廃病院にて。

珍歩意地郎 四五四五

第1話:助け合い


 ――そこの人。

 どこォ行きなさる……?


 なに?――えぇっ?もう少しコッチ来て言ってくれんかェ。

 セミうるさくて聞こえやしないよ!耳が最近は遠くなってねぇ!


 はぁ、あの“廃病院”に用事があると?

 アンタもアレかい?『心霊探検』とかヌかして建物に入り込もうってクチかい?えぇ?ダメだよ。いちおうこんな山奥でも、アタシが管理を任されてるんだから。


 アタシかい?アタシはあの病院でナース長をやっていた者さね。

 とはいえその仕事は、もう10年もむかしのハナシだけど。


 ……えぇ?彼氏がココに来たハズだって?

 ……雑誌のカメラマンねぇ。

 ……戻ってきたら今度の休日に告白されるはずだった?

 ……携帯にも連絡がつながらない。へぇ。


 そりゃぁね、ここはサナトリウムも兼ねた病院だったから携帯の電波は届かないさ。おおかた、そこいらへんの山でクマにでも――オヤオヤ、そんな青い顔しなさんな。


 ……なんだって?


 『この廃病院の手術室で叫ぶと、がやって来て襲われる』


 そんなウワサが?ねっととやらで流れているのかい!

 デマですよ!デマデマ、そんなハナシは。

 勤めてたアタシが保証します。

 まだ手術室にいるかもしれないって?――そんなバカな。

 ……やぁれやれ、こんなトコロで泣かれてもねぇ。


 どれ、鍵を取ってこようかね。

 ……なぁに、困ったときは、お互い様だもの。 


             * * *


 そら、通用門はコッチだよ。足もとに気をつけて――転びなさんな?

 扉はこのまえ付け替えたばっかりなんだ。

 まぁったくヤンチャ共がコワしちまいやがってサ。

 ……なんだい!いきなり大声出して。

 びっくりするじゃないか。

 それがオマエさんの彼氏の名前なのかい?へぇ。


 そら、この小道をとおって。表玄関はシャッターが閉まってるからね。夜間通用口を使うのさ。おまち、いま鍵をあけるよ――そら開いた。


 ……電気が来てるって?

 当然さね。病院は潰れてしまったけど、からね。

 こうしてたまに空調をかけて換気してやらないと、すぐに痛んでしまうのさ。

 

 ……どうして潰れたのかって?

 TV屋のせいさ。この病院で精神患者を虐待しているって話がでてね。

 ただの措置入院患者に、何人も人手をかけてらんないでしょ。

 それなのに拘束衣を使ったら、ヤレ人権がどうだ、法律がなんだ、で。アッという間にツブれておしまい。


 さ、エレベータは使えないので階段を降りるよ?

 手術室は地下2回にあるのさ。


 ……えっ!?なにか聞こえたって――なにも聞こえないじゃないか。


 ……なんだって? 確かに彼氏の声がしたって?

 そんなこといって、アタシを怖がらせるんぢゃないよ。

 え――確かにしたって?そんな馬鹿な。声なんてしっこないのサ。


 まぁ、もっとも手術の失敗で死んでいった患者たちの怨念が籠もっていても、おかしかナイがね。


 電気ショックの実験……。

 新薬の投入観察……。

 飛び降り自殺をしちまった入院患者もいたっケか。


 麻酔医が足りないので当直医が適当に麻酔をかけて手術したら、患者が途中で覚めちまってね?脳みそを出したまんま手術室から逃げ出したなんて笑い話なコトもあったねぇ……。

 

 もっとも――そんな用心のための地下2回なんだがね。

 それにゴロツキあがりのような腕っぷしの強いスタッフたちを抱えてるから、それが上から降りてくればワケぁない。手術が失敗したって都合良く霊安室も隣にあるし、えーかん巧くできてンだ、この施設は。なんたって騒ぎは一階に届きにくいし、何かとベンリなんだよ――地下ってのはサ?


