第40話:血液魔法は使わないのです

「ちょこ司令、頑張ってくださーい!」

「文香お姉さまも無茶しないでくださいねー」


 第七階層のボスを倒すべく、異世界ダンジョンへの扉をくぐろうとする私たちに、見守る万女の一部から声援が飛ぶ。

 ちょこちゃんと文香先輩が一緒にパーティを組んだ、通称『すっぽんぽん組』の一年生たちだ。


 かつてはその名の通りダンジョンに潜ってはすっぽんぽんにされていた彼女たちだけど、この一ヶ月で第三階層にまで潜れるほどの驚異の成長を果たした。

 その原動力がちょこちゃんの戦闘指揮と、文香先輩の新職業ジョブ歌姫ディーヴァによる能力上昇バフスキルだと聞いている。

 

「ちょこ君が指示を出してくれるのは正直助かるよ。これでボクも目の前の敵だけに集中して戦える」

「任せてほしいのです。で、はふたりでひとりと考えるでいいんですかー?」

「そう。お姉さまが盾で、私が矛。ふたりでひとりだけど、その戦闘力は何倍にもなるわっ!」


 ちょこちゃんが元すっぽんぽん組の声援に手をふって応えながら、友梨佳先輩たちに改めて確認を取る。


 正直なことを言うとこれからはちょこちゃんが指揮を執ると言い出した時、友梨佳先輩と彩先輩がどういう反応をするのかが心配だった。

 特に友梨佳先輩はパーティ唯一の三年生ということもあって、これまで私たちに色々と指示を出してくれていた。

 その役割を一年生のちょこちゃんが奪っちゃうわけだから、不満が出て当然。最悪喧嘩になることだってありえると不安だった。

 

 でも、友梨佳先輩はこの案をすんなりと受け入れた。

 さらには彩先輩までも異論なし。

 なんだかんだ言って大人な友梨佳先輩はともかく、彩先輩は「一年生がお姉さまの役割を奪おうなんて図々しい!」と反対するもんだとばかり思ってたよ。

 

 だけど、それもこれも全ては先輩たちの新しいフォーメーションを活かすため。

 ふたりの先輩が特訓していたのは、まさに一心同体、ふたりで最強の盾と矛になるというものだった。

 そのためには常にお互いの位置や態勢を確認する必要があるそうで、とてもじゃないけれど周りに指示を飛ばすことは無理なのだそうだ。

 

「ちょこの指揮もすごいですが、文香先輩の歌はもっとすごいですよー」

「えへへ。私は目いっぱいお歌を詠いますから、皆さん頑張ってくださいねぇ」

能力上昇バフスキルは経験がないでござるから、どんな風になるのか楽しみでござるな」

「ふふふ、期待していてくださいねー。つむじちゃんが暗殺スキルなんて危ないものは使わなくてもいいぐらいパワーアップさせちゃいますよぅ」

 

 お任せください、と文香先輩がその巨乳をぽんと叩いて弾ませてみせた。

 

 言うまでもなく、つむじちゃんの暗殺スキルは強力だ。

 だけど本来その力は決して表の世界で見せちゃいけないもの。

 だから、つむじちゃんには再び封印してもらうことにした。

 

 それにつむじちゃんは一人特訓のおかげで、今やレベルが驚異の72なんだ。

 暗殺スキルなんか使わなくても、レベルアップで増えた魔力のおかげで他にも強力なスキルを使いまくれる。

 それだけで十分戦力になってくれるはずだ。

 

「あーあ、これで私の魔法ももっと使い放題だったら良かったんだけどなぁ」


 と、みんなのパワーアップの話が続いたので、思わず私の口から愚痴がこぼれ出た。

 いやね、私だってこの一ヶ月頑張ってついに自分の血を使って魔法を飛ばす方法を身に付けたよ(半ばつむじちゃんのおかげでもあるけど)。

 ところがそれにもちょっと問題があってさ――。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「え!? 使用回数の制限がある!?」

「うむ。魔力は心配ない。問題なのは血液の方だ」

「血?」

「いくら魔力は膨大でも血液はそうじゃない。調子にのって使いまくっていたら貧血どころか下手したら死ぬこともありえる」

「うえええっ!?」


 万女のダンジョンが成長地震を起こした翌日。

 調査にやってきた全国放課後冒険部連盟理事の琴子さんが私を見つけるなり、いきなり車に拉致された。

 小一時間ばかり移動して連れてこられたのは京都の女子校。そこの異世界ダンジョンに入って、血液魔法を使うようにと言われた。

 まぁ私もアレはもっと試し打ちをして改良したいと思っていたから、乞われるがまま使ってみたんだよ。


 そしたら外界でモニターチェックしていた琴子さんから、そんなことを言われてしまった。

  

「ち、ちなみに一日の冒険で何回ぐらいまでなら使っても大丈夫なんでしょう?」

「そうだな。連日の部活動を考えたら一日五回までといったところか」

「五回!? 少なっ!」

「そうか? 超必殺技を一日五回も使えるんだからおいしいと思うがな」


 それよりダンマスに出たいのなら毎回指を噛んで血を流すのは映像的にマズい。予め必要な血液を充填させ、ここぞという時に使えるような仕組みを杖に施せないかと琴子さん。

 え、そんなことできるの? と疑問に思いつつも、体内に流れる血を杖の中の空洞にテレポートさせるイメージで試してみたらあっさり出来た。

 うは、さすが異世界、便利だな。おかげで毎回痛いめにあわずにすむ。


 ……って、そんなことより使用回数の問題の方が大事だよっ!

