第5話 家計簿を見る。別に全然苦しくなんか…いや、これは不味い。

三か月がたった。


「今日の夕ご飯はハンバーグだ!」

「ハンバーグ!」


グレーテルがもろ手を挙げた。

私は驚く。

グレーテルは料理の名前をほとんど知らない。

見たことも聞いたこともないからだ。


「ハンバーグを知ってるのか?」

「うん!」


グレーテルを見て、ヘンゼルが微笑む。


「ハンバーグは僕たちにとって特別な食べ物なんです」

「特別?」

「そう。僕たちには継母がいたんですけど…その人が父がいない隙にこっそり作ってくれたことがあったんです」


そういえばそんなこともあった。

あのクズがいたら、そんな食事作れなかったから。

あのクズのお金をかすめて、作ってやったのだ。


ただの気まぐれだぞ。


「あれがすごくおいしくて、忘れられないんです」


グレーテルが言った。 


馬鹿だな。


私は料理の準備をしながら尋ねる。


「お前らがカジノで売られたのをみると、ろくでもない継母だったのだろう?」

「うん…いっつも屋根裏に行けって言われてた。屋根裏すっごい汚いの。ネズミもいっぱいいて」


グレーテルがしょんぼりと顔を俯かす。

その通りだ。


「ろくでもない奴だな」


私が言い放つと、ヘンゼルはなにか言いたそうな表情をした。


「でも、屋根裏にはいつもご飯を置いてくれていました」


クズの目を盗んで取っておいたもの。

質素で少量の食べ物。

可哀そうなことをしたな。


「ふうん。まあいい、作るぞ」


努めて、きりりとした声を出すと、ヘンゼルがエプロンを締め、手を洗う。

料理に慣れてきている。

いい傾向だ。


「玉ねぎはどう切ればいいですか?」

「みじん切りだ。教えよう」

「お願いします!」


ヘンゼルは私が教えることを一生懸命に覚える。

グレーテルも、皮むき、かき混ぜなど刃物を使わない調理を手伝う。


いい子たちだ。

いや、将来的に食うんだけど。


いただきます!


明るい声が響く食卓。


「おいしい、お義母さんの味と同じだぁ」


私はぎくりとする。

味付け変えとけばよかった。


「…。おいしいです。ありがとうございます」


ヘンゼルがいつもながらの言葉を口にする。

私は動揺を隠すため、威厳を持った声で言う。


「感謝される筋合いはない。いずれお前たちを食べるんだからな」

「…いい」


グレーテルが呟いた。


「なんだって?」

「魔女さんに食べられるなら、いい!」

「は…?」


私とヘンゼルは声を重ねた。


「今、とっても楽しいの!また…あの家に帰るなら…大好きな魔女さんに食べられた方がいいよぉ…」


グレーテルはたちまち泣き始めた。

ヘンゼルが彼女に駆け寄る。


私は何も言えなかった。

動けなかった。


馬鹿だ。

この子は大バカ者だ。


立ち上がって、グレーテルを抱きしめようとして、やめた。

私は彼女の親ではない。

悪い継母であり、今は子供を食べる悪い魔女なのだ。


「安心しろ。お前が大きくなったら私が食ってやる」

「約束だよ?」


真に迫った顔をするな。

なにが約束だ。


子供は時にひどく残酷だ。


私は答えなかった。


***


「おやすみ」


食事も終わり、兄妹を寝かせる。

私は一人、リビングでコーヒーを入れた。


子連れの人間とは決して関わらないようにしてきた。

だって、もう、痛みなんか覚えたくもなかったから。

今回のクズは本当にたまたまだったのだ。

子供がいることなんて知らなかったのだ。


二度と、子供なんて関わりたくなかったのに。

 

家計簿を開いた。

感傷は吹き飛び、現実が一気に私に襲い掛かる。


うむ。やはり三人分の食費はかさむ。


人間の金など必要ないしそんな多くは持っていない。

この前の1000万円は何かあった時のためにとっておいたのだ。


カジノで私があの子たちを引き取れなかったら…。

あってよかった。


今はその余りをちょびちょび使っている。

だが、このままでは―

 

魔女の仕事は確かにある。


カラスが運んでくる魔女の広報誌を開く。

仕事の欄。

人を呪ったり、苦しめたり、ろくな仕事がない。

だが、報酬は高い。


人間の真似をして働くか。

魔女の仕事をするか。


だが、人間の仕事をしようとなると、二人をこの森の中に置いていくこととなる。

あのクズが来ないとも限らない。

そうなったら最悪だ。


魔女の仕事を眺める。

これは、短時間で済むから家はさほど空けなくて済む。


だが、こんな仕事をして、稼いだ金で兄妹を育てるのも気が引ける。

知ったら泣きわめきそうだ。

子供の泣き声、嫌い。


知り合いのつてをたどって仕事を探すか。

でもアイツ嫌いなんだよなぁ。


「どうしたもんかなぁ」


頭を抱える。


私一人なら十分養っていける。

人間の食材を口にするのは、ただのクセであって、必ずしも必要ではない。

食べなくても生きていける。


二人を食ってしまえば問題ない。


自分の中の魔女が囁く。


もっとでかくなるまで育てるから黙ってろ。


私は家計簿を棚に片付け、寝室に向かった。

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