第50話:目に入ってないって感じ?
ダンマス二日目が始まった。
昨夜のうちにルートを徹底的に調べあげ早々に第二層のボスの間に辿り着いた私たちは、一夜明けて復活した、両手の鎌をまるでブーメランのように投げてくるカマキリのボスを、血液魔法一発でぶっ倒した。
使える数が限られているからと慎重になってはいたけれど、さすがにこれ以上遅れを取るわけにはいかないからね。時は金なり。急がばぶっ放せ。
で、第三層をこれまた魔力の出し惜しみせず、襲い掛かってくるモンスターたちを次々と倒しながらようやくボスの間を見つけ出したんだけれど……。
「ちょっとー、レーナンエリトはなにもたもたやってるですかーっ!?」
先に辿り着いたレーナンエリトがボス戦でもたつき、思わぬ足止めを食らってしまった。
そうこうしているうちに先行している二校のうち、今回は万女が第四層のボス『カニ道楽もどき』(タイガーさん命名)を倒してしまう。
トップ陣との差がまた開く……対して調子が悪いのか、レーナンエリトはなかなかボスに有効打を与えられないでいた。
「へぇ、それは意外だね」
焦ってはいるけれど、慌てても仕方がない。
レーナンエリトがボスを倒すまでの間、私たちは仕方なくその場で待機することにした。
だってこのあたりの雑魚はもうあらかた倒しちゃったし。
それにほんのちょびっとの経験値とポイントを稼ぐ為に遠出をして、その間に先へ進めるようになっちゃったら、そっちのタイムロスの方が痛い。
というわけで、この機会に昨日の高千穂さんから聞いた話をしてみたんだけど、やっぱりみんな驚いた反応を返してくる。
「あの杏奈が
そう、高千穂さんが語る「自分を超える狂戦士」とは、なんとあの杏奈先輩だったんだ。
「でも杏奈ちゃんっていつも冷静に戦ってたよねぇ。それのどこが狂戦士なのぉ?」
「高千穂殿が言うには、去年のダンマス・ラスボス戦のことでござるが……」
つむじちゃんが当時の戦いをみんなに話し始める。
高千穂さんが語ったシーンはラスボス戦のまさにクライマックス。
いつも通り、相手から攻撃を受けても構わず剣を振りまくっていた高千穂さんのラッシュがわずかに止まった。
と、そんな高千穂さんと入れ替わるように、杏奈先輩が身体を割り込ませて攻撃する。
それが結果的に、ボスを倒すトドメの一撃となった。
「それで杏奈先輩は大会MVP、つまりは勇者に選ばれたわけでござる。が、高千穂殿が言うには『杏奈のアレはとてもじゃないが正気ではない自殺行為だった』だそうでござるよ」
「そうなの?」
「なんでも高千穂さんはボスが強力な反撃をしてくるのを感じて慌ててラッシュを止め、防御しようとしたそうなんです。それは杏奈先輩も絶対感じたはずだって」
「なるほどなのです。それなのに防御じゃなく攻撃に出た杏奈先輩は自分以上のクレイジーだって言ってるのですねー」
それならば高千穂さんの言うことも理解できるのですと頷くちょこちゃんに、みんなも半ば同調する。でも。
「だけど杏奈君は本当に危険を察知してたのかな?」
「そうよね、ちょっと抜けてるあの子のことだもん、案外何も考えず攻撃に出たって可能性もあるわ」
杏奈先輩が狂戦士っていう主張そのものには誰もが疑問だった。
「ただ高千穂さんはずっとその時のことを反省していたみたいで」
「反省?」
「あい。『あそこで引いたのは自分が弱かったからだ。もっと強くならなくては』と言い聞かせて、この一年間特訓を積んできたそうでござる」
そして昨夜の高千穂さんは私たちにこう言ったんだ。
「今年こそ俺が勇者になる。戸倉亜梨子、それから相田千里に桐野つむじ、お前たちには決して負けない!」
「つまり初日から堂々優勝宣言をしてきたってわけか。随分とナメてくれたわね」
「いや、ナメてるわけじゃないと思うでござる。むしろ拙者は逆に感じたでござる」
