第56話:あなたは弱くなりました

「ダンマスはまだ終わらない」


 昨夜、高千穂さんはそう断言したけど、果たして言った通りとなった。

 唐津付属とレーナンエリトはゾンビ化してダンジョン制覇を狙ったものの、予想外な敵が彼女たちの前に立ち塞がったんだ。

 

「まさかスライムなんてねぇ。そんなのちっとも考えなかったよぅ」


 そう、第十階層のボスは巨大なスライム。

 それでも相手が攻撃してこないのなら、唐津付属とレーナンエリトは倒してしまえるはずだった。


 だけどスライムは物理攻撃が通用しない、魔法でしか倒せないモンスター。

 対してゾンビ化した彼女たちは、装備を実装する最低限の魔力しか持っていない。もし魔法を使えばそこですっぽんぽん。普段のダンジョンならばともかくテレビ中継もあるダンマスでは、すっぽんぽんは決して許されないわけで、つまり魔法は使えない。

 

 昨夜の彼女たちに出来ることなんて何一つなかった。

 

「ここまでゾンビ化なんてズル技でやってきた奴らやからな。それが通用しないとなった今、ここであの二校は脱落や」


 そしておそらくは仮に昼間で真っ当に挑んだとしても、第三層のボスに手こずっていた彼女たちではまず勝ち目はないだろう。

 タイガーさんの言葉は少し意地悪いけれど、その通りだろうなと思った。

 

「おい高千穂、大泉おまえんとこも危ないんとちゃうか? うちのアリンコの銃弾は魔法と同じ扱いやからスライムにも効くけど、お前は魔法苦手やろ?」


 唐津付属とレーナンエリトの脱落に気を良くしたタイガーさんが、調子に乗って高千穂さんへ話しかける。

 

「問題ない。スライムぐらい俺の魔法で倒せる」

「そうやとええのぅ。なんせお前は勇者候補筆頭やからなー。こんなところで敗退なんて格好悪すぎるもんなぁ」

「…………」


 タイガーさんの挑発に、高千穂さんは珍しくあまり付き合わなかった。

 普段なら熱くなることはないものの、かえってその冷静さでタイガーさんをぎゃふんと言わせることが多いのにどうしたんだろう?

 改めて高千穂さんの様子を見てみると、昨夜同様のキリっとした表情の中に、かすかな強張りを感じる。

 もしかして緊張してる? あの高千穂さんが?

 ……まさかね。

 

 

 

 ダンマスにもし女神がいるとするならば、彼女は相当ないたずら好きだと思う。

 大会五日目。唐津女子とレーナンエリトが揃ってギブアップすることになった第十階層のボスの間に、もし私たちや万女が先に到達していたのなら、そんなことにはならなかっただろう。

 でも、ダンマスの女神は私たちじゃなく、大泉女学園を選んだ。

 そしてその戦いはタイガーさんの言う通り、大泉にとって大変な受難となったんだ。

 

「ファイアーブラスト!」


 スライムには絶対効かない剣を振るいながら、高千穂さんは高威力の炎魔法を近距離から叩き込む。

 第十階層のボススライムは全身が青色の水属性。ならば炎魔法は大ダメージを与えるはずなんだけど……。

 

「もう十発以上放ってるのに倒せないなんて」

「あのスライム、体力が相当に高いのかもしれないでござるが、あるいは……」

「そや。高千穂の奴、一年の頃から魔法は苦手なんや」


 傍らで私たちと一緒に戦況を見つめていたタイガーさんが呟いた。

 

 大泉女学園がボスの間を見つけた時、私たちはまたまた見当違いな方向を探索していた。

 だから空中に浮かぶライブモニターを見つめつつ、慌ててボスの間へ駆けつけたものの、時間は優に一時間はかかったと思う。

 なのにいまだ大泉はボスのスライムを討伐出来ないでいて、そうこうしているうちに万女の人たちもやってきて一緒に観戦となった。


「去年は杏奈がおったからな。苦手なモンスターは杏奈に任せばよかった。が、今年はそうもいかん。それなりに魔法の鍛錬もしてきたみたいやけど、いかんせん威力不足はどうしようもないな」


