い通りのドレスが大勢の人々の前に出され、それが評価されているという事実に、心の内側から高揚が広がっていく。


 指先がぴくりと動く。彼女の頭部につけられた感情調整器具ヘッドドレスが脈打つ。


 彼女も緊張しているのだろうか。その後ろ姿からは分からなかったが、裁縫小手ミシンを通じて伝わってくる彼女の気分は張りつめているような気もした。


着装セット!」


 元気よく響いたのは、対戦相手のステファニーの声だ。


 彼女のコアも糸にほどけ、色とりどりの神秘の布の姿になる。複雑に絡み合った色の奔流が途切れ、その向こう側に現れたのは、無数の色が混ざり合った、相変わらず悪趣味にも見えるドレスだった。


 ステファニーは胸の前で腕を組んで鼻を鳴らす。イノーラは一歩だけ足を引いていつでも駆け出せるような姿勢になった。


「両者、準備はできましたね」


 イノーラとステファニー、リオンとアレックスの視線が交錯する。観客の声は小さくなり、開始の合図を息をのんで待ち続ける。実況者は大きくマイクを振り上げて叫んだ。


「それでは試合を始めましょう! コレクショーン……スタート!」


 合図と同時に戦姫ドレッサーたちは動き始めた。


 先に動いたのはイノーラだ。大きく踏み込んだステップのまま、白の手袋をはめた腕を振り上げる。手袋は分厚い刃の形に変化し、ステファニーの胸めがけて切りかかった。


 対するステファニーはひらひらと熱帯魚のようになびく袖で、胸部をかばった。袖の色のうち緑色が広がる。


 緑色。重ねることによって強度を増す防御の布。


 イノーラの一撃はその緑に受け止められ、ガキンと音を立てて防がれる。リオンはすぐさまボビンを傾け、緩やかなワルツを共有し始めた。


 普通なら切れ味の鋭い青で切りかかるところだ。だけど、相手は混色のドレス。次にどの色を出してくるか分からない以上、これは罠の可能性がある。


 何より、好戦的なあの二人が初手から防御を選んでくるとは思えない。


 急なリズムの変更に、イノーラはなんとかステップを合わせたようだった。


 細いかかとが緩やかに地面を蹴り、巻き上がった土ぼこりをスカートのすそがさらっていく。


 相手が青で来ることを予想しているのであれば、その裏をかけばいい。


「緑色。硬さでぶつけよう」


 リオンがささやくと、裁縫小手ミシンごしにイノーラが刃を収めるのが伝わってきた。ゆっくりとしたステップで敵から距離を取るイノーラめがけて、緑のボビンをぐっと押し込む。


 イノーラは手袋を小さな盾の形に変えて、ステファニーへと踏み込んだ。


 技師席にある九色のボビンができることは、ドレスにおける布の強弱と、それに伴う属性の付与だ。


 特出した能力のない白色にとって、その付与こそが勝敗のカギを握る。


 イノーラが持つ盾の表面に、飛来した緑色が素早いステッチによって模様が形作られる。


 硬化の付与。緑一色のドレスであれば押し負けるだろうが、相手は混色。押し勝つことができるかもしれない。


「なっ……!」


 予想通り、相手は青色の攻撃を誘っていたらしい。遠く離れていても分かる動揺が、エアハート兄妹から伝わってくる。


「引け、ステファニー!」

「押し込め、イノーラ!」


 ガキンっと固いものがぶつかる音がして、二つの緑色は拮抗し始める。上段から振り下ろされたイノーラの突きを、ステファニーが両腕で受け止めている形だ。


 二人は数秒膠着し、やがてみしみしと音を立てて互いの緑色にひびが入り始める。


「さ、下がれ!」


 アレックスが叫び、ステファニーは腕を下ろして攻撃を地面に受け流す。バランスを崩したイノーラの隙をついて、ステファニーは彼女から距離をとった。


「追いかけて!」


 イノーラは右足を踏ん張って、こちらに体を向けたまま後ろに跳ぶステファニーへと距離を詰めた。そして、そのまま緑の刺繍が入った盾を押し込もうとする。


 だが、ステファニーは足を止めると、肩にかかっていたストールの色を変化させた。


 ――黄色!


 まずい。このままじゃ、攻撃を押し込んだイノーラが弾き飛ばされてしまう。慌ててリオンは指示を飛ばそうとしたが、彼が口を開く直前、イノーラは急ブレーキをして後ろに飛びのいた。


「黄色は反射」


 イヤホン越しにぽつりとイノーラがつぶやくのが聞こえる。特訓の成果を感じ、腹の底から喜びがせりあがってくる。だけど今はそんなものに気を取られるわけにはいかない。


 すぐにリオンはステファニーの動向へと目をやった。


 黄色の反射能力は、しっかりとした土台がなければ逆に自分も弾き飛ばされてしまう。黄色単体ならともかく、混色のドレスではその土台を作るのは難しい。つまり、彼らはすぐに別の手を使ってくるということだ。


