第39話:ぽろりはロマンだよ

「あー、あー。ただいまマイクのテスト中や。あー、あー」


 万女のダンジョンが大地震を起こしてから一週間後……つまりはあのつむじちゃんとの戦いから七日間が経ち、夏も本格的になってきたある日の放課後。

 私たちはタイガーさんの招集に従って、他の万女放課後冒険部員のみんなと一緒に校庭へ集まっていた。


「ふぁ、今日もまだまだ暑いですねぇ」

「まったく勘弁してほしいのです。そもそも夏とか冬は運動に適していないのですよ。なのにあのバカ虎ときたら」

「初日は熱血ドッジボール大会。その次はブシドーちゃんばら選手権。よくもまぁ次から次へと考えるわよね」


 彩先輩が首元を緩め、ぱたぱたと手で扇ぎながら、呆れたように言った。

 ダンジョンが成長してもせいぜい二日後には潜ることが出来た琵琶女とは違い、既に七層まで広がった万女では安定するまで時間がかかるらしい。

 で、その間ずっと基礎体力作りではつまらないってことで、連日タイガーさんが趣向を凝らしたイベントを考えてくるんだけど、これが結構ハードで正直みんなお疲れ気味だ。


「そろそろプールを使ったレクレーションだといいのになぁ」

「ふふふ、だったらボクにいい考えがあるぞ。水上騎馬戦、その名も大乱闘スプラッシュシスターズぽろりもあるよ、だ」


 うん、言うと思った。

 てか、ぽろりどころか異世界ダンジョンじゃあすっぽんぽんが日常茶飯事なのに、友梨佳先輩はどうしてこうも興奮して提案できるんだろう? 不思議だ。

 

「でもプールは水泳部が使ってるからダメなんじゃないですかね?」

「だったら水着姿でウォーターガンを使ったサバゲ―でもいいぞ。通称スプラトーン、勿論ぽろりもありだ」

「好きですねぇ、ぽろり」

「ぽろりはロマンだよ、千里くん」


 ロマン、かなぁ?

 うーん、友梨佳先輩って女の子が好きすぎて、感性が男の子寄りになっちゃってるんじゃないかな?


「おーい、琵琶女の連中、さっきからぽろりぽろりとうるさいでー。そんなにぽろりが好きやったら今からウチがひん剥いてやろうかぁ!?」


 って、しまった! つい友梨佳先輩に乗せられて無駄話をしているところを地獄耳のタイガーさんに見つかっちゃった!

 

「す、すみませーん! あ、あとぽろりが好きなのは友梨佳先輩で私はそんなの全然興味なくて」

「うん。だからひん剥くのなら千里君の方にしてくれたまえ。ボクはぽろりが好きだけど、自分がぽろりするのは御免こうむりたい」

「あ、ズルい! 先輩さすがにそれは」

「だから、うるさい言うとるやろが! そんなにぽろりされたいんやったらやったろうやないか、おい、アリンコ!」


 タイガーさんの隣に立ち、それでも我関せずという態度を決め込んでいたアリンコさんが、いきなり自分の名前を呼ばれて「へ?」と驚いた表情を浮かべる。

 

「お前、今からぽろりしろ」

「ええっ!? ちょ、タイガー先輩、いきなり何言ってるッスか!? なんで自分がぽろりしなきゃいけないッスか!?」

「よくよく考えたらお前まだすっぽんぽんになったことないやろ? いい機会やからここでどーんとぽろりしたれ」

「いやいやいや! 何がいい機会なんスか!? それに自分、そんな『どーん』と見せびらかすようなものは先輩と同じく持ってないっスよ? 」


 言ってからアリンコさんが「あ、しまった」と口を防ぐも時すでに遅し。

 

「先輩と同じく、やて?」

「あ、いや、それは……」

「ホンマ琵琶女の奴らといい、最近の部の風紀は乱れまくっとるな! これはひとつ見せしめを作らなあかん」

「ちょっ、先輩、待つっス! 風紀が乱れているってここでぽろりなんかした日には、それこそ乱れまくることにって――ちょっとマジで勘弁してくださいッスよ!」


 慌てて逃げようとするアリンコさんにぴょんと後ろからタイガーさんが飛び乗って、そのまま地面に押し倒す。

 

「ぐへへへ、優しうしたるさかい暴れんなや」

「ひえええええええ! 許して! 許してくださいッスー!」


 慌てて暴走するタイガーさんを止めようと群がる万女の皆さんたち。

 そしてすったもんだの挙句、人だかりの山から出てきたのは。

 