 第十階層のボスの間は広く、大きく、扉もなかった。

 だから私たちも今は中に入って、モニター越しではなくて直に観戦している。

 それでもさすがに距離はあるし、私たちの話声ぐらいならきっと高千穂さんには聞こえないだろう。

 それを見越してか、タイガーさんの口はいつも以上に軽い。


「だけど、大泉は高千穂君以外、みんな魔法使いなんだろ? なのにどうして加勢しようとしないんだ?」

「多分、高千穂から回避に専念して手出ししないようにと言われとるんやろ」

「だったら高千穂からみんなへ攻撃するよう命令すればいいのに、何やってるですか。このままじゃ手詰まりなのですよ」

「はっはっは、あの高千穂がそんなことするわけないやろ! あいつは自分以外誰も信じようとせえへんからな!」


 もともと高千穂さんは最初からとんでもない戦力の持ち主だった。

 だから放課後冒険部・東の名門と呼ばれる大泉女学園ですら、入学してきた高千穂さんについて行けるような部員はいなかったそうだ。

 そこに杏奈先輩が急激な成長を遂げ、二人でコンビを組むようになり、少しずつ高千穂さんは変わっていったらしい。

 

「そやけど去年は土壇場で杏奈が勇者をかっさらってもうたからなぁ。あれで高千穂は再び自分以外信じられんようになった」


 聞けば去年のダンマス以降、高千穂さんの要望で二人はコンビを解消したそうだ。


「でも高千穂さんは杏奈先輩のことを認めてるような口ぶりでしたけど?」

「そやな。認めてはおるやろ。本人も杏奈が裏切ったというより、自分が未熟だったと思っとるようやし。そやけど同時に杏奈とコンビを組んで、いつの間にか背中を預ける安心感を覚える自分に嫌気がさしたんやろな」

「そんな……」

「そやからあいつはお前らのせいで杏奈がダンジョンに囚われたことを、本気でこれっぽっちも恨んではおらん。むしろ今度こそ自分の力だけでダンマスへ挑めることを喜んでいたはずや」


『そうだ。高千穂玲は自分の本当の力を見せるべく、この大会にむけて厳しいトレーニングを自分に課した』


 そこへ琴子さんからの通信が入った。

 

『鈴城杏奈がいなくても自分ひとりでありとあらゆる局面を打開出来るよう、ひたすら鍛錬を続けた。去年のようにただの力任せではない、効率を考えた連続技を生み出し、苦手な魔法の習得にも余念がなかった。今年の高千穂玲は狂戦士バーサーカーではない。全てを倒す壊滅者デストロイヤーだ』


 壊滅者……確かに高千穂さんの戦力を考えたら、その名は相応しいかもしれない。でも。

 

「そやけど琴子さん、やっぱり戦士系が魔法だけでボスを倒すのは無理っぽいようやで」


 タイガーさんの言葉とともに高千穂さんのファイアーブラストが炸裂するも、見るからに威力が落ちてきている。

 それどころか高千穂さんの動きも何かおかしい。これまで簡単に見切ってきたスライムの酸を飛ばす攻撃も、今はなんとか躱しているように見える。

 

『……まずいな。魔力が枯渇しかけている』

「え、でもそんなに魔力を使ったようには……」

『魔法使いと戦士では同じ魔法を使っても、威力も、消費量も違うのさ、相田千里』


 ああ、そういうものなのか。今まであんまり考えてこなかったけど。

 

「琴子さん、このままではマズいんとちゃうか? 今のうちにサポーターへ強制退出の指示を出しておいた方がええで」

『分かっている。しかし……な』


 琴子さんが珍しく口ごもる。

 それは大会運営者として、あってはならないことかもしれない。

 だけど私は琴子さんを責める気にはなれなかった。

 例え優勝を競うライバルであろうとも、その努力が、厳しい鍛錬が、実を結ばずに枯れ落ちる瞬間を見たくはない。

 それはタイガーさんも本心は同じなんだろう。今朝は高千穂さんをけしかけ、今も琴子さんに大泉の強制退出を勧めながらも、それ以上は何も言わずにただ黙って戦況を見つめている。

 

