第60話:仕方ないじゃん
「あれ、千里ちゃんだ。やっほー!」
気が付いたら私は真っ白い空間にいた。
シミひとつ無い、淡くて白い光に満たされた空間は果てしなく広く、地平線が見えるほどに何もない……ただし、ある一部分を除いて。
「いやぁ丁度良かったよ。ここ、大抵のものは願えば出てくるんだけどネットに繋がってなくてさー。対戦が出来なくて退屈だったの。さぁ、何で対戦しよっか。マリカー? スマブラ? 桃鉄もあるよー」
カオスだった。
液晶のテレビの前には幾つものゲーム機とパッケージが無造作に置かれ、周囲にはポテチやコーラのペットボトル、さらには読みかけの漫画とかが散乱していた。
空間認識力がバグったようなこの不思議な場所で、この生活感が溢れまくっている有様はカオスとしか言いようがないと思う。
だけどそれ以上に驚いたのは。
「杏奈先輩、なんで真っ裸なんですかーっ!?」
そう、杏奈先輩がすっぽんぽんで敷きっぱなしと思われる布団の上に胡坐を組み、ゲームをしていたことだった。
「え? ああ、いやさっき言ったけど、ここ大抵のものは願えば出てくるんだよ。でも、服は大抵のものに入ってなくて」
「だったらその布団で
「えー、別に誰も見てないからいいじゃないー」
それよりも早くゲームしようよと、手招きしてくる。
もうあんなところやこんなところまで丸見えで、こっちの方が恥ずかしいよっ!
「てか、ゲームは後にしてまずは説明してください。ここはどこなんですか?」
「さぁ。私も正確なことはよく分かんないけど、多分モンスターの中じゃないかな?」
「モンスターの中って……じゃあ私もモンスターに捕まって」
「あ、それは違うと思うよ。千里ちゃんも捕まったのならダンジョンが一気に成長するはずだけど、そんな感じはなかったし」
「だったらこれは何なんですかっ!?」
「さぁ? 夢なんじゃない?」
夢って、そんな……。
呆れながらもふとここに来る直前に見た光景を思い出す。
つむじちゃんの一撃で崩れ去るリヴァイアサン。でも体内から現れたのは杏奈先輩ではなく、あの黒い霧のバケモノだった。
ああ、やっぱりこいつが真のラスボスなんだ……そう思ったところで意識が急激に遠のいてしまって、気が付けばここにいた。
てことは、もしかしてこれって本当に夢!?
「……じゃあとりあえずマリカーで」
「おっけー。じゃあ千里ちゃんのコントローラーはこれね」
しばらく考えた後、私はとにかくゲームに付き合うことにした。
杏奈先輩にコントローラーを手渡され、その隣りに座る。
キャラとコースを選択して、ゲームスタート。相当にやりこんでいるのか、杏奈先輩がいきなりロケットスタートを決めた。
その後もぐんぐん先に行って、あっという間にその後姿が見えなくなってしまう。
「……杏奈先輩」
半周ほど走ったところで、我慢できなくなって声をかけた。
「ん、どしたん? 操作方法が分からないとか?」
「ごめんなさい。私……頑張ったんですけど……杏奈先輩を救出出来ませんでした」
カラフルな画面がさっきから滲んでよく見えない。
コーナーで壁にぶつかる。なんてことはない直線も、なかなかまっすぐに走れなかった。
「ううん。千里ちゃんたちはよく頑張ったよ」
「で、でも……あともうちょっとだったのに……あんなところで気を失うなんて」
「あははー、そうだねぇ。でもアレは仕方ないよ。千里ちゃん、血を失いすぎてもうフラフラだったもん」
「だけど……それでも……みんなに」
「みんなに悪いって? 大丈夫だって。みんな、気にしてないよ。だってここまで千里ちゃんがどれだけ頑張ったか、全員知っているもん。そのうえで限界が来ちゃったんだから、それは仕方ないじゃん」
「仕方ないなんて!」
「ううん、仕方ないの。頑張ったけど残念な結果になることは、どうしてもあるよ。そういう時はもう仕方ないって思うしかないんだよ」
そう言って杏奈先輩が話してくれたのは、去年のダンマス最終戦、その最後の一撃のことだった。
「あの時ね、ラスボスの攻撃を食らったら玲ちゃんの魔力は危なかったの。だから私は咄嗟に前へ出て、相打ち覚悟で攻撃したんだ。私が戦えなくなっても、玲ちゃんさえ無事ならラスボスは倒せる。そう思ったから」
でも結果として杏奈先輩のその行動が、高千穂さんの勇者獲りの夢を壊してしまった。
「玲ちゃんはああいう性格だから私を責めたりはしなかったよ。でも、私はずっと悪いことをしたなぁって思ってて、勝手に苦しんで……。実はなかなか大泉に帰らず、千里ちゃんたちに付き合ったのもそういう事情があったからなんだよ」
「そ、それは知りたくなかったかも」
「ごめんね。でも、長い時間一緒にいれたおかげで千里ちゃんたちと仲良くなれたし、私が勇者になったのは悪いことばかりじゃないなって思ったんだ。そう考えたら、うん、あれは仕方ないって思えるようになったんだよ」
だからものすごく頑張ったうえでの仕方ないは悪い言葉じゃなくて、ついつい自責の念に囚われる自分を解放してくれる魔法の言葉なんだよと杏奈先輩は笑って言った。
そういうものなの、かな?
