第48話:同じように見えてどこか違う?

 『さぁ、冒険の始まりだ少女たちよ! 己の運命を切り開け!』

 

 琴子さんのなんとも大袈裟な号令とともに、ダンマスがついに始まった。

 各校が予め決めた四方へと駆け出していく。

 私たちも大泉女学園の後を追うように走り出した。

 

「それにしても思い切ったパーティ構成だね。前衛がひとりだけで、残りは全部後衛なんて」


 陣形は重要な戦術だけど、走っている時はやっぱり崩れやすい。時には誰が前衛で、誰が後衛なのか分からない時もある。

 それでも大泉のは一発で分かった。


「てか、あの女、ひとりで先に行きすぎなのですよ」


 高千穂さんひとりが圧倒的に先行しているからだ。

 その姿は早くももう見えない。

 

「見た感じ、高千穂さん以外はみんな魔法使いウィザードですかね?」

「去年は杏奈先輩が魔法戦士で、前衛をこのコンビで担当していたでござる。ひとりではどうしても隙が出来るでござるからな。だからコンビでお互いの隙をカバーしあうのが定石なのでござるが……」

「今年はどうしちゃったんだろうねぇ?」

 

 大胆不敵な大泉の布陣にざわめく私たちを、しかし、ちょこちゃんがくっくっくと笑いつける。

 

「そんなの決まってるのです。まともに使える一年生が入ってこなかったのですよ。開会式前のインタビューでは偉そうに『俺がいるから問題ない』とか言ってましたけど、今年の大泉女学園は大したことないのですよ」


 あわわ、そんなこと大きな声で言っちゃダメだよ、ちょこちゃん。十分に距離があるとはいえ、大泉の人たちに聞こえちゃったらヤバイよ!

 

『大泉女学園、モンスターと接触しました!』


 そこへおそらくは大泉のサポートと思われる人のアナウンスが聞こえてきた。

 

「えっ!? でも、後衛はまだ走ってるわよ? まさかひとりで戦闘を始めちゃったの?」

「高千穂殿ならあり得るでござるな」

「凄い自信だね。なるほど、確かにこれは実際にどんな戦いぶりか見てみる価値はありそうだ」


 そう言って友梨佳先輩が走る速度を上げた。

 つられて私たちの足も自然と早くなる。

 

「てか、なんで大泉の後衛たちは急がないのですかー!? このままじゃ追い抜いちゃいますよー」


 ぐんぐん迫ってくる大泉・後衛陣の背中。見た感じだとそんなに慌てた様子もなく、マイペースで走っている。

 

「あ、あの。戦闘が始まったってさっきアナウンスがありましたけど……。急がなくていいんですか?」


 さっきまで十メートルは離れていた距離があっという間に目と鼻の先になり、思い切ってその背中に声をかけてみる。

 

「あ、はい。私たちは私たちのペースでついてこいって先輩から強く言われているので。あ、急がれるんでしたらどうぞお先に」

「ええっ!?」


 驚く暇もなく、大泉の人たちは陣形を縦一列にすると、私たちが追い越すスペースを作ってくれる。

 

「えっと、これは一体……」

「さぁさぁ、どうぞご遠慮なく。というか、もっと急いだほうがいいですよ?」

「…………?」

「どんなモンスターがどれだけいるのかは知りませんが、高千穂先輩ならあっという間に倒しちゃいますから」


 私たちは思わず顔を見合わせた。

 そして誰となく頷くと一斉に走るギアをもう一段上げて、大泉の人たちを追い越していく。

 

「すごいねぇ、高千穂さんって。仲間からあんなに信頼されているなんてぇ」

「ますますどんな戦闘をするのか見てみたくなったわね」


 文香先輩と彩先輩だけでなく、他のみんなも高千穂さんへの興味がさらに沸いたらしく、走りながらあれやこれやと話し始める。


「…………」

「ん? どうかしたでござるか、千里殿?」

「え? あ、ごめん。ううん、なんでもないよ」


 でも、みんなは凄い凄いと言うけれど、私にはどうしてもそうは思えなかった。


 高千穂さんの戦闘力は群を抜いている。それは私も認める。

 だけど、だからって自分だけどんどん進んで、勝手に戦闘をして、仲間には後からゆっくりついて来いって、それって本当に強いって言えるのかな?

