第53話:今夜は焼き鳥でぐいっと
「おい、こんなん反則やろ! どこからどう見てもトイレの用具室やったやないけ!」
私たちに続いて用具室のゲートを潜り、懐かしの琵琶女放課後冒険部の部室へと入ってきたタイガーさんがいきなり吠えた!
「あんなん、お前ら……いや、琵琶女の奴らにしか分からへんやろ! これって不公平なんかとちゃうかーっ!?」
私たちに文句を言おうとして、それでは埒が明かないと苦情の矛先を運営へと向けるタイガーさん。
そりゃそうだ、私たちに文句を言われたところで困るもん。
『これは運営の与り知らぬところだ。文句なら異世界ダンジョンへ言え』
琴子さんの当然の主張が頭の中へ直接聞こえてくる。
そりゃそうだ、ダンジョンを作っているのは運営じゃなくて異世界ダンジョンだもん。こんなの、運営にだってどうしようもない。
「なんと! こんなところに隠し部屋があったのか」
そこへ高千穂さんたち大泉の人たちも部室へと入ってきた。
そりゃそうだ、なんせ私たち、あれから大慌てで部室へと急いだんだもん。あんな様子を見れば誰だって、突破口が見つかったに違いないと追いかけてくるに決まってる。
「ゴラァ、滋賀の田舎もん! お前らが騒ぎ立てるから大泉の奴らにも気づかれたやんけっ! 何考えとんねん、お前らが静かに行動していればこいつら少なくとも今日一日はここで足止めできたやろうがっ!」
琴子さんの無慈悲にも当たり前な返答に怒りの矛先を見失っていたタイガーさんが、いい獲物を見つけたと再び私たちを怒鳴りつけてきた。
なんていうか、まぁ、そりゃそうか、な?
「……というわけで、ダンマスではそりゃあもう生き馬の目を抜くとはこういうこっちゃなってな具合に、狡猾で抜け目なく行動した奴が勝つんや! 分かったな、お前ら!」
「「「「「「はいっ!!」」」」」」
タイガーさんの小一時間にも及ぼうかと言うお説教に、私たち全員いい声で返事をしてやった。
だって、ここでまたちょっとでも不服そうな様子を見せたら、タイガーさんのお説教がまだ続いちゃうんだもん。
さすがにそれは勘弁してほしいので、みんなでアイコンタクトして調子を合わせた。あのちょこちゃんでさえも、だ。
「よし、ええ返事や。んじゃ、ちゃっちゃっとこの階層のボスを倒してこいや! お前らがこの部屋を見つけたんやから、今回はその権利を譲ったるわ!」
「「「「「「ありがとうございますっ、サー!」」」」」」
よしっ、やった。お説教地獄から抜け出してやったぞ!
次は念願のボス討伐タイムだっ!
運がいいことにボスの間は部室の扉、かつては異世界ダンジョンへのゲートだったところと繋がっていた。
だから譲るも何も最初に見つけたのは私たちなんだから、ボスと最初に戦う権利は私たちにあるんだけど、そこにツッコミを入れるとまた面倒くさいことになりそうだからやめておく。
ボスキャラはいつも眠っている。
いや、本当は起きているのかもしれないけれど、私たちが部屋に入るといつもじっとしているから、なんか寝てるのかなって思っちゃうんだ。
第八階層のボスは大きな鳥だった。
姿や形はインコに似てるけど、大きさは大型犬ぐらいあって、大きなボスの間の中央に羽を畳んで休んでいる。
ゾンビ化したらこの状態のまま一方的に攻撃出来るんだろうな。楽そうで羨ましい。
だけど。
「ボスが動いたのですっ!」
むくりと頭を持ち上げて羽を広げるボスキャラに、みんなの緊張感がさらに高まる。
今から戦いが始まる――始めは怖かったけれど、いつの間にかワクワクする自分がいて。
これはこれで悪くないと思うんだ。
「まずはボスの属性を確認するため探りを入れて……って、あ、そんなことする必要なかったのです」
羽をはばたかせ宙に浮かぶボスの身体が、突然炎に包まれた。
私たちはまだ何の攻撃もしてない。つまりこれはボスの身体そのものが発火しているってことだ。
『はいはーい、こちら琵琶女のレポーター・小春ちゃんでーす! ついに第八階層のボス戦、琵琶女vsフェニックスが始まりましたよー!』
小春ちゃんが待ってましたと元気な声で実況をし始めた。
『さぁ、行け行け琵琶女! 頑張れ琵琶女! 鳥さんをぶっ倒して今夜は焼き鳥でぐいっと一杯イキマショー!』
まだ誰も戦っていない新規のボスと戦うのはこれが初めてなので、小春ちゃんがノリノリだ。
ってか、焼き鳥で一杯は女子高生的にはマズいんじゃないかな?
「盛り上がっている小春には悪いですが、今は少しでも先に進みたいのです。千里、最大級の風魔法であいつを瞬殺するですよ!」
「え? でも……」
ちらりと私はつむじちゃんの様子を伺う。
クナイを両手に持ち、いつもと変わらず集中して敵を見つめるその姿に、私はぶんぶんと頭を振った。
「そうだね。うん、分かった!」
杖の先端に魔力を集中させる。
イメージするのは竜巻。ただし、万女のストームドラゴンが見せたような、ただ闇雲に動き回る奴じゃない。杖の先からまるで新体操のリボン競技のように渦を巻いて噴出し、フェニックスを一気に飲み込んでしまうような、そんな竜巻だ!
