第52話:鳥が一羽飛び立つ時、影の神殿の天頂に宝は眠る
ダンジョンの中を徘徊しているモンスターは、たとえどんなに弱っちい奴でも私たちを見つけると攻撃してくる。
だから幾ら先を急いでいても、出会ってしまったら戦闘は必至。
ましてや数が多いと大変で、探索もなかなかままならないこともある。
そんな戦闘をボス戦以外回避出来たら、どれだけ楽だろう。
しかもボス戦だって相手は動かないんだ。いくらスキルや魔法を使えなくても、時間さえかければ倒すのは決して難しくない。
そう、それが例え杏奈先輩を捕獲した、あの黒い霧のバケモノであっても……。
琴子さんは二日に一回のゾンビ化出来る唐津女子たちと、毎日ダンジョンに潜れる他の三校の条件は釣り合っていると言ってた。
でも、私たちにはとてもそうとは思えなかった。
「とにかく急ぐしかないわね」
第五層のボスはヴァンパイア。
大量の蝙蝠たちを使役して、魔力を奪う噛みつき攻撃をしてくる嫌な奴だ。
しかも攻撃は『
「でも、そんな悠長なことやってられないのです。千里、やっちゃいなさい!」
「ホントに上手くいくのかなぁ」
予めちょこちゃんから言われてた作戦を実行すべく、半信半疑ながら杖を振るう。
標的はヴァンパイア……ではなくてその上空。精神を集中し、上手くいきますよーにと祈りながら、火の玉を高い天井へと放った。
勿論、ただの火の玉じゃない。放った直後はソフトボールほどだった大きさが、敵の頭上に近づくにつれてどんどん大きくなる。そして天井や壁にぶつかることなく空中で留まった巨大ファイアーボールは、爆発をしない代わりに圧倒的な熱量と紫外線を、真下のヴァンパイアだけに向かって放ち始めた。
「うぎゃああああああああああ!!!!」
すさまじい断末魔を上げるヴァンパイア。あっさり灰になってくれてよかったよかった。
『おおーーーーーっ! これはすごい! なんと琵琶女、太陽を作ってヴァンパイアを瞬殺ぅぅ!』
小春ちゃんがハイテンションで実況する中、ちょこちゃんが「くっくっく。聖なる武器なんかなくても日の光があればヴァンパイアなんてイチコロなのですよ」と、ちょっと禍々しすぎる表情で嗤った。
第六層は早く探索が進んだ。
ボスの間は隠し通路に隠されていたけど、そこはほら、琵琶女には甲賀忍者の最高傑作・つむじちゃんがいる。洞穴を走っている最中に突如立ち止まり、犬みたいにくんくん鼻を鳴らして、あっさりと見つけてくれた。
「さすがつむじ君! 頭をなでなでしてあげよう」
「くぅーん」
友梨佳先輩に頭を撫でられて、これまた犬のような甘えた声を出すつむじちゃん。
普段は猫っぽいのに、こういう時は犬になるんだ。知らなかった。覚えておこう。てか彩先輩、ふたりを見る目が怖いです。
対して第七層。これは大変だった。
だって気付かないうちに床が回転するんだよ。おかげで何度も何度も同じところをぐるぐるさせられた。
「うー、回転床なんて古典的なトラップに、このちょこが気づけなかったとは。屈辱なのです」
「いやぁ、でも私が気付いたのもぉ、単なる偶然だしー」
そう、このいやらしいトラップに気付いたのは文香先輩。走り疲れて、魔力がもったいないけど仕方ないと空中に浮かんで移動している時に偶然見つけたんだ。
「みんながねぇ、いきなりきゅっと90度回転するのぉ。びっくりしたよぅ」
「こっちは飛んでいる文香先輩が突然方向転換したのかと思いましたよ」
まったく。なんて意地悪いトラップを仕掛けてくるんだ。性格悪いよ、このダンジョン。
でも、本当に性格が悪いのは次の第八階層だった。
「え? ここはまさか……」
なんとか回転床トラップを乗り越え、既に大泉女学園が倒した第七層のボスの間を抜けて辿り着いた第八階層。
その光景に私たちは思わず目を見開いた。
「これ、体育館だ!」
そう、そこは懐かしい琵琶女の体育館だった。
それまでトラップとかはあったものの普通の洞窟だっただけに、この変化には驚いた。
「え? どういうこと? もしかして外に出ちゃった、とか?」
「でも私たち、まだ冒険者スタイルしてますよ?」
外に出たのなら自然と普段の制服姿に戻るはず。それが冒険者の格好のままってことは、つまりここはまだ異世界ダンジョンの中ってことだ。
