05-3.銃
外に出ると、ラタが柵にもたれかかってエヴィーの首を撫でていた。エヴィーの背につけた鞍の位置が微妙に変わっている。
「どうだった?」
ラタは気安く言ったが、ウィルは自分の宝物を勝手に触られた不快感で、思わず横を向いた。ハルならともかく、よりによってラタに鞍を動かされるなんて。エヴィーに近寄り手綱を取ると、少々荒っぽく引いて言った。
「まだいたのか」
「いるわよ。私の家だもの」
そのとおり。
ウィルは手綱を引き、森の入口に向かい歩きだした。
ラタにめげるという感情はないらしい。本を抱えたまま、横に並んで歩きだし、「ねえ、どうだった?」と繰り返した。答えるのも面倒だが、無視しつづけるのも面倒になってきて、ウィルは「うん」とだけ答えた。
ラタには充分らしい。ぱっと顔が明るくなって、さらに続ける。
「びっくりした?」
「うん」
「あんなの、はじめてでしょう」
「うん」
「あの武器、ウィルの役にたつよね?」
「うん」
これには実感がこもっていた。
ラタは得意そうに、本でウィルを小突いて笑った。
「ね、あの武器を使ったら、どんなふうだったか、教えてよ。わたし、とても興味があるの。姉さんたら、ヘンな実験ばかりしてたわ。造っている間は下へ降りちゃいけなかったから、わたしも詳しくは知らないけど。夜中にうるさい音がしたり、このあいだなんて、姉さんが地下から飛び上がってきたと思ったら、すごい咳をして三日間寝込んだり――」
ウィルは気が重くなった。本当に、ちゃんと完成したんだろうな?
ラタは、アリータが三日間寝込んだときの愚痴を延々と続けていた。ウィルはいいかげんうんざりしてきた。うっかり気さくな返事を返すんじゃなかった。人の気も知らないで、ラタはどんどん早足になるウィルに、相変わらずぴったりついて来る。
なんでついてくるんだ、と口にだしかけたが、そう言ってもらいたいなら絶対に言ってやらないぞという気もした。
とうとう村はずれまで同伴されてしまった。
ハルと騎乗試験をした、赤い門石が据えられている、森の入り口。
喋り続けていたラタも、ふと口をつぐんだ。
赤い石と、その奥に続く、森への入り口となる緑の空間。騎乗試験の朝と同じように、陽光に照らされている。
カピタルがこの森を見つけたとき、砂漠と森の境目――今はそこに、ぐるりと柵が立てられれている――は、ここより三百リールほど外側にあった。そのあと、カピタルの住人は、慎重に慎重に、森ににじり寄っていった。はじめは、くるぶしくらいまでの草が生える地帯にテントをはり、次に膝くらいまでの草むらを刈り取ってテントを広げ、というふうに、少しづつ。
そのたびに、赤い門石は森の内側へと移動していった。といっても、この巨大な森からみたら、いまだに髪の毛一筋ほどの接近にすぎないのだけれど。
ここ半年、この門石は一度も動いていない。いっきに草丈が高くなり、壁となって立ちはだかっている。かつてサムが、森へ入るため刈り取った部分だけが、細長く森の中へと続いている。森と村とを繋(つな)ぐその狭い通路を、サムは『トンネル』と呼んでいた。向こう側は見えない。
奥には、何があるのだろう。
「いよいよね」
ラタが呟いた。
癇(かん)にさわる響きは消え、森への畏怖がこめられていた。
カピタルの誰もが、誰に教えられるでもなく抱く、畏れと期待の想い。
「気をつけて、ウィル。無理しないで」
ウィルはラタの素直な激励を感じとり、真面目にうなずいた。
それからエヴィーに向き直り、その背に飛び乗った。
エヴィーの首を巡らせる。トンネルを正面に捉えた。
自分に言い聞かせた。父さんだって、始めの頃は毎日のように森に入って、元気に帰ってきていた。大丈夫――
ふいに、エヴィーが力強く嘶(いなな)き、頭を高々とあげた。
――さあ、行こう! そう促すように。
きっとエヴィーは、ウィルの緊張を全身で感じ、ウィルが踏み出そうとしている一歩の意味を知ったのに違いない。かつてのマスターが辿(たど)り、いままたウィルが踏み込もうとしていることを。
ウィルの胸は高鳴った。不安は希望となり、手綱をもつ手に力がこもる。
「エヴィー、いくぞ!」
鐙(あぶみ)を鳴らした。エヴィーはもういちど嘶いて、未知の世界に駆けだした。
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