第42話:文句を言っても始まらない
ダンマス出場を賭けた、万女第七階層のボスキャラ・風属性ドラゴンとの戦い。
最初はその大きさに圧倒されたけれど(私だけ?)、いざ蓋を開ければちょこちゃんの的確な指示と文香先輩の強力な
『この調子なら本当に十分以内に倒せそうだねっ!』
ここまでかかった時間はおよそ200秒。残りはあと400秒しかないけど、ドラゴンのブレスはストーンウォールでなんとかなるし、巨体にものを言わせた攻撃も前衛の三人はもろともしない。これはもしかして――。
『楽勝、なんて考えとったら痛い目にあうでー』
『あれ、タイガーさん? な、なんで?』
『なんでってお前、そりゃあこの戦いを地上で見とるさかいな。そもそもちょこのインカムって魔法は、地上でのテレビ中継を可能にするために作られた魔法の応用みたいなもんや』
そうなの?
って、それよりも。
『あの、痛い目にあうっていうのは?』
『そのまんまの意味や。ストームドラゴンが本気を出すのはここからやで』
ストームドラゴン……ってことは嵐の龍?
そんな、まさかブレス以外にも何か強力な特殊攻撃があるってこと?
『だったら本気を出す前に倒しきるまでですよー。先輩たち、つむじ、なんとかドラゴンにもう一度ブレスをするよう仕向けるです。また頭を降ろしてきたところに、彩先輩が頭をぶった斬ればちょこたちの勝ちなのですよ!』
『なるほど。だけどブレスをするよう仕向けるって、一体どうすればいいのよ?』
『ボクたちが分散せず、ある程度近い距離を取っていれば、まとめて吹き飛ばしてやろうと思ったりしないかな?』
『…………いや、その必要はないようでござる』
つむじちゃんの言葉を肯定するかのように、ドラゴンがぐぐっと再び頭を地面すれすれまで降ろしてきた。
『まとめてじゃなくて、ひとりずつ確実に吹き飛ばしていくつもりかしら?』
『ならば拙者が囮になるでござる』
つむじちゃんが前衛の先輩たちを追い越してドラゴンへ駆け寄っていく。
隻眼となったドラゴンの巨大な左目が、つむじちゃんの姿を捕らえるやいなや赤く燃え滾った。
ぶおおおおおおおぉぉぉぉぉ!
ドラゴンが文香先輩の歌声に負けないぐらい、大きく吠える。
同時にまるで鉄砲水の如く猛烈な突風が来る……と思ったんだけど、違った。
ドラゴンはひとつ咆哮するとさらに前傾姿勢となって前足をぐっと踏ん張り、何故か翼を大きく広げた。
『ほーら、ストームドラゴンの本気が始まるでー。まずは巻き上げられんように気を付けやー』
またタイガーさんの声が聞こえた。
巻き上げられる? 吹き飛ばされるじゃなくて?
どういう意味なのか尋ねる前に、いきなりそれはやってきた!
『なっ!? こいつ、翼で竜巻を起こせるですかっ!』
そう、ドラゴンが左右の翼を大きく羽ばたかせると、それだけで竜巻が出来ちゃったんだ。
『おー、これぞさすがは異世界って感じだね。本来、竜巻ってのは強力な積乱雲によって出来るものなんだけど』
『悠長にそんなことを言っている場合じゃないですよ、お姉さまっ!』
『そうでござる! ここは一度攻撃を止めて回避に専念するでござるよっ!』
試しに全力で投げ込んだ手裏剣があっさりと竜巻によって塞がれたのを見て、つむじちゃんはこれはマズいとふたりに声をかけた。
『文香先輩! 歌唱魔法をスピードモードに変更するですっ!』
慌ててちょこちゃんも文香先輩に指示を出す。
するとそれまでの胸元ぱっくりドレスで高揚感溢れる歌を気持ちよさそうに歌っていた文香先輩が、いきなりへそ出しのラフな服装に早変わりして軽快なラップを諳んじ始めた!
ちなみにオーケストラもいつの間にかDJに変わってる。
てか、文香先輩、ラップもめちゃくちゃ上手いな!
『あ、これは助かるわ。体がすごく軽くなった!』
『とはいえ、あの竜巻には要注意なのですよ。動きが上から見ていても読めないのです』
言われて見てみると確かに!
自然界の竜巻同様、あっちに行ったりこっちに行ったり、立ち止まったかと思えばいきなり動き始めるとか挙動に法則性みたいなものがない。
『でも、ひとつだけだし、注意していればそれほど脅威には……え?』
竜巻には驚いたけど、文香先輩の強化魔法でなんとかなると気が緩んだまさにその時だった。
ドラゴンがさらにもう一度翼を大きく羽ばたかせる。
それだけで今度は大小合わせて三つの竜巻が発生した!