 予想通り、ステファニーは腰に巻かれていた藍色のリボンに手をやって腕を横に振りぬいた。リボンは硬化して、刃の形になる。


 藍色の特性は瞬発力。微弱な光で作られたため布自体が薄いのだ。つまり、軽くて多くの攻撃が迫ってくるということ。


「テンポを上げるよ!」


 イノーラの了承を待たず、リオンはボビンを押すリズムを変える。彼女はステップを踏み間違えて転びそうになる。その隙をつこうと、ステファニーは迫ってくる。


「イノーラ!」


 腰を浮かせてリオンは叫ぶ。だがそれは杞憂だった。


 ステファニーの視界からイノーラが消える。彼女は踏み間違えた側ではないもう片足で踏み切って、軽業師のようにステファニーの頭上をぐるりとさかさまに飛び越えたのだ。


 着地したイノーラは、リオンに背を向けたまま冷静に言った。


「平気。援護を続けて」


 ステファニーは悔しそうな顔をイノーラに向け、刃を構えなおして彼女に切りかかり始めた。

 右上から袈裟懸けに振り下ろされた刀を避け、返す刃で腕めがけて振り上げられた一撃も飛び退って避ける。


 左、右、横、下から上。


 藍色は確かに素早い攻撃が可能だ。ただし、それは着用者の腕前以上の素早さを出せるというわけではない。


 ごてごてと装飾過多なステファニーのドレスから繰り出される攻撃は、同じく重いウェディングドレスをまとったイノーラであっても避けることが可能な速さだった。


 大きく飛びのき、イノーラはぼそりと言う。


「橙色」


 リオンは一瞬だけ戸惑った後、何を指示されているのか理解した。


「分かった」


 ボビンを組み替え、彼女のスカートめがけて橙色の糸を飛ばす。糸はスカートの一番上の生地に走る。橙色の刺繍が施された生地は膨れ上がりスカートから分離して、彼女は羽衣のようにそれをまとった。


 ステファニーは勢いよく突っ込んでくる。羽衣を膨らませ、迎え撃つイノーラ。彼女はステファニーの攻撃を直前で避けると、まとっていた橙色でステファニーをぐるぐる巻きにしようとした。


 このまま拘束できればコアが破壊できる。その期待にリオンは一瞬、ボビンの手を止めてしまった。その隙をついてステファニーは羽衣の一端を切り裂いて、布の中から逃れる。


 ステファニーはイノーラから距離を取り、ぜえぜえと肩で息をした。


 再び両者はにらみ合う。エアハート兄妹は声を張り上げた。


「くっ……リオンの癖に生意気だぞ!」

「この臆病者! 変人オタク! 学校を中退したあんたなんて――」

「臆病者はそっち」


 兄妹の挑発を遮ったのは、イノーラの静かな声だった。彼女はステファニーから目をそらさないまま、淡々と告げる。


「あなたたちはリオンをいじめたいんじゃない。リオンを負かしたいだけ」


 イノーラはエアハート兄妹をびしっと指さした。


「リオンに戦ってほしかっただけ」


 きょとんと眼を丸くして、リオンは動きを止める。

 二人が僕をいじめたいわけじゃない? 戦ってほしかっただけ?

 それって、もしかして、不器用なだけで二人は僕を勇気づけようと――


「うるさい!」

「うるさいうるさいうるさい!」


 癇癪を起こした子供のように、二人は叫ぶ。アレックスは怒りで顔を真っ赤にしながら、リオンたちを指さしかえした。


「俺たちは負けない! 途中であきらめたお前なんかに負けるかよ!」


 アレックスは勢いよくボビンに指をたたきつける。技師席から紫色の糸が飛来した。


「行け、ステファニー!」


 弾かれるように彼女は動き出す。一歩踏み込んだその勢いのまま、ステファニーは大きくターンして、紫色のスカートで暴風を生み出した。


「守って!」


 紫色の特性である広範囲の攻撃に巻き込まれ、イノーラは吹き飛ばされる。彼女の体は何度も地面を跳ねて、フィールドの壁に叩きつけられて転がった。裁縫籠手ミシンを通じて、頭がぎしっと痛む感覚が伝わってくる。


「イノーラ!」


 リオンが叫ぶも、イノーラは倒れたまま動かない。ステファニーは勝ち誇った表情で彼女に歩み寄っていく。


 勝負あったか。観客全員がそう思いかけたその時、うつぶせに倒れていたイノーラは腕をついてゆっくりと体を起こし始めた。


「まだ、負けない」


 ステファニーは立ち止まる。イノーラのドレスは正面から受けた一撃でぼろぼろにほつれてしまっている。


「負けたくない」


 布が波打つ。ふらふらの足でイノーラは立ち上がる。彼女は目の前の敵を、キッとにらみつけて叫んだ。


「私も、勝ちたい!」


 初めて聞く声色の言葉が、フィールド中に響き渡る。逆流してきた感情に、ぶわりと前髪が巻き上げられる。


 これまで平坦だったはずの彼女の情熱が、目の前にたたきつけられる。糸を通じて、ドレスへの強い思いが伝わってくる。リオンは裁縫籠手ミシンをつけた手をぎゅっと握りこんだ。


