この先には、もっと素敵な発見があるんだろうか?

06-1.トンネルの向こう

 緑のトンネルのなかは、草の匂いがむせかえっている。

 小道はゆるやかにカーブし、村への出口はすぐ見えなくなった。

 ウィルは、すべてがはじめての緑の世界に飛び込んだ。


 これが、『森』なのか。


 右も左も、前も後ろも、足元も頭上も。緑、一色。

 緑のトンネル、こもれ来る陽射しの乱反射、全身をつつむ青臭い香り、風と森のざわめき、ざわめきを破る甲高い鳥の声、そして細胞のひとつひとつを覚醒させるほどにすがすがしい未知の空気。

「うわ……」

 思わず漏らした。エヴィーが呼応し、グルグルと喉を鳴らす。

 トンネルの天井が思ったよりずっと低い。頭がつかえてしまう。ウィルは背中を丸くした。

 ところどころに黄色い小花を咲かせた下草は、自由奔放に伸びて、エヴィーの膝まで届いている。緑のトンネルの天井からときどき張り出した枝が、頭を低く下げたウィルのおでこをかすめていく。

 ウィルは自分の前に続く明るい小道がはるか前方で緑にかすんでいるのを見た。ふり返って、駆けて来た道も同じように緑で覆われているのを見た。

 緑の世界にのびる一本の、神秘の地へ続く秘密の通路。ウィルとエヴィーだけに許された。

 どこへ続いているのだろう。

 わからない。けれど、不安は無い。

 エヴィーの足並みが、村のなかで試し乗りしたときとずいぶん違う。ずっと軽快に、けれど力強く、ウィルの身体を揺らす。このままどこまでも駆けることができる、そんな気がする。

 トンネルを形造るのは、小さな丸型の葉をたくさんつけた背の高い草の群だ。ウィルの頭の上で、右から伸びてきた群と左から伸びてきた群が絡みあい、天井を造っている。

 この草の根を掘って搾(しぼ)ってミードに溶かせば、あの味――ガランが『甘い』と言ったあの味――になる、と思うと、トンネル全部が『甘い』香りに満たされている気がしてくる。

 この先には、もっと素敵な発見があるんだろうか? もっといいもの、新しい発見、カピタルとみんなの役に立つもの……

 ウィルはふっと、考えた。

 父さんも、いつもここを通るたびに、同じように感じただろうか。

 今日はさらに遠くへ行こう、もっと新しい森を見つけようと、そんなふうに思いながら、走っただろうか――


 一年前、サムは怪我をして体調を崩し、十日あまり寝込んだ後に、死んだ。

 その日から、ウィルはできるだけそのことを考えないようにしてきた。ハルとも、サムのことを話すことはあっても、サムの死について話すことは、お互いがなんとなく避けていた。

 カピタルの住人は、みな、そうなのだ。

 人が死ぬことは珍しいことではない。年齢も関係ない。

 死んだ人は、いなくなってしまうけれど、寂しくなるけれど、もうそれ以上、生きている人のこころを捕らえてはいけない・・・

 けれど今、竜使いとなってサムと同じ処(ところ)を走りながら、ウィルはどうしてもサムのことを考えずにはいられなかった。

 父さんは、どんな想いで森に入ったのだろう?

 どんなものを見て、どんなことに遭(あ)っただろう?

 どうして怪我をしたんだろう? 俺も、同じめに遭うだろうか?

 そして一番気になっていること。どうして、ガランが焦らなくてもいいと言ったのに、準備が充分ではないのに、もう少し待てば自分が十四歳になるのに、探索を待ってくれなかったんだろうか――

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