第49話:気が付けば胸を揉んでいた

 ダンマス一日目が終わった。

 ……いや、終わってしまった、と言った方がいいかもしれない。

 

「もう! 一体何やってるんですかー! 今日の放送で小春のレポートが何回あったと思いますっ!?」


 足取り重く宿舎へと向かう私たちの隣で、小春ちゃんがブーブー文句を言ってくる。


「一回ですよっ! たったの一回! しかも『琵琶湖女子高等学校、賭けに出ましたが見事に裏目ってしまいましたっ!』の一言だけ!」


 うー、それを言わないでぇ。

 

「久先輩なんてめちゃくちゃしゃべってたのにー!」


 悔しさのあまりか、とうとう本当に地団駄を踏みだしてしまう小春ちゃん。

 そうだよねぇ、思えばその久子先輩って人のレポートが、初日で私たちが大きく躓いてしまった原因の一端だった。

 

 ☆  ☆  ☆


『大阪万博女学院、第一層ボスと接触しよったでー!』


 ダンジョンに響き渡るアナウンスが流れたかと思うと、突然空中に映像が映し出された。

 周囲を松明に照らされた広い空間に、スケルトンみたいに全身骨だらけのドラゴン。

 対峙するのは万女のタイガーさんたちだ。

 

『ぬわんとぉー、第一層のボスからいきなりドラゴンの登場やー! しかもスケルトンドラゴンやでー! これ、やばいんとちゃうん!? タイガーたちは一体どうやって戦うんや? あ、言い遅れましたが、実況は私、万女三年生の綾川久あやかわ・ひさがお送りしますー。こにゃにゃちわ!』


 どうやらボス戦のような重要なバトルは、ダンジョン内でも実況生中継されるらしい。

 私たちは目の前の高千穂さんのことも忘れて、思わず画面を食い入るように見つめてしまう。

 

『おーーーとっ、スケルトンドラゴンが初っ端から骨をバンバン飛ばしてきよったー! 万女の面々はこれを躱すので精一杯かぁ!? うおっっと!?』


 とんでもない数の大小さまざまな骨の嵐。

 ところがタイガーさんはそれらを楽々躱しながら、どんどんスケルトンドラゴンへと距離を詰める。


『出たぁぁぁぁぁ! 爆裂タイガーお得意の《見切りの極意》やぁぁぁ! 持ち前の反射神経、動体視力、そしてなんといっても何事にも怖気づかないクソ度胸で、攻撃を次々躱してドラゴンへと迫るぅぅぅ! そして繰り出すのは勿論この技!』


 ドラゴンへの首元へと潜りこんだタイガーさんが一度身体をくっとしゃがませると、全身のバネを生かして一気に跳ね上がる!

 

『必殺タイガーアッパーが決まったぁぁぁぁ! ちなみにアッパーカットやないで。アッパーや。そこんとこは間違えたらあかん! 怒られるさかいなー』


 その小さな体に、どうしてこれほどまでの力が秘められているのか。

 タイガーさんの飛び上がりアッパーに、スケルトンドラゴンの顎が完全に突き上げられ、骨の嵐が止まった。

 

「今や、アリンコ! とどめは任せたでー!」


 タイガーさんの言葉とともに、カメラはドラゴンから遠く離れたアリンコさんにどんどん寄っていく。

 拳銃を構えるアリンコさんは、顔へのズームが最接近になったところで軽く舌を唇に這わせて「任されたッス」と呟いた。

 

 次の瞬間、アリンコさんの拳銃から白い閃光が、まるでレーザーの如く一直線に、スケルトンドラゴンの胸元へ狙い違わずに吸い込まれていく。

 そして。

 

『な、な、な、なんとぉぉぉぉぉぉ! 一撃、いや、一発でボスを仕留めよったー! これはごっつい! ごっついわぁ、さすが今年の万女のエース、戸倉亜梨子! 通称アリンコ。スリーサイズは上から82』


