第九話 対戦相手
休日のステラシア・クロスは、人でごった返していた。
「すごい人だね……」
「うん」
普段のこの会社も多くの人が出入りしているが、今日はその比ではない。それもそのはず。今日は
リオンはごくりとつばを飲み込むと、社屋の中に一歩を踏み出した。
「あれぇ、変人くん?」
「約束通り来てくれたんだ。嬉しいよ」
先に社内に入っていた人物たちに声をかけられ、リオンは心の底から嫌そうな顔をする。エアハート兄妹はそんなリオンに気づきながらも、にまにまと笑ったままだ。
リオンは逸らしていた目をしっかりと彼らに向けると、エアハート兄妹を震える指で指さした。
「こ、今度は負けないんだから、覚悟してろよ!」
意地悪兄妹はちょっとびっくりしたようで、もごもごと何か言いながら去っていった。
残されたリオンはぜえぜえと肩で息をする。リオンの肩をイノーラはぽんとたたいた。
「強い」
無表情でぐっと親指を立てられ、褒められたのだと気づく。
「ありがと」
「あとは勝つだけ」
イノーラは力強くリオンを見る。たとえそれが自分に合わせてくれているだけだとしても、その誠意に応えないことはできるはずはない。
「うん、そうだね」
リオンもしっかりとうなずく。ほんの少しだけイノーラの口の端が持ち上がったようにも見えた。
「ステラシア・クロス最新ドレス!
正面モニターに映し出されたのは、マネキンに着せられた赤色のドレスだった。デモンストレーションに使われたものとはまた違った、どことなく花嫁衣裳にも似たドレスだ。
明るい音楽とともに、ドレスの宣伝は続く。
「こちらは後期のエヴァンジェリン型をもとにして作られたドレスで――」
そのアナウンスにリオンは足の先から順に寒気が上がってくるような思いがした。
後期の義母のドレス。つまりそれは――義母が事故で死んだときと同じドレスをもとにしているということで。
「ううん、そんなはずないか」
自分の馬鹿らしい考えを、首を横に振って無かったことにする。
「よろしくお願いします」
必要事項を記入した用紙を受け付けに渡し、リオンたちは玄関ホールで待ち始める。
「リオン」
ざわざわと雑音が鳴る中、イノーラはくいっとリオンの服を引っ張って顔を覗き込んできた。
「あの兄妹、友達?」
唐突な質問だったが、誰のことを指しているのかはすぐに分かった。リオンは唇を引き絞り、答えた。
「友達だと思ってたよ。……昔は」
リオンは目を伏せ、在学時のことを思い出す。
「三人でよくおしゃべりしてたし、僕の方が成績が良かったから勉強を教えてあげたり――」
ほんの数年前のことなのに、遠い昔のように思える。
「なんでこうなっちゃったんだろう」
じーっとイノーラはリオンを見つめていた。何を考えているのか理解できなかったリオンはその視線から逃れて、受付終了後の対戦カードの表示を見上げた。
しばらく待つと、CMを流していたモニターは切り替わり、はつらつとしたアナウンスの声が響いてきた。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます! 今回は応募者多数のため、今回はトーナメント制ではなく、変則的なルールとなりました!」
周囲の戦姫と技師たちは顔を見合わせて困惑の言葉をささやきあう。モニターはぱちりと切り替わった。
「まず皆様方には一対一の予選を行ってもらいます。そして、その勝者が団体戦に臨み、そこで最後に残った一人が
分かりやすく図解されたそれを見て、リオンにもそのルールが理解できてきた。
「なるほど、最初の一戦で参加者を半分まで絞り込んで、その後、団体戦に移行するってわけか」
ぼそぼそと言いながらリオンは俯く。
「優勝者はホープと戦える……。ううん、そこまでは高望みしないよね。せめて予選だけでも勝ち残りたい――」
「それではいよいよ発表です! 予選の対戦カードは……これだ!」
顔を上げると、モニターの映像は切り替わり、対戦相手の一覧が表示されていた。
「えっ」
リオンは小さく声を上げる。
リオン・イノーラ組の対戦相手。そこに表示されていたのは、エアハート兄妹の文字だった。
「初戦が……あいつらと?」
ぽかんと口を開け、その表示を見つめ続ける。イノーラはそんなリオンの袖をくいっと引いた。
視線を横に向ける。イノーラはじっとリオンを見つめていた。その無言の目に勇気づけられ、リオンはうなずいた。
「うん。何が何でも勝たないとだね」
申込証をもらった二人が帰宅すると、居間ではマドックが飲んだくれていた。
「おお、おかえり二人とも。申し込みはどうだった? 相手は誰に……」
「義父さん、飲みすぎだよ。もう寝たほうがいいって」
へにゃへにゃになった口調で義父は言う。倒れそうになった彼を受け止め、リオンはその体をソファに戻した。
「ああ、そうだな、今日はやけに手首が痛くてつい、な」
酒を飲む理由をこぼしたマドックに、リオンは唇をきゅっと閉じる。だが、それと飲みすぎて倒れることは話が別だ。
リオンが酒のビンを片付けて道を作ろうとしたとき――ふと、部屋の隅から流れる音楽に気づいた。
「この音楽……」
スピーカーから聞こえるその優しい三拍子に、イノーラも歩み寄って耳を傾けている。
「ああ、俺と母さんがプロムで踊った曲だよ。卒業後のコレクションでもよく使ったなあ」
へにゃりと笑った目で、マドックは二人を見る。
「リオン、イノーラ。お前たちはどんな音楽を使うんだ?」
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