第61話:やりましょう!
闇属性……それはモンスターだけの特殊属性。基本の四属性の攻撃は全て吸収し、ダメージを与えられるのは魔法使いの光魔法だけ。
そんな厄介な属性だから、これまではスライムなどの雑魚キャラにしかいなかった。それがまさかボス、しかも杏奈先輩を攫い、学校を異世界化した黒い霧の正体だったなんて……。
思えば杏奈先輩も一撃を食らわしたところで慌てて距離を取ったのも、このことに気が付いたからだったんだね。
逆に今の今まで気が付けなった私たちは、間抜けもいいところだ。
「思わぬ事態になったな。これまでの我々では危うく大会中止も止む無しだったところだ。しかし……」
翌朝、食堂にみんなを集めて話し始めた琴子さんは、ニヤリと笑う。
「運がいいことに、昨日の戦いで琵琶女が魔力伝導による属性変化を発見した。桁違いの魔力を有する相田千里ならではの荒業だが、これならばあのラスボスを倒することが出来るだろう」
本当ならここでわぁと歓喜の声があがるものだと思う。
だけど万女や大泉のみんなは困惑気味に顔を見合わせ、私たちも喜ぶことはなかった。
「ちょ待ちや、琴子さん。それはつまり、琵琶女にしかあいつを倒せへんって言うてるんか?」
みんなを代表するかのように質問したのはタイガーさん。表情は勿論のこと、声にも不満の色が濃く滲み出ている。
「いいや、そうではない」
「そうやないって、そやけどさっき相田千里のふざけた属性変化なら倒せる言うたやんけ!」
「そうだ。それだけがあの悪魔を倒しうる。が、琵琶女では無理だ」
この受け答えに、みんなの困惑がもはやざわめきになって噴出し始めた。
黙っているのは私たちだけだ。
そう、私たちは既に昨夜のうちに聞かされていたんだ。
琴子さんの次の言葉を。
「あいつを倒すには今大会に集まった中から、最強メンバーを組みなおす必要がある」
「最強メンバー? それはつまり、学校の垣根を超え、最強の六人でパーティを組むということか?」
「その通りだ、高千穂玲」
「そんなアホな!? それやったら優勝校はどうやって決めるねん!?」
「今大会での優勝校はない」
衝撃的な発言に続き、みんなからの反論を潰すべく、琴子さんが矢継ぎ早に畳みかける。
曰く、この大会には琵琶女校舎と、杏奈先輩の命がかかっている。
曰く、何としてでもこの二つを奪回しなくてはならない。
曰く、もし奪回失敗となっては今後の放課後冒険部の運営すらも危ぶまれる。
曰く、故に優勝云々などと言っている場合ではなく、最強メンバーによってこの危機を脱すべきである。
一気に話し終えると、琴子さんは煙草に火をつけ口に咥えた。
食堂に琴子さんの煙をふぅと吐く音が妙に大きく響いた。
「あんたたちが優勝する為にどれだけ厳しいトレーニングをしてきたのか知っている。そんなあんた達に優勝を諦めろというのは酷な話だってのも自覚してるさ。だから納得しろとは言わない。許してくれとも言わない。ただ協力してほしい。琵琶女を、鈴城杏奈を、放課後冒険部を救うために。どうか頼む」
吸い終わった煙草を自前の吸い殻入れに投げ込むと、琴子さんは突然その場に座り込んだ。
どうしたんだろうと思う間もなく、さらに両手を床に置く。そして、
「この通りだ」
深々と私たちに向かって頭を下げた。
「……そんなこと、
「タイガー……」
「ああ、もう。そやからそんな目で見んといてや。うちらが悪かった。琴子さんの言う通り、もう優勝やなんやと拘ってる場合やない。あのラスボスをなんとかせえへんと、こんなおもろい部活がなくなってしまうんや。そやったら協力でもなんでもしたるわ! 高千穂、あんたはどうや!?」
