第57話:とりゃ!

 5日目が終わった。

 

 あれから大泉は第十階層のボスを倒したものの、高千穂さんの魔力が限界に近く、そこで強制退出。

 残った私たちと万女はこのチャンスに第十一階層を頑張って探索したけれど、残念ながらどちらもボスの間を見つけることは出来なかった。

 残りはわずか二階層。三校のどこにも優勝のチャンスがある。

 明日は本当の正念場だ。




「あーもう! 私たち、呪われてるんじゃないのっ!」


 迎えた大会6日目。

 口から内閣総辞職ビームみたいなのを吐く第十一階層の怪獣ボスを万女が倒し、最後の第十二階層への階段を降りていくのをライブモニターで見ながら、私たちは懸命に走っていた。

 

「なんでここにきて今回も私たちが最下位なのよっ!?」


 彩先輩が友梨佳先輩の手を引きながら、悔しそうに吠えた。


「仕方ないでござる。またまた運悪く拙者たちが探索していた方向とは真逆に、ボスの部屋があったでござるからして」

「しかも大泉まで万女と同じ方向へ探索してたですからね。ホントついてないのですよー」


 こればかりは仕方ないとは言いつつも、ちょこちゃんの声にもどうにもならないもどかしさが滲む。


「そんなことよりー、今はもっと急いでくださいよー。このままだと小春の出番が第八階層のボス戦だけになっちゃうじゃないですかー!」


 でも私たち以上に悔しそう……というかお怒りなのは、リポーターを務める小春ちゃんだった。

 カメラが回っていないのをいいことに姿を現し、私たちの頭をぽこすか叩いてくる。

 まぁ当たり判定がないから、その拳はあっさり突き抜けちゃうんだけど。

 それよりもおっきなおっぱいを丸出しにしてぽよんぽよん揺らしながら走られる方が、こっちとしては気が散って仕方がないんだけど。

 

「てか、もっと急いでほしいなら姿を消しなさい、小春!」

「えー、どうしてですかー、彩先輩? 小春なら全然恥ずかしくないですよー。なんせすっぽんぽん組ですからー」

「そういう問題じゃなくて、あんたが姿を見せているとお姉さまが全力で走れないのよ!」


 彩先輩が手をつないで誘導する友梨佳先輩の目のあたりに、黒いもやがかかっている。

 小春ちゃんがすっぽんぽん姿で現る度に壊れる友梨佳先輩対策として、彩先輩が頑張って開発した目隠しブラインド魔法だ。

 本来はモンスターにかけて視界を奪う魔法なんだけど、まさか仲間にも使えるとは思ってもいなかった。

 

「いや、そもそも彩がこんな魔法を使わなきゃいいんじゃないかってボクは思うんだが。魔力の無駄使いでもあるし」

「それを言うならお姉さまこそ女の子なら誰でも構わず発情するのを控えてくださいっ!」


 一応文句を言ってみたものの、それを言われてはどうしようもないと友梨佳先輩は再び黙って、素直に彩先輩の手にひかれた。

 

「まぁまぁ、それでも第十二階層のボスの間を、私たちが最初に見つけたらいいだけの話じゃないですかぁ。大丈夫、大丈夫ぅ。私たちならここから大逆転できますよぅ」

「そうでござる。最後に笑うのは拙者たちなのでござるよ!」


 焦って雰囲気が悪くなりそうなところを、友梨佳先輩が道化になることで場を緩め、そこへ文香先輩のふんわり感とつむじちゃんのいつだって前向きな姿勢で元気を引き出してくれる。


 あ、こんな風に言うと、まるで彩先輩とちょこちゃんがダメみたいだけど、そうじゃないよ。ふたりはふたりで現実をシビアに受け止めるから緊張感が生まれるし、まぁなんだかんだで私たちは上手くバランスが取れているってことだよ、うんうん。



 

「さて行くよ。みんな準備はいいね?」


 第十一階層のボスの間を抜け、その先にある長い階段を降りた先に扉があった。

 この先に最終階層――第十二階層が広がっている。泣いても笑ってもこれが最後のダンジョンだ。

 

