第3話 スーパーに行く。別にいいもの食べさせてあげたいとかじゃないんだからね!

奮発した。


自分だけなら100グラム100円以下の豚肉や鶏肉を食べるが100グラム何百円もする牛肉を買った。


「にくじゃがー!どんな食べ物かな!」

 

グレーテルはワクワクしているようで、さっきから跳ねまわっている。


そう、今日は肉じゃがだ。ちゃんと副菜も考えてある。

ほうれんそうのお浸し、冷ややっこ、お味噌汁だ。


エプロンを魔法で作り出し、キッチンに立つ。


「あの、なにかお手伝いできることはありませんか」


ヘンゼルが恐る恐る聞いてくる。

できる子だ。あのクズの子供とは思えない。


私は世間話程度に聞き返す。


「料理は得意か?」

「…ごめんなさい。料理したことなくて」


目を見張る。

だが、すぐに納得する。


ヘンゼルとグレーテルの母親はグレーテルが生まれてすぐ亡くなったと聞いた。

あのクズ男のことだ。

きっと、料理なんか作ったことなどなかったのだろう。


まあ、私も悪い継母だったし?

子供たちを屋根裏に押し込めていたから料理なんて見せたことなんかない。


「ごめんなさい…」

「どうして謝る?」

「え」

「今から覚えればいいだろう」


料理は覚えておいた方がいい。

魔女の私が思うのだ。人間ならなおさら。


うん。そうだ、こいつらに料理を覚えさせて作業効率を上げ、肥え太らすスピードを加速させるのだ。

完璧じゃないか。


小さな果物ナイフを作り出し、ヘンゼルに渡す。


グレーテルが混ざりたそうにこちらを見ている。


刃物を使わすのはちょっと怖いなぁ。

過保護?うるさい。

ケガをされて、ばい菌でも入ったら死んでしまうからだ。


決めた。


「よし、お前は皮むきだ」

「かわむき?」

「そう。ジャガイモ、ニンジンの皮をむく。とっても大切な仕事だ」

「大切な!仕事!」


グレーテルの目が輝いた。


わかる、嬉しくなるよね。


ピーラーを作り出し、グレーテルに渡す。

たぶんこれだったら、幼いグレーテルでも使えるだろう。


「これをこうして」

「おおお!」


野菜の肌に沿わすと、すっと、むけていく皮にグレーテルは不思議なものを見るように驚いている。

賢い子で、一度教えただけで、すいすいと仕事をこなしていく。


ヘンゼルを見やる。


「待たせたな、次はお前だ」

「は、はい」

「緊張するな。緊張すると怪我につながる」


ヘンゼルが頷いた。


「できたよー!」

「ありがとう」


グレーテルから皮をむき終えたニンジンを受け取る。

綺麗にむけている。上々だ。


「これを切っていく」

「はい」

「まず、包丁を持つ手は猫の手だ」

「…猫?」

「にゃーと泣く動物だ。知らないか?」


もしや、料理だけでなく動物も知らないのか?

ポーズをとって見せると、ヘンゼルはきょとんとして、表情を緩めた。


「知ってます」

「よし、いいだろう。手を丸めて使う。切ってしまわないようにな」

 

料理の基本を教えていく、くし切り、乱切りの方法、ジャガイモのあく抜き、玉ねぎの辛味抜きなど。


皮をむき終えたグレーテルも興味津々に聞いている。


「こんな面倒なことをしていたんですね…」


ヘンゼルは目を見張った。

グレーテルも小さな首をぶんぶんと縦に振る。


「確かに面倒ではあるが、慣れれば楽しいし、美味しい。安上がりだ」

「!それは大切です!」


グレーテルは首をかしげたが、ヘンゼルはお金の感覚がわかっているらしい。

あのクズのもとで育ったのだ。苦労したのだろう。

ってか、私が苦労した。


肉じゃがを煮込む鍋をヘンゼルとグレーテルはじっと見つめている。

なんだか不安そうだ。


「こ、これ大丈夫なんですか?」

「こげちゃわない?」

「大丈夫だ。だから、座って待ってろ」


そういうと二人は、クラッカーを模した何かでできたテーブルチェアに座った。


グレーテルがまごついている。

椅子が低すぎて、テーブルに届いていない。

仕方ない。

魔法で椅子を高くしてやると、グレーテルはきゃっきゃと喜んだ。


可愛い。あ、いや。美味しそうだ。


副菜づくりに移行しよう。

肉じゃがに使っている火の魔法を半分にして、ほうれん草を湯がく。

あ、お味噌汁にも火がいるな。

面倒だが、新たな火を生み出そう。


左手に力を込め、火を生み出し、ついでに鍋も作り出す。

二人の視線が気になって振り返る。


「なんだ?」

「魔法すごいですね…」

「怖いだろ?」


ドヤッっと言い放つと、ヘンゼルは何度も頷く。


「それがあったらなんでもできますね!カジノでのお金もそうなんですか?」

「違う」

「え」

「あれは本物の金貨だ」


ヘンゼルは意味が分からないというように首をかしげる。


「お金も作り出せるんでしょう?」

「そうだが…やはり、私が作り出すものは偽物だ」


昔作った偽物を思い出した。胸が痛む。


「理に反することをしてはいけないんだよ」

「?」

「わからなくていい」


理に反して作り出した命は―

思い出すのはやめよう。


私は鍋を見つめた。

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