「……いいだろう。タイガー、お前たちと一緒に戦うなんて思ってもいなかったがな」
「はん! それはこっちのセリフや! となると最強メンバーの選定やが、前衛はうちとあんた、それからおい、つむじ!」
いきなり名前を呼ばれて、隣に座っていたつむじちゃんがコクリと小さく首を縦に振る。
「お前も入れ。で、後衛は相田千里とうちのアリンコと、それから」
「琵琶女のおっぱいおばけだ。あいつの歌で俺たちの属性変化を維持する。そうすれば俺たちは勝て」
「ちょっと待つですよっ!」
タイガーさんと高千穂さんの間で次々と決まっていくメンバ―選考に、私の近くから異論を挟む声が上がった。
ちょこちゃんだ。
「なんや? 今はお前と口喧嘩しとる暇なんてあらへんぞ。それとも何か、お前もメンバーに入れろっつーんか? アホか! 確かにお前の戦術を組む力は大したもんやが、それでも最強メンバーに入れるほどでは」
「うっさいのですよ、バカ虎! 黙りやがれです」
「なんやと!」
「バカ虎の考えた最強メンバーなんて興味ないのです。それよりもちょこたちが言いたいのは、このままでは不公平だってことなのですよ」
「不公平? 何を言っている、小泉千代子?」
ちょこちゃんの言うことが分からず、琴子さんが怪訝な表情でこちらを見てくる。
「いいですか、万女や大泉はあの黒い霧の化け物に手も足も出ずにやられちゃったのですが、こっちはまだ戦ってもいないのです。ちょこたちが戦ってもいないのに最強メンバーだなんだって言うのは、不公平なんじゃないですかー?」
「はっ、何聞いとったんや、お前? さっき琴子さんがお前らでは勝たらへんって言うとったやないか!」
「そうだ。昨夜も言ったな。いくら相田千里の属性変化魔法を使っても、お前たちでは勝てないと」
「聞きましたよー。だから、ちょこは昨夜遅くまで考えたのです。千里の属性変化を使わなくても勝てる方法を!」
そうしてちょこちゃんが必死で考え、今朝一番に私たちへ話してくれた作戦――その一部を話し始める。
それはとても危険な賭けだった。だけど、私たちの気持ちはもう決まっている。
私たちの手で学校と杏奈先輩を取り戻せるチャンスが、たとえ物凄く少ない可能性とはいえ残っているのなら……それに全てを賭けるのを躊躇ったりはしない!
「ふっふっふ。負け犬どもは黙って見ているがいいのです。優勝はちょこたち、琵琶女放課後冒険部がいただきなのですよっ!」
作戦を聞いて目を見開いて驚くみんなに対し、ちょこちゃんが啖呵を切ってみせる。
琴子さんは何かを考えるように、顎に片手を置いて目を瞑っているものの、ちょこちゃんの作戦に異を唱える様子はない。
だから言われなくても分かった。決行だ! となると、気になるのはひとつだけ。
「あ、あの、琴子さん、ひとつだけ聞いておきたいことがあるんですけど?」
「あ? なんだ、相田千里?」
「えっとですね、その、謎の光って今から仕様を変えることって可能ですか?」
いや、だってほら、杏奈先輩からお願いされてたし。一応、ね。
『およそ半年前、琵琶女放課後冒険部はふたつの大切なものをこのモンスターに奪われました』
琵琶女ダンジョン最下層に小春ちゃんのいつもとは違う、テンションを抑えたアナウンスが響く。
『ひとつは彼女たちが通う琵琶湖女子高等学校の校舎。校舎ごと異世界化され、生徒たちは今も散り散りになって別の高校に通っています』
地面はリヴァイアサンが倒されたからか、再び普通の固い地面に変わっていた。
これなら土魔法による攻撃もちゃんと発動してくれそうだ。
『そしてもうひとつは彼女たちの恩師――昨年の大会最優秀者であり、勇者の鈴城杏奈。ダンジョンに前年勇者が鹵獲されるというこの前代未聞の大事件は、全国の放課後冒険部を揺るがしました!』