「ちょ、ちょっと! 何言ってるっスか! やめてくださいよ、久先輩!」


『ええやんかぁ、それぐらいテレビの前の人たちにサービスしてやってもぉ。はい、みんな、注目してやぁ。どうや、可愛いやろぉ? 引き締まった身体に、カウボーイ姿がジャストフィット! ショートパンツから伸びるふとももとなんかピチピチしとるでー。そんでもってスリーサイズは……』


「だからやめてって言ってるじゃないッスかー! わー! わーーーー!」


 慌てて大声を出して乙女の秘密を守るアリンコさん。

 結局終盤はグダグダになってしまったものの、久さんが『ほなまたー』と最後の挨拶をするまで私たちは中継に見入ってしまった。

 

「くぅー、久先輩、いいなぁ! 小春も早くあんな風に皆さんの活躍をレポートしたいですよぅ!」


 カメラが回ってないのをいいことに小春ちゃんがまた姿を現して、その大きなおっぱいを抱きしめるようにして見悶えた。

 ……まぁ、あんだけ自由にしゃべったらそりゃ楽しいよね。

 でも、個人情報の暴露はマジやめて。

 

「さすがはアリンコ殿でござるな。ボスを一発で仕留めるとは」

「確かに凄いけど……でも、タイガーのあの攻撃、手加減してたわよね?」

「そうねぇ、いつものタイガーちゃんならとどめまで自分でしちゃうもんねぇ」


 多分、それはテレビを見ている人には分からない。この半年間、ずっと万女の人たちと切磋琢磨して競い合った私たちにしか気付けない違和感。

 でも、それが。

 

「これがダンマス、なんだね」

「あい。琴子殿がしてくれたルール説明にもあったでござるが、『モンスターやボスを倒すとポイントが入る』ってのはただ倒すだけじゃなくて、とどめを刺した人ほど多くのポイントが入るのでござる。だからタイガー殿はアリンコ殿にとどめをさせたのでござる」

「すべては優勝してアリンコを勇者にさせるためにですかー」


 魔力は年々弱くなり、18歳になると同時に消滅する。

 2年生で勇者になっても、翌年のダンマスでも活躍できるかどうかは分からない。誕生日を迎えるまでに開催されないと、出場することすら出来ないこともありえる。

 だから勇者は一年生から出すに限る。そうすればその学校は翌年も強い戦力を保ちながら、ダンマスを迎えることができるから。

 あの目立ちたがり屋なタイガーさんでさえ、そこはちゃんと守っているんだ。


「でも、それだと大泉女学園はどうなるんだい? 彼女たちは二年生の高千穂君を絶対的エースにして……って、あれ、高千穂君は?」


 その時になって初めて気が付いた。

 ついさっきまで目の前にいた高千穂さんが、いつの間にか消えていた。

 

「とっとと先に進んだんじゃないですか?」

「でも、いくらなんでも先行しすぎじゃない? 他の大泉の人たちなんてまだここにも着いていないわよ」

「……いや、ちょっと待つでござる。それは幾らなんでも遅すぎじゃござらんか?」


 あ、ホントだ! 高千穂さんの戦闘と万女のボス戦中継、合わせて十分は時間があったはず。それなのにまだ大泉の後衛陣が見えないなんてあまりにも……。

 

「「「「「「しまったぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」」」


 ここでようやく私たちは自分らのしでかしたミスに気付いた。

 万女が第一層のボスを見つけたってことは、私たちがこのまま先に進んでも行き止まりってこと。そして万女の進んでいた方角は私たちと真逆の西だ。

 だから高千穂さんはボス発見のアナウンスが流れるやいなや、すかさず元きた洞穴を引き返したんだろう。大泉の面々もそれに従って方向を変えた。道理でいつまで待ってもやってこないはずだ。 

 

 それなのに私たちと来たら立ち止まって万女のボス戦をのんびり観戦なんかしちゃって……ううっ、ダンマスを甘く見すぎていたのかもしんない。

 慌てて私たちもやって来た洞穴へと飛び込んで行く。

 

「文香先輩、こういう時こそスピードソングを歌うです!」

「えー、走りながらお歌を唄うなんて無理だよぅ」 

 

