気に入ったみたいね。さすが男の子ねえ
05-1.銃
ハルがグレズリーのところへ初仕事に行くというので、二人は自分達のテントのところで分かれた。
「がんばれよ」
ウィルはハルの背中を叩いて送りだした。
うなずいたハルは、かたがった足を嬉しそうにはためかせて走っていった。グレズリーの小屋にずらっと居並ぶ竜たちに、早く会いたいのに違いない。
ウィルはエヴィーを連れて、騎乗試験をした森の入口に向かった。
村を突っきって森の入口近くまで来たとき、一歳年上のラタ・ジェラに出くわした。
彼女は自分の家から、何冊か本をかかえて出てきたところだった。いつも刺しゅうの入ったスカートをはいて、よほど暑くないかぎり肩に薄手のショールをまいている。
ラタは一年前に一応の卒業してからも、年下のめんどうをみにママ・ペドロスの学校へちょくちょく顔をだしていた。今も、自分が使ってきた本を学校へ届けにいくところだろう。首都から持ち出された本は貴重品で、成長期の子どもたちに受けつがれていく共有財産だ。
「あら、ウィル」
ウィルは、あまり見たくない相手に会ってしまったと思った。
「竜使いの試験、合格したんですって? おめでとう」
ラタは本を両手でかかえて、にこりと笑った。
「エヴィーは大人しいし、ずっと飼っている竜だもの、余裕よね」
そらきた、とウィルは横を向いた。
ラタは女の子らしい見せかけとは裏腹に、勝気でずけずけ言う性格で、先生達やうんと年下には評判がよかったが、同年輩の男の子のうけは良くない。
自分が竜使いの試験に失敗したとき、彼女は「失敗しちゃったわ」とサバサバした口調で言った。さらに「でも仕方ないわよね。べつにわたし、竜使いの子どもでもないし、それに竜使いを目指してるわけでもないわ。きっと、竜は相手の本当の能力と気持ちを見抜けるのよ。ただカッコいいから乗りたいとか、乗りやすい竜で試してみようなんてするから、なかなかパスする人が出ないんだわ」と続けたので、男子からの猛反発をかった。彼らは竜使いになれるかどうかはほとんど運と思いたがっていたので、ラタの言いかたが癪にさわった。的を射た発言であっても、それは口に出さないほうがよかった。人づてにこの話を聞いたマカフィなど、「あの高慢ちきのおしゃべり」と激怒して、それいらいラタを完全に無視していた。
ウィルは、ラタの『竜使い発言』のあと、「あなたはお父様の竜を使うんでしょう。いいわよね、リラックスできて」と言われていらい、今までにまして口をきかなくなった。子どもたちが試験に使うロックダムという竜はたしかに気性の荒いパルヴィス竜だったが、ウィルもハルも、ロックを恐れてエヴィーを使ったわけではない。それに、エヴィーだから試験にパスできたわけでもない。
ウィルが返事をしなかったので、ラタは気まずそうに口をつぐんだ。話の糸口を探すように目を泳がせ、おとなしくウィルの脇に控えているエヴィーを見上げた。
「エヴィーも良かったわね。久しぶりに竜らしく走れるのよね」
エヴィーは喉をならしてちょっと体を揺すった。偶然のしぐさだろうけど、まるでラタの言葉に喜んでいるように見えた。
「ねえ、どんなふうに乗るの?」
ラタはウィルに向き直って訊ねた。
その瞳はあふれる好奇心と、うらやましいという気持ちとを正直に映している。なかなか優越感をくすぐる顔だ。
「鞍の上に乗って、この鐙と手綱で走らせたり止まらせたりする」
ウィルは答えた。教えてやるという口調だが。
「それで、あなたの思い通りに走ってくれるの?」
ラタはエヴィーと古ぼけた道具を眺めた。
「いや、それは最初だけ」
「どういうこと?」
ラタは身を乗りだしてきた。ウィルは面倒なことを言ったな、と直感した。
「ちゃんと乗りこなすのは難しいってことさ」
笛のことを説明するのは面倒くさかった。だいいち、吹いてみてと言われても、まだろくに鳴らない。ラタにそんなことが知れたら、本を返すついでに学校で言いふらすに決まっている。
ラタはさらに突っこんで尋ねる。
「だから、どういうふうに難しいのか聞いてるの」
「どうだっていいだろ」
「教えてよ」
「うるさいな」
思わずキツい声になった。ラタは引かない。
「みんな知りたがってるのよ。教えてくれてもいいでしょう」
