第59話:諦めない!

 リヴァイアサンに噛みつかれるその瞬間を、私はただ目を瞑って待ち構えるしかなかった。

 逃げたくても血液魔法の使い過ぎで血を大量に失った私の体は、もう言うことを聞いてくれない。

 絶体絶命のピンチに、頭の中ではこれまでの思い出が走馬灯のように流れる。

 応援してくれたみんなに、期待してくれた杏奈先輩に心の中謝る私、そこへ――。

 

「千里殿はやらせないでござる!」


 小さな影――つむじちゃんが私とリヴァイアサンの間に割って入ってきた!

 

「つむじちゃん!?」

「千里殿、諦めちゃダメでござるよっ!」


 ああ、そうだ!

 いつだって――いつだってつむじちゃんは頼りになる。

 これまでも何度つむじちゃんに助けてもらったか分からない。最後まで頼りっぱなしのは格好悪いけど、これでこの絶体絶命のピンチもつむじちゃんのおかげで……。

 

 ギャウウウウウウウウウウウウウ!!!

 

 リヴァイアサンがひと吠えし、がっぷりとつむじちゃんの身体に噛みついた!

 そしてあっという間に踵を返して天高く舞い上がったかと思うと、つむじちゃんを顎に捕らえたまま砂の海の中へと潜っていく!

 

「つむじちゃん!!」


 慌てて名前を叫ぶ。でももう遅い。

 つむじちゃんが……つむじちゃんがラスボスに捕まってしまった!


「つむじちゃん! つむじちゃん!!」

「千里君、落ち着いて! 冷静になるんだ!!」


 ぴしゃり。

 気が動転して砂の海へと這おうとする私を、友梨佳先輩が無理矢理止めてビンタした。

 頬のジンジンとした痛みで我に返るも、そのショックにまだ立ち直れない。

 

 つむじちゃんが持っていかれた。

 私のせいだ。私が気を抜いて隙を作ってしまったから、つむじちゃんが身代わりになってしまった。


 一体これからつむじちゃんはどうなってしまうんだろう?

 異世界ダンジョンでは死ぬことはない。だからたとえ砂の海の中といえども、溺れることはないはず。

 だけど強い魔力を持つ者はダンジョンに囚われてしまうこともある。そう、杏奈先輩のように……。

 

 後悔と悔しさで泣きだしてしまいたくなるのを我慢して、ぎゅっと目を瞑る。

 ラスボスに咥えられ、砂の海へと引きずり込まれる瞬間のつむじちゃんの顔が、瞼の奥に浮かんだ。

 

「琴子さん、サポーターの緊急脱出の魔法でつむじを救えないのですかーっ!?」

『残念ながらモンスターに囚われた部員には使えない』

「そんな! だったらどうすれば!?」

『君たちの手でリヴァイアサンを倒し、取り戻すんだ。今すぐに!』


 皆の声を聞きながら、目を瞑ったまま懸命に救出策を考える。

 それでもどうしても嫌なことばかり頭に浮かんできてしまった。


 もしこのままつむじちゃんを助けられなかったら、ダンジョンはまた成長を始めてしまうだろう。

 そうなるとダンマスは数日の間、中止を余儀なくされる。明後日には18歳の誕生日を迎える友梨佳先輩がいる私たち放課後冒険部は、もうダンマスに戻ることはできない。

 いや、そもそもつむじちゃんまで囚われたら、明日すらもダンジョンに潜る最低人数の6人を確保できなくて私たちは終わってしまうんだ。


 どうしても――どうしてもつむじちゃんを助けなくちゃいけない!

 

「でもぉ、とっておきの血液魔法が失敗しちゃったんだよぅ。どうすればいいのぉ?」

「考えるしかないでしょ、文香! 考えるの、どうすればいいか」

「とは言ってもさすがにこれは……。ちょこ君、何かアイデアはあるかい?」

「…………ごめんなさいです、すぐにはちょっと思いつかないのですよ」


 ちょこちゃんが悔しそうに呟くのが聞こえた。

 ちょこちゃんでも解決策が見つからないなんて……と絶望がみんなを真っ黒に染め上げていく気配を感じた。

 だから。

 

「まだですよ」


 私は目を開けて、はっきりと言った。


「千里君?」

「まだ諦めちゃダメだって、さっきつむじちゃんが言ったんです。だから諦めないで最後まで頑張りましょう」

「でも千里ちゃんも貧血でもう立てないでしょう?」

「だ、大丈夫。まだ、やれます……」


 気分は最悪。力も入らない。

 それでも何とか気合で立ち上がった。

 

 血液魔法を使い切って、私にはもう強力な魔法は使えない。

 立ち上がったところで何の役にも立たないかもしれない。

 だけど諦めてしゃがみこんでいたら、それこそ何も出来ないじゃないかっ!

