第41話:行け―!
血液魔法は使わない。
それでいて第七階層のボスキャラを十分以内に倒す。
ちょこちゃん曰く「ダンマスで活躍するにはそれぐらい出来ないとダメなのです」ってことなんだけど……。
「でかっ!」
ダンジョンに入るやいなや、タイガーさんのリターン魔法で第七階層に棲むボスキャラ前方約300メートル地点に飛ばされた私たちは、相手の大きさに圧倒された。
高さがちょっとしたビルぐらいある……と聞けばたいしたことないと思うかもしれないけれど、無機質なビルと違って相手は生き物で、しかも動いているんだ!
まるで地面にしっかり根を下ろす大樹のように大きな手足。
緑色の鱗で覆われた胴体は、あたかも苔がびっしり生えた断崖絶壁のようにそそり立つ。
背にはどんどん上空へ伸びていく夏の入道雲を思わせる巨大な翼。
そして十メートルほど上からこちらを見下ろす金色の瞳は、まるで太陽がいきなり二つ増えたような錯覚すら覚える。
ドラゴン。
それはまさしくファンタジー物語やゲームの中に登場するモンスターの象徴そのものだった。
「ええっ!? 無理無理無理、こんなの絶対無理だって!」
第七階層のボスキャラなんだから、そりゃあ強敵なんだろうなぁと覚悟はしてた。
でも、さすがにこれは反則だよ。こんなのに勝てなんて、さすがにこれは――。
「あのバカ虎、意地が悪いにもほどがあるのですよ」
「だよねっ! こんな相手にどうやって――」
「あの鱗の色からして風属性じゃないですか!」
「えっ!? そこなの!?」
そうじゃないでしょ、相手はドラゴンだよ? 属性とかそんな些細なことよりももっと根本的なところに問題があるでしょ、これ!
「これは困ったわね。炎属性の私では攻撃があまり効かないじゃない」
「おまけに拙者のスキル攻撃も同属性では吸収されるでござる」
「有効な土属性持ちはボクなんだが、攻撃は苦手だからなぁ」
だと言うのに、みんなまでちょこちゃんと同じような反応をしてる。
おーい、みんな目を覚ませ! あんなの相手に属性がどうとか言っている場合じゃないぞ!
「んー、みんなぁ、属性の話もいいけどもっと大切なところを見落としてないー?」
おっ、文香先輩、いいこと言った!
ちょっと言ってやってくださいよ、今はそんなのんきな話をしている場合じゃないぞって。
「なんかここ、あちこちに穴ぼこが開いてて戦いにくそうだよぅ?」
うえええ!?
そうじゃない、そうじゃないでしょ、文香先輩!
ってか、みんなも「言われたら確かに」なんて表情で見回してるし!
「そもそもここは本当にダンジョンの中でござろうか? 壁も天井も見えないでござるよ」
「まぁボスキャラの大きさを考えたら妥当な広さなのですよ。でもあちらこちらに凹みがあるのはどうも気になるですね。その周囲もなにやら黒ずんでいるですし」
「いやいやいや、今はそんな話をしている場合じゃ……」
と、いきなりだった。
ぐおおおおおおおおおおっっっ!!
突然ドラゴンがダンジョン全体を震わせるほどの咆哮を上げると、その巨大な頭を降ろして上下にいくつもの牙が重なり合う口を開いた。
「ドラゴンブレスが来るのです! 前衛は回避行動!」
ちょこちゃんが言うやいなや、前衛の三人はそれぞれ左右に素早く飛び散った。
「千里、土魔法で壁を作るです!」
「分かった! ストーンウォール!」
そして私は地面に杖の先を突きさして、分厚い土の壁を前方に形成する。
ほどなくドラゴンが吐き出した突風のブレスが壁に激突し、凄まじい振動と音を響かせたものの、何とかその脅威を撥ね退けることに成功した。
よ、よかったぁ。かなり頑丈な奴を出したつもりだったけど、万が一防げなかったらどうしようかと――。
「千里のおバカ! 一体何やってるですか!?」
なのに、ちょこちゃんの罵声が飛んできたよ!
