05-2.銃

 ラタの家は木組みの家だ。

 学校、ガランの家に続き、カピタルで三番目に建てられたのが、なぜかラタの家だった。もっとも、家といっても扉を入ってすぐ大き目の部屋がひとつ、それだけの物だったが。

 中は、女所帯らしく手作りの小物があふれ、きれいに編んだクロスがテーブルや壁を飾っていた。両親をなくした二人姉妹が自分達で手を加えたのだろう。部屋のすみに並ぶベッドにも、手縫いの刺しゅうを入れた毛布がかかっている。ウィルとハルが住む、寝起きだけに使うテントとはさすがに違う。

 森に着いてから、手先の器用なハルが、学校に迷い込んできた小鳥に草で編んだ巣を作ってやったことがある。小鳥の羽やみんなが持ち寄った色々な毛糸玉が詰まった小さな巣は、カラフルでふわふわと可愛らしかった。彼女達の家はそれに似ているとウィルは思った。

 女の子の家に入るのは、なんだか照れくさい。それがたとえ、あのラタの家だったとしても――とウィルは遠慮がちに見渡して、右手に、二つ目の扉があることに気がついた。

 アリータはその扉を細く押し開け、奥へすべり抜けていった。

 近寄ってみると、三重に張り合わせた木板のあいだにカチカチの土をたっぷり塗りはさんである、頑丈な土扉だ。アリータが通った隙間ではたりないウィルがさらに押すと、ずっしり重い。扉の内側には、ウィルの腹回りほどもある丸太が閂(かんぬき)になるように渡してある。

 不審がるウィルを残して、アリータは細く暗い通路をどんどん先へと進んだ。

 通路は下向きに傾斜している。下からわずかにさす光が通路の壁を照らしている。

 家を外側から見たとき、ラタの家はこんもりと盛り上がった土山の横に木組みの家が埋まるようにして建っていたのだが、位置からしてこの通路は、その土山の中へと続いているわけだ。

 不意に通路が明るく照らされた。行き止まりの扉が大きく開けられたのだ。ウィルは目をしばたたいた。それから明るい光が充満した部屋に首をつっこんで、目を疑った。

 部屋は火力を最大にしたいくつものランプで惜しみなく照らされていた。中央に紅く燃える石がぎっしりと詰まった鉄の箱があり、床や机の上にはおよそ細身のアリータが操るとは思えない鉄製の器具が散乱している。燃える石の熱気でうだるようだ。だが、どこかに通気口があるのだろう、絶えず左の方から新鮮な空気が頬を打った。

「ウィリアム、見てごらん」

 アリータが壁際に近寄って振り返った。

 壁には、細長い鉄棒が何本も立てかけられていた。いや、鉄棒とはいえない。近寄って一本降ろしてみると、細い棒の中央に穴があいていた。棒というより、筒というべきだろう。そして長い筒の下のほうが二股にわかれ、二股部分は木組と竜の皮でくるまれている。筒の中ほどには、奇妙な小さいでっぱりがあった。

「これと組み合わせて使うのよ」

 アリータは鉄筒をしげしげと検分するウィルに言って、ポケットから中指くらいの短さのこれまた金属筒を取り出した。銀色に光っている。受け取ると、小さい割にはずしりと重い。

「完成するまで、大変だったんだから。何度も指を吹き飛ばしそうになったしね」

 アリータはこともなげに言ったが、ウィルは思わず銀筒を落としそうになった。

 手放したいが放りだすわけにもいかず、思わずオロオロと足踏みしたウィルを見て、アリータは笑ってウィルの手から銀筒を取りあげ、ひょいひょいと投げて弄んだ。

「なんだ、臆病ね」

「指が吹っ飛ぶ?」

 たまらずに聞いた。アリータが反対の壁ぎわに置かれた小さな樽を指し示す。

「あれ、何かわかる?」

 考えて、「わからない」と言おうとした瞬間、アリータは腰に手を当てて言った。

「火薬よ」

「火薬? あの、一瞬で燃えるっていう!」

「燃えるっていうか、爆発する、あの火薬ね」

「なんで、そんなぶっそうなモノ、こんな所に置くんですか!」

 思わず怒鳴っていた。だがアリータは動じる気配もない。

「だって、必要なんだもの」

「何に!」

「これに」

 アリータは放り投げていた銀筒を指でつまんで、顔の前に掲げた。

 ウィルは我知らず、のけぞってしまった。自分でもこんなに気が小さかったのかと情けないけれど、怖いものは怖い。アリータの指先で光る物体が、一瞬でこの部屋をふっとばすんじゃないか。

 背中に伝う汗は、もはや暑いからだけではなかった。

 アリータは脅かしすぎたと少し反省したのか、優しい調子で言った。

「大丈夫。言ったでしょう、成功したって。暴発なんてしないわよ」

 ぶっそうなことを平然と言う。

「いったい、これ、なんですか」

「さっきラタと話してたこと、聞いてなかった? 森へ丸腰で入るのかって」

「て、ことは」

「こう使うのよ」

 アリータが壁にかかっていた鉄筒の二股にわかれた端をチョイといじると、蓋が開き中の空洞がさらされた。そこに手の中の銀の筒を落とし込んだ。サイズはぴったりだ。蓋を閉めて筒身をぐるりと廻し、ウィルに二股にわかれたほうを向けて差し出した。