小春ちゃんが少しずつテンションを高めてくる。ホント、放課後冒険部員よりこっちの方がずっと似合ってるよね。
あ、ちなみに謎の光だけど、杏奈先輩には気絶して横たわる先輩の映像が、その裸体の上に張られて全国放送されるらしい。
なんでも動かないのが分かっていれば、謎の光ではなくてこういう処置が可能なのだそうだ。
よかったよかった、これには杏奈先輩も安心してることだろう。
だからもう何も心配はない。
『しかし今、ついに彼女たちはここに戻ってきた! 全ては愛する学校を、そして恩師・勇者杏奈を取り戻す為に! さぁ琵琶女放課後冒険部、全力を尽くしてリベンジを今こそ果たしちゃってくださいっ!』
小春ちゃんの絶叫とともに、私たちは走り出す。
黒い霧の化け物が、しゅるしゅると触手のような煙の鞭を次々と繰り出してきた。
私たちの戦術はこうだ。
まず文香先輩が私たちの反応速度を上げるスピードソングを歌い上げる。
ちょこちゃんは予め私の土魔法で作り上げた高台から戦況を見守り、インカムの魔法でリアルタイムに指示を飛ばす。
つむじちゃんは四人に分身し、囮として黒い霧の意識を少しでも引き付ける。
そして残った三人は、と言うと――。
「ひええええ。怖ィィィィイイ!!!」
次々と襲い掛かってくる煙の鞭の連撃に、私はさっきから悲鳴を上げっぱなしだった。
「何言ってんだい? 半年前はこいつらを片っ端に迎撃してたのはどこの誰だったかな?」
友梨佳先輩が私の前に立って、悉く鞭を弾き飛ばしてくれた。
「そうそう、あれは凄かったわね。というか、呆れたわ。杏奈ですら一撃でやられた奴を圧倒するんだもん」
攻撃を友梨佳先輩の盾で塞がれ、再度襲い掛かろうと態勢を整える前に、彩先輩が剣で断ち切る。
「だってあの時は無我夢中で」
「だったら今も集中しなさい」
「そうだ。杏奈君を取り戻すんだろう?」
弱音を吐くのは許さないぞとばかりに、先輩ふたりが私に檄を飛ばしてきた。
普段なら絶対にありえない、前線で戦うふたりと一緒に行動している私。その目的はただひとつ。光魔法を充填させた杖で、直接黒い霧のコアを叩きつけること!
昨夜、琴子さんは言った。
例え光属性の血液魔法五連発でも、黒い霧のモンスターは倒せない、と。
戦闘で得られたデータを元に何度も計算したから、それは間違いないのだそうだ。
だったらみんなの属性を光魔法に変化させても、それもまた計算上、パワーが足りないと言う。
だから琵琶女放課後冒険部を諦め、最強メンバーの再構成を言い渡された。
勿論、私たちも最初は反対した。
ここまでやってきたのは私たちの手で学校と杏奈先輩を取り戻す為だって。
それに明日は事実上、友梨佳先輩と一緒に冒険できる最後の日。それなのに最初から匙を投げるのは嫌だって。
でも、言葉を交わせば交わすほど、それは私たちの我が儘に過ぎないと思い知らされた。
他の二校だって優勝という栄誉を母校にもたらす為、ここまで頑張ってきたんだ。それは君たちとなんら変わらない。その二校を押し黙らせて、勝ち目のない戦いをするなんて決して許されない、と。
結局、私たちは琴子さんの提案を受け入れるしかなかった――そう、ちょこちゃんを除いて。
「リヴァイアサン戦のミスを帳消しにしたいのです!」
そう言ってちょこちゃんが一晩考えて思いついた作戦を聞かされたのは今朝のことだ。
ちょこちゃんによれば威力が拡散する血液魔法に対し、直接杖によるぶん殴り魔法は一点に集中する分、ダメージが大きい。近づくのは至難だけど、それでも光魔法を充填させた杖でコアを殴って破壊すれば、そこから杏奈先輩を救出することが出来るはず!