「みんなじゃなくて、ラタが知りたいだけだ」
「そうよ、わたしが知りたいの。でも、わたしだけじゃないと思う。ウィルがどんなふうに活躍するか、みんな知りたがっているわ。ママが話してくれた竜や竜使いの話を、みんながどんな気持ちで聞いているか、わかってるでしょう。目の前に本物がいるのよ。聞かずにいられる?」
「父さんがいたじゃないか。レオン・セルゲイだって……」
「そうだけど、聞けそうな雰囲気じゃなかったでしょ」
「竜使いなんて興味ないんだろ。なんでしつこく聞くんだ」
ラタは眉をぎゅっと上げた。
「わたしが? 興味がないなんて、いつ言ったのよ」
「竜使いを目指してなんかいないって。騎乗試験の後に」
ラタは呆れたといった顔で言った。
「馬鹿ねえ」
ウィルはむっと黙った。
天気もよし、体調もよし、心躍る一歩を踏みだそうとしていたのに、せっかくの気分がだいなしだ。ラタに出会ったが最後こういう展開になるに決まっているのに、この家の前を通ったのが不覚だった。だが悔やんでも、もう遅い。
ラタも口をへの字に曲げて突っ立っている。ちゃんちゃんと質問に答えないウィルが気に入らないのだ。「だいたいあいつは誰彼かまわず質問し、世話をやき、そして感謝されたがっている人間なんだ」とマカフィは分析していたが、その分析が当たっているなら、ウィルのような口不精は彼女の天敵だろう。
にらみあいが数呼吸続いた。
エヴィーが手綱を握ったウィルの腕を、鼻づらでぐいと押した。
それでウィルは我にかえった。
思いきって立ち退こうとしたそのとき、ラタの後ろから声が響いた。
「あんたたち、何してるの?」
細い長身の女性が、髪をかきあげながら現れた。ラタの姉のアリータだ。
「仲良く見つめあってるの? 若人たち」
からかうようにラタを見て、ウィンクをよこしてきた。
「べつに」
ウィルの声は上ずった。険悪きわまりない睨み合いだったはずだが、若人よばわりするところをみると、はたからは仲良く見詰め合っているように見えたんだろうか。冗談じゃない。
「冗談言わないで」
ラタがつっけんどんに答える。この点については同意見らしい。
「ふうん、そう?」
アリータはにこりと笑った。笑い方だけは、妹とよく似ている。すらりと長い手足を持て余すように腰に手をあてて足を投げだし、まだ二人をかわるがわる眺めている。
「なによ、なんの用」
ラタが口を尖らせて姉に言う。歳が十ほど離れた姉妹なのだが、さっぱりした気性のアリータに勝気なラタの組み合わせで、口のききかたではどちらが姉かわからない。
「あんたに用じゃないの」
アリータはウィルに向き直った。
「ウィリアムに用があるの。あなた、森に入る許可をガランからもらったんでしょう。その前に私のところに寄るように言われなかった?」
「え?」
ウィルは驚いて聞き返した。アリータはやれやれという顔で続ける。
「聞いてないのね。もう、大事な竜使いだってのに、なんでこう気を廻せるヤツがいないんだろ」
「なんのこと?」
「決まってるじゃない。あなた、森に素手で入るつもり? 何かに襲われでもしたらどうするの。そんな丸腰で」
ラタが割り込んだ。
「それが、姉さんとなんの関係があるの」
「おおありよ。やっと実用に耐えるものが完成したの。ガランの注文の品がね」
ラタはしたり顔でうなずいた。
「じゃ、今度こそ完成したのね」
「そういうこと」
姉妹で勝手に納得されてしまった。
「あのー、なんのことかわからないんだけど」
ウィルが遠慮がちに口を挟むと、アリータは笑って言った。
「はっは、無理もないわ。聞いてないんじゃね。あなたのお父様のときは間に合わなかったんだし、私が準備していることを知っているのは村でもほんの数人だもの」
「間に合わなかった? どういうこと」
心臓に血がぐっと集まってくる気がした。
「見ればわかるわ。いらっしゃい」
アリータは家のほうへと先に立って歩きだした。
ウィルは大急ぎで、手近な柵へエヴィーの手綱を巻きつけて後に続いた。ラタは本をかかえたまま、どうしたものかという顔でその背中を見送った。
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