「万全です、お姉さま!」

「ちょこもいつでもいけるのです!」

「なんとか今日中に全て終わらせたいねぇ」

「そうでござるな。なんせ拙者たちには今日と明日しか残されていないでござるから」


 そう、今日は12月30日。

 明後日になれば友梨佳先輩は魔力を失って、私たちはパーティを組めなくなってしまう。

 

「行きましょう! 琵琶女を、杏奈先輩を私たちの手で救い出すために!」


 私の号令にみんなが「おー」と気合の声を出し、第十二階層への扉を開ける。

 するとそこに待っていたのは……。

 

『ようやく来よったか! お前ら、何のんびりしとったんや!』


 タイガーさんの怒鳴り声がいきなり頭の中に飛び込んできた。

 インカムの魔法だ。おそらく範囲内に入ったら誰でも通信が可能になるよう、万女の誰かがかけておいたんだろう。

 タイガーさんの姿は見えないが、それもそのはず。だって

 

「なんなんですか、このモンスターの大群はっ!?」

「フロア全体がモンスターハウス状態でござるよっ!」


 扉を抜けた先は高台になっていて、広大な第二十階層を見回せるようになっていた。

 行く手を遮る壁はない。

 が、代わりに見渡す限りのモンスター、モンスター、もひとつおまけにモンスター。

 フロアを何百、何千、いや、下手したら何万と言う、コボルトのような小型なものから、ゴーレムみたいな大型種まで、ありとあらゆるモンスターが埋めつくしている。

 

 ぎゃおおおおおおっすすすすすすす!!!

 

 驚いている私たちを見つけたドラゴンが猛スピードで宙を駆けて近づいてくると、いきなり火を噴いた。

 

「えい!」

 

 すかさずストーンウォールで炎を遮断。

 さらに盛り上がった土の壁の頂上を蹴って、彩先輩が飛ぶ。

 ホップ、ステップとそのジャンプに合わせて盛り上げた地面を蹴り、あっという間にその高さはドラゴンより遥か上へ。

 慌てたドラゴンが回避しようと旋回を始めたものの、落下の勢いを乗せた彩先輩の剣は、あっさりとその首を切り落とした。

 

「ご苦労様、彩」

「ありがとうございます、お姉さま。でも、これどうしたらいいの? 雑魚ドラゴンの一匹や二匹ならどうってことないけど、ここまで多いとどうしようもないわよ」


 落ちてきたところ友梨佳先輩に受け止めてもらい、お嬢様抱っこされたままの彩先輩が困ったわねと眉を顰める。

 

『どうしようもくそもあるかい! とにかくこいつらを蹴散らすんや!』


 タイガーさんの声がまた聞こえたと思ったら、フロアの一角から一直線に炎があがった。


「アリンコのファイアーブラストなのです! てことは万女はあのあたりですか」


 炎が上がった先に目を凝らすと、周囲にバリアを張り巡らせながら懸命に拳を振るうタイガーさんの姿が見えた。

 

『うおおおおおおおおおおおっっっ!』


 続いて高千穂さんの雄たけびとともに、万女がいるあたりとは真逆の方向でモンスターたちが次々と空高くに吹き飛ばされていく。

 昨日は魔力が枯渇直前で強制退出を余儀なくされた高千穂さんだけど、一晩経って魔力も回復。さらには大泉の他のメンバーからの支援もあって、その強さはさらに高まっている。

 

「これは厳しいでござるな」


 それでもつむじちゃんがぽつりと零したように、このモンスターの大群の前ではまさに焼け石に水だった。

 炎が収まればそこに新たなモンスターが雪崩込み、爆心地のように一瞬ぽっかりと開いた大泉パーティの周辺もあっという間にモンスターで埋め尽くされていく……。

 

「うー、早く助けてあげないと、このままじゃあ万女も大泉もそのうち全滅しちゃうよぉ?」

「とは言っても、ここに私たちが飛び込んでもあまり状況は変わらないですよ?」

「そうだね。それに一つ気になったことがあるんだけど……ボスの間はどこにあるんだろう。彩、さっきドラゴンを倒した時に、上からそれらしいものは見えたかい?」

「いいえ、お姉さま。モンスターしか見えなかったです」

「てことは、もしかすると第十二階層はフロア全体がボスの間なのかもしれないでござるな」

「どういうこと、つむじちゃん? この雑魚モンスターの大群がボスってこと?」

「そうじゃないでござる。拙者、ちょこ殿の手ほどきを受けて古今東西のあーるぴーじーRPGを、この一年間で色々プレイしたのでござるが」


 うん、知ってる。そのせいで成績が落ちちゃって、ダンマスが始まる前にあった二学期の学期末テストは大変だったもんね。てか、私も勉強を見るのを手伝ったし。

 

「その中に雑魚キャラを全部倒さないとボスが登場しないって演出があったでござる」


 一瞬、つむじちゃんが何を言っているのか誰も分からなかった。

 それでも一呼吸おいて思考が追いつくと、ちょこちゃんを除く全員が「え”!?」と、まるでウシガエルみたいな声をあげた。

 

「あは……あはは。いや、いくら何でもそれはないよう。ゲームと現実を一緒にしちゃ」

「さすがはつむじ! ちょこもそれを考えていたのです」


 ダメと言おうとしたところを、ちょこちゃんに遮られて今度は私ひとりが「え”!? え”え”!?」と連呼した。

 

「というわけで千里、思い切り血液魔法を揮えるシーンがやってきたですよ!」

「え”?」

「いつまでヒキガエルみたいな声を出してるですか。この大群に銃や剣では無力。ぶっ飛ばすことが出来るのは千里の血液魔法しかないのです」

「そ、それはそうかもしれないけど、いくら何でもこの量を相手に一発で倒しきるのは無理なんじゃないかな? 属性の相性もあるし……」

「誰が一発だと言ったですか?」

「え?」

「五発なのです。炎と風と水と光、そんでもって土は血液を使わなくても発動できるですから、合わせて五発。立て続けにぶちかますですよ!」

「ええっ!? そんなことしたら後に出てくるラスボスには一発しか使えなくなるよっ!?」

「そのラスボスを引きずり出す為には、どうしてもこの場面を乗り切る必要があるのですよ。大丈夫、たとえラスボスと言えども、千里渾身の血液魔法をモロに食らえば一発でも相当なダメージを与えることが出来るはずなのです」


 本当かなぁ?

 とはいえ、確かにここを何とかしなきゃ先には進めない。

 もたもたして時間を無駄に消費するより、とにかく前へ。

 うん、そっち方が私たちにはあってるような気がする。後のことはその時になってまた考えたらいいや!

 

 

 

「では、行きます!」

 

 握りしめた杖を振りかぶった。

 背後には琵琶女のみんなの他に、高台へと退避してもらった万女や大泉の皆さんもいる。

 大勢の視線が背中に突き刺さる。き、緊張するなぁ。

 

『相田選手、全国の放課後冒険部ファンがその魔力に注目してますよー!』


 ううっ、小春ちゃん、さらに緊張するようなことを言わないでよぅぅ。

 ええい、もうやぶれかぶれだ。

 

「とりゃ!」


 我ながら気の抜けた声だと思った。

 テレビの前の人も「炎の精霊よ、その力で我の魔力を紅蓮の業火へと化せ!」とか期待してたと思う。

 それなのにこれだよ。本当に申し訳ございません。それなりの口上を考えていたんですけど、緊張のあまり頭から完全に抜け落ちてしまいましたっ!