「この間に肩を挟んで。それから腕を伸ばして、ここに指を入れて」

 言われたとおりにすると、筒身は肩にぴたりと収まった。軽く肘を曲げ前へ伸ばした腕の先、手のひらで包み込める位置にでっぱりがあって、人差し指一本が中に差し込めるようになっている。差し込んだ指の先に、カチカチと動かせるレバーを感じ取った。

「これは、武器、なんですね」

 ウィルは筒身を離さずに言った。アリータはうなずいた。

「そう。『銃』という名前の武器。有史以前には人類にもっとも愛された武器だそうよ。ほんの少しの火薬で、遠く離れた敵を狙うことができるの。本でこの武器のことを読んだときには、感動したわ」

「ガランが言っていた『用意させた武器』は、これだったのか」

「そう。首都から持ちだした金属も、燃える石も火薬も、使っていいと言われた。ガランて、ただ温厚なおじいさんに見えるけど、たいしたものだわ。森を見つけたときに必要なもの、そのために要る資源の配分、全部はじめから考えてたみたい。成人の日、『銃』を創れって言われたときに、思ったの。まだ森を見つけてもいないのに、何を言い出すんだろうってね。でも、こんな素晴らしいものを創ることができるなんて、生まれてきた甲斐があったわ」

 初めて『銃』を見るウィルにも、この武器の素晴らしさがわかった。

 森の周辺に居住していらい、村人達はたくさんの『生き物』に遭遇した。そのほとんどは、『虫』や『鳥』といった小さく無害なものだったが、もっと大きな得体の知れない『なにか』に遭遇することも、稀にはあった。

 不幸にも遭遇してしまったら、身を護れる武器は棒切れや短いナイフぐらいで、心細いことこのうえなかった。幸いどれもさほど凶暴ではなく、ことなきを得ていたが、森に入れば『幸い』がいつまで続くかわからない。

 アリータがわずかに顔を歪めて言った。

「あなたのお父様が森を探索したときに、間に合えば良かったのにね。でも、そのときはとても使えないものだったの。まだこの家を建てたばかりで、実験も充分じゃなかった。重いし、狙いどおりに弾が飛ばないし、だいいち暴発する危険が大きすぎて」

 自分を責める響きがあった。

 ウィルはなんと応えてよいかわからず、黙っていた。そしてガランの部屋で感じた疑問が、再び頭をよぎった。父さんはなぜ、準備が万全でないのに、ほんの少し待てばずっとましな状況になるはずなのに、焦って森へ入ったのだろう?

 沈黙した空気をほぐすように、アリータが口を開いた。

「ま、そういうことよ。もうほとんど完成だけど、弾がいま装填した分しかないんだ。大急ぎで作るから、あと五日ほどしたら来て」

「わかりました」

「それまでは、無理しないように。森に入っても、あまり奥まで行かないのよ」 

 口調がちょっと母親じみていた。実際ウィルは母親がいなかったけれど、いたらこんなふうに送り出してくれたかもしれない。

「はい」

 ウィルは指を入れたまま、銃口を下げて言った。

 ぴたりとフィットする銃は、腕に心地よい刺激をあたえて、手放しがたい。自分の為だけの武器。指先でカチカチと遊ぶレバーを、軽く引きたい誘惑にかられる。

 アリータはウィルの様子を見て苦笑しながら言った。

「気に入ったみたいね。さすが男の子ねえ、ラタなんか、あんなに気は強いけど、これには触ろうともしないよ」

 ウィルもそう言われて、本当にこの銃が気に入っていることに気がついた。これから向かえる危険も災難も、この相棒がいれば胸おどる冒険に思える。五日後が待ち遠しい。

 念を押すように言った。

「じゃあ、使いかたは今度教えてもらえるんですね」

「使いかたっていっても、簡単。敵に真っ直ぐ向けて、人差し指を引くだけ――」

 アリータの言葉を聞いていたウィルの指に、我知らず力が入った。そのとたん、


 パン!


 乾いた音とともに、床に銀色の弾がぶちあたり弾けとんだ。

 同時に、鋭い口笛よりなお高い、耳をつんざく大音響が響きわたった。金属がひきつれるような、神経を無茶苦茶にかき乱す音。

 音は、金属片が飛び跳ねるにあわせて二人の鼓膜を突き抜け、真っ赤に燃える石の真中へとびこんでやっと鳴り止んだ。

 ウィルは引き金をひいた瞬間に閉じた目を、恐る恐る開いた。弾がうがった床の穴が、目の前にあった。その先にアリータの靴先が見える。

 上からアリータの溜息が聞こえてきた。

「樽に当たらなくて良かった……」

 火薬樽のことだ。当たったら、どうなっていただろう。

「すみません」

 小さく言った。

 おずおずと周囲を見回すと、紅く燃える石が箱を飛び出し、床に散乱していた。

 手にした銃をゆっくり離して壁に立てかけた。

 子どもよりわけが悪い。ラタには絶対に知られたくない。

「まあ、いいや」

 アリータは軽い調子で言った。

 ウィルはやっと顔を上げることができた。女職人の顔は意外に楽しそうだった。

「まあともかく、完成したことはわかってもらえただろうし。今のは音で脅かす弾よ。たいていの生き物はパニックになって逃げだすと思うから。便利でしょう?」

「……うーん」

 ウィルは賛成できなかった。

 口に出せなかったが、この弾は失敗じゃないだろうか。敵より先に、エヴィーのほうがパニックになることは間違いない。

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