第62話:私たちがこいつを倒す!
遠くから声が聞こえてくる。
『大変です! 相田千里を吸収した影響でダンジョンが成長を始めました! 篠宮理事、至急他の琵琶女メンバーに緊急脱出するよう警告をお願いします!』
『分かっている。分かっているが、しかし、それでは……』
『ああっ! ダンジョンが物凄い勢いで成長していきます! 現在、最深階数23、24、25……だ、ダメです、全然止まりません!』
なんだかとても大変そうだ。
でも、何をそんなに慌てているのだろう? よく分からない。
どうにも頭がぼんやりしていて、考えることが出来なかった。
『最深階数50階を突破! 推定クリアレベル指数……まさか、そんな!?』
『どうした!? 幾らなんだ!?』
『推定クリアレベル……1000です』
『なんだとっ!?』
階数とか、レベルとか、一体なんのこと?
てか、50と1000ってどっちが多いんだったっけ?
分からない。何も分からない。この真っ暗な世界では自分が立っているのか座っているのか、眠っているのか起きているのか、そもそも私は誰なのか、何一つとして分からなかった。
『なんてことだ……まさか、こんなことになるとは……なら……で……だ』
次第に聞こえてくる声が途切れ途切れになっていき、ついには何も聞こえなくなった。
完全な静寂。光ひとつ差し込まない闇。意識は依然として朦朧としていて、何も分からない、何も考えられない。
ただ、それでも自分が闇に溶け込んでいく感覚だけはあった。
身体が、力が、感覚が、意識が、私の全てが闇と混然一体となって消えていこうとしている。
怖くはない。だって恐怖も闇が吸い込んでくれたから。
悔しさもない。だって生まれた時は何も持っていなかった私が、また何もない状態に戻るだけだから。
闇の中から生まれ落ちた命が、ただ闇の中へと還るだけだから……。
『千里ちゃん、負けないでぇ!』
その時、誰かの声が聞こえた。
同時に勇ましい音楽が静寂の世界を突き破って流れてくる。
あれ、なんだろ? この曲、聞いたことがある。
いつだっけ? どこだっけ? ぼんやりとした意識の中から懸命に記憶を辿りよせる。
《ふっふっふ。琵琶女の校歌はなんとアニメやゲームで有名な作詞家と作曲家が作ったものなんですよー》
自慢げに語るちょこちゃんの言葉がフラッシュバックした。
そうだ、これ、琵琶女の校歌だ!
校歌にしてはダイナミックでドラマティックな序奏から始まり、初めて聞いた時は凄く驚いたのをよく覚えている。
〽さぁ いま咲き誇れ 乙女たち
「千里、頑張って」の心の声とともに、彩先輩の力強い歌声が聞こえてくる。
〽湖上に桜の 花吹雪
続いて友梨佳先輩の可憐な歌声が「頑張るんだ、千里君」って想いを伝えてくれた。
〽青春というステージに 駆け上がり
いつもなら「ほら、早く目を覚ますですよ!」と喝を入れてくるちょこちゃんが優しく歌い上げる。
〽一片の悔いも残さず さぁ
いつだって勇気をくれたつむじちゃんの頑張って歌う姿が見えた。
〽踊りましょう!
琵琶女放課後冒険部みんなの歌声がはっきりと聞こえ、私の意識が急浮上する。
そうだ、まだだ。まだ終わってない。終わってなんかいない!
私たちは決めたんだ! 私たちの手で杏奈先輩を、琵琶女を取り戻すって!
他でもない、琵琶女放課後冒険部みんなで、最後までやりきるんだって!
〽ああ風が吹く 水しぶき頬濡らし
みんなと一緒に私も歌った。
私はここにいる。暗闇の中で私はここにいるんだって、私は大丈夫だって、みんなに伝えるために!
〽されど微笑みは 絶やさずに
暗闇に一筋の光が突如差し込んだ。
その向こうにみんなの姿が見える!
〽ああ麗しき 琵琶の乙女たち
『し、信じられません! ダンジョンが、ダンジョンが急速に収束していきます! 最深で99まであった階層が現在はわずか30まで戻り、今もなお縮小していきます!』
『な、なんだと!? 一体どういうことだ!?』
『分かりません! が、おそらくは相田千里が奪われた魔力を取り戻したのではないか、と』
〽
『ああっ、ついにダンジョンが元の階層まで戻りました! 相田千里も健在です!』
『ふぅ、あとは何とかして相田千里を救い出す……いや、今の魔力を取り戻した彼女ならば自力で抜け出すことも可能か』
〽
『みんな! ありがとう! 私、戻ってきた! 戻ってこれたよ!』
校歌の一番を歌い終わった私は声を張り上げた。
『冷や冷やさせないでよね。一瞬もうダメかと思っちゃったじゃない』
心配させてごめんなさい、彩先輩。
『まぁまぁ、そういう後輩を信じきるのも僕たち先輩の役目だよ、彩』
友梨佳先輩、いつも見守ってくれていてありがとうございます。
『そうだよぅ。私なんてぇ、ずっと信じてたよぅ?』
おっとしていて実は芯が強いよね、文香先輩。
『拙者もでござる。なんせ千里殿はどんな時でも諦めない不屈の精神の持ち主でござるからな』
え? そんな大層なものじゃない……でも、信じてくれてありがとうつむじちゃん。
『でも、千里って中学の頃は根性なしのヘタレ野郎だったってちょこは聞いたですよー』
ちょ、そんなひどいこと誰が言ったの!? ……まぁ否定は出来ないけど。
『さぁ、相田千里、今すぐそこから脱出するんだ。今はまだ鈴城杏奈から奪い取った魔力が残っているから健在だが、明日にもなれば
みんなとの話が終わるのを見計らって、琴子さんが話しかけてきた。
琴子さんには随分と心配かけちゃったと思う。本当にごめんなさい。でも。
『ごめんなさい、琴子さん。それはもうちょっと待って』
『待って、だと? いったいそれはどういう意味だ、相田千里?』
『勿論、私たちがこいつを倒すって意味ですよ!』
さぁ、ここからが本番だ。
文香先輩が校歌の二番を歌い始めた。さっきは無我夢中だったから気が付かなかったけれど、これ、凄い。まるで体の奥から勇気が湧き出てくるみたい。まさにブレイブソング!
文香先輩の力を借りて、私も気合を入れ魔力を最大限にまで高めていく。
もっと、もっとだ。もっと高まれ、私の力!
私を取り込んだこいつの身体を、逆に私が乗っ取ってやれ!
その力が私にはある!
なんてったって私の魔力は、触ったものに伝わってその属性を変化させることが出来るんだからっ!
『千里、そろそろ用意は出来たですかー?』
ちょこちゃんの問いかけに私は心の中で大きく頷いた。
『だったらまずはちょこから行くのです! 行け、天からの一撃・秘儀レイドック!』
ちょこちゃんの背後に現れた大きな弓矢が、黒い霧のコア目がけて撃ち込まれる。
属性は水。本来ならどれだけ強力な攻撃であっても、闇属性の黒い霧には吸収されてしまうけれど……。
『なんてことだ、お前ら最初からコレを狙っていたのか……』
レイドックが深々と土属性に変化させられたコアに突き刺さる様子を見て、琴子さんが苦虫を噛みつぶしたような、それでいて同時に笑いを堪えるようにして呟いた。
『お前らの戦術は、光魔法の近接攻撃なんかじゃないな? 本当はわざと捕獲され、中から奴の属性を操るのが本命だったんだ!』
そう、その通り!
あまりに危険だから琴子さんには作戦の前半しか伝えなかったけれど、本当はこの展開こそがちょこちゃんの考え出した秘策中の秘策だったんだ。
『次はボクが行くよ。千里君、風属性への変化を頼む!』
友梨佳先輩の声に従って、土属性に変化させていた黒い霧を今度は風へとチェンジさせる。
ようやく黒い霧もこちらの意図を理解したのか、突進してくる友梨佳先輩に慌てて何本ものの鞭を放つけれど、ダメダメ、土属性に弱い風属性ではダメージはおろか、先輩を止めることすら出来ないよ!
『よくも学校を好き勝手やってくれたね。学校の愛しいみんなを代表してボクからも一発お見舞いさせてもらうよっ!』
これまでみんなを守ってきてくれた盾を投げ捨てた友梨佳先輩が、走りながら拳を構える。
黒い霧はひときわ黒くて太い煙をもくもくと噴き上げ腕を作ると、そんな先輩にむけて上空から激しく振り下ろした。
『ナイス! 千里君、これも千里君が?』
『いいえ。これはこいつの意志です。友梨佳先輩、任しましたよ?』
『オッケー! 任せられた!』
直後、友梨佳先輩の拳がコアに打ち込まれるよりも早く、黒い霧は煙の剛腕を叩きつける。
哀れ友梨佳先輩はぺっちゃんこ……なわけがない。というか、友梨佳先輩を心配するよりも早く、なんとも言えない浮遊感が私を襲った。
『残念だったね。ボクは殴りつけるより投げ飛ばす方が得意なんだ』
振り下ろされた煙の腕の勢いを利用し、黒い霧のコアを上空高くへと投げ飛ばした友梨佳先輩がニカっと笑う。
『ということでみんなの分までお見舞いするのは彩に任せたよ!』
『了解、お姉さま!』
いつのまにジャンプしていたのだろう。彩先輩が天から落ちてきて、空中で態勢もままならない黒い霧へと剣を振り下ろしてくる。
『琵琶女を返してもらうわよっ! おりゃああああああああああ!!!』
私が黒い霧の属性を水に変えると同時に、火属性の彩先輩が最大限の魔力を剣に乗せてコアを叩きつけた。
さっきまで上昇する浮遊感が、ドンという衝撃を伴い一瞬にして下降へとベクトルが変わる。
ちょっと気持ち悪い。でも我慢。だって待ち望んだ勝利はまさにすぐそこなんだから!
『止めは任せたよ、つむじちゃん!』
友梨佳先輩にかち上げられ、続いて彩先輩渾身の一撃で逆に地面へと叩きつけられようとしている黒い霧のラスボス。
その真下で待ち構えるつむじちゃんに、私は大声で叫ぶ。
『心得たでござる』
こんな時なのにつむじちゃんは目を瞑っていた。
どんどん地面へと迫る黒い霧。このままでは逆につむじちゃんが押しつぶされちゃうんじゃないかって心配したその時。
『ここでござる!』
目を開けたつむじちゃんが、落ちてくる黒い霧のコアにクナイを突き上げた。
小さなつむじちゃんの手にも収まる小さなクナイ。知らない人が見たら、そんなので攻撃してもダメージなんか与えられないって思うだろう。
だけど。
『おおおおおおっーーーーーー! 黒い霧が……今年のダンマスのラスボスが真っ二つになったぁぁぁぁぁぁ!』
小春ちゃんが絶叫する。
そう、忍者を極めたつむじちゃんの必殺技は、相手を一撃で葬り去る威力を持った暗殺術。
闇属性ならそれも吸収できただろうけど、火属性に変えられた黒い霧にもはやこれを耐える力は残っていなかった。
落下する黒い霧のコアがつむじちゃんの突き立てたクナイを中心にして、まるでケーキのように切り裂かれていく。
と、不意に視界が開けて、私の体が外に放り出されたかと思うと、次の瞬間にはつむじちゃんに受け止められていた。
「あ、ありがと、つむじちゃん! 重くない?」
「大丈夫でござるよ。それよりも拙者、千里殿との約束を破ってしまったでござる」
「約束?」
「もうこの手の技は使わないと約束したではござらんか」
ああ、そう言えば。
「うーん、でも今回は許してあげる。だってほら」
万女の異世界ダンジョンでつむじちゃんが私に暗殺術を使った時、そこに笑顔はなかった。
だけど今は見なくても分かる。
勝利を祝う歌を口ずさみながら駆け寄ってくる文香先輩が。
やれやれやっと終わったですと苦笑しながら歩いてくるちょこちゃんが。
お互いにハイタッチを交わした後、私たちを抱きしめようとしてくる友梨佳先輩と彩先輩が。
そしてつむじちゃん、もちろん私も。
みんな、満面の笑みを浮かべている!
だったらいいんじゃないかな、うんうん!
『やりましたー! 琵琶湖女子高等学校放課後冒険部、全国大会優勝でーす!』
小春ちゃんのアナウンスが琵琶女ダンジョンに響き渡る。
長い長い私たちの戦いが、ついに終わりを迎えた瞬間だった。
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