 まだ具体的なアイデアは出てこないけれど、それでも何か出来ると信じ、頑張って立ち上がるからこそ、可能性が出てくるんだ!

 

 それに瞼の裏に浮かんだ、ラスボスに囚われたつむじちゃんの表情が私に言うんだ。

 

 千里殿、後のことは任せたでござる、と。

 

「……そうだ。諦めちゃダメだ。ここはちょこ君に頼るんじゃなくて、みんなで打開策を考えよう!」


 ふらつく私に友梨佳先輩が肩を貸してくれた。

 

「お姉さまの言う通り! まだ何か私たちにも出来ることはあるはずよ!」


 普段なら友梨佳先輩が他の女の子と接触するのすら嫌がる彩先輩も、この時ばかりは黙認してくれた。

 そればかりか友梨佳先輩とは逆の脇の下へ肩を入れて、私を支えてくれる。

 

「最初に考えなきゃいけないのは――」

「さっきの千里のファイアーボールが何故不発だったか、なのです」


 ちょこちゃんが小さい体で精いっぱい踏ん張りながら、私の背中を押してくれる。

 

「そうだよねぇ。不思議だよねぇ。いつもと変わったところなんてなかったのにねぇ。あ、千里ちゃん、大丈夫? お熱とかなぁい?」


 文香先輩が私の前髪をかきあげて、おでこを合わせてくる。

 どこか甘い匂いがした。

 

「ちょこから見ても千里のファイアーボールに何か問題があったとは思えなかったのです。となると、あのラスボスが何かやった可能性が高いのです」

「でも何かって何よ? ファイアーボールを不発させる特殊能力なんて聞いたことないわよ」

「ラスボスだからね。魔法に対して強力な抵抗力を持っているのかもしれない」

「うーん、だけどぉ抵抗力があるのと魔法が不発するのはとは違うんじゃないのぉ?」


 うん、抵抗力はダメージの軽減だけで、魔法の発動そのものを止める力はない。

 それに魔法の発動を打ち消すような力も、私の知る限りでは存在しないはずだ。

 せいぜいその属性に相対する力でバリアを張るぐらいしか……。

 

「あっ!」

「わわっ!?」


 おでこを合わせていたのに突然私が大声をあげたもんだから、文香先輩が驚いちゃった。

 でも、私はおでこの代わりにその両手を握って、興奮して話し始めた。

 

「私、分かりました! どうしてファイアーボールが発動しなかったのか。あのラスボス、本当は風属性なんですよ!」

「ええっ!? そんなわけないのです。あいつは水属性で」

「ううん、それが違うんだよ。思い出してみて。もしあいつが水属性で、砂を水に変えていたのなら、最初の津波を防げなかったはずだよ。だって私、土魔法の壁ストーンウォールで受け止めたんだもん」


 あっ、とみんなが声を上げた。

 

「土は水に弱い。だからもしあれが水属性ならあっという間に壁は壊されていたはずだよね。てことはラスボスが水属性っていうのは、こっちの勘違いなんだ。それから第八階層のボスに火の鳥フェニックスがいたでしょ。あいつを倒す時に私たちが使った手段が」

「そうか! あの時は空気を遮断して火を消した。それと同じことを今度はラスボスにやられたってわけね!」


 そう! そしてそんなことが出来るのは風属性以外にあり得ない!

 風属性のモンスターにファイアーボールなんて、根本的なところから間違っていたんだ!

 

「……ちょことしたことがこんな大舞台でとんでもないミスをしてしまったのです。うう、これも全てあのラスボスにリヴァイアサン水龍なんて名前を付けた小春が悪いのですよーっ!」

『ええっ!? ここで小春のせいにしちゃうなんて、ちょっとひどくないですかー、ちょこ提督!?』

「黙りやがれ、なのです。あんな名前を付けるから、つい考えが引っ張られたのですよー」

『そんなー! でも、もし小春がリヴァイアサンって名前を付けなかったら、ちょこ提督は何て呼んでましたかー?』

「そんなのウミヘビに決まって……あ”」

『ほーら、やっぱり水属性っぽい名前になるじゃないですかー。と言うかですね、さっきのリヴァイアサンが風属性っていう千里さんの案にも、小春は異議ありですよー』

「え? どこに?」

『決まってるじゃないですか。砂の海ですよ、あれはどう説明するんですかー? 風属性にあんなことは絶対に』



『それについては拙者から説明するでござるよ』



 その時、突然つむじちゃんの声が聞こえてきた!