「うん。アリンコさんやつむじちゃんを強力なライバルとして認めているって感じでした」
勿論ライバルと言っても放課後冒険部員同士が戦うことはない。
それでも高千穂さんの勇者宣言は、私たち一年生に圧力をかけるには十分な迫力があった。
「でもそのおっぱい揉み揉み事件から推測するに、高千穂玲は結構焦っているように思うのですよ」
いや、ちょこちゃん、おっぱい揉み揉み事件て。
「んー、どういうことぉ、ちょこちゃん?」
「つまりですね、初日のアリンコの戦いぶりを見たり、千里の魔力の高さやつむじの評判を聞いて、高千穂玲は今年の一年生が秘める魔力に脅威を感じたのです」
「だけど昨日のあの戦いを見た感じ、高千穂君も相当なやり手だと思うけどね」
「確かに。でも、高千穂玲は圧倒的な攻撃力を誇るものの、魔力そのものはさほど高くはないように思えるのです」
「それ、本当?」
「あくまでちょこが感じた印象なのです。でも、錯乱しておっぱいを揉みながら『これが魔力の秘訣か!?』とのたまうあたり、高千穂玲が魔力に関してコンプレックスを持っているのは間違いないと思うのですよ」
そう言えばイエローリボンでもハンバーグを食べながら「これが相田千里の魔力の秘訣だな」とか言ってったっけ。
ちょこちゃんの指摘はもしかしたら当たっているかもしれない。
「だから自信満々に見せていても、内心は結構焦っていると思うのです」
「ふむ。それはありそうだね。ところで昨日もその話をしかけたけど、高千穂君はどうして勇者を狙っているんだい? 普通、勇者は一年生がなるものなんだろう?」
「だから、単純に優秀な一年生が入ってこなかったからですよー、きっと」
「それもあると思うでござる。でも最も大きな理由は、高千穂殿の執着心でござろうな」
「執着心?」
「あい。高千穂殿は昨年の大会において勇者確実と目されていたでござる。ところが実際は杏奈先輩が勇者を勝ち取ってしまった……」
「去年勇者になれなかったから、今年こそは勇者になりたいってことぉ?」
「そうね。それに話を聞いているとその高千穂って人は相当にプライドが高そうじゃない。杏奈に去年負けたのが相当悔しいのよ。でも、その杏奈を生け捕りにしたボスを倒せば、やっぱり私の方が強いって証明できる……多分そんなことを考えているのでしょうね」
当然、実は真のエースを温存しているという可能性もある。
だけど昨日の大泉の様子を見る限り、それはまずないだろう。
それに高千穂さんは「自分が今年の勇者になる」と言いきった。それは隠し玉から私たちの目を逸らすためのものとは到底思えない。あの発言にはそれだけの迫力があった。
でも。
「……それでも私たちは優勝を諦めるわけにいかないよね」
昨夜は迫力に圧倒されて何も言い返せなかった。
だけどみんながいる今なら言える。
「だってすべては私たちのせいなんだもん」
これがもしいつも通りの、富士女子高等学校で行われるダンマスなら、高千穂さんの意地に戦う前から負けていたかもしれない。
だけど今回は違う。舞台になっているのは私たちの母校で、捕まっているのは私たちに放課後冒険部のイロハを教えてくれた人で、それもこれも全ては私たちの過信が招いたことなんだ。
それを他の人に託すなんて絶対に出来ない。
「千里君の言うとおりだ。高千穂君がどれだけ強くても、優勝するのは僕たちじゃなくちゃいけない」
「はい、お姉さま! 絶対私たちの手で琵琶女を取り戻しましょう!」
「杏奈ちゃんも救い出してあげないとねぇ」
「ちょこに任せるのです! どんな敵が来ようとも完璧な作戦を立ててやりますですよ!」
「みんなその意気でござるよ!」
高千穂さん擁する大泉女学園は強いし、万女も侮れないけれど、それでも勝つのは私たちだ!
今は最下位だけど、きっと最後には頂点に立ってみせる!