 まぁ、そりゃそうだよなぁ。

 ってことで、第二層に進めたのは私たちが最後。そこから遅れを取り戻すべく、やっぱり第一層と同じように四方に洞穴が伸びた広場で、どのチームも選んでいない南(つむじちゃんが洞穴周りの足跡や、聞こえてくる音から割り出してくれたよ! さすがは忍者!)を選択。

 ところがこれまた完全に裏目ってボスの間は北にあった上に、道にも迷いまくってしまった。

 

 結局この日、トップに立ったのは第三層のボスまで倒し、第四層へと進出した大泉女学園。

 続いて万女も後を追って第四層へ進み、レーナンエリトと唐津女子は第三層を探索中。

 そして私たちはと言うと、いまだ第二層で絶賛迷子中という体たらく。

 他とは違って私たちは七日間で攻略しなきゃいけないというのに、初日から大きく出遅れてしまったのだった。

 

 ☆  ☆  ☆


「まぁまぁ、大丈夫でござるよ、千里殿。幾ら出遅れても、最終的に大ボスをどこよりも早く倒せばいいだけでござる。だから今日のところはお風呂にでも入って疲れを癒すでござるよ」


 その日の食事を終えても落ち込みを引きずってしまった私。

 そんな私を励まそうと、つむじちゃんが声をかけてお風呂に誘ってくれた。


 なんでも大会中に寝泊まりする今回の合宿場は温泉宿だそうで、サウナ付きの立派な大浴場があるらしい。

 万女の寮にも大きなお風呂はあったけれどサウナはなかったので、その話をつむじちゃんから聞いてちょっと楽しみになってきた。


 ……励ましの言葉よりもサウナの方が効果的なんて、なんかごめんね、つむじちゃん。

 

「も、もう許してほしいっスー」


 ところが浴室への扉を開けた途端、聞き覚えのある声が耳に飛び込んでくる。

 あー、なんか嫌な予感はしてたんだよね。

 だってすっぽんぽんのタイガーさんが、年頃の女の子が決してやっちゃいけないようなポーズで脱衣場に寝っ転がっていたんだもん。


「アリンコさんと……高千穂さん?」


 浴室の片隅、おそらくは水風呂と思われる小さな浴槽に二人が入っていた。

 声がアリンコさんなのはすぐに分かったけど、高千穂さんと一緒なのはなんだか意外。

 だけどそれ以上に思ってもいなかったのは……

 

「あ、千里さんとつむじさん! お願いだから助けて欲しいッス!」

「えーと、助けるといっても……ねぇ?」

「そ、そうでござる。と言うか、そういうことは自分たちの部屋でやってほしいでござる!」


 そう言いながら、つむじちゃんは指を若干開き気味の両手で顔を覆う。

 そう、水風呂に二人仲良く入っているのはいいんだけど、なんというかその仲が良すぎるというか……。

 

 ズバリ言うと、高千穂さんがアリンコさんの背後から抱きつき、そのおっぱいをこれでもかとばかりに揉みまくっていた!

 

 もちろん、周りには誰もいない。みんな遠巻きに距離を置いて、チラチラ見たり、顔を赤らめたりしながら様子を伺っている。


「はぁ。アリンコさんはノーマルだと思ってたけど、まさか高千穂さんとそういう仲だったとは……」

「ち、違うッス! 自分は……ノーマルっス! これは高千穂さんがいきなり……揉み始めて……ってちょ、そろそろいい加減にするっス! うう、このままだと自分……もう」


 アリンコさんが息を荒くし、涙目でこちらに訴えかけてくる。

 ごくりと隣でつむじちゃんが唾を飲み込むのが聞こえた。

 うん、事情はよく分からないけれど、これは止めた方がいいかもしれない、いろいろな意味で。

 

「あー、高千穂さん、そろそろアリンコさんを離してあげた方がいいんじゃ……」

「む、お前は相田千里……なっ! なななっ!?」

「はい? どうかしましきゃあああああああああ!」


 いきなりだった。

 水風呂でアリンコさんのおっぱいを後ろから揉みしだいていた高千穂さんが突然立ち上がったかと思うと、框へ前のめりに倒れこむアリンコさんを飛び越えてジャンプ。

 そして私の前に着地するやいなや、これまた何の断りも、また躊躇もなく、私の胸に手を置いたんだ!

 

「なななななななななにににににを!?」

「相田千里の魔力の秘密は昨夜食べたイエローリボンのハンバーグかと思っていたが、実はお前もそのおっぱいで魔力を製造していたのだな!」


 そして絶妙な力加減で揉み始めてきた!

 

「ちょ! ちょっとやめてください!」

「おのれ! この隠れ巨乳が!」 

「隠れ巨乳って……そういう高千穂さんだって十分に大きいじゃないですか!」

「だがお前より小さい!」


 そう言いながら高千穂さんは揉むのをやめない。

 え、なに、これ? これが本当にあの高千穂さん?

 

「高千穂殿、いったいどうしたでござるか? やめるでござる!」

「ぬぅ、そういうお前は桐野つむじ! な、貴様、そんな馬鹿な……」


 途端に高千穂さんが私のおっぱいを揉むのを急にやめて、つむじちゃんを凝視する。


「な? せ、拙者がどうしたでござるか?」

「……ぺた」

「は?」

「高校一年にもなってつるぺただとォォォォ! それが貴様の魔力の秘密か、桐野つむじ!?」

「……御免」


 高千穂さんの言葉を聞いて一瞬で無表情になったつむじちゃんが、鋭い手刀を狂戦士バーサーカーの首の後ろへ叩きこむ。

 さしもの高千穂さんも甲賀忍者の最高傑作と呼ばれるつむじちゃんの無慈悲な一撃には、あっさりと意識を手放した。

 

 

「む、俺は一体何をしていた?」


 きっかり一分後、つむじちゃんが腕を決めた状態で気合を入れると、高千穂さんは目を覚ました。


「覚えてないんですか?」


 しっかりと距離を置いて問いかける私。

 いくらつむじちゃんが確保しているとはいえ油断は出来ない。

 

「ああ……あ、いや思い出してきた。そうだ、タイガーがサウナ勝負を申し出てきて……」


 その勝負には勝ったものの、朦朧とする頭で水風呂に入っているうちにフラフラしてきたところへアリンコさんが看病しに近づいてきて――。

 

「戸倉亜梨子が第一層のボスを一撃で倒すのを見た。それでこの体にどうしてあれほどの魔力があるのかと気になり、気が付けば胸を揉んでいた……」

「意味が分かんないッスよ!」


 さっきまで風呂場の片隅でしくしくと泣いていたアリンコさんが抗議の声をあげる。

 

「すまん。なんか杏奈の胸を思い出したんだ」

「杏奈先輩の? でも、杏奈先輩ってもっとおっぱいは大きかったような……」

「うむ。今こうしてみてみると全然サイズが違うな」

「酷いッス! さんざん勝手に揉みまくっておいてなんなんスか、その言い草は!」


 アリンコさんが完全な揉まれ損に、これまた至極当たり前の抗議をしてきた。

 

「ううっ、まさか高千穂さんがこういう意味でも狂戦士だったとは思いもしなかったッスよ!」

「うむ。俺自身驚いている。……だが、やっぱりその称号は俺にはふさわしくないな」

「何を言ってるッスか!? 昨年の暴れっぷりに、今回の事件、完全に狂戦士――」

「いや、今回のはともかく戦いにおいては俺よりももっと狂っている奴がいる」


 え? 高千穂さんよりも狂っている人? そんなの誰かいたっけ?

 私は驚いて、つむじちゃんに目で「そんな人いるの?」と問いかける。

 が、つむじちゃんも目を見開いて頭を横に振り、アリンコさんもこれまた戸惑って言葉が止まった。

 

「……誰ですか、それ?」


 一瞬の静寂の後、私は我慢できなくなって尋ねる。

 そして次の瞬間、高千穂さんの口から出てきたのは意外な人の名前だった。

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