 

「え、つむじちゃん!? ど、どうして!?」

『どうしても何も、ちょこ殿のインカムの魔法に決まっているでござる』

「インカムの魔法って……いや、それよりもつむじ、あんた大丈夫なの!?」

『大丈夫でござるよ。今はラスボスのお腹の中でござるし、予定通り、お目当てのものも見つけ出したでござる』

「予定通りって……ちょっと、どういう意味なのです、つむじ!?」

『その意味のままでござる、ちょこ殿。拙者、確かめたいことがあってラスボスにわざと捕まったでござるよ』


 ええーっ!? とみんなが一斉に驚きの声をあげた。

 

『どうしてちょこ殿がラスボスの属性を見誤ったのか? それは言うまでもなくあの砂の海のせいでござる。千里殿の土魔法も受け付けないあの海の正体を確かめるには中へ潜ってしまうのが一番でござるが、さりとてただ飛び込んだだけでは溺れる可能性が無きにしも非ず。ならばいっそのことラスボスに咥えられた状態で潜り、真相を解明した後は飲み込まれて体内へ逃げ込めばいいと思ったのでござるよ』


 幸いにも異世界ダンジョンで拙者たちが噛み砕かれるようなことはないでござるからな、とつむじちゃん。

 肝が据わっていると言うか、物凄いクソ度胸と言うか。さすがは甲賀忍者! なのかな?

 

「で、砂の海の秘密は解けたの、つむじ?」

『あい。あれは砂が液状化したのではござらん。無数の砂が宙に飛んでいるのでござるよ』

「そうか! 流動層か!」

「流動層? なんですか、それ。一年生ではまだ習ってないです」

「いや、三年生でも習わないけどね。みんなはこんな動画を見たことがないかな? 水槽に敷き詰められた砂が、底から空気を送り込まれることによってまるで水みたいな動きをするのを」


 言われてちょこちゃんや彩先輩が「ああっ!」と声を上げた。

 私と文香先輩はちんぷんかんぷんだ。

 

『あい。リヴァイアサンは膨大な空気を操ってそれをフロア規模でやっているでござるよ。千里殿の土魔法が砂の海に効かなかったのは、砂が水に変えられていたのではなく、砂を空中に拡散させることで、粒と粒の間に隙間を作り上げて魔力の伝導を阻んでいたのでござる』


 なるほど。私の魔力は何かを伝わって初めて発動する。土魔法の場合だと地面を伝わって、時には壁や天井まで伝わらせて発動させる。

 だけどそれは繋がっているからこそ出来る芸当なわけで、断線していたら思ったような効果は得られない。ましてや一粒一粒が独立して浮いている状態では、私の土魔法が発動するわけもなかった。

 

「どうやらラスボスの属性は風に本決まりのようなのです。となると、次はどうやって奴を倒すかなのですが……。そもそもあいつラスボス、つむじを飲み込んでから砂の海から出てこようとしないですよ」

『あ、言い忘れたでござる。さっきは大丈夫と言ったでござるが、実際は「今のところは大丈夫」でござる』

「ん? どういうこと、つむじちゃん?」

『なんせ体内ゆえ、拙者を摂取しようと消化液がべたべた落ちてきているでござるよ。まぁ拙者が溶かされることはないでござろうが、こうしている間にも魔力はどんどん吸い取られていってるでござる』

「ちょ!? なんでそんな大事なこと、先に言わないのさ、つむじちゃん!?」

『申し訳ないでござる。で、そんなわけでござるから、リヴァイアサンは拙者の魔力が枯渇するまで安全な砂の中で待つ腹でござろう』

「なっ!? そんなのズルい! ラスボスなのにセコすぎるよっ!」


 思わず吠える私。

 でも、みんなは不満の一つも零さず、

 

「でも、その様子だとつむじ君にはそこから脱出する目途は立っているわけだね?」

『あい。さっきも言ったようにお目当てのものを見つけ出したでござるからして、いつでも脱出可能でござる』

「問題はその後よね。せっかく姿を現しても、近づけないことには攻撃の手段がない」

「それにぃ風属性ってことはぁ弱点は土でしょうぉ? 私たちの中で土属性って友梨佳だけだよぅ?」

「ボクに攻撃力を求められても困るからね。さてどうしようか?」

「千里、体が厳しいのは分かるですが、土魔法で何とかすることは出来るですかー?」


 真面目にこの状況をどうにかしようと考えてくれていた。

 ここで私だけが現状を嘆くなんてそんなこと、出来るわけがないよねっ!