と、改めて決意を固めていると。
「あのー、うちらのことはまるっきり目に入ってないって感じですかねぇ?」
盛り上がっている私たちへ、同じくレーナンエリトの討伐待ちをしていた唐津女子短大付属の人が、苦笑いしながら話しかけてきた。
「あ、す、す、すみませんっ! 別に唐津女子の人たちを軽く見ているわけじゃなくて、皆さんも強力なライバルで」
「いやー、今更そう言われても。確かにうちら、大泉や万女と比べたら弱小ですしー」
「いえいえいえ、そんなことは」
「まぁうちらとレーナンエリトは数合わせみたいなものですもんねー」
「うえええ?」
ううっ、何を言っても卑屈に返されるよぅ。どうすればいいの?
慌てて友梨佳先輩たちにタスケテーと視線を送るも、先輩たちもどうしたものかと困り顔だ。
あうう、先輩たちが頼りにならないー。
「千里、何を困ってるですか? 正直に言ってやればいいのです。お前たちなんて相手にしてないぞって」
「ちょっ! ちょこちゃん!」
「昨日の様子を『熱闘ダンジョンマスターズ!』で見たですが、お前たちではこの先は荷が重いのです。レーナンエリトも連携は良いですが、はっきり言って力不足。第三層のボスに手こずっているのが何よりの証拠なのですよ」
ちなみに『熱闘ダンジョンマスターズ!』ってのは、その日一日の戦いをまとめた深夜番組なんだけど、って今はそんなことを言っている場合じゃない。
あわわ、ちょこちゃん、そんなこと言っちゃダメ。喧嘩はダメだよぅ。
「あはははははー。それだけはっきり言われると、逆に清々しいですねー」
え? そういうものなの?
「まぁ、おっしゃる通り、うちらたちはやっぱ厳しいなぁって昨日もレーナンエリトの方々と話をしていたんですよ。あ、ほら、話をすれば」
不意にボスの部屋の扉が開いた。
ようやくレーナンエリト女学館と第三層のボスの戦いが終わったらしい。
これで先に進める、と思っていたら。
「え? あれ?」
ところがその扉からレーナンエリトの人たちが難しい顔をして出てきた。
ダンマスでは普段の異世界ダンジョンとは違い、ボスを倒せば確実に次の階層へと進むことができる。
なのに次の階層に進まず、ボスの部屋から出てきたということは……。
「……昨夜言われた通り、私たちじゃ厳しかったわ」
レーナンエリトでキャプテンを務める人が言葉に悔しさを滲ませ、唐津付属の人に話しかけてきた。
「ですよねー。で、どうしますー、昨夜の話、受けてもらえますか?」
「……仕方ないわね」
そしてレーナンエリトの人たちが手をつないで輪になり、
「へ? なんで?」
「いやぁ、レーナンエリトの人たちが勝てないボス相手に、うちらが勝てるはずがないじゃないですかー。なのでここは一度ダンジョンを脱出し、レーナンエリトの人たちと手を組んで打開策を考えてきますー」
それでは、と薄ら笑いを浮かべて脱出する唐津付属の人たち。
私たちは思いもかけない展開に、ぽかんと口を開けてしまった。
「……ま、まぁ勝手に脱落してくれるって言うんなら、それはそれでいいんじゃない?」
「あい。でも、第三層のボスってそんなに強かったでござるか? 昨夜見た『熱闘ダンジョンマスターズ!』では高千穂殿があっさり倒していたでござるが」
「ふん。それだけあいつらが弱いってことなのですよー。なんだか共闘するようなことを言っていたですが、弱い者同士がいくら協力しあってもやれることなんて限られているのです。それよりも早く第三層のボスを倒して前を行く二校を追いかけるですよ!」
ちょこちゃんが早くボスの部屋へ入ろうと急かし、私たちは慌ててそれぞれの得物を構える。
レーナンエリトや唐津付属の人たちには悪いけど、ここはちょこちゃんの言う通りだと思った。
だからこの時、まさか彼女たちにあんな策が残っていたなんて、私たちは想像すら出来なかったんだ。
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