「なんでうちがポロリしとるねん!」


 何故か着ていたTシャツを脱がされて、本人曰く「ブラジャーが必要ない経済的なおっぱい」でこれでもかとばかりに胸を張るタイガーさんだった。

 あー、いくら万女の敷地内で周りに男の人がいないとはいえ、よくやるなぁ。

 大阪の人ってギャグの為に生きてるんじゃないかなって感心するよ、うん。

 

 


「あー、では一発かましたところで重大発表するでー」


 改めてマイクを持ったタイガーさん、その胸にはタオルが晒のように巻かれていた。

 身を張ったボケを決めたところでTシャツを着るのかと思いきや、タイガーさんが「やっぱり夏はトップレスに限るな!」と胸を突き出しながら話を始めようとしたので、慌ててアリンコさんが後ろからタオルを巻いたんだ。

 

 以前に炎魔法の誤爆ですっぽんぽんにしてしまった時はめちゃくちゃ怒ったけれど、それは裸を見られて恥ずかしいじゃなく、裸にされたのが悔しいからだとほどなくして知った。

 だってタイガーさん、お風呂上りに真っ裸で寮内を堂々と歩いてたりするんだもん。

 

「実は今朝早くにダンジョンが安定期に入ったと報告があった」


 タイガーさんの格好に、ここ最近のレクレーション続きもあって、重大発表と言われても「どうせまたこのクソ暑いのになにかとんでもないことを思いついたんだ」と思い込んでいたみんなのざわつきが、その一言で一瞬にして静かになった。

 

「っちゅーことで、今日からまたダンジョンに潜るで!」


 静寂が一転、今度はまるで満員のロック会場のように沸き立つ。

 やったぁと隣と抱きつきあう女の子。気合の入った声を張り上げる人。それらを嬉しそうに目を細めて見守るタイガーさん。やっぱりみんなダンジョン冒険が大好きなんだなと思う。


 勿論それは私たちも変わらない。

 そっとみんながみんな視線を交わしあって自然と微笑みあった。

 

「成長したダンジョンはモンスターが強うなっとったり、既存の階層にも変化があったりするからみんな気を付けなあかんで。ちょっとでも危ないと感じたらエスケイプで脱出するんや、分かったな?」


 はーい、といい返事をする万女放課後冒険部の皆さん。

 でも、その多くは早くダンジョンに潜りたいとそわそわしていて、気もそぞろなのがなんとなく分かる。

 

「おっしゃ。それから琵琶女の田舎モンたち」

「なんですかー、バカ虎ぁ?」


 突然田舎者呼ばわりしてきたタイガーさんに、それでも平然とやり返すちょこちゃん。万女広しと言えども、タイガーさんをバカ虎呼ばわりするのはちょこちゃんぐらいなものだ。

 以前ならこれだけで周りは騒然とした。

 だけどこの一ヶ月でみんなもう慣れっこ。ふたりが罵りあうのは、子猫たちがじゃれあうようなものだと思って見ている。

  

「お前らまた田舎モンたちが集まってパーティを再結成したって聞いたで。そやからテストしたる」

「テスト? またあのお猿さんみたいなのと戦わせるつもりですかー?」

「いいや。今のお前らなら、あんなの朝飯前やろ。今回戦ってもらうのはズバリ、第七階層のボスキャラや!」


 おおーっと歓声が沸いた。

 それもそのはず、第七階層はこれまでの万女ダンジョンで最も深いフロア。そして新たに生まれた第八階層に降りる為には、その階段を守る第七階層のボスを倒さなくてはいけない。


「ちなみにうちらの最速討伐タイムは10分25秒や」


 タイガーさんが自慢げに言う。

 異世界ダンジョンのモンスターはゲームみたいに何度でも蘇る。ボスキャラは厄介な敵だけど、確実に倒せるようになれば経験値稼ぎの絶好なカモだ。

 

「まぁ、お前らはとにかく倒したら合格ってことにしたろか」


 でも、あんまりちんたらすんなや、うちらは早う第八階層を探索したくてうずうずしとるんやからな、とタイガーさんがプレッシャーを与えてくる。

 

「さらにこのテストに無事合格したら――」


 もっともエンターテイナーな気質溢れるタイガーさんは、ただムチを振り回すだけでは終わらない。

 

「お前らを放課後冒険部全国大会ダンジョンマスターに出られるよう推薦したるわ」


 とびっきり甘いアメを私たちの前にