03-2.成人の報告
あたたかい陽が開けはなした窓からさしこんでいた。
ガランが円卓のそばの肱かけ椅子で、大きな図面を広げて眼鏡を取りあげたとき、扉がノックされた。
「お入り」
ガランが静かに言った。
四十歳くらいの男が少年二人を連れて入ってきた。男はハヴェオと言う名で、ガランを補佐する事務官だ。
「待っていたよ」
ふだん、ガランの部屋に子ども達が立ち入ることはない。始めて入室を許されるときは、大人として共同体の住人になるときだ。ハヴェオは軽く会釈(えしゃく)をして、少年達を前に促した。
「ガラン、ニュースです」
「うむ、嬉しい知らせのようだな?」
ガランもハヴェオも、笑みをたたえて少年達の顔を眺めた。
「共同体カピタルのリーダー、ガラン殿に報告いたします。俺……私、ウィリアム・リロードは、作日、十四の誕生日を迎えました。」
ウィルは先に成人した先輩達に教わった伝統の挨拶を述べた。その言葉を受けて、ハルが続けた。
「共同体カピタルのリーダー、ガラン殿に報告いたします。私、ハルミ・ブラッサムも、今日十四の誕生日を迎えました」
「おめでとう」
ガランは図面を軽くたたんで脇へ寄せ、椅子から立ちあがって二人に歩み寄った。高齢とはいえ長身で腰も曲がっていないガランは、二人を見下ろす格好になる。
「そして、それだけかな? 私に報告することは?」
ハルがウィルの顔を見守った。二人とも誇らしい表情で頬を赤くしていた。
「ガラン殿、俺は、試験にパスしました」
「おう!」
ハヴェオが思わずうなった。
「試験は、今日行いました。エヴィーを使って」
「ウィリアム、よくやった」
ガランは深くうなずいて、ウィルの肩に手を置いた。あたたかい手だった。
「最後にその報告を聞けたのは、君の父上のときだった。それからの歳月は長かったぞ。サムソンも君を誇りに思っているよ」
「ありがとうございます」
ガランの言葉で、エヴィーに乗ったときとは違う感情が込み上げてきた。父に追いついたという満足感と、父の息子だという自尊心と。
「みなに、このことを知らせねばなりませんね」
ハヴェオが嬉しそうに言った。彼も、竜使い誕生の瞬間を見るのは初めてだったのだ。
「あのう、もう知っていると思います」
ハルが言いにくそうに訂正すると、大人達はいっせいに笑った。ウィルも照れくさくて笑った。ハルはガランの家に来るまで会う人ごとに、ウィルが試験にパスしたことをふれ回っていたのだ。
「ハヴェオ、私からの正式な通達として知らせてやってくれ。みな報告を待っているだろう。今日はお祝いをせねばならん。夕食はここに運ぶように伝えてくれないか。うんと奮発したやつをな」
「わかりました」
ハヴェオは部屋を出ていった。冗談も通じない陰気くさい性格で、子ども達には人気のない人物なのだが、今日は自分の子どもが三人くらいいっぺんに産まれたような晴れやかな顔をしていた。
「二人とも、そこにお掛け」
ガランは円卓の椅子を指し示し、自分も向かいの椅子に腰掛けた。
喜びを横へ押しやって、真面目な表情になっていた。二人が腰掛けると、ガランは静かに言った。
「二人とも、十四になった。知っているとおり、十四になったら、仕事をもつ大人として独り立ちせねばならん。みな自分が望むこと、そして自分の力に見合ったことを選んで、カピタルのために働く。その話を今からしよう、よいな?」
二人はうなずいた。ガランはウィルのほうを向いた。
「では、まずウィリアム。さきほど自分が望むことをすると言ったが、君はちょいと特別だ。カピタルの今の状況をわかっているね?」
ウィルはうなずいた。父の遺志を継がなければならない。
サムは森が発見されてからしばらくの探索の後に、怪我が原因で何かに感染し、まもなく亡くなっていた。一年前のことだ。