「それにね、千里ちゃんにはまだチャンスが残ってるじゃない」
「え? で、でも、私たちの後に大泉や万女の人たちが黒い霧を倒したんじゃ……?」
「だとしたら私、ここで、しかもこんな格好でゲームなんてしてないと思うな」
あ! そう言えばそうか!
「だから待ってるよ、千里ちゃん。今度こそ私を助けに来てくれるのを」
「あ……はい! 任せてください!」
私は涙を拭うとコントローラーを杏奈先輩に返し、力強く立ち上がって約束した。
「約束します、今度こそ絶対助けるって」
「うん」
「あ、でも、ひとつだけ謝っておきます。杏奈先輩のすっぽんぽん姿、テレビ中継に乗っちゃうと思いますけど……それこそ仕方ないって奴ですよねっ!」
「え”!?」
「でも、ほら謎の光もありますし、大事なところはちゃんと隠されて」
「いや、ちょっと待って千里ちゃん! ちなみに今年の謎の光ってどんなのか知ってる!? もちろん、ソニー基準だよね!?」
慌てふためく杏奈先輩が一枚のクリップボードを出現させた。
ボードには何故かプーさんの人形をお腹あたりで抱えた裸の杏奈先輩が、4つのパターンで描かれている……。
「えっと、確か説明ではこの一番右の奴だったはずですけど」
「えー!? それっておっぱいと股間だけが隠されているCERO基準じゃーん! 身体のラインが丸見えで恥ずかしいィィィィ!」
いや、私の目の前ではその大事なふたつも丸見えな杏奈先輩がいるんですけど。
てか、ボードの左端のパターンは何なんだろう? 杏奈先輩どころか、プーさんまで光で見れないんだけど。
「千里ちゃん、夢から戻ったら琴子さんに今からでも全身を光で覆い隠すソニー基準にするよう言っておいて! お願い!」
「はぁ、一応伝えておきます」
まぁ、今から変えられるとは思えないけどね。
「あ」
次に気が付くと、そこは宿舎の部屋だった。
私の眠りを妨げないように、部屋に灯りはついていない。
でもみんなの見守るテレビの明かりが、部屋を海の中のようにぼんやりと照らし出していた。
「あ、千里殿、起きたでござるか?」
つむじちゃんの声をきっかけに、一斉にみんなが私の方へ振り向く。
「う、うん。おはよう……って、まだ夜の11時なんだ」
テレビの画面に『熱闘! ダンジョンマスターズ!』の番組ロゴが大きく映っているのを見て、まだ日が変わっていないのを知った。
「千里、ごめんなさいなのです。気絶するほど頑張らさせてしまって」
「ううん、私の方こそこれからって時に気を失っちゃってごめんね。でも、まだどこもあの黒い霧を倒せてないんでしょ?」
「ん? どうしてそれを知っているんだい? 千里君はずっと気を失っていたはずなんだが」
友梨佳先輩の疑問はもっともだ。
だから私は軽く夢の中で杏奈先輩に出会ってきたことを話してきた。
「あの子、モンスターの中でどんな酷い目にあってるかと思ったら、そんなことになってたのっ!?」
「まぁまぁ彩ちゃん、夢に本気で怒らなくてもぉ。それにぃ、そこは無事でよかったねぇって喜ぼうよぅ」
「モンスターに捕まればゲーム三昧……あ、みんなに言っとくです。もしちょこがモンスターに捕まっても、その時は助けに来なくて結構なのです。むしろほっといてくれた方がちょこ的には嬉しいのです」
いやいや、そういうわけにもいかないよ、ちょこちゃん。
「ふむ。不思議な話でござるが、おっしゃる通り、まだあの黒い霧はどこも倒せていないでござるよ」
「で、私たちは強制退出をさせられた後、みんなして千里を看病していたから他校の戦闘を見てないの。だから今、熱闘ダンジョンマスターズを見ているってわけ。あ、始まるわよ」
番組はちょうど万女が黒い霧の化け物と戦うところだった。
「先に万女がやったんだ? なんで?」
「これまでに稼いだポイントの多い方が、先に戦う権利を得るんでござるよ」
「ああ、なるほど。てか、やっぱり半年前に戦った時よりもパワーアップしてるわね、あいつ」
「さすがの万女も苦戦気味なのですよ」
黒い霧は半年前とは比較にならないほど多くの煙の鞭を出して、万女メンバーに襲い掛かる。