「行け! あいつを吹き飛ばしちゃって!」
掛け声とともに杖を振るう。
イメージ通り、杖のサイズからは想像も出来ない巨大渦巻がフェニックス目がけて襲い掛かかった。
『おおう! 琵琶女の相田選手、いきなり必殺技をぶっ放してきましたよー! これはフェニックスも予想外だったみたいですねー、逃げるどころか抗うことすら出来ずにあっさり飲み込まれるー!!」
よし、上手く行った!
『琵琶女、あっさり第八階層のボスを撃破ーっ! って、ちょっと待って、小春の出番これだけなのーっ!? それってあんまりじゃないですかー!?』
ごめんね、小春ちゃん。でも、ラスボス戦もきっと実況させてあげるから、それまで我慢して――。
クォォォォオオオオオオオオオンンンッ!!
その時だった。
極大風魔法の直撃を食らって、今まさに消えつつあるはずのフェニックスが突然吠えた。
と、同時に竜巻が急速に収束していく。
まるでフェニックスの身体に風がすべて飲み込まれていくかのように……。
「ちょ、ちょっと! なんで炎属性のモンスターがいまのを食らってまだ生きてるのよ!?」
「うーん、
「ええー? そんな相手をどうやって倒すのぉ?」
「……む? どうやら今はそれよりも自分たちの身を守ることを考えた方がよさそうでござるよ」
驚く私たちの前で、フェニックスがひときわ大きな炎を身に纏い、空高くへと舞い上がった。
「来るですよ! 全員、攻撃に備えるです!」
急上昇したフェニックスが今度は急降下して、私たちに襲い掛かってくる。
つむじちゃんは身体を低くし、友梨佳先輩が盾を構える。その背後で彩先輩も剣を構え、反撃の態勢を取った。
もちろん、私も後衛を守るべくストーンウォールを作り出し、衝撃に備えた。
クォォォォオオオオオオオオオンンンッ!
その様子を見てか、フェニックスが角度を変えた。
体当たりをやめて、ここは一度私たちの上空を通過することにしたのかな、直前の鳴き声はその悔しさの表れかな……と思っていたら!
『ああっ! フェニックスがきりもみ回転して上空へ舞い上がっていきますよーっ!』
小春ちゃんの実況に慌てて見上げる。
確かにフェニックスが回転しながら再び空高くへと上昇していき、なんかキラキラしたものが私たちの方へ落ちてくる……。
「火の粉でござろうか。結構な量でござるが大したダメージは受けなさそうで――」
そんなつむじちゃんの肩に、舞い降りてくる火の粉のひとつが落ちた。
「なっ!? ど、どうしてでござるか!?」
その変化に思わずつむじちゃんが驚きの声を上げる。
普段なら攻撃を受けても魔力を奪われるだけの異世界ダンジョン。ダメージは勿論、痣とか火傷なんかもないし、そもそも熱いとか冷たいと感じることすらない。
それなのに、何故か今回は!
「どうして服に穴が開くでござるかっ!?」
そう、火の粉が落ちたつむじちゃんの肩の部分が焦げて、穴が開いてしまっていたんだ!
「これは一体どういうことなのですかー!?」
「そんなこと言われても分からないわよっ。それよりも、ちょこ、なんとかしなさい! 早くなんとかしないとこれ」
《うむ、すっぽんぽんになる前に強制退出させてもらうぞ》
慌てふためく私たちの頭の中に、琴子さんの声が響いてきた。
今は地上では生放送中。さすがに『すっぽんぽん』という単語を全国放送で流すのはマズイんだろう、魔法を使って頭の中へ直接伝えてきた。
《しかし、これまで魔力を奪うことしかしてこなかった異世界ダンジョンがこのような攻撃に出るとは予想外だったな。まさか杏奈を捕獲したことにより、その知識も取り込んだのか?》
だとしたら厄介だなと冷静に分析する琴子さんだけど、こっちはそれどころじゃない!
「千里、ストーンウォールを変形させて屋根を作るです! 早く!」
「はい!」
「みんな、千里が作った屋根の下へ避難して! てか文香、胸、胸! おっぱいがポロリの危機!」
「え?」
「おっと、そこはボクに任せてくれたまえ!」
「ちょ、お姉さま! どさくさに紛れて文香のおっぱいを揉むなーっ!」
「何を言ってるんだい、彩。ボクは文香君のおっぱいポロリを防いでいるだけだよ?」
「んー、でもぉ、なんかさっきから友梨佳の手の動きがなんかヤらしいよぅ?」
「あっはっは。気のせい気のせい」
「お姉さまぁぁぁぁぁぁ!!!」
「そんなことをしている場合じゃないでござる。早く逃げるでござるよ」
思わぬ苦戦に、小春ちゃんの『琵琶女放課後冒険部、完璧に大混乱でーす!』って能天気なレポートが洞窟に鳴り響いた。
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