「我々はこの森に入植しなければならない。一年かけて、少しづつ環境にも慣れてきた。生活も便利になった。屋根のある家に住み、土を耕すことを試み、食料の種類も増えている。プランクトンだけを食べて放浪してきた年月を思えば、このような穏やかな生活は、まさしく天国と言ってよかろう。しかし、ここで安穏(あんのん)としてはおれない」
ガランは眉をあげた。答えを促す先生の顔だった。
「メルトダウンですね」
ウィルはかすれた声で応えた。
「そうだ。もう、あまり時間がない」
ハルが顔をひきつらせてこぶしを握った。メルトダウンという言葉は、どんな人間でも凍りつかせる響きがあった。二人が知っているかぎり、その言葉を正しく伝えようと恐怖せずに口に出せるのは、マリー・ペドロスぐらいだった。
「ハル、脅えなくてもいい。たしかに我々は深刻な状況にある。けれども、それに脅えて生きる弱虫はカピタルにおらんはずだ、そうだな? それに今はウィリアムがいる」
ウィルは身を縮めた。失望されるよりましだと思っていたが、あらためて口にされると、自分にかけられる期待は圧倒的だった。
「ウィリアム、まあ楽にしなさい」
ウィルの様子を見て、ガランが穏やかに言った。
「君の任務を話そう。もちろん、君が嫌だと言ったら強制はできないが……」
「俺、やります」
ウィルは即座に答えた。ガランはにっこり笑った。
「君は本当にサムソンに似ている……。では、続けるぞ。君の任務は、まず森を探索することだ。どのような地形か、どんな植物があるか、どんな生物がいるか、確認することだ」
「探索、ですか」
ウィルは意外に思った。ガランの言うことは、メルトダウンまで時間がないと言ったこととは裏腹に、ひどく悠長に思えた。
「そう、まずは森をよく知ることから始める」
ガランは続ける。
「この森は我々の故郷になる。我々が死んだ後も、子ども達や孫達が生きていく。だがそれは、この森が我らを受け入れてくれたらの話でな。我らはずっと、他の生物がいない環境で生きてきた。他の生物と関わりあいながら生きていく力は、もはや失われてしまった。しかし生物は本来、さまざまに干渉しあって生きているものだ。我々がこの森の輪の中に入れるか、拒まれるか、慎重に試さねばならん」
ウィルの戸惑い顔を見て、ガランは口調を変えた。
「突然こんな話をして、驚いても無理はない。第一、なにをしたらよいかわからんだろう。まあ、詳しい話はまたおいおいするとしよう。ともかく、森をよく調べて、我らが移住できるかどうか見極めてほしいとだけ言っておく」
「わかりました」
「この森に着いてから、サムソンがしばらく探索する期間があった。我々が切り開いた外周よりもう少し奥まで、彼は調査していたはずだ。おそらく村の周辺に、痕跡が残っているだろう。初めはあまり村から離れずに近くを回ったほうがいい」
「ひとつ、きいてもいいですか」
ウィルは口を挟んだ。サムが死んでから、ずっと疑問に思っていることがあった。
「なんだね?」
「父は、森を探索していて怪我をした。エヴィーに乗って森に入って、ある日、太ももを血だらけにして帰ってきて……。父は言っていました。『早まったことをした』と。今でもあの声を覚えている。あの後、俺達は学校に預けられたから、何があったのか一度も話を聞けなかった。……父はどうしてあんな怪我をしたんですか」
「ウィリアム、森は危険に満ちている」
ガランはゆっくりと言った。
「つまり、我々の知らない生が満ちている。それは我々にとっては死に直結することがある。サムソンが『早まった』と言ったのは、準備もろくにせずに森に入ったことを悔やんでいたのだ。乾燥した空気と砂しかなかった砂漠とはわけが違う、それを彼は知った。高い代償をはらってな」
「俺も、同じようになるでしょうか」
ガランは首を振った。口調が強くなった。
「私は、サムソンの失敗を聞いたとき、自分に誓った。けして同じ過ちを繰り返さないとな。それから今日まで、できるかぎりの手を尽くしたつもりだ。君はカピタルじゅうの者から、あらゆる知識と手助けを受けることができる。君の体を守るための衣服、薬、食料、武器。必要なものは遠慮なく言うがよい」
