第47話:東に行きましょう
「今大会は我々放課後冒険部にとって、これまでで一番大切な大会となる」
整列した全5校・総勢35名を前にして、琴子さんはいつになく厳しい表情で言った。
放課後冒険部全国大会、その開会式。観客はいないものの、テレビで生中継されていることもあって、誰もが物音ひとつ立てずに琴子さんの話をじっと聞いている。
いつもは何かとうるさいタイガーさんたちも、今ばかりは真剣な表情を浮かべていた。
「勇者・鈴城杏奈を取り込んだダンジョンは急速に成長し、出現モンスターも桁違いに強い。故に今回は参加資格を得たチームが過去最低の五校だけとなってしまったが」
琴子さんのスピーチは続く。
そんな中、私は高千穂さんの様子を見ていた。
最強にして最狂……そう呼ばれる高千穂さんの冒険者クラスは、歴代で彼女しかいないオリジナルクラス・
昨夜、家に帰った後、去年のダンマス動画で高千穂さんの戦い方をつむじちゃんと一緒に見たけれど、凄まじいの一言だった。
陣形も連携もあったものじゃない。ただ彼女が好きなように敵へ突っ込み、やりたい放題に暴れまくる。その動きに付いていけるのは杏奈先輩だけ。他のメンバーは完全に置いてけぼりだ。
なのにとんでもなく強かった。
それはただ単純に攻撃力が高いとか、戦闘技術が優れているとかだけじゃない。もちろんそれらも凄いけど、最も圧倒されるのはその心の強さだ。
どんな強敵にも決して怯まず、手痛い反撃を受けても下がることなく、むしろより深くへ踏み込んでいく。普通は躊躇したり、一度引いたりして態勢を整える場面でも、高千穂さんはひたすら前へ前へ。その心は決して折れず、結果として全てをねじ伏せていった。
まさに鬼気迫る、とはこういうのを言うんだろうなぁと思う。
とても私には出来ない、いやきっと真似を出来る人なんて誰もいないだろう。
その戦い方には猪戦士だとか、考えもなくただ暴れているだけとか批判も少なくないけれど、私は純粋に尊敬する。
ただ、その高千穂さんは今……。
「それでも君たちならきっと目標を達成できると信じている!」
琴子さんのスピーチが熱を帯びてきて、聞いているみんなの表情からも高揚感が漂ってきた。
でも、高千穂さんだけは変わらない。
この開会式の間、彼女はずっと。
「……Zzz」
立ったまま眠っていた。
「想定期間はおよそ二週間! 現在観測されている琵琶湖女子高等学校のダンジョンは全十二階層! この二週間で君たちはこれを踏破し、琵琶湖女子高等学校を、そして勇者・鈴城杏奈を奪還するのだ!」
おおーっとみんなが気合の入った声をあげる。
でも高千穂さんはそれでも起きず、ただ「ふぁあ」と大きくあくびをした。
『あーあー、聞こえるかね、諸君』
開会式が終わった後、私たちは大勢の観客と駆けつけてくれた学校のみんなの声援を受け、琵琶女の校門からダンジョンへと潜入した。
外からは全く変わった様子が見られなかった懐かしの母校だけど、校門を抜けた途端、外にいたはずなのに景色は地下洞窟のそれへと一変する。
四方に洞穴が伸びている広い空間だ。その真ん中に外へと繋がるゲートが、まるで「ど〇でもドア」のように立っている。
『あー、まずは琵琶女を除く四校でどの方向へ探索を始めるか、各リーダー同士で話し合って決めて欲しい。その間、琵琶女の面々には改めてダンマスのルールを伝える。なんせ君たちは今回が初出場だからな』
ちょこちゃんのインカムのように、心の中へ直接聞こえてくる琴子さんの声がダンマスのオリジナルルールを伝えてくる。
一、大会期間中は宿舎に寝泊まりすること。
二、ダンマスへの参加は1チーム6人体制のみ。それ以外は認められない。
三、ダンマスではすっぽんぽん厳禁。魔力の枯渇が近くなると警告が発せられ、危険とみなされた場合は緊急退出の処置がとられる。その場合、ペナルティとして次の日の探索は禁じられる。
四、ダンジョン探索は基本的に朝9時から夕方の6時まで。それ以外の探索はしかるべき理由を大会運営に提出したうえで、判断を仰ぐこと。
五、モンスター、ボスを倒すことにポイントが支給される。ダンマス終了時にポイントが一番多かった者が勇者と認定される。
六、各フロアのボスは日が変わると復活する。ただし、ボス撃破のポイントは最初に倒した者にのみ支給される。
うーん、どれも聞いたことがあるものばっかだ。なんか今更感が否めない……。
『それからいくらすっぽんぽん厳禁とは言え、不測の事態も考えられる。その為の特殊魔法・謎の光なのだが……』
えー、それも知ってるよぅ。
『こればかりはこちらからどうすることも出来ない。その為、ダンマス期間中は各チームに謎の光と戦闘実況を兼ねたサポート要員を派遣している』
お、それは知らない! そんなのあったんだ!?