はっきり言って、とても危険な賭けだった。
上手く行けばいいけれど、もし失敗したら事態はもっとひどいことになる。
最初は友梨佳先輩と彩先輩が反対、文香先輩とつむじちゃんが保留となった。
だけど。
「やりましょう!」
私は言い切った。
確かに上手く行くかは分からないけれど、やらずに諦めるのは嫌だったから。
成功するにしろ、失敗するにしろ、全てやりきっての結果なら杏奈先輩の言うように「仕方ない」で納得できると思ったから。
私の答えにつむじちゃんが、続いて文香先輩が賛同してくれた。
彩先輩が最後まで渋ったのは当然だと思う。だって先輩は生徒会長だ。これで失敗したら、それこそ非難の矢面に立つのは先輩になる。申し訳ないと思った。
それでも最後は「分かったわよ。一番辛い千里がやるって言うんだもん。私もやるわ。失敗したら私が責任を取ってやるから安心してやりなさい。でも絶対成功させなさいよ、千里」と言ってくれた。
まぁ、途中から私側に回ってくれた友梨佳先輩の説得の力が大きかったのは否めないけどね。
「ちょこ君、目標まであとどれくらいだい?」
「およそ50メートルぐらいですよー!」
「よし、あともうちょっとね。気合入れていきましょう!」
戦場に文香先輩のノリのいい歌声が流れている。
ちょこちゃんが「右側が空いているのです」「つむじ、もっと左に鞭を誘導するですよ」と次々に指示を飛ばしてくれた。
友梨佳先輩が私の前に立って煙の鞭を弾き返しながら、じりじりと前方へ。
横から襲い掛かってくる奴は彩先輩が対処してくれた。
そんなみんなに助けられながら、私も友梨佳先輩の背中へ付いていった。
黒い霧の本体に近づくに連れて、相手の攻撃は激しくなる。
それでも私たちは決して歩みを止めなかった。
倒す! 私たちがあいつを倒すんだ!
そして学校を、杏奈先輩を救い出すんだ!
「千里、今なのです!」
そしてとうとうその時が来た!
ちょこちゃんの指示と同時に、友梨佳先輩がしゃがみ込む。
目の前には黒い霧のコア。思い切り上空に抱えた杖を、一気に振り下ろす。
ピキッ!
光魔法を充填させた杖が叩いた所が鈍い音を発し、ヒビが入った。
ピキッピキッピキッ!!!
次々とひび割れが広がっていき、まるでゆで卵の殻が零れ落ちるようにコアから剥がれていく。
真っ暗闇のコアの中……そこにすっぽんぽんで三角座りして眠る杏奈先輩の姿が見えた!
「杏奈先輩!」
私は急いでコアの中へと手を突っ込む。
何の抵抗もなかった。まるで黒い煙の中に手を突っ込んでいるような感じ。
必死に手を伸ばす。その指先がついに、あの時掴むことが出来なかった杏奈先輩の髪の毛に届いた。
「杏奈先輩、今助けます!」
頭から肩へ、肩から腕へと指先を移動させて、私の指は杏奈先輩の手を握りしめることに成功した。
そのまま思い切り引っ張る。まるで死んでいるかのように意識のない杏奈先輩の身体は凄く重かった。それでも弱音を吐かず、ただひたすら力の限り引きずり出りだそうとする。
杏奈先輩の綺麗な形をしたおっぱいが見えた。
今はまだコアの中だけど、もうすぐしたらこのおっぱいも、もっと大切なところまで外へ引っ張り出されて丸見えになってしまうだろう。予めすっぽんぽんの杏奈先輩がどのようにテレビ中継されるのか聞いておいて本当に良かったと思った。
『やりました! 相田選手、ついに勇者杏奈の奪回に成功ですー!』
杏奈先輩がずるりとコアの中から引きずり出されると同時に、小春ちゃんのアナウンスが飛び込んできた。
『これで勇者杏奈を失ったラスボスの弱体化は必至です! 琵琶女放課後冒険部、とうとう念願の優勝に』
手をかけた、と小春ちゃんは言いたかったんだと思う。
いや、もしかしたらちゃんと最後まで言ったのかも。
だけど私の耳にその声は届かなかった。
何故なら――。
『いかん! 逃げろ、相田千里!』
代わりに琴子さんの声が割り込んできたかと思うと、私の身体はコアの中から突然伸びてきた無数の触手に絡み取られ、一気にその中へと引きずり込まってしまったのだから。
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