 そりゃあ「ゆっくりついて来い」なんて言ってないかもしれないけど、それでも大泉の人たちが別段慌てる様子もないのは、なんだか心をざわめかせた。

 

「見えてきた!」


 大泉の人たちを追い越して一分ほど走ったところで、洞穴の先に開けた空間が広がっているのが見えた。

 モンスターたちの多くはこういうところに屯っている。高千穂さんが戦っているのも、そこだろうと思われた。

 

「なっ!? これはまた……」

「……凄まじいわね」


 先を行く前衛の先輩ふたりが洞穴を抜けた途端、立ち止まって絶句する。

 

「ふええ。あの人、本当に人間なのぉ?」

「正直言ってバケモノなのですよ!」


 前衛に追いついた文香先輩とちょこちゃんが、やっぱり同じような感想を漏らした。

 

「さすがは放課後冒険部史上唯一の狂戦士バーサーカークラスの持ち主でござるな」

「……うん」


 俗にモンスターが大量に集まっている場所のことを『モンスターハウス』と言う。

 多分、高千穂さんが辿り着いたこの空間も、まさにその状態だったはずだ。

 普通ならどれだけレベルが高いパーティでも、そんな中へ突入するのは躊躇うもの。それなのに高千穂さんはたったひとりで切り込んでいって。

 

 わずか一分ほどの間に制圧しようとしていた。

 

 モンスターたちの重なり合う屍が次々と砂へと変わっていく中、高千穂さんが両手剣でリザードマンを袈裟切りに叩き切る。

 その背後から急襲するオーガへ、すかさず後ろ回し蹴り。

 見ればブーツの先にナイフが仕込んである。こんなので喉元を蹴られたらたとえモンスターといえどもひとたまりもない。

 崩れ落ちるオーガ。それを追い越して今度は複数のモンスターが距離を詰め一斉に襲い掛かるも、高千穂さんはその場で高くジャンプ。攻撃を躱すと、巨大な大剣を振り下ろしながら降下した。

 襲撃を躱され、一点に集まっていたモンスターたちにこの攻撃をよけるすべはない。いや、それどころか彼らごと地面に叩きつけられた大剣はその振動で地面を揺らし、その他のモンスターたちの態勢を崩した。

 その彼らの間に一陣の風が吹く。

 気が付けば一瞬で移動し、得物をいつのまにか両手の短剣へと変えた高千穂さんの背後で、モンスターたちがすべて塵へと変わっていった。

 

「ちょ、ちょっと! 何アレ、何度も武器を変えながら戦ってるわよ!? あれって魔力の無駄使いじゃないの!?」

「そうとも言い切れないでござる。あのような乱闘を一人で戦う場合、求められるのは一撃で倒せる攻撃力。もたもたしていたらあっという間にモンスターたちに取り囲まれてしまうでござるから」

「なるほど。ダメージを食らって失う魔力と、武器製造にかかる魔力を天秤にかけた上で高千穂君は後者を取ったわけだね」 

「それにしてもぉ、お歌の力も借りずにいろんな属性のモンスターたちを全部一撃で仕留めるなんてぇ凄すぎですよー」

「文字通り狂戦士って奴なのです。あんなのと杏奈先輩はコンビを組んでたのですか……」

「…………」


 高千穂さんの戦いぶりにみんなは感嘆とも畏怖とも取れる言葉を口にする。

 けれども、私はなんだかやっぱり素直に凄いとは思えなかった。


 去年の大会動画で見たのと同様、実際に目の前で見た高千穂さんの戦闘は鬼神じみている。

 でもなんだろう、上手く言葉には言えないけれど、何か違和感があった。

 去年の高千穂さんと今年の高千穂さんは、同じように見えてどこか違っているように感じるんだ。


 それってやっぱり――。

 

『大阪万博女学院、第一層ボスと接触しよったでー!』


 そこへいきなりのアナウンスが飛び込んできた!

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