episode.2

広い公園だった。

歩道や植木は綺麗に手入れされていて、街灯も等間隔に並んでいる。

これだけ大きいのだから、どこかに屋根のあるベンチくらいあるだろうと思うのだが、逆に広すぎてどこにあるのかがわからない。


その間も雨足は強くなってきて、容赦なく靴やリュックを濡らしてくるし、時折吹く風で舞い上がった落ち葉が濡れた服に貼り付いて歩きづらい。


「あー、くそっ…」


もしかしたら公園を選んだのは間違いだったかもしれない。

こんな事ならあのまま無理矢理にでも学校に向かっていれば良かった。いや、そもそも駅で待っていれば良かったのか。でもそれが出来ないから今ここにいるわけで…。


ぐるぐると意味のない考え事をしていたから、反応が一瞬遅れた。

前から飛んできたビニール袋を避けようとして咄嗟に引いた足を、思い切り水溜まりに突っ込んでしまった。


「げっ」


悪い事は重なると、前にどこかで聞いた気がするが、今日の俺はさすがに重なりすぎだろう。ここのところ、ただでさえ憂鬱だってのに…。

そんな俺に追い討ちをかけるように、遠くで雷まで鳴り始めた。


「…マジかよ」


周りには背の高い木がたくさんあるから、直接雷に打たれる事はないだろうが、だからと言ってこんな道のど真ん中を悠長に歩いているつもりもない。

もうここまで来たら濡れるのなんてどうでもいい。傘を閉じて制服の裾を捲ると、公園の奥に向かって走り出した。


激しく降り続ける雨が、周りの音を飲み込んでいく。そんなはずはないのに、自分の息の音まで消されるような錯覚をしてしまう。

雷は、雨の音などものともせずに轟音を空に轟かせている。

そしてその音が段々と近付いてきた。

そろそろ本当に、どこか屋根のある場所に避難しないと…。


すると願いが届いたかのように、少し先に四阿あずまやが見えた。

あそこまでいけば休める。

俺は速度を上げて駆け込んだ。


「「はぁ~」」


吐いた息の音が重なる。

驚いて顔を上げると、すぐ近くで目線が交わった。


はっとするほどの美少女だった。

肩口で切り揃えられた黒髪は雨に濡れて艶やかさを増し、肌は透き通るように白く、制服のシャツから伸びる手足はすらりとしてしなやかさがある。瞳は何よりも印象が強く、俺は一瞬で目を奪われた。


「きみも雨宿り?」

「えっ、あ、えっと…」


急に話し掛けられて、返事がしどろもどろになってしまう。

一度深呼吸をして改めて見ると、彼女の着ている高校の制服に見覚えがあった。

雰囲気からの予想でしかないが、俺と同じ二年生といったところだろうか。


「電車が止まってて、歩いて学校行こうとしてるところ、だけど」

「こんな天気なのに?」

「いや、俄か雨だろうから少し待てば止むだろうし」

「そっか、私も学校に行く途中だけど…、今日は休みかなぁ」

「…つまりそれってサボリ?」

「自主的なお休みはそういう事になるかな」

「は?」


思わず口に出していた。

俺の怪訝な視線も、彼女は全く気にしていないようだった。


「だってこんなに濡れちゃったらさ、お家に帰ってお風呂に浸かって温まってから、自分で予習でも復習でもしてた方がよっぽど有意義じゃない?」

「…まぁ、それは確かにそう、かもしれないけど」


あまりにもあっけらかんと言うものだから、つい納得してしまいそうになるが、サボリなのは変わりがない。


「ねぇ、この雨が止むまでお話ししない?」

「え」

「私、ただ待つだけっていうの苦手なんだ」

「…うん、いいよ。どうせ今する事ないし」


初めて出会うタイプの人間だった。

クールそうな見た目に反して、とても社交的な性格のようだ。

そして、彼女と話すのは、率直に言って面白かった。好奇心が旺盛らしく、いろんな事を知っていた。

ほとんどは聞き役に回り、時々質問したり、こちらからも話してみたり。

こんなに自然に誰かと話せたのは久しぶりに感じられた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る