『竜巻がひとつなだけあらへんやろー。こいつはいくらでも竜巻を出すことが出来るでー』
『ええっ!? そんなの、ズルい!』
『ズルいって文句言っても始まらんやろ。さぁこのピンチを凌ぎつつ、うちらの討伐タイムを越えてみせてもらおうやないか』
タイガーさんがここぞとばかりに煽ってくる。
ううっ、楽しそうだなぁ。こっちはひとつでさえ厄介な竜巻が増え、それどころか今こうしている間にもどんどん新たな竜巻が投入されて前線はもう逃げ回るしかないって状況なのに。
複数の竜巻が砂ぼこりを巻き上げ、時にぶつかり合ってさらに大きな渦を形成したり、あるいは弾きあって進路を大きく変えたりしながら、戦場を縦横無尽に荒らしまくる。
先輩とつむじちゃん達は懸命に避けつつ、それでも反撃の糸口を見つけようと探るものの、ドラゴンの追撃は止まることをしらない。
このままではいつか被弾すること必至だ。
『ちょこちゃん、何か方法はないのぉ?』
緊急事態にそれまで歌に専念していた文香先輩もインカム魔法を使って心の会話に参加してくる。
ちょこちゃんはじっと眼下の戦場を見つめるだけで、逃げ惑う前衛の三人に指示を出すことはしなかった。
その代わり。
『……バカ虎、ちょっと教えるですよ』
ちょこちゃんはぼそっとタイガーさんに話しかける。
『は? バカ呼ばわりする奴に教えることなんてなんもあらへんなぁ。それこそ「偉大なる爆裂タイガー様、どうかこの哀れで惨めでヘタレな一年生に教えてください」って土下座するんやったら考えてやらんこともあらへん』
『……しょうがないですねぇ。えっとバカで大バカでどーしようもないバカタレなしょーもない先輩、さっさと教えるですよ』
『なんやて、この』
『さっき言ってた、「まずは巻き上げられんように気を付けやー」ってどういう意味なのです?』
はぁ? と盛大に呆れかえったタイガーさんの声が頭の中で響いた。
『今さら何言うとんねん。そんなもん、見れば分かるやないか。竜巻に巻き込まれて』
『そうじゃないのです。ちょこが言っているのは「まずは」の部分ですよ。それだとまるで竜巻の他にも攻撃があるみたいに聞こえるのです』
あ、言われてみれば確かに。
『……あー、うち、そんなこと言ったっけかなぁ。記憶にないわぁ』
『バカ虎、嘘が下手糞すぎるのです』
『うっ、うっさいわぁボケェ! うちはそんなこと言ってへんし、仮に言ってたとしてもなんでお前にドラゴンの本命攻撃を教えてやらなあかんねん!』
『さすがはバカ虎なのです。その答えだとやっぱり竜巻の他にも本命があるってことなのです』
タイガーさんの「あっ!」って声と、おそらくは隣にいるであろうアリンコさんの溜め息が同時に聞こえてきた。
『まぁ、その本命もなんとなく分かったのです。先輩たち、それからつむじ、話は聞いていたですかー?』
『聞いてたでござるよ。して、拙者たちは何をしたらいいでござる?』
『とりあえずしばらくは逃げ回ることに専念するです。で、こちらが指示をしたらその場に寝っ転がること』
『え、ちょっと! そんなことしたら竜巻に吹き飛ばされちゃうじゃない!』
『竜巻よりももっと危険なものの直撃を食らうよりマシなのですよ』
そう言ってちょこちゃんはみんなに上を見るように指示を出した。
前衛の三人が逃げ回りながら視線を上に向ける。私も、文香先輩もだ。
『え? あれ、なにか天井が時々光ってない?』
『それに竜巻の轟音がかき消しているでござるが、かすかに轟くような音も聞こえるでござるよ。これってもしかして』
『雷……そうか、逆だったんだ!』
友梨佳先輩が感心したように大声を上げた。
『えっとお姉さま、逆って一体?』
『竜巻ってのはね基本的には強烈な積乱雲が作るんだけど、このドラゴンは竜巻を自分で作ることで逆に積乱雲、ううん、この場合は雷雲と言った方がいいのかな、とにかく雷を起こす雲を上空に作り上げていたんだ』
そう言っている間にも上空がピカっと光り、続いてゴロゴロと音が聞こえてきた。
『つまりこのドラゴンの本命は雷攻撃なのです。
時満たれりとドラゴンがそれまでとは違ってゆっくり翼を羽ばたかさせると、その巨体を空中へと浮かばせていく。
『ドラゴンが逃げるでござる!』
『おそらくは嵐に巻き込まれないよう、雷雲が霧散するまで自分はゆっくり雲の上空で待つつもりなのですよ』
『なっ!? 卑怯じゃないの、それ!』
『卑怯と文句を言っても始まらないですよ、彩先輩。それよりちょこちゃん、この大ピンチからどうやって抜け出してあいつを倒すの!?』
さっきタイガーさんに言われたことをそっくりそのまま彩先輩に返して、ちょこちゃんの指示を仰ぐ。
私の隣でちょこちゃんは『任せるですよ』と言って、ニッと笑った。
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