第46話:俺がいるんだ。問題ない

『ついに始まりますー! ダンマスin琵琶湖女子高等学校ぅぅぅ!』


 モニターの中でアナウンサーのお姉さんが絶叫した。

 

 滋賀県に戻ってきて翌日の12月25日。

 ついに今年の放課後冒険部全国大会ダンジョンマスターの開催日がやってきた。

 

 私たちは予め琴子さんから言われたように、朝の六時には琵琶女に近接した大会本部へ。

 それでもすでに多くのマスコミが待ち構えていて、昨日の恩情出場みたいな質問は運営本部の抗議のおかげで無かったけれど、あれやこれやとインタビューされて大変だった。


 特につむじちゃんは『甲賀忍者の最高傑作』と言われるだけあって注目度がめちゃくちゃ高く、なかなか控室に入らせて貰えなくて早くもぐったりしてる。大丈夫かなぁ。

 

『今年の参加レベルはなんと80! そのため参加校はわずか五校となっています!』


 でも、そんなつむじちゃんなんてどこ吹く風とばかりにアナウンサーのお姉さんのテンションは高く、会場入りした順にインタビュー画像も併用して参加校を紹介していく。

 

 まず一番手はやっぱり私たち琵琶女放課後冒険部だった。

 注目選手は勿論つむじちゃん。でもそれ以上に話題とされるのは、今回の舞台が私たちの母校だってことだ。

 不意の事故で指導員である杏奈先輩と学校を異世界に奪われ、それらを奪還すべく創部一年目の私たちが万女で鬼の特訓を経て参加出来るレベルに至った経緯を、お涙頂戴の浪花節で語られる。


 なんというか、見ていてこちらが恥ずかしくなる内容だった。

 

 続いては愛知のレーナンエリト女学館。

 過去に優勝経験も持つ強豪であり、際立った選手はいないものの連携はピカイチで、息もつかせぬ連携攻撃は芸術的だとか。上手くハマれば優勝も十分狙える実力校だ。

 

 三番手は佐賀の唐津女子短大付属高校放課後冒険部が紹介された。

 部の歴史が比較的浅い学校で、ダンマス出場は今回でまだ三回目。レベル80まで上げるには学校のダンジョンがそれなりの深度を持っている必要があり、当初は今回参加出来るとは誰もが思っていなかった。

 しかし、なんでも特殊職の『ゾンビ』になることでダンジョンを超スピードで成長させ、今回の参加を勝ち取ったという。

 

 そして四番手に紹介されるのは……。

 

『あ、来ました来ました! 大阪万博女学院放課後冒険部ですっ!』


 テレビの画面がアナウンサーのお姉さんから、本部会場に横づけされたワゴン車へと変わった。

 本来は白い無地のワゴン車だった……はず。でも今やすごく味のある虎の絵が車体一杯に描かれていた。

 

『大阪万博女学院、通称万女は過去6回も優勝を記録する強豪校! しかし、この5年間は優勝から遠のいています! 今年の部長はもちろんこの人!』


 お姉さんの声とともに、颯爽とタイガーさんが眼鏡をして降りてきた。

 何故に眼鏡? てか、このタイミング、まるで予め打ち合わせでもしていたみたい……。

 

『昨年のダンマスで驚異的なモンスター討伐数を記録! 最終的に個人スコア三位で勇者の称号を逃したものの、今年はさらにその爆腕戦闘を高めてきた! 今年こそ六年ぶりの優勝をその手に! 浪速の虎、爆裂タイガーこと大河夢たいが・ゆめだー!』


 会場本部の外に集まっている観客たちが大きな歓声で迎え入れる。

 それにタイガーさんは手を振って応え、と、いきなりコケた!

 

『おっと、タイガー選手、いきなりずっこけた! さてここから何を見せてくれるー!?』

「メガネ、メガネ」

『キター! ベタなメガネ探しだー! しかもメガネはちゃっかり頭に乗っかかってるぅーーー!』


 先ほど以上に観客がどっと沸く。

 あー、眼鏡をしてたのってこれをしたかっただけなのか……。

 

「先輩、さすがに恥ずかしいッス」


 そんなタイガーさんにちょっと遅れて降りてきたアリンコさんが手を差し伸べた。

 

「アホか、アリンコ! みんな、笑いこれを期待しとるんやぞ! 大阪人として応えんでどうすんねんっ!」

「はいはい」

「だぁぁぁぁ、お前って奴はホンマあかんっ! そんなんでM-1優勝できると思うとるんかっ!?」

「M-1じゃなくて、ダンマスっスよ!」


 ツッコミを入れるアリンコさんに、ますます観客が沸いた。

 

『やはり今年の万女は一味違うぅ! ボケ倒しの爆裂タイガーが『今年のエースはこいつだ』と語るのが、相方の一年生・戸倉亜梨子とくら・ありこ! ボケとツッコミが小気味いいっ!』

「いや、ツッコミは別に評価されなくていいッス」


 モニターに恥ずかしそうに額を手で覆うアリンコさんが映し出される。


「いや、それよりもあのタイガー君の下の名前が『夢』ってのが一番驚いたな」

「ホント。似合わないにもほどがあるわ」


 そんなテレビを見ながら、友梨佳先輩と彩先輩がボソッと呟く。

 あー、そこは触れないでいたほうがいいんだろうな、うん。

 

『さて、今年のダンマス、参加校は残り一校。そう、ここ五年間連続優勝を果たしている東の名門、大泉女学園……』


 タイガーさんたち万女の皆さん全員が本部に入っていくのを見送った後、アナウンサーのお姉さんの口調が少し変わった。


『五年間続いた優勝候補筆頭の称号、それは今年も大泉女学園のはずだった……そう、昨年のダンマスMVP、勇者・鈴城杏奈がダンジョンに捕らわれるまでは』


 静かに語るお姉さん。

 気が付けば周囲の観客も息を飲み、物音ひとつ立てるのすら憚るように聞き入っている。

 先ほどまでの盛り上がりが嘘のような静寂だ。

 

『大泉女学園が何故五連覇を成し遂げることが出来たのか? 答えは簡単。常に勇者を出し続けてきたから。昨年の勇者が、新たな勇者を育て上げる。その勝利の連鎖が大泉女学園を常勝軍団へと導いてきた。だが、今年はどうなのか? 勇者・鈴城杏奈不在で大泉女学園は勝てるのか? 答えはいかに、大泉女学園放課後冒険部部長・高千穂玲たかちほ・れい?』


 お姉さんが問いかける先にあるのは、万女の人たちが乗ってきたワゴン車・猛虎号。

 その猛虎号がエンジンをかけて走り去ると、その背後からあの人が現れた。


 腰まである黒い長髪をなびかせ。

 ビシっと引き締まった身体を日本刀の如くわずかに反らせて。

 眼光鋭くまっすぐ前を向くその瞳を、テレビのモニターがアップで抜く。


 高千穂玲。

 最強にして最狂と呼ばれるその姿に、私は昨日のイエローリボンでのやり取りを思い出していた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 


「お前たち、琵琶女の相田千里と桐野つむじだな?」


 手招きされてばつが悪そうに近づいてきた私たちへ、高千穂さんはいきなりそう言った。

 

「拙者たちのこと、知ってるでござるか!?」

「琴子から聞いた。相田千里は桁外れの魔力を持ち、桐野つむじは天才忍者だと。それはそうとどうしてお前たちがここにいる?」

「それはこっちのセリフです。どうして高千穂さんがここに?」


 言ってからしまった、と思った。問いかけに問いかけで答えるのはよくない。ましてや相手は先輩な上に、杏奈先輩と一緒のパーティを組んでいた人だ。

 

「簡単だ。ここのハンバーグが美味いと聞いてやってきた」


 でも、高千穂さんはそんなの全く気にした様子もなく答え、次はそちらの番だとその鋭い目付きで訴えてくる。

 

「私のお母さんがここで働いているんです。で、晩御飯を食べにここへ」

「なに? ではあの美味いハンバーグは相田千里の母上が作っているわけか! なるほど、これが千里の魔力の秘密か!」

「え? いや、そんなまさか……」


 とても信じられないトンデモ理論だけど、高千穂さんはなるほどなるほどと何度も首を縦に振って納得していた。

 なんだろう、見た目はキツめの美人だけど、中身はちょっとした不思議ちゃんな人だ。

 

「どうした? 何をふたりともぼぅっと突っ立ている。椅子があるんだ、座るといい」

「いや、でも……」

「丁度さっきハンバーグを三人前追加したところだ。ひとりで食べるつもりだったが、みんなで食べよう」

「え、三人前!?」

「そうだ。あまりに美味しくてな、昼からずっと食べてる」

「昼からでござるかっ!? え、では合計でどれぐらい……」

「さぁ、二十人前までは数えていたが……」


 首を捻る高千穂さんを放っておいて、私はちらりとテーブルの隅に置かれた伝票を盗み見した。

 うーん、目の錯覚かな、注文数を書き記す『正』の字が十個ぐらい並んでいたような……。

 それでいて目の前の高千穂さんの体つきは太っているどころか、むしろ痩せ気味、いや正確には引き締まっていると表現した方がいいんだろう、服の上からでも鍛え上げた肉体が分かるほど。


 食べたハンバーグは一体どこに!?

 

「美味いハンバーグで奢るのは勿体ないが、なに、足りなければまた注文すればいいだけのこと。それに杏奈の知り合いなら俺の知り合いでもある。さぁ、ふたりとも座れ」


 杏奈先輩の名前を出されて、思わず私もつむじちゃんも体がびくっと反応した。

 しばし、どうしようかと躊躇する。だけど。


「……では、お言葉に甘えて」

「千里殿!?」

「つむじちゃん、いい機会だからここで話をしておこうよ。ね?」


 私は腹を括って席に座った。

 遅れてつむじちゃんも椅子に腰かける。

 そしてふたりで「せーの」と合図して、「杏奈先輩のこと、申し訳ありませんでした!」と高千穂さんに頭を下げた。

 

「ん? 杏奈がどうしたって?」

「琴子さんから聞いていませんか? 杏奈先輩は私たちを庇って代わりにダンジョンに」

「ああ、その話なら聞いた。


 そう言って高千穂さんは平然と言葉を続けた。

 

「あいつが勝手にやったことだ。お前たちが気に病む必要はない」

「いや、そういうわけには……。高千穂さんたち大泉女学園の人にも迷惑をおかけしましたし」

「迷惑? なんのことだ?」

「なんのことって……だって拙者たちののせいで杏奈先輩がダンジョンに捕らわれ、大泉女学園は相当な戦力ダウンになったでござ――」」

「なってない」


 そして高千穂さんはその時も、そして今のアナウンサーのお姉さんの問いかけにもはっきりと言い放ったんだ。

 

 

 ☆ ☆ ☆



「俺がいるんだ。問題ない」

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