 

『おおおおおおおおっっっっっ!!! 相田選手、これはすごい! すごすぎるぅぅぅ!!!』


 でも、そんなふざけた掛け声でも魔法はしっかり発動してくれた……というか、小春ちゃんも絶叫するのも無理がないぐらい、一瞬にして眼下の広大なフロア全体が炎の海に包まれるわ、どこからか火の玉が次々と落下してくるわ、さらには太陽が放つコロナよろしく炎柱が噴き出してくるわで、まさしく地獄絵図の様相を呈している。

 うん、自分で作り出した光景だけど、正直引くわー。

 

 恐る恐る振り返るとタイガーさんもアリンコさんも、それにあの高千穂さんだって、みんな口をかっぱーと開けて驚き、ドン引きしていた。

 ただひとり、ちょこちゃんだけがとてもいい顔をして親指を立てている。

 その眼が「いいぞ、もっとやれ」と告げていた。

 

「えっと……嵐の暴君、風の三王女、ここへ力を解き放て!」


 属性と言うのは大したもので。いくら炎の血の海地獄と化したフロアでも、耐性を持ったモンスターならば生きながらえている。

 ということで、頃合いを見てすかさず次の風魔法を発動させた。

 

 フロアの中心から俄かに巻き上がった竜巻が、……。

 

『おおっ! これぞまさしく伝説の禁呪・モンスターサイクロンや!!』

『知ってるんですかー、久先輩!?』

『知っとるでー。こいつはなぁモンスターが次々と竜巻に巻き上げられて、まるでモンスターそのものが竜巻になったかのような秘奥義中の秘奥義や。まさか、この魔法の使い手が現れるとは、ダンマス恐るべしっ!』


 万女から派遣されたリポーターのふたりが、ここぞとばかりに好き勝手に言っている。

 違うもん。これ、そんな物騒な魔法じゃなくて、ただの風魔法だもん。

 ……まぁ、モンスターサイクロンなんて名前を付けたくなるのは私も認めるけどさ。

 

『驚異の禁呪で炎属性のモンスターは全滅! 既に炎魔法で水属性モンスターが退場した今、残りは風と土と闇のモンスターとなったーー! さぁ、相田選手、次は何を見せるーっ!?』


 風魔法の長所、それは吹き飛ばすことも出来れば、竜巻に巻き込んで一か所に纏め上げることも出来ることだ。

 今や第十二階層の全てのモンスターが竜巻に囚われ、上下左右関係なく無茶苦茶にぶん回されている。

 そこへ。

 

「出でよ、正義の鉄拳! その拳でゴミを全てを押しつぶせ! ジャンクゴールデンハンマークラッシュ!」


 杖の先を地面に押し当てて唱えた途端、地面と天井から巨人の拳が現れて竜巻を押しつぶした。

 

『ああっと! 相田選手、先ほど久先輩に魔法の名前を言われたのがよほど悔しかったのか、今度は自分で言ったーっ!』

『ほほう。これはジャンククラッシュとゴールデンハンマーの合わせ技やなー』

『悪魔超人の必殺技と、カラーレンジャーの合体技ですねー』


 こらこら、元ネタを言わない。

 

『とにかくこれで風属性のモンスターが全て押しつぶされてしまいました! 残りはあと二属性ですー!』


「世界の全てを蒼に刻め! ウォーターニューワールド!」

『フロアが大海原へ埋めつくされ、土属性のモンスターが溶けて海へ帰っていくー! てか、この魔法名は危ない! 危なすぎる!』

「光あれ! ネオバイブル!」

『ああっ! 残った闇属性のスライムたちも光に浄化されて……というか車〇先生、あのポーズで人は吹っ飛ばないんじゃないんですか!? もしかして俺は〇田〇美を超えたのかーっ!?』


 こちらがやりたい放題やっているのをいいことに、小春ちゃんもフリーダムすぎるリポートをハイテンションで繰り広げてくる。

 だけどツッコミは入れなかった。いや、入れられなかった。

 なんせ一日で血液魔法をこんなにも使ったのは初めてなんだ。しかも一気に四度も。魔力はまだあると思うけど、貧血気味でなんかフラフラする。


「大丈夫でござるか、千里殿?」


 フラフラするとは言っても、実際に身体が揺らいだりはしていないと思う。

 それでもつむじちゃんは私の身を気遣って声をかけてくれた。

 ありがとう、つむじちゃん。大丈夫、ここまで来たら最後まで頑張るよっ!

 

「さぁ、みなさん、ここからが本番ですよっ!」


 私は声を張り上げ、あと一回、血液魔法を振るえる杖をさらにぎゅっと握りしめた。

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