『本来は各校の補欠部員から選ばれるのだが、君たちは部が出来て間もない新興校。おまけに余計な部員もいないと来てる。なのでこちらで用意しておいた。おい、挨拶したまえ』
琴子さんの声が途切れる。そして代わりにサポート要員って人の声が……。
「じゃっじゃーじゃーん! イエーイ、この
と思ったら、いきなり目の前にすっぽんぽんの女の子が現れた!
てか、この子、すごいのをお持ちだ。
文香先輩と負けず劣らずの大きなそれが、女の子がわーいわーいとジャンプするのに合わせてぼよんぼよんと弾みまくっている。
「げげっ! サポート要員って小春なのですかーっ!?」
「げげっ、とはなんですか、げげっとは! この小春ちゃんが特別に隊長たちのサポートに名乗り上げてやったんですよー。もっと喜んでくださいー」
「わーい、小春ちゃんだぁ。まさかぁ、ダンマスで小春ちゃんと出会えるなんて夢にも思ってなかったよぅ」
「いえーい、文香先輩、大好きー!」
突然現れた女の子に思わず顔を顰めるちょこちゃんと、逆に大喜びする文香先輩。
女の子はちょこちゃんに文句を言いながら、満面の笑みで文香先輩に抱き着く。
「おおう! こ、これは……!」
「ん? どうかしたでござるか、、友梨佳先輩?」
「見たまえ、つむじ君。ふたつのおっぱいが実にいい形で押し合い、へし合っている! いいなぁ、ボクもあの間に挟まりいたたたたたたたたたたたっ!」
「お姉さま、そんなに挟まりたいのなら私がやってあげます……ただし、ゲンコツの間に、ですけどねっ!」
「や、やめるんだ、彩! ゲンコツでグリグリ攻撃なんて、最近では某アニメ番組でも視聴者からの苦情を考慮して控えているんだぞ!」
「知りませんよっ、そんなこと!」
うん、ホントどーでもいいよ。それよりも。
「えっと、この小春ちゃんって子はもしかして?」
「そう、万女の一年生。いわゆる『すっぽんぽん組』の子なのですよ」
ああ、やっぱり。ちょこちゃんのことを隊長と呼んでるし、文香先輩とも仲がいいから、なんとなくそんな気はしてた。
「でも、どうして裸なの、この子?」
「そんなのちょこが知るはずないのです」
ちょこちゃんがぷいっとそっぽを向く。
そこへ。
「あー、そうだ、聞いてくださいよ、隊長。小春、またおっぱいが大きくなっちゃいましたー!」
そう言って小春ちゃんはちょこちゃんの前に回り込むと、その、とても同じ一年生とは思えない豊満なそれでちょこちゃんの顔を挟み込んだ!