 よし、頑張らなきゃ!

 

「うん。やってみる!」


 砂の海には土魔法は使えない。

 だから攻撃するには壁や天井にまで魔力を這わせる必要がある。

 時間は多少かかるし、正直立っているのも辛いけれど、出来なくはないはず。

 

「じゃあ今のうちに準備を……あ!」


 土魔法を身体中に充填させ、舞台から高台へと至る階段を登らせ、そこから壁や天井にまで届けようと杖を振り下ろそうとした瞬間。

 一瞬、意識が遠くなりかけて体がふらついた。


「危ないっ!」


 慌ててみんながさっきと同じように私の身体を支えてくれる。

 おかげで倒れなくて済んだ。異世界ダンジョンでは怪我とかしないけど、頭を強く打っちゃったりしたら心配だしね。

 

 でも、怪我はしなかったけれど、やっぱり今の私に戦闘は厳しそうだ。

 ううっ、情けない。

 せっかく充填させた土魔法も、今のであっさり霧散してしまって――。

 

「え、なにこれぇ?」


 不意に文香先輩が素っ頓狂な声を上げた。

 

 


 それから数分後。

 

『では行くでござるよ!』


 インカムの魔法でつむじちゃんの声が頭の中へ直接響いてくる。

 と、同時に砂の海の一角から爆発が起きて、水柱ならぬ砂柱が立った。

 

 ぬおおおおおおおおおおおおおおおんんんっっっ!

 

 続いてリヴァイアサンが大暴れして飛び出してくる。見ればお腹のあたりに大きな穴が開き、中でつむじちゃんがしがみつきながらこちらに向かって手を振っていた。

 

『やりました、琵琶女放課後冒険部! 相田選手の不発に終わったファイアーボールを回収した桐野選手がそれを再び引火させ、見事脱出成功でーす!』


 そう、つむじちゃんが見つけたお目当てのものとは、私が放ったファイアーボールだった。

 そしてリヴァイアサンの風魔法で周りの空気を完全に遮断されていたファイアーボールに、つむじちゃんが再度風を送り込み爆発させる。お腹の中で大爆発を起こされ、たまらずリヴァイアサンが飛び出てきたっていうわけだった。

 

「よし、上手く行ったのです。では次はこちらの番なのですよ。先輩たち、準備はいいですか!?」


 つむじちゃんの脱出を確認し、ちょこちゃんが友梨佳先輩と彩先輩に声をかけた。

 ふたりはリヴァイアサンに対して前が友梨佳先輩、後ろが彩先輩という縦の関係で並んで構えを取っている。

 彩先輩の背中には、いつもより幅広の大きな剣。

 一方友梨佳先輩は前にいつもの盾を構え、腰には私がいつも使っている杖を刺してもらっていた。

 

「いつでもいいよ、ちょこ君!」

「よーし、ではいっちょぶちかますのです! ちょこ式土魔法、その名もストーンジャベリン、発動!」


 ちょこちゃんが予め一メートルほどの高さに盛り上げて置いたストーンウォールにを置く。

 と、同時に壁にもたれかかっていた二人の先輩ごと、前方のリヴァイアサンめがけて一気に伸びていった。

 先端は決して尖ってはいないけれど、この勢いで行けばきっとリヴァイアサンを串刺しに出来る。まさしく石の槍だ。


 これにはファイアーボールの爆発で空中でのたうち回っていたリヴァイアサンも、迎撃すべく風の刃を何発も放ってくる。


「無駄なあがきはやめるんだね」


 でも、友梨佳先輩の盾が風の刃ををことごとく受け流した。

 とんでもないスピードで吹き飛ばされているにも関わらず、その動きは地に足を付けた時とまるで変わらない。こと防御に関して友梨佳先輩は達人レベルだ。

 

「あいつ、迎撃は無理と見て、躱すつもりだよ、彩!」

「そんなこと私がさせませんよ、お姉さま!」


 にわかにリヴァイアサンが背中の翼を羽ばたき始めた。

 それを見て彩先輩がストーンジャベリンの先端を足で蹴る。

 予め設置しておいた風魔法を充填させた石が、その衝撃で砕けて前方への強力な風を生んだ。

 その風に乗り、ふたりの先輩はさらに加速してリヴァイアサンへ飛んでいく。

 