ガランは下を向いた。声は急に低く小さくなった。
「サムソンに同じ物を用意できていたら、彼も死なずにすんだかもしれん。しかしあの時には、まだそんな余裕は我らになかったのだ……」
語るべきか迷いながら、たまらずに独り言を漏らしているようだった。
「私は、まだ時間があると話した。しかしサムソンは焦っていた。そして危険を招いてしまった。皮肉なことだ。君はさらに時間に追われるかもしれん」
ハルがそわそわと足を揺らした。ガランの口調は落ち着いていたが、それだけに残された時間が少ないことを耳にやきつけた。
しかしガランは泳がせていた目をウィルの顔へ戻すと、きっぱりと言った。
「それでも、焦ってはいけない。君を犠牲にして得るものはない」
ウィルの心は上ずっていた。
一年前のサムの様子を思い出そうとしていた。竜使いの自負と誇りにあふれた人だった。自分がやらなければという使命感に、とらわれていたのかもしれない。しかし、自分の命を危険にさらすほど、父さんは焦っていただろうか。もうすぐ十四の試験を迎える自分を残して、ただひとりで森にわけ入るほどに?
ガランはウィルの困惑した表情を見つめ、眉を寄せた。サムのことについて、いま話すべきではなかったと後悔したようだ。急に話題を変えた。
「任務はそれだけではない。同時にシールドポールを森に埋めてもらう」
「シールドポール?」
ウィルはハルの顔を見た。ハルも首を横に振った。聞いたことのない言葉だった。
「メルトダウンの時、この森をシールドで覆って守るためのものだ。森を囲むように埋め込んで、虚粒子球体を発生させるらしい。まあ、私のような老いぼれでは、詳しいことはわからんが、ソディックから完成したと連絡が入った。また日を改めて会わせよう」
ソディックの名前は知っていた。ともかく優秀な頭脳の持ち主で、独力で資料を解析して、カピタルでとっくの昔にとだえていた虚粒子工学を復活させた人物だった。もっともソディック以外の住人は、虚粒子工学がなんの役に立つのかまったくわからなかったが。
ガランは何かを思い出したように、膝をはたと叩いた。
「そうそう、忘れていた。とりあえず、竜に騎乗することを覚えねばならんな」
「竜には乗りましたが」
ウィルが口を軽くとがらせると、まあまあと手を揺らした。
「乗れただけで、騎乗とは言えんな。まあ、笛が使えるようになったら一人前だよ。レオン・セルゲイに会ってこい。実際の竜使いに聞くのが一番だ」
「レオン・セルゲイ!」
ハルが呟いた。
さっきから、ウィルそっちのけで眼を輝かせて聞いていた。彼にとって、本物の竜使いじきじきに騎乗を教わることは最高にうらやましいことだった。
だがウィルは、新たな不安を感じていた。
セルゲイは村のはずれで、今でもテントを張って暮らしている老人だ。もう六十近い歳で、十年以上年前から両足の自由が利かなかいらしい。
この森を見つけた時に竜使いと呼ばれていたのは、レオン・セルゲイと父のサムソン・リロードだけだったが、セルゲイはすでに竜から降りていたので、現役はサム一人だった。気難しい性格で、子どもに愛想をするような男ではなかったし、そもそも自分のテントから滅多に出てこなかったので、みんな憧れの竜使いと知ってはいたが敬遠していた。ウィルはサムから森を探して放浪していたころの冒険談を聞いていて、セルゲイもたびたび話に登場した。しかしとっくに引退した老人を見るかぎり、その活躍ぶりはちょっと信じられなかった。
「セルゲイさんには、どう言えばいいでしょう」
ウィルは思わずガランに聞いた。
「うん? 心配するな。私から伝えておくよ」
少しほっとした。
そこへ、ハヴェオが湯気をたてたカップを三つ持って入ってきた。
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