「おう、ようやく追いつきよったか」
そこへ体育館の扉ががらっと開いて、外からタイガーさんが声をかけてくる。
背後には、これまた懐かしい琵琶女のグラウンドが見えた。
「外に出てみぃ。すごいでぇ、ホントにここがダンジョンの中かいなって驚くさかい」
言われて体育館の外へ踏み出す。
真っ先に感じたのは日の光の暖かさ。見上げてみればダンジョンの中のはずなのに、雲一つない空に太陽が輝いていた。
「もはやなんでもありが極まりすぎなのですよ、このダンジョン」
ふと見下ろすと、足元にはソフトボールがひとつ。ああ、そう言えばあの日の前日、魔法の練習にノックをさせてもらって一球だけ変な方向へ飛んで行っちゃったっけ。
片付け忘れたボールまで再現しちゃうなんて、ホント無駄に凄いよ。
「しかし、これ、どれだけ広がっているんだい? まさか学校の外までも探索可能だったりするんじゃないだろうね?」
「ああ、それなら心配せんでええ。外には出られんうえに、校舎にも入れへんしな」
「え? だったら第八層のフィールドって……」
「おう、体育館とグラウンドだけや」
なんとっ、一気に狭くなった!
まぁ狭い方が探索も楽だからいいんだけどね……って。
「あれ、でもそれっておかしくないですか? そんなにフィールドが狭いなら、とっくの昔にボスの間が見つかってそうなんですけど」
だけどいまだ第八層のボスと接触したというアナウンスはない。
大泉の人たちの姿は見えないけれど、それでもボスとコンタクトしてないってことは少なくともまだ第九層には進んでいないはずだ。
「ふっふっふ。『鳥が一羽飛び立つ時、影の神殿の天頂に宝は眠る』や」
そこへタイガーさんが突然訳の分からないことを言い出した。
ぽかんとする私たちに、タイガーさんは「そういう暗号を書いた紙がな、グラウンドに落ちとったんや」と何故か最高のドヤ顔を決めてくる。
「へぇ。隠し通路、回転する床と来て、次は暗号……。なかなか凝ってますね」
でもその暗号、どこかで聞いたことあるような……。
「なっ!? なんでその暗号が異世界ダンジョンにあるですかっ!?」
記憶の片隅を探すそんな私の傍らで、何故かちょこちゃんがなんか慌てた様子でタイガーさんへと詰め寄った。
「ふっふっふ。そんなん、これがボスの部屋に繋がる隠し通路を示したヒントやらかに決まっとるがな! 唐津付属やレーナンエリトが昨夜第八層までしか進めなかったんは、きっとこの謎が解けへんかったからや。大泉の奴らも、なんせリーダーがあの戦うことしかない頭にないバカ女やからな、とにかく手当たり次第に探せと体育館を駆けずり回っとるわ。あははは、アホちゃうか」
ここぞとばかりに大笑いするタイガーさん。
その一方でちょこちゃんは難しそうな表情を浮かべている。心なしかどこか顔色も悪い。
「だが、しかーし! この暗号を万女のホームズことアリンコが見事まるっとお見通しで解き明かしよった! さすがやろ!? やるやろ!? じっちゃんの名に賭けて、真実はいつもひとつなんや! おーい、久先輩、カメラの方向はこっちでええか?」
タイガーさんの問いかけに姿は見えないものの、近くから『ええでー』と返事が聞こえてくる。
「ええか、『鳥が一羽』とは十二時辰の『酉ひとつ』のことで、現在で言うと夕方の五時ぐらいを示しとる。そして黒き神殿とは建物の影のこと。このフィールドで影を作りそうな建物は体育館しかあらへん。
そしてこの体育館は屋根が三角形になっとって、グラウンドに向かって真正面をむいとるな? てことはつまり夕方の五時、体育館が作る屋根の影のてっぺんに、第八層のボスに繋がる秘密通路があるってことなんや!!!」
大興奮&今世紀最高のドヤ顔を決めるタイガーさん。
そこへひょいっと顔を出したアリンコさんが「あーあ、ライバルにバラして何してるんスかー」と言いつつも、自分が導き出した推理には絶対の自信があるらしく、珍しくこちらもどこか自慢げな表情を浮かべている。
対して何故かますます顔をこれでもかとばかりに引き攣らせてるちょこちゃん……。
「はっはっはー。どや、久先輩、今のはバッチリ決まったやろ!? 盛り上がるレポート頼むでー」
『そうしたいんはやまやけどなー、タイガーちゃん。今はまだお昼の三時で、あと二時間ほどあるやん。ホントにそれが正解かどうかはっきりせん限り、電波に乗せるのは待った方がええと思うでー』
「そんなん当たりに決まってますやん! 久先輩も案外慎重なところがありますなー」
『そうは言ってももし外れてたら赤っ恥もいいところですよー、タイガー先輩。まぁそれはそれで面白いから、先輩的にはいいのかもしれませんけど』
「小春、お前は黙っとれ。あ、てか、滋賀の田舎もんたち、この暗号を解いたのはうちのアリンコや。同じ関西のよしみで教えたったけど、第八層のボスと戦うんはうちらやからな。抜け駆けは許さへんぞ」
そんなの言われなくても分かってるよ。そもそもそんなことしたら後が怖いもん。
「って、言われている傍からどこへ行くのさ、つむじちゃん!?」
つむじちゃんがすたすたとグラウンドへ歩いていくので、思わずその背中へ声をかける。
「決まっているでござる。その暗号が示す場所でござるよ」
「はぁ? なに言っとるねん。指定された時間までまだ二時間もあるんやぞ。分かるわけがあらへん」
「それが分かるのでござるよ。なんせ拙者、この暗号は過去に一度解いているでござるから」
はぁ!?
思わずその場にいた全員……あ、違う、ちょこちゃんを除いた全員が突拍子もない声をあげた。
「過去に一度解いてるってお前、それはどういう」
「そもそも体育館を出た時から違和感があったでござる。今は12月。季節は冬。なのにここは寒いどころかむしろ暖かいでござる」
「え? あ、うん、そう言わればそうだね。でも、それが暗号と一体何の関係が……?」
「簡単でござるよ。季節が変われば影の位置も変わる。だからダンジョンはあの時のまま……この暗号が書かれた時の状況を再現しているのでござる」
あ……ああっ、そうかっ!
そこまで言われてさすがに気付いた。
これ、放課後冒険部に入るのを渋っていたちょこちゃんを追いかけていた時に見た暗号だ!
「だから拙者の予想が当たっていれば多分これは……」
目を点にするみんなを置いてつむじちゃんがしゅたしゅたしゅたとグラウンドの片隅へと走り去ると、そこの地面を軽く掘り、何かを取り出して戻ってきた。
「やっぱり、ボスの間への隠し通路なんかじゃなかったでござるよ」
「なん……やて……!?」
「以前に見つけた時と同じく、これが埋まっていたでござる」
そう言ってつむじちゃんが手にしたアルミ製の名刺入れに入っていたのは……。
《くっくっく、あの暗号を解くとは見事なのです明智君。だがこの怪盗ちょこ面相を捕まえることが出来るかな?》
「おい、コラ、このボケ一年!! こいつはお前の仕業かぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
名刺入れに入っていたメモをつむじちゃんがみんなに見せるやいなや、逃げようとしていたちょこちゃんの背後にタイガーさんが素早く跳躍し、有無を言わさず羽交い絞めにした。
「ちょ、バカ虎! 離せ! 離すのですよっ!」
「誰が離すか、ボケェ! それよりもこんな手の込んだトラップ仕掛けおってぇ、今度という今度こそは許さへんぞ!」
「ぬ、濡れ衣なのです! これは確かにちょこが昔書いた暗号なのですが、それがまさかこんな異世界ダンジョンの世界で具現化されてるなんて思ってなかったのですよー!」
それはちょこちゃんの言う通りなのだろう。
いくら私たちの母校とはいえ、異世界ダンジョン化した今の琵琶女に私たちが意図的に何かを仕込むことなんて出来るはずもない。
「そんな……では一体この階層のボスの部屋はどこにあるッスか!?」
タイガーさんの必殺タイガークローで頭をキリキリ締め付けられるちょこちゃんの悲鳴が鳴り響く中、アリンコさんが呆然と呟く。
そ、そうだ、だったら一体どこに……。
「「「「「あっ!」」」」」
それどころじゃないちょこちゃんを除く、琵琶女放課後冒険部員全員が一斉に声を上げた。
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