 薄々と気づいていた。イノーラの言動は意味不明で、だけど何の意味がないわけじゃないって。


 イノーラは僕に付き合ってくれているだけじゃなかった。彼女も、戦って、勝ちたかったんだ。


 リオンはぎりっと奥歯をかみしめる。


 負けるわけにはいかない。これは僕の戦いだ。だけど、イノーラの戦いでもあるんだから。


 高揚した気分のまま、ボビンに置いた指に力をこめる。敵をまっすぐに見つめたまま、二本の足でしっかりと立ったイノーラに、リオンは言った。


「イノーラ、一緒に勝とう」

「うん」


 二人の雰囲気が変わったのに気付いたのだろう。エアハート兄妹も姿勢を変え、ぐっと背筋を伸ばして立った。


 イノーラのドレスはさっきの一撃でかなりのダメージを受けてしまっている。だが、紫の布は使用者への反動もかなりのものだ。つまり、互いにダメージを負っている今、双方にとって望まれるのは短期決戦。


 イノーラとステファニーの間に、びゅおっと風が通り過ぎる。両者はじっとにらみあい、互いの呼吸が途切れた瞬間、ともに動き出した。


 ステファニーの手の中に現れるのは青のエトワール。イノーラは鋭い攻撃が特徴のそれを紙一重で避け、激しいタンゴのリズムに乗って回し蹴りを繰り出す。ステファニーは最低限の動作で身を引いてそれをかわした――と思われた。


刺突ピアシング

「何っ!?」


 シューズに施された薄いベールが硬化し、尖った刃の形になってステファニーを襲う。とっさに彼女は、さらに身を引いて射程範囲から逃れようとしたが、避けきれずに一撃を食らって数歩たたらを踏んだ。


「今だ、イノーラ!」


 リオンの言葉と同時に、イノーラは手袋を硬化させて刀へと変化させた。それを見たステファニーもリボンを硬化させて刃にする。だが、イノーラのほうが早い。


「いっけぇええ!」


 リオンはボビンを押し込み、ありったけの青色をイノーラの刃にまとわせる。彼女はそれを軽く引き、フェンシングのような型でその切っ先をステファニーのドレスめがけて突き込んだ。


 遅れてステファニーもイノーラのコアめがけて刃を突き入れようとする。


 交錯する二人の苛烈な視線。やけにゆっくりと互いに迫る刃の切っ先。


 ――パキッ。


 ドレスコアにひびが入る音が、ドーム中にやけに大きく響き渡った。


 クロスカウンターの姿勢で、刃を構えたまま硬直している二人。息をのむ観客と技師。先にドレスがほどけて倒れたのは――ステファニーだった。


「勝者! リオン&イノーラペア!!」


 わあっと観客は沸き立つ。リオンは感極まって技師席から飛び出した。


「イノーラ!」


 フィールドの中央で息を整えるイノーラに、リオンは勢いよく抱き着いた。ちょっとよろめきながらも彼女は彼を受け止める。


「やった! 僕たち勝ったんだよ!」


 ほとんど泣いてしまいながらリオンはイノーラを抱きしめる。イノーラはされるがままになっていたが、リオンは変わらずぎゅうぎゅうと彼女の首を絞めつけてくる。


「くるしい」


 本当に苦しそうな声で言われ、リオンは慌てて彼女から離れる。そして、観客席から二人をはやし立てる声や指笛が響いていることに気が付いた。


「ヒューヒュー!」

「お熱いねえ、若いぜ二人とも!」

「ち、ちがっ、そういうのじゃなくて……!」


 リオンは真っ赤になって、慌てて選手の退場口へと小走りで駆けていった。イノーラもその後ろを軽く走りながらついてくる。


 狭い通路に駆け込み、リオンは自分の行動を思い出して顔を覆う。顔が真っ赤に染まり、イノーラをろくに見ることができない。背後からはまだ二人を祝福する声が響いてきていた。


 そんな彼らに、いつの間にか近づいていた少女は声をかけた。


「いい試合だったわね。最後、意地を見せたじゃない」

「ホ、ホープさん!」


 年少花形アンダープリマであるホープ・リリエンソールは、口の端を上げて不敵に笑った。


「この調子で勝ち進んで私と戦って――ってちょっと」


 ホープは、リオンの後ろに立っていたイノーラに慌てて歩み寄る。


「ヘッドドレスが壊れてるじゃない! 大丈夫?」


 振り返ると、イノーラは宙をぼんやりと見上げていた。頭部に装着された感情調整器具ヘッドドレスは、ぷすぷすと細く煙を吐き出している。


 彼女は声をかけてくる二人をぼーっと見つめた後、その場で卒倒した。

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