「え? えーと?」
「えーと、じゃないのです。これでは前が見えないじゃないですかー」
「あ、ごめん。じゃあすぐに解除して」
「そうじゃないのです。今すぐちょこたちの地面も隆起させるのですよ!」
「はい? どゆこと?」
「壁はなにも相手の攻撃を防ぐためだけじゃないのです。より高い位置から戦況を確認する役割もあるのですよ!」
そこまで言われて、ああなるほどとようやく意味が分かった。
慌ててもう一度杖を地面に押し当てる。
今度は目の前ではなく私たちごと地面が盛り上がり、先のストーンウォールで隠されていた視界がその高さを超えることで一気に広がった。
なるほどなるほど。今までストーンウォールって単なる防御壁として使っていたけれど、その上に立つことが出来れば戦場を見渡す櫓みたいな使い方も出来るんだ!
「しばらくこのまま維持することは出来るですかー?」
「うん、任せて!」
これまで思ってもいなかったストーンウォールの使い方に興奮気味に答えながらも、視線はちょこちゃんではなく戦場へと向けていた。
今や私たちの位置はドラゴンの頭の上をいく。それでも相手の巨大さには相変わらず圧倒されてしまう。
私たちの何十倍、ううん、何百倍もある大きさの相手に勝機なんて本当にあるのかな?
ついそんな弱気なことを考えてしまって、私はぶんぶんと頭を振った。
勝てるか、じゃない。勝つんだ。勝って私たちはダンマスに行くんだ!
その想いはきっと前衛の三人も同じ。
巨大なドラゴンに向かって先輩たちとつむじちゃんが、それぞれ別の方向から襲い掛かろうと走り寄っていくのが見えた。
「みんな、頑張って!」
思わず声を張り上げる。
「この距離じゃ聞こえないのですよー」
すかさずちょこちゃんからツッコミが入った。
「分かってるよ。分かってるけど」
「いいや、千里は何にも分かってないのです。分かってないから、そんな大声を張り上げちゃうのですよ」
そう言ってちょこちゃんは自分の耳を指さす。
見ればなにやらイヤホンみたいなのが……あ!
私は慌てて精神を集中させてみる。すると。
『あんなでかい相手にとりあえず打ち込んでみろって、ちょこの奴、さらっととんでもないことを言ってくれるわね』
『まぁまぁ。ちょこ君にもきっと何か考えがあるんだよ。それより彩、攻撃は全部ボクが受け止めるつもりだけど、決して油断しちゃだめだよ』
『分かってますよ、お姉さま。それよりつむじ、本当にそっちはあんたひとりに任せて大丈夫なの?』
『お任せあれでござる。先輩たちこそ仕掛けるタイミングを上手く取るでござるよ』
遠くにいる前衛三人の声が耳ではなく頭の中に直接聞こえてきた。
そうだ、すっかり忘れていたよ。
これは指揮官へジョブチェンジしたちょこちゃんの新魔法・インカム。
本来の使用目的はちょこちゃんの指示をどれだけ離れていても伝えることだけど、この魔法がかけられている者同士なら直接口に出さなくとも心で会話が出来るんだ。
『みんな、頑張って!』
なので今度は私も心の中で応援してみた。
『あ、ようやく千里君の声が聞こえたね』
『よかったでござる。全然声が聞こえないから魔法がかかってないのかと心配していたでござるよ』
『だから言ったじゃない。千里のことだから、きっとこの魔法のことを忘れているだけだって』
う、彩先輩の指摘が手厳しい。
『そ、そんなことより大変な相手ですけど頑張ってくださいねっ! なんたってこの戦いにはダンマスの切符がかかってるんですから!』
『分かってるわよ、そんなこと。それよりもうすぐドラゴンとコンタクトするけど、文香はなにしてるの?』
『え? 文香先輩ですか?』
『能力強化の歌魔法がまだ聞こえてこないでござるよ』
ああ、そういえば。
言われて私は背後の文香先輩へと振り返り、そしてぎょっと目を見開いた。
文香先輩の冒険装束がそれまでの大神官みたいなローブ姿から、その大きな胸元がぱっくりと開いた純白のドレス姿へと変わっていた。
今にもおっぱいがはみ出してきそうで、何と言うか、うん、エロい。
てか、そもそも冒険者としてはどうなの、それ?
