第4話 同じ部屋で寝る。別に寂しそうだからじゃないから!

「そろそろ肉じゃがができる」


三人分の皿を机の上に召喚する。

子供用にプラスチックの材質にしてみた。落としても割れない。

私は悪い魔女なので、二人に命令する。


「それを並べろ」

「わかったー!」

 

グレーテルが大きく手を上げて言う。


それぞれの皿にそれぞれの料理を並べていく。

いささか色が映えない。

栄養はあるが幼いこの子たちには地味な食卓だったかもしれない。


今更ながらに気づく。

もっと、ハンバーグやオムライスとかの方がよかったのだろうか。


いや、食べてくれないと肥えさせられないから。

別に喜んでくれなかったら悲しいとかじゃないから。


グレーテルが机に身を乗り出し、大きく息を吸い、匂いを嗅ぐ。


「いいにおい!おいしそー」


目がキラキラとしている。

良かった。おいしそうと感じてくれたか。


…継母の時は教えてやれなかったことがある。よし。


「今からお前たちに、食事の前の挨拶を教える」


ヘンゼルが目を見張り、グレーテルが首をかしげた。


「いただきます。そう言ってから食事に入る。これは、食品に感謝を示すためだ。呪いなどの類ではないから、言わなくても死にはしないが、今日も食事ができること、また私たちに食される肉や野菜・素材に感謝しろ。いいな?」

「はーい!」


グレーテルが、大きく手を上げた。

ヘンゼルが無言だ。


「おい、返事は―。⁉」


ヘンゼルの瞳が潤んでいる。

何かやらかしたか⁉


「ど、どうした⁉気に障ったか⁉」

「違います…」


ヘンゼルは首を横に振り、笑顔を浮かべた。


「いただきます、なんて言って食べれるご飯、久しぶりで嬉しくなっちゃって」

「…」


思わず黙ってしまった。


「ありがとうございます。魔女さん」

「…勘違いするな。いずれ、お前たちを食うためだ」

「はい、それでも」


食われると分かった人間は、逃げ出そうとする。無様だ。

なのに、こいつは―

しかも、子供なのに。


「哀れだな、お前は」

「…すいません」

「いい。じゃあ行くぞ。せーの!」 


いただきます、三人の声が合わさった。


程よく柔らかくなったジャガイモ。味の染み込んだ牛肉。あめ色に光る玉ねぎ。

そしてニンジンの甘味。

我ながら完ぺきだ。


グレーテルが慌ててほっぺを押さえる。


「どうした?」


虫歯でもあるのだろうか。


「お、おいしいもの食べたら、ほっぺ落ちちゃうってきいたことある」


泣きそうな顔でいう。可愛らしい勘違いだ。

私は笑う。


「大丈夫だ。それはたとえ話。ほっぺは落ちないよ」

「こんなに、おいしいのに?」

「ああ」


グレーテルは、よかったと息をついた。


よかったのはこっちだ。

おいしいと言ってもらえた。嬉しい。

いや、いっぱい食べてくれた方が太るし。


ヘンゼルは先ほどから無言でもくもくと箸を進めている。

お腹空いてたのだろうな。

なんだか切なくなった。


二人は子供が嫌がると心配した、ほうれん草もモズクの入った味噌汁もぺろりと食べてしまった。


「おいしかった!」


はしゃぐグレーテルに、ヘンゼルは微笑む。


「グレーテル。食べ終わったときにもね、挨拶があるんだ」

「どんな!教えて!」

「ごちそうさま。作ってくれた人と、食材にお礼を言うんだよ。じゃあ、いくよ。せーの」


二人は私を見て声をそろえた。


「ごちそうさま!」


青い澄み切った二人の瞳が私を見つめる。


あの子の瞳も輝いていた。


私も手を合わす。


「ごちそうさま」


笑って見せたが、きっと顔は引きつっているだろうな。

 

***


「やだー!魔女さんも一緒がいい!」

「グレーテル、わがままを言ってはいけないよ」


寝室を作り上げてやると、グレーテルがぐずりだした。


当然のように、兄妹の部屋と私の部屋を分けると、首を大きく横に振りだしたのだ。


「一緒に寝たい!」

「こらっ、グレーテル。すいません、魔女さん。大丈夫なんで…」


ヘンゼルは困ってしまったようだ。

私に何度も頭を下げる。


継母時代は一緒に寝たことなんかなかったな。


「魔女さんも一人じゃ寂しいよね?」


グレーテルが私を見上げる。


100センチほどの身長。ウルウルと潤んだ瞳。

手を胸の前で合わせて尋ねてくる。

やめろ。可愛いではないか。


一つ咳ばらいをする。


「よかろう。お前たちが逃げないか見張るためだ。ほれ」


人差し指を、すっと立てて3つのベッドを用意する。

ピンク、水色、そして白。色分けしてやった。


ん?だが、ピンクが女の子、水色が男の子という考えはもう古いと聞いたことがあるな。

グレーテルは水色のベッドに駆け込む。

そうかぁ、水色が好きだったか。


「わー、ふかふか!私、お兄ちゃんと魔女さんの間がいい!」


ころころと笑うグレーテル。

なるほど、色は関係なかったのか。


さて。まんまと策に嵌ったな。

それは、私が昔食いつくしてやった男と泊った超高級ホテルのベッドの質感を思い出して作ったものだ。


あの家に柔らかなベッドはなかったからな。

これでゆっくり眠って大きくなるだろう。


存分に寝るがいい!

そしてすくすく育て。


ヘンゼルも恐る恐るベッドに触れる。

端にあるピンクのベッドだ。


「お前も早くベッドに入れ。寝ろ。育て」

「ありがとうございます」


律義だ。あのクズの息子とは思えない。

母親がいい人だったのだろうな。


私は白のベッドに入る。

今日は魔力を使いすぎた。

さすがに疲れた。


「おやすみなさい!」


グレーテルの言葉に挨拶を返し、部屋の電気を消す。

すぐに二人の寝息が聞こえてきた。


幼い兄妹は手を繋ぎ合って寝ている。

あの家でもこうしていたのだろうか。

胸が痛む。

きっと二人が頼れるのは二人だけだったんだ。


ヘンゼルの頬に涙が伝った。

小さくこぼした寝言。


「ママ…」


私はベッドに深く潜った。



「ママ!」


あの子の笑顔が脳裏に浮かぶ。

夫とあの子。幸せな暮らし。

あの子は死んだ。

幸せはあっけなく終わった。


私はあの子をよみがえらせようとした。


そして、人間から魔女に堕ちたのだ。

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