 どうにかしてもっと魔法をバンバン使えるようにならないのかな、私ってば!

 

「まぁ普段は土魔法をメインに使えばいいのではござらんか?」


 万女の寮に戻ってみんなに相談してみたら、まずつむじちゃんから意見が出た。

 

「土魔法は血を使わんでござるし、地面を隆起させるのは攻守ともに使い勝手がいいと思うでござる」

「……うん。まぁそりゃそうかもしれないけどね……」


 でも私としてはやっぱり血液魔法を使いまくりたい。

 

「血がダメなら汗や涙を使ってみたら?」


 彩先輩が代替え案を出してくれる。でも。

 

「さすがに汗や涙では量的に少なすぎるだろう」


 私が言い出す前に友梨佳先輩が代わりに答えてくれた。

 

「んー、だったらぁ唾液はどうでしょう?」

「量はそこそこありますけど、さすがに唾は汚くて嫌ですよ」

「あ、ちょこにいい考えがあるのですよっ! おしっこなら量的に」

「だから汚いのはダメだって言ってるじゃん!」


 頼むから話を聞いてよー、ちょこちゃん。

 だいたい唾やおしっこで魔法を飛ばす魔法使いなんてドン引きにもほどがあるじゃないかぁ!

 

「となると、やっぱり血液魔法はここぞって時に使うしかないでござるな」

「ううっ」

「まぁまぁ。そんなにしょげないの。今までだって千里が私たちの切り札だったじゃない。これからもその役割をしっかり守ってね」

「でも、普段の戦闘で何にも出来ないのは正直辛いです」

「大丈夫ですよぅ。そこはほら血液がなくても使える土魔法を上手くちょこちゃんが戦術に組み入れてくれるはずですぅ」

「ふっふっふ。ちょこにお任せなのです。千里、ザコ戦でのんびりできるとは思わない方がいいのですよ」

「え? あ、うん……てか、ちょこちゃん、目が怖いよ?」


 どんなえげつない使い方をするんだろう、ちょっぴり不安。

 

「じゃあそういうことで当面はやっていこう。みんな、またよろしく頼むよ!」


 友梨佳先輩の掛け声にみんなが「おー!」と応える。

 一か月前の猿モンスターにやられた時とはまるで別人みたいに、誰もが自信で満ち溢れた表情をしていた。

 ……そうだよね、私も不貞腐れてちゃダメだよね。

 よーし、使える回数は少ないけど、発動させる時はとびっきり凄いのをお見舞いしちゃうぞ!

 


 ☆☆☆



 なんて思っていたんだけど。

 

「今回の琵琶女冒険部の復帰戦、千里の血液魔法は敢えて使わないのです」


 ちょこちゃんがダンジョンに入る前に円陣を組もうと言い出し、簡単な戦術のすり合わせをするのかなと思っていたら、いきなりそんなことを言いだした。

 

「ええっ!? なんで? だって相手は第七階層のボスキャラだよ!?」


 それこそ血液魔法を使う絶好の相手じゃん!

 

「だからこそなのですよ。切り札を使わずどこまでちょこたちが出来るのか、試してみたいのです」

「うん。それは一理あるね」

「それに千里のことだもん、私たちが本気を出す前にあっさり倒さないとも限らないし」


 ちょこちゃんの発言に最初は驚いたみんなも、その理由を聞いて「なるほど」と頷き始めた。

 

「えー? いくら血液魔法でもそんな簡単に倒せないですよ、きっと」

「でも、千里ちゃんのことですからねぇ、分からないですよぅ」


 ううっ、そんな困った後輩を見るような目を向けないでくださいよ、文香先輩。


「まぁまぁ。タイガー殿も時間はどれほどかかっても構わないと言っていたでござるからな。ここはまず拙者たちの成長を計る場にして、それでも危なくなったら千里殿に頼むって形でいいのではござらんか?」


 つむじちゃんが不満げな私の気持ちを察しつつ、ちょこちゃんの考えにすり合わせた折衷案を出してくれた。

 ちょこちゃんは今回の戦闘をまるで模擬戦感覚でとらえているように思えるけど、実際は勝てばダンマス出場がほぼ決まる大事な一戦だ。万が一にも負けることは許されないのだから、いざとなれば私だって本気を出すべき――。

 

「千里の血液魔法は使わないのです」


 だけどちょこちゃんははっきりと言い切った。

 

「それから無駄な時間もかけないのですよ。第七階層のボスは十分以内に必ず倒すのです!」

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