第51話:ゾンビ化だよ

 ダンマス二日目が終わった。

 この日も結局トップに立ったのは大泉女学園で、その進捗は第六層のボス撃破にまで至った。

 後を追う万女も明日から第六層へ。

 かくいう私たちも明日は朝一番に第五層のボスへ挑むところまでやってきた。


 トップとの差は依然として開いているけれど、二日目でここまで進めたのは順調と言ってもいいような気がする。

 ただ、友梨佳先輩が誕生日を迎える1月1日までにダンジョンを制覇しなくちゃいけない私たちとしては、どこよりも急がなくちゃいけないのは確かだ。

 

 それにしてもレーナンエリト女学館と唐津付属の人たちは、いったいどうするつもりなのだろう?

 結局あれからあの二校はダンジョンに戻ってこなかった。

 てっきり私たちが第三層のボスを倒したら戻ってくるものだとばかり思っていたので、びっくりした。

 

 もしかして本当にリタイアしたの?

 共闘体制に入るとは言うものの、ボスの間で一度に戦えるのは最大六人まで。

 連携攻撃を武器にしてきたレーナンエリトが第三層のボス撃破に失敗した今、仮に唐津付属の人たちとメンバーを入れ替えて再戦しても、撃破出来る可能性はかえって低いんじゃないかな。

 となると、第三層のボスを私たちが倒した今日こそが、先に進める唯一のチャンスだったんだけど……。

  

 そんな苦境に追い込められたふたつの学校の人たちは夕食も、そしてお風呂にも姿を見せなかった。

 

「多分もう尻尾巻いて故郷くにに帰っちゃったんじゃないですかー?」

「そんなこと言っちゃダメだよ、ちょこちゃん」


 万が一聞かれたらどうするの。昼間は笑ってすましてくれたけど、次もそうなるとは限らないんだからねっ。

 

「大丈夫なのですよー。それより文香先輩、ちょこと一緒に大浴場へ行かないですかー?」

「ふぁ? お風呂ならさっき入ったよぅ?」

「寝る前にもう一度行きましょう。さっき大泉の高千穂がお風呂に向かったって小春から情報を手にしたのです」


 あ、うん、高千穂さんだけど、昨夜のことがあるからしばらくみんなとはお風呂の時間をずらすよう大会運営から命じられたんだ。

 普段はあんまり動じることのない高千穂さんだけど(まぁ昨夜のは狂乱しまくってたけど)、琴子さんから厳しく言いつけられた時は珍しくしょんぼりしてたな。

 

「高千穂さん? ああ、なるほどぉ、ひとりでお風呂に入っている高千穂さんを可哀相に思ってのことだねぇ。ちょこちゃん、やさしー」

「ふっふっふ、そうじゃないのです。アリンコや千里のおっぱいごときで取り乱すバーサーカーに文香先輩と小春のおばけおっぱいを見せたら、驚きのあまり気絶するんじゃないかなぁと思うのですよ」


 ライバル校のエースを潰すいいチャンスなのですと黒い笑顔を浮かべるちょこちゃんと、呆れながらも可愛い後輩のお願いを断れずお風呂の用意を始める文香先輩。

 ちなみにその後にお風呂から戻ってきた文香先輩に話を聞くと、高千穂さんは先輩たちのおっぱいにごくりと唾を飲み込んだものの、昨夜のように狂乱はせず、代わりにその隣りでふんぞり返るちょこちゃんを見て鼻で笑ったそうな。

 そしてその態度に腹を立てたちょこちゃんがサウナ勝負を持ちかけ、あえなく轟沈。これまた昨夜のタイガーさんみたいな痴態を晒してしまったのだそうだ。ちゃんちゃん。

 

 

 

 

 そんなこんなで三日目の朝を迎えた。

 大会としてはまだまだ序盤。だけど時間が限られた私たちからしたらもう中盤だ。今日も頑張っていきたい……と食堂で大泉や万女の人たちと朝ごはんを食べていたら、とんでもないニュースが飛び込んできた。

 

「え? レーナンエリトと唐津付属が揃って第八層まで進んだ?」


 信じられない、というか、何を言っているのと疑問で頭がいっぱいになった。

 だってその二校は昨日、第三層のボス討伐を失敗してダンジョンを出てから戻らなかった。それなのにどうして第八層まで進んだことになってるの?

 

「この二校は昨夜ダンジョンに潜ったんだ」


 驚く私たちに琴子さんが説明する。

 どうやら彼女たちが昨夜姿を見せなかったのは部屋での作戦会議でも、諦めて帰ったのでもなく、ダンジョンに潜っていたかららしい。

 

「そんな! だってダンジョンへは夜の6時以降は潜れないって……」

「基本的には、な。しかし、事前に申請し、こちらが必要と認めれば、それ以降の活動を許可することもある」


 確かにそんなルールの説明を受けた覚えがある。

 でも、よっぽどのことじゃないと認められないみたいなことを言ってたし、何より私たちは杏奈先輩の言いつけを破って早朝のダンジョンへもぐり、今回の事態を引き起こした苦い思い出もある。

 基本活動時間外の冒険なんて考えてもいなかった!

 

「そやけどそいつら第三層のボスにすら歯が立たんかったんとちゃうん? それがどうして第八層まで進めとるんや?」

「唐津女子短大付属が見つけたゾンビ化だよ、タイガー」


 タイガーさんの質問に琴子さんがニヤリと笑いながら答える。


「ゾンビ? ああ、確かに唐津付属の奴らがそんなのを使うとは聞いとったけど、なんやねん、ゾンビ化って?」

「魔力は一晩眠ると回復するのはみんなも知っているだろう? では眠らずに夜もダンジョンで過ごすとどうなると思うね?」

「はぁ? そんなん知らんわ」

「ああ、これまで誰も知らなかったし、知ろうとしなかった。が、彼女たちは見つけたのだよ。眠らずに夜のダンジョンを冒険すると、魔力が限界ギリギリまでダンジョンに吸い取られる代わりに、モンスターたちは彼女たちを認識できずにされるがままになる、と」


 それがゾンビ化だと琴子さんは言った。

 

「されるがままって、モンスターが攻撃してこないってことでござるか?」

「そうだ」

「ええっ!? そんなのずるいのですよ! そんなのが出来るのならどんな強敵が出てきてもへっちゃらじゃないですか! 酷いチート技なのです!」

「いや、そうでもないぞ、小泉千代子。なんせ魔力が限界ギリギリで、衣服や武器を具現化する以外は何も出来ない。魔法は勿論のこと、スキルすら使えないのだ。そんな状況でモンスターを倒すのは至難の業だろう。それこそ普段から肉体を鍛えているか、あるいは完璧な連携で敵を効率的に攻撃できるかしないと、な」


 続けて琴子さんの口から唐津付属の子たちはみんな格闘技の使い手だそうだと説明された。

 ちなみに脱出はサポート要員による強制排出を使うらしい。なにそれズルい。


「でも、さすがにこれは反則じゃないの!? 夜にダンジョンに潜るにはよっぽどの理由がないと認められないって言ってたわよね。これは『よっぽどのこと』なの?」

「まぁな。確かにこちらが想定していた『よっぽどのこと』には当てはまらない。が、彼女たちだってゾンビ化することで、それ相応のハンデを背負うから認めたのだよ」


 なんでも一度ゾンビ化したら、次に異世界ダンジョンに潜るには魔力を完全に回復させないといけないのだそうだ。

 魔力は夜に眠らないと回復しないから、彼女たちが次に活動出来るのは早くて明日の朝となる。

 

「しかし、日中は彼女たちの力では到底無理だろう。つまり一度ゾンビ化したら、次に彼女たちが冒険出来るのは次の日の夜だ。その間に君たちは二日間の冒険が出来る計算になる。それで十分釣り合うと私たちは考えた。だから君たちが今更自分たちもゾンビ化したいと言っても却下する」


 それにまともに動かないモンスターを一方的に攻撃するパーティばかりになっては絵的につまらないからテレビとして美味しくないからね、と琴子さんがあっさり本音をバラして苦笑いを浮かべる。

 

「とにかく彼女たちは彼女たちが取り得る最高の戦術として、これを選んだのだ。君たちも君たちの出来る最大限をもってダンジョンを進撃してほしい」


 琴子さんの話はそれで終わった。

 リタイアなんてとんでもなく甘い考えだった。

 かくして唐津女子とレーナンエリトは今、とても厄介なライバルとして私たちの前に立ち塞がることになった!

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