「あ! 危ないでござるっ!」


 そんな琴子さんの一瞬の躊躇が命取りとなった。

 魔力の使い過ぎでもはや疲労が隠しきれなくなった高千穂さんが態勢を大きく崩す。

 そこへスライムがその巨体を大きくジャンプさせて、上から押し乗ってきた。

 スライムは飛ばしてくる酸も厄介だけど、それ以上に接触そのものが怖い。急激に魔力を吸い取ってしまうんだ。

 

『マズい! 緊急退出だ!』


 慌てて琴子さんの指示が飛ぶ。だけど。

 

「大丈夫だ。これぐらい……なんてことはない」


 高千穂さんはそう言うと、驚いたことに自分の何倍も大きさのあるスライムを持ち上げ、投げ飛ばした。

 

「俺はまだ……戦える! 緊急退出など必要ない!」

『そうは言うがな、こちらでモニターする限り、君の魔力はもう……』

「そんなのは関係ないっ!」


 吠えた高千穂さんの左右の手が真っ赤に燃え上がった。


「これで……これで終わりにしてやるっ!」


 高千穂さんが拳を振るう度、ファイアーボールが次々とスライムに襲い掛かり、大爆発を起こした。

 一体どこにこれまでの魔力が残っていたのか。みんな、唖然として見守る。大会運営の琴子さんですら、この時ばかりはすっぽんぽんの危機すら忘れて、高千穂さんの底力に驚嘆した。

 

「ど、どうだ! いくらなんでもこれで……なっ!?」


 さすがに疲れたのか。両膝に手をあて、息も切れ切れに言葉を紡ぐ高千穂さんの目が驚きで見開かれる。


「そんな馬鹿な……」


 さっきのは高千穂さん渾身のファイアーボールの連発だった。

 にもかかわらず、爆発で巻き起こった白煙のむこうには、いまだ健在なスライムの姿があった。

 

「決まりやな。琴子さん、大泉をいますぐ強制退出や」

『うむ。仕方――』

「まだだ! まだ俺は――」

『ダメだ。高千穂玲。君の魔力はもう限界だ。これ以上はさすがに』


「ちょっと待ってください!」


 その時だった。

 私は咄嗟に声を出していた。

 だって、分かったから。

 今年の高千穂さんの戦いに覚えた違和感、その正体……そして大泉がスライムを倒して先に進める唯一の方法を。

 

「今の声は……相田千里?」


 スライムと対峙したまま、振り返らずに高千穂さんが呟いた。


「そうです。私です。高千穂さん、後輩がこんなことを言うのは失礼だと思うんですけど、ひとつだけ言わせてください」

「魔法使いのアドバイスか? そんなのは――」

「高千穂さん、あなたは弱くなりました!」


 自分でも言ってから、ハッとなった。

 ましてや周りのみんなも、すっかり血の気の引いたような顔色になってる。あのタイガーさんですら信じられないようなものを見るような目を私に向けていた。

 

「俺が……弱くなった、だと?」


 高千穂さんの声が震えている。

 相変わらず背中を向けているから分からないけど、怒ってるんだろうなぁ、やっぱり。

 

「はい。去年の方が圧倒的に強かったです」


 だから覚悟を決めた。

 一度口から出た言葉を元に戻すことは出来ないんだ。だったら最後まで、自分の感じたことを素直に言い切ってしまった方がいいよね。

 

「去年の大会の様子を動画で見ました。凄かった。高千穂さんと杏奈先輩ならどんな敵だって倒せそうだって、私本気でそう思いました。だけど今年の高千穂さんは……」

「杏奈がいないから弱いと言いたいのかっ、相田千里!」


 荒ぶった高千穂さんの声が洞窟を渡った。

 怒りの感情がモロにぶつかってくる。だけど不思議と怖くはなかった。むしろ高千穂さんの不器用な生き方に「やっぱりこの人は強い人だ」と、言葉とは裏腹な印象を再認識した。変に感動すらしちゃったりする。

 

 だけど、その強さが高千穂さんを弱くしているんだ――。

 

「……そうじゃないですよ、高千穂さん」

「違う、だと? だったら相田千里、お前は何が言いたいんだ!?」

「自分ひとりでしか戦えない。自分の力しか信じない。それが高千穂さんを――大泉女学園を弱くしたんです!」


 高千穂さんが巨大スライムを警戒しながら振り向く。

 何を言っているのか分からないという表情だった。

 一方、その後ろでただ戦況を見守るばかりだった大泉の人たちは、俯きがちだった顔を俄かに上げる。

 

 高千穂さんを弱くした、と言いかけて、慌てて大泉女学園の名を付け加えたのは、我ながら大正解だ。

 

「高千穂さんは強いです。きっと誰よりも強いです。だけど、高千穂さんひとりでは、そこのスライムにも勝てない」

「だから杏奈がいれば勝てるのにと言いたいのではないのかっ!?」

「違います! 杏奈先輩じゃなくても、そこにいる大泉女学園の人たちと一緒に戦えば勝てるんじゃないですか!?」


 高千穂さんがその眼を大きく見開いた。


「は? 何を言っている、相田千里? あの子たちはただ数合わせの為にいるだけだ、戦力などには――」

「でも高千穂さん以外は魔法使いじゃないですか」

「それは単に魔力が高い者を選んだだけだ。万が一被弾しても簡単に魔力枯渇にならないよう――」


「「「「「違います!」」」」」


 高千穂さんの考え違いに、大泉の人たちが一斉に声を上げた。

 

「私たち、ただの数合わせじゃありません! 高千穂先輩と一緒に冒険したくて大泉にやってきたんです!」

「俺と?」

「そうです! 去年のダンマス見ました! 格好良かったです!」

「私たちじゃ杏奈先輩みたいなパートナーにはなれないけれど……それでも少しでもお役に立てれたらと思って頑張ってきました!」

「高千穂先輩は危ないから手を出すなと言うけれど、もう見ていられません」

「高千穂先輩こそ勇者に相応しい人だって、私たち、信じてます! だから」



「「「「「お願いです、私たちも一緒に戦わせてください!」」」」」



 控えていた大泉の人たちがそれぞれの得物を構える。

 珍しく高千穂さんが狼狽え、どうしたものかと返答に窮している間に、そのうちの一人がスライム目がけてファイアーボールを放った。

 

 大きさはそれほどでもなく、せいぜいバレーボールほど。スピードも物足りない。

 それでもレベル80を超えた魔法使いが渾身の力を込めて放つ、ホンモノのファイアーボール。先ほどまでの高千穂さんが撃ち込んだものとは魔力の純度がまるで違う。

 

 どごおおおおおおおおおんんんんん!

 

 ファイアーボールがスライムに命中し、爆発と大音響を発してその巨体を大きく仰け反らした。

 

「おおっ!?」


 その威力に高千穂さんが驚きの声を上げる。

 

「行ける! 行けるよ、みんな!」


 驚く高千穂さんを尻目に、大泉の人たちは歓声を上げて一気呵成に次々と魔法を放った。

 巨大なスライムが被弾するたびにその体をどんどん削り取られていく……。

 

「このまま一気に叩き込んでスライムのコアをむき出しにします。そこなら高千穂先輩の魔法でも効くはず。とどめはお願いしますよ、高千穂先輩!」

「なに!? しかし、それでは……」

「私たちは高千穂先輩が勇者になってほしいんです! これまで何も出来なかった私たちだけど、これからは違います。みんなで出来る限り高千穂先輩を助けます! だから高千穂先輩も私たちに頼ってください!」


 いまだ呆然とする高千穂さんに、背後から次々とその名を呼ぶ声が重ねられていく。

 背中がかすかに震えているのは、先ほどまでの怒りとはまた違う感情によるものだろう。


 よかった。

 大泉の人たちがこんなにも高千穂さんを慕っていたとは思ってもいなかった。

 もし仮に高千穂さんが自分の考え違いを正してくれて、仲間に助けを求めても、当の本人たちがとっくに愛想を尽かしていたらどうしようもなかったし、正直なところ、そこまでは考えていなかった。


「おい、なに余計なことしよるねん。ライバルがひとつ減る絶好の機会を潰しよって」


 横でタイガーさんが文句を言ってくるけど、本気じゃないのはその声色で分かる。

 

「よし! 大泉女学園放課後冒険部、こいつを倒して今年も優勝旗を我が母校に持ち帰るぞ!」


 高千穂さんの号令に、大泉の人たちが一斉わぁと歓喜の声を上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る