これくらいなら。
無数のビルが太陽の暖かい光を反射させる頃、僕はある路地裏にいた。
「おはようございます」
僕はそう呟きながら、バイト先であるコンビニの裏門を開けた。それと同時に、
「由弦くんおはよ〜」
と、僕好みの声が飛んできた。1歳上の、綾さんだ。綾さんとは、同じ大学で同じサークル、同じ高校だ。綾さんとの付き合いは、高校1年生の時から––––かれこれ、3年も経つのか––––だ。彼女は、オタクで引きこもりがちだった僕に“働く楽しさ”というものを教えてくれた。彼女は、香澄の次に大切な人だ。
「綾さん」
僕は、掠れた声で言った。
「由弦くん、大学の帰り?」
綾さんが、長い髪を耳にかけながら僕を見上げた。
ドクン
無意識のうちに心臓が強く打つ。・・・決して浮気しているとかではなくて、何だろう、本能が騒めく方のときめきだ。
「はい。綾さんもですか」
心臓が脈打つ音を聴きながら言った。
「ええ」
「お疲れ様です」
「そうだ、聞いてよ由弦くん!もぉさ、
数時間が経った。
「暇」
僕は、深夜のカウンターに立ちながら、そっと呟いた。
「ほんと、暇だよね・・・」
僕の呟きが聞こえていたのか、隣にいる綾さんが話しかけてくる。
何かすることないかな。こういう時は、妄想が一番だ。もしミクちゃんがYouTuberになったら。––––「はい今日は、流行りに乗って、タピオカドリンクを作っていきたいと思います。使うのは、こちら!」––––可愛い〜!・・・動画、動画か。動画・・・動画だ。うん・・・そうだ––––
「綾さん、なんか動画撮りましょうよ」
「おぉ、いいよ!どうする、どうする」
パッと明るい顔になって言った。
「どうせなら、面白いもの撮りましょうよ」
「おぉ、いいねいいね。あっ、棚の上に寝転ぶとかどう?」
・・・これって、バイトテロなんじゃあ・・・まあいっか。これくらいなら大丈夫だろう。
「面白そう!いいね、綾さん」
さっそく、僕らは動画を撮ることにした。都合のいいことに、深夜のコンビニには僕たち以外の人はいなかった。僕は、靴を脱ぎ、棚に足をかけた。綾さんは、僕のスマートフォンを構え、僕が登る様子を撮っている。
「落ちちゃダメだよ。ゆっくりね」
綾さんが僕の肩にそっと触れる。
「よっこいしょ」
僕はそう呟きながら、一段ずつ登っていった。思ったより段と段の間が短く、登りやすかった。
「よし」
僕は最後の一段に足をかけながら呟いた。そして、商品の上に寝転んだ。その2秒ほど経った時、ピコンという録画終了を告げる電子音が鳴った。
「由弦くん、もういいよ」
綾さんが僕に呼びかける。僕は、記念写真をとって降りた。
「はい」
綾さんが、僕のスマートフォンを差し、僕は「ありがとうございます」と呟いてそれを受け取った。
「ただいま」
僕は、ぼそりと呟いてアパートのドアを開けた。
ガチャン
ドアが閉まる音が虚しく響いた。僕は電気をつけ、ソファーに腰をおろした。スマートフォンを取り出し、バイトの時に撮った動画と画像をツイッターにアップした。
その時だった。急に睡魔が襲った。
「
僕はそう呟いて、ベットに移動し、倒れこむと意識がとんでしまった。
この時の僕は、まだネットの怖さと、自分がおかした罪の重さを分かっていなかった。
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