 さぁ、ここのフロアだ。灯りが少ないので気をつけて?

 ……そこは何かって?あぁ――標本室だよ。

 人間の病変部位なんかをサンプル用に保管しておくのさ。


 そら――そこが手術室だよ。


 開けてご覧――そう。


 拘束設備付きの電動手術台に無影灯。

 当時と少しも変わっちゃいない。


 だって今でも使ってるんだから。


 アンタの彼氏だってもういないよ?

 出荷しちゃったもの。バラバラの臓器にして。

 さっきの標本室に、肝臓だかは残ってるケドね。


 ……叫んだってムダだよう。


 言っただろ?騒ぎは一階に届きにくいって。

 これこれ、そんなに慌てなさんな。逃げようッたってムリだよ――ほら。

 あぁ、おまえたちご苦労さん。

 引っかかれないように注意おし。


 だから言ったじゃないか。

 腕っぷしの強いスタッフたちを抱えてる、って。

 病院は潰れてしまったけど、建物の価値は残っている、って。

 処分を依頼された人間バラして、余録で臓器を売買するくらいにはね?

ついでにアンタらのような物好きもつかまえられるし、とことんベンリなのさ。


 なんでこんなコトするのかって?

 おかしなコト言う娘だよ、そりゃ決まってるでしょ?

 お金のためだよぅ。年金も少なくなる一方だしねぇ。


 って言ったろ?


 あんたは彼氏の行く末を知ることができた。

 こんどはアンタがわたしたちの生活費になっておくれな。


 ……え。なんだって?バラすまえにこの小娘を好きにしたい?

 いいけど、こないだみたいに臓器傷つけるんじゃないよ!

 肝臓ダメにしちまって、ずいぶん怒られたろ……?


 おやおや、威勢のイイ娘だこと。

 さ、先生に電話してくるからね……ってもう聞いちゃいない。

 あれあれ、若い者はゲンキだねぇ。

 舌を噛まないようSM用の猿ぐつわまで。

 こういうときは手際のイイことだよマッタク。

 ――あぁれまぁ、ケダモノみたいに。あんなに激しく。

 見ちゃいられないよ、まったくけがらわしいったら!


 さてさて、一階にもどるかね。エレベーターを、と。

 廃病院ったって廃止になったのは病院だけで、解体場としちゃ現役なんだから。


 それにしても『廃病院の手術室で叫ぶと、爺さんがやって来て襲われる』?――だれがそんなデマをながしたのかねぇ。

 

 だってさ?やって来るのはだもの……ヘッヘッヘッ。



 おや――どっちだい、そこの暗がりにいるのは。

 早いネェ。もう下の娘ッ子に飽きちまったのかい?

 それともナニか新しい責め具でも取りに来たのかい?


        * * *


「もうちょっと愉しみたかったナァ!」

「先生くンのハェえんだよ!クソが!」

「オレら外に追い出しやがって。ひょっとして一発キメてンじゃね?」

「……おい!あれみろよ」


「ゲっ!ババァだ?――マジかよ……死ンでッぞ!?」

「うっわ!なんてツラぁしてやがンだクソが!」

「キっモ……心臓マヒかな。よっぽど苦しんだ顔だゼ」

「オレにゃァ、なんかビックリした面にも見える」

「なンか握ってんな?……なんでぇカメラのフラッシュか」


「ウチ等みたいな悪人は長生きしねぇから、せいぜいタノしま――オイ、あれ」

「ん?……なんだアイツら!カギぃ閉まってンのにどッから入った!」

「プータローじゃね?フラフラして。何人いやがる……」

「住み着いてやがンだ畜生。みんな病院のパジャマなんか着やがって!」

「オィ!お前らおィ!――コッチ来いや!おるァ!」


「おい……ちょっとマテ……アイツら透けてね……?」

「くるぞ……こっち来る!」



第一話・終わり

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