でも驚いたのはそれじゃなくて。
『お待たせしましたぁ』
文香先輩が右腕を横に伸ばす。
と、その後ろに控えていたヴァイオリンやらフルートやらを持った人形の楽団が一斉に楽器を構えた。
なんだこれはと頭が混乱している中、先輩が今度は左手を伸ばす。
するとこれまたチェロやらトランペットやらハープやらティンパニの楽団が。
さらに文香先輩の頭の上をよく見てみると、ちっこい指揮者が乗っかっている。なにこれカワイイってオイ!?
『ではそろそろ行きますよぅ』
文香先輩のその言葉を合図に、指揮者がタクトを持ち上げる。
一瞬の静寂。ダンジョンで、しかもドラゴンと戦っている真っ最中にもかかわらず、本当に辺りから音が消えた。
そして次の瞬間。
ダンジョンがたちまちオペラハウスへと変貌した!
ド迫力でダンジョンに響き渡るオーケストラの生演奏。それに負けるどころか、むしろ引き立て役にするかのように、文香先輩が気持ちよさそうに歌い上げる。
その歌声は美しくも力強くて、聞いているだけで心の底から力が湧き上がってくるような――。
《ピコン! 攻撃能力上昇しました!》
って、いきなりそんなアナウンスがどころからともなく聞こえてきた。
『どうですか! これぞ文香先輩の歌唱魔法なのです! あまりの凄まじさにさすがのドラゴンも茫然としてるですよ!』
『うん。私も、それから前線の三人も呆気に取られてるよ』
いや、
ダンジョンがまたいい感じに音響が効いていて、完全にこの場を支配している。その証拠にドラゴンの咆哮なんてこれっぽっちも聞こえない……。
『あ、まさかちょこちゃんのインカムって?』
『そうなのです。文香先輩の歌声の前では普通の会話なんて出来ないですし、なにより邪魔をしちゃいけないと思ったのですよ』
そしてちょこちゃんはすかさず前衛の三人に『行け―!』とインカムで檄を飛ばした。
我に返った先輩たちが今一度ドラゴンに向かって地を駆ける。
こちらから見て右から友梨佳先輩と彩先輩。
友梨佳先輩は大きな盾を両手で持ち、彩先輩は逆に幅広の剣だけを持っている。
まさに友梨佳先輩が盾で、文先輩は矛というわけだ。
対して左からドラゴンに襲い掛かるつむじちゃん。
ダッシュを始めた地点では距離的に先輩たちとあまり変わらなかったけれど、スピードで勝るつむじちゃんが先輩たちに先駆けてドラゴンへとぐんぐん迫っていく。
そしてあと少しというところで土煙を巻き上げてジャンプした。
もちろんジャンプしたところで巨大なドラゴンの上まで跳べるわけもない。狙いは以前としてドラゴンの地面に降ろした右腕だ。そこへただ勢いよく切りつけるだけじゃなく、ジャンプで勢いをつけてダメージを与える作戦なのだろう。
『あ、危ない! つむじちゃん!』
だけどジャンプしている間は無防備という弱点がある。
それをドラゴンが見逃すはずもなかった。
大きな丸太のような右腕をまるで小枝のように軽々と持ち上げると、指先にある鋭い爪を立て、その大きさからは信じられない速さで空中から迫るつむじちゃんを払いのけようとする。
絶対に避けられない状況と角度に、頭の中でつむじちゃんがドラゴンに吹き飛ばされるシーンがフラッシュバックした。
『え!?』
ところが絶対必中のはずのドラゴンの一撃は、つむじちゃんを捕らえることが出来なかった。
避けたんじゃない。攻撃が当たる瞬間、つむじちゃんの身体が煙になって消えたんだ。
きっとドラゴンには何が起きたのか分からなかっただろう。
だけど私たちには分かった。あの煙のような消え方、あれはつむじちゃんの分身だ。
つまりつむじちゃんは分身だけをジャンプさせ、自分は分身が巻きあげた土煙に姿を隠し、さらにはフェイクにひっかかったドラゴンが上げた右腕の下を素早く通過して――。
『琵琶女放課後冒険部所属・桐野つむじ。見参でござる!』
ブレスを放った時のまま、下げているドラゴンの頭の目の前に突如として現れたつむじちゃんが、その無防備となった右目へ短剣を突き立てた。
ぐおおおおおおおおおっっっっ!