対して万女はタイガーさんを切り込み隊長にし、その周りを残りのメンバーが固め、鞭による防御が手薄くなったところをアリンコさんが仕留めるという戦術を取っていた。
戦術としては悪くない。
実際、少しずつではあるものの、タイガーさんの拳は煙の鞭を確実に撃退していた。
それでも。
『あかん! 切り札のアリンコの必殺技でも敵の本体にまで攻撃が届かへんー』
五回訪れた本体への攻撃チャンスに、アリンコさんはそれぞれ四つの属性を使い分けて攻撃した。
黒い霧の鞭は一見するとどれも同じに見えるけれど、よく観察するとそれぞれ属性が違う。だからそれを見極めてアリンコさんは攻撃し、最後のチャレンジとなった五回目には連続して四つの属性を続けざまに発砲した。
それでも残念ながら煙の鞭による防御を突破できず、本体の前で霧散してしまったんだ。
「アリンコの魔力でも貫通せずですか。これは強敵なのです」
「でもぉ、千里ちゃんの血液魔法ならぁいけるんじゃない? 今日見せた血液魔法四連発はすごかったもぉん」
「いや、それはどうでござろう。アリンコ殿のは千里殿と違って範囲が狭い分、威力は高いはずでござる。それでも突き破れなかったのでござるから、あまり甘く見ない方がいいと思うでござるよ」
そう言っている間に、次は大泉女学園が黒い霧の前に立った。
勿論、前衛は高千穂さんひとりだけ。でも以前と違って後衛の魔法使いたちが、ひっきりなしに魔法で援護する。
おかげで四方八方から黒い鞭に狙われるものの、高千穂さんはひたすら前方の鞭だけに剣を振るえばよかった。
「凄いわね。スライム戦からまだ一日しか経ってないのに連携ばっちりじゃないの」
「もともと高千穂君が意地を押し通していただけだから、彼女が素直になれば最初からこれぐらいはやれていたんだろうね、きっと」
「てか、高千穂さん、強い」
「あい。これが本当の高千穂殿の実力なのでござろう」
今の高千穂さんにダンマス初日で見たような洗練さはない。
代わりにただひたすら振るう剣の力強さは、初日の比ではなかった。
さしもの黒い鞭も次々と霧散し、高千穂さんが黒い霧の本体へと迫っていく。
「え、ちょっと。これ、このまま高千穂が黒い霧を攻撃しちゃうですよ!?」
「とんでもない攻撃力でござるからな。一撃でも相当なダメージを与えるはずでござる」
「んー、でもぉ、倒せなかったんだよねぇ? どうしてぇ?」
「それを今から確かめ……あ、ついに高千穂君が斬りかかったよ!」
おびただしい数の黒い鞭を跳ねのけて、ついに高千穂さんが黒い霧の化け物へと剣を振るった。
風圧で霧が吹き飛ばされる。
現れたのは黒くて丸い物体。その中に目を瞑った杏奈先輩の顔だけが見えた。
「やった! ……って、え、どうして!?」
その黒い球体を高千穂さんが袈裟切りに斬りつけ、刀身が跳ね返されることもなく、深々と突き刺さった。
イケる! このまま一気にラッシュを叩き込めば勝てる!
誰もがそう思ったはずだ。
なのに高千穂さんは剣を引き抜くと、続けて攻撃することなく、大きく後ろへと跳んだ。
「なんでそこで距離を開けるの!? そんなことしたら、ほら、また煙の鞭が立ち塞がって最初に逆戻りじゃない!」
「でもこの展開、どこかで見たような気がするですよ。……あ、そう言えば杏奈先輩も一度斬りつけてから、慌ててバッグステップしなかったですか!?」
「あ、確かにそうだったでござる! 一体どういうことでござるか、これは?」
誰もが疑問符を頭の上に浮かばせて、食い入るように画面を見つめる中、高千穂さんが後衛のパーティに撤退の指示を出した。
「今の俺たちではあいつには勝てん」
そして続いて言い放った言葉に、私たちは衝撃を受ける。
「あいつの属性……あれは闇属性だ!」
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KAC参加の為、次の更新は3/12木曜日となります。
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