「ぷっ、ぷはっ! ちょ、やめるのです、小春! またちょこをその凶器で窒息させるつもりですかー!?」
「またまたぁ、好きなくせにー」
「好きじゃないのです! お前のなんて、文香先輩のと比べたらマシュマロとスライムなのですよっ!」
「……どっちもぷよぷよなのは変わらないと思うでござるが?」
ちょこちゃんの訳の分からない反論に、つむじちゃんが思わずツッコミを入れる。だよねぇ。
『あー、寿小春、誰が姿を見せていいと言った! テレビが回ってない場所だったからよかったものの、裸を隠す為に派遣したお前が裸を見せてどうするっ!』
「えー、でもー、挨拶をしろって言ったのは篠宮理事じゃないですかー」
『バカモノ。挨拶なんて声だけで出来るだろう。いいか、ただでさえ君はこのダンマス中、すっぽんぽんなんだ。それを忘れるんじゃないぞ』
なんでもサポート要員は予め必要な魔法をいつでも発動可能にして、魔力枯渇状態(すっぽんぽん)でダンジョンに潜るらしい。
その必要な魔法の中には謎の光は勿論、姿を消す透明化や、あらゆる攻撃を受けない無敵化なども含まれるんだそうだ。
「無敵化なんてあるの!? だったら」
「でもこれ、無敵というより身体が幽霊みたいになるっていうかー。攻撃を受けないどころか何にも触れなくなっちゃうんですよねー。もちろん、こっちの攻撃も魔法も全部すり抜けちゃいますっ!」
「あ、それじゃあ戦いには使えないわね」
むぅ、世の中、そう簡単にはいかないなぁ。
「とにかく皆さんの雄姿はこの小春ちゃんがどんどんレポートしちゃいますから、ガンガン暴れまくってくださいねー。それではー」
そう言って小春ちゃんは「ドロンでござる」とつむじちゃんの真似をして姿を消した。
うーん、とても賑やかな子だった。あのちょこちゃんが完全に勢いで押されてたもんね。
「よう、小春との挨拶は終わったみたいなやな」
小春ちゃんが消えて、代わりに話しかけてきたのはこれまた騒がしいことには定評のあるタイガーさん。
って、その姿を見た途端、唐突に思い出したことがあったよ!
「タイガーさん、私とつむじちゃんが戦った時、万女には謎の光を使える人はいないって言ってましたよねっ!?」
でも万女のすっぽんぽん組たる小春ちゃんが私たちのサポート要員になったわけで。
ってことはつまりあの時、私たちがすっぽんぽんになっても外にモニターしていたタイガーさんたちに恥ずかしい裸を晒さなくてもよかったわけだ!
「そや。あの時はまだ小春は謎の光を使えんかったからな」
「でも、万女にもサポート要員の人がついてますよね。その人なら」
「ああ。そやけどその子もあの時はまだ謎の光は使えんかったで。というか、サポート要員ってのは基本的に放課後冒険部を引退する者がなるもんやからな」
「え?」
「謎の光を習得するとな、今後ダンジョンに入ると必ずすっぽんぽんになって、謎の光を使える状態になるんや。そやからもう普通の冒険は出来へん。だから普通は引退間近な二・三年生がやるんや」
「で、でも小春ちゃんは私たちと同じ一年生って……」
「ああ。うちも勿論止めた。そやけど小春の奴、自分が琵琶女をサポートするんやって言ってきかへんでな」
「そんな……」
それじゃあ小春ちゃんは大会が終わったら一年生なのにもう放課後冒険部を引退するってことに……。
「あ、小春、引退なんかしませんよー。確かに冒険はもう出来ませんけど、サポート要員として来年以降も活躍するつもりですし」
「……へ?」
姿は見えずとも聞こえてくる小春ちゃんの声に、思わずずっこけそうになる。
「おい、こら小春! それどういうこっちゃ!? 引退せぇへんって」
「そのまんまの意味ですけどー? え、サポート要員になったら引退しなきゃいけないってルールとかないですよね?」
「それはそうやが……。でもお前、そやったら必死になって止めたワイは一体なんやってん?」
「さぁ? ただのおバカさん?」
「なんやと!? おい、小春! そのでっかいおっぱいを引きちぎったろか!」
「へへーん! 今の小春は透明で、しかもなんでもすり抜けちゃう身体ですからねっ! やれるもんならやってみやがれってんです!」
うがーと怒髪天を突き怒り狂うタイガーさん。
対してますます調子に乗り、挑発を繰り返す小春ちゃん。
小春ちゃん、ダンジョンに入っている時はともかく、宿舎ではどうするつもりなのかな?
「それは大丈夫っス。タイガー先輩は瞬間湯沸かし器ですけど、同時に大抵のことはすぐに忘れる性格っスから。って、それはともかく」
さりげなく人の心を読みながら、今度はアリンコさんが話しかけてくる。
「他の学校はどの方向へ探索を進めるか決めったっス。琵琶女はどうするっスか?」
どうやら万女は西、レーナンエリトが南、唐津付属が北、大泉女学園が東とそれぞれ決まったそうだ。
「序盤は万女と手を組むのもありだね」
「でもレーナンエリトの連携も気になりますよね、お姉さま」
「ちょこは唐津付属が使う『ゾンビ化』に興味があるです」
確かにみんなの言うことももっともだと思う。
だけど、私が一番気になるのは……。
「東に行きましょう」
「千里殿?」
「大泉女学園……杏奈先輩のパートナーだった高千穂さんの戦いぶりを実際に見てみたいです」
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