「行きますっ!」

 

 そしてその勢いのままリヴァイアさんにぶち当たる直前、彩先輩はさらに友梨佳先輩の背中を蹴って空高くへ舞い上がった。

 土台となった友梨佳先輩は軌道を変え、つむじちゃんがいるお腹の中へ無事着陸。

 対して彩先輩はジャンプでリヴァイアサンの背後へと周り、

 

「どりゃあああああああああ!」


 リヴァイアサンの背中にある翼へと、体重を乗せた大剣を振り下ろした。

 

『や、やりましたー、木戸選手! リヴァイアサンの片翼を見事に切断ッッ! でも、どうして? 木戸選手の属性は火。風属性のリヴァイアサンは苦手としているはず……とテレビの前で驚いている皆さん、耳を澄ませてください。聞こえますよね、歌姫ディーヴァの美声が!』


 小春ちゃんは耳を澄ませと言ったけれど、本当はそんな必要なんてない。

 いつだって文香先輩の歌声は戦場に響き渡り、私たちに勇気を与えてくれるんだ!

 

『そうです、琵琶女放課後冒険部には歌姫こと乙坂文香選手の、バフ歌声があるのですっ! その威力たるや絶大無比、多少の属性のハンデもものともしない……あれ、でも、この歌、いつものバトルソングとは違いますよ? どういうことですかー、文香せんぱーい!?』


 苦手属性の敵に攻撃を通すにはバトルソングが一般的。

 それなのに違う曲、しかも全く聞いたことがない曲が流れているのを聞いて、小春ちゃんが生中継にも関わらず狼狽えて文香先輩に助け舟を要求する。

 こういうあたり、他のスポーツ番組とかにはない放課後冒険部ならではの面白さかもしれない。

 

『えへへー、これは大地の歌って曲でぇ、私と千里ちゃんが協力してぇ、みんなの属性をなんと土属性にしてるのですよぉー』

 

 歌いながら文香先輩がインカムの魔法で小春ちゃんに伝える。

 ちなみにだけどさすがにこの声までは視聴者には聞こえない。

 だから視聴者にはただ小春ちゃんが「うえええええぇぇぇっっっ!?」と驚く声だけが、この瞬間には聞こえているはずだ。

 

 それは全くの偶然の発見だった。

 私が土魔法を使おうとして貧血で気を失いかけたあの時、みんなが慌てて私の身体を支えてくれた。

 その結果、驚くことに私の魔力はみんなの身体に影響を与えて、その属性を一時的に土へと変えてしまったんだ。

 

 私の魔力は何かを媒介にして発動する。

 でも、人間を媒介にしたらなんてこれまで考えてもいなかったから、まさかこんなことになるとは思ってもいなかった。

 

 さらに手を繋いでいたら魔力をそのまま相手に渡せて、おまけに私の魔法までその人の手で使えることが分かってしまった。

 まるで『ぱらいそクエスト』の大賢者つかさなのです、とちょこちゃんが呆れて呟いたけど、なるほどそういう縁があったのか。

 

 とにもかくにもそんなわけで、ちょこちゃんはで私の右手を握り、ストーンジャベリンを発動。文香先輩は私の左手を握りながら大地の歌を熱唱して、みんなの属性変化を維持し続けていた。

 

『すごい! すごすぎますぅぅぅ!!』


 小春ちゃんが大興奮しながらテレビの視聴者に何が起きているのかを説明する。

 勿論、私たちからテレビの向こうにいる人たちの反応が分かるはずもない。

 ただ、どこからか大歓声が聞こえたように感じた瞬間、

 

 ドゴオオオオン!

 

 洞窟を震わす大音響と共にちょこちゃんのストーンジャベリンが、リヴァイアサンの胸に突き刺さる。

 

「覚悟するでござる」


 さらにいつの間に移動したのか、つむじちゃんがリヴァイアサンの頭の上に立っていた。

 その手には黄金に輝く一本の杖。目いっぱいの土魔法を充填させ、友梨佳先輩に託した私の杖だ。

 

 みんながつむじちゃんの名前を声の限り叫ぶ。

 その思いを乗せて、つむじちゃんが杖をリヴァイアサンの頭へ突き刺した。



 

 そしてそれは長かった戦いの終わり、学校と杏奈先輩を取り戻すこの半年以上にも及ぶ私たちの挑戦の終着――。


 その始まりを告げる一撃となった。

 

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