文字通り見下していた相手から食らった痛恨の一撃に、ドラゴンがたまらず咆哮をあげる。
そこへ友梨佳先輩と彩先輩のコンビがいまだ地面に降ろされたままの左腕へ追い打ちをかけようと迫るけれど……。
ふしゅるるるるるるるっっっっ!
ドラゴンが身悶える様に体を激しく左右に振りながら、後ろ足で立ち上がった。
せっかくあともう少しと言うところまで迫った先輩たちも、標的としていた左腕が空中へと持ち上げられてはどうしようもない。
このままの勢いでさらにドラゴンへと近づき後ろ足を狙うか、それともここは一度距離を取って様子を見るべきか、選択はふたつにひとつ。
『立ち止まって! 来るですよ、タイミング間違えずに!』
だけどちょこちゃんはふたりにその場で待機というみっつめの選択を指示した。
『来る? 来るって何が?』
『千里は黙っているです。今はふたりの邪魔をしちゃダメなのです!』
ええっ!? いや、そんなことを言われても、あんな中途半端なところで立ち止まっちゃマズいんじゃないの? だって怒り狂ったドラゴンが襲い掛かってきたら――。
ぶおおおおおおおおっっっっ!
って思ってたらほら、激昂したドラゴンが先輩たち目がけて左腕を振り下ろしてきたし!
しかもそのパワーはもはや一撃でふたりまとめてすっぽんぽんに出来るほど。さらには『逃げて!』と叫ぶ暇もないぐらいのスピードだった。
もはや今度こそ逃げることは出来ない。
『お姉さまっ!』
『任せろ!』
ガツンッと鈍い音が響き渡るのとほぼ同時に、ふたりがお互いに声をかけあった。
ただ、それだけ。
それだけなのに。
ぎゃおおおおおおおおっっっっ!
ドラゴンが振り下ろした左腕、その関節から先を失って、悲痛な叫び声をあげた。
ふたりを吹き飛ばしてしまおうとスイングされた左腕。
その勢いを殺すことなく巨大な盾でいなして、友梨佳先輩は自分たちに被弾しないよう少しだけ軌道を変えた。
そして標的を外したドラゴンの左腕が伸び切った一瞬を逃さず、彩先輩が剣を一閃。
大木みたいなドラゴンの腕が、それだけで完全に切断された。
地に落ちたドラゴンの腕がたちまち塵となって形を崩し、地面へと還る。
『すごい……彩先輩って属性的にこのドラゴンとは相性が最悪なはずなのに』
『ふふん。これこそ文香先輩の強化能力のおかげなのですよ!』
目の前で起きたことが信じられず呟く私に、ちょこちゃんがまるで自分のことのように胸を張る。
振り返ると、文香先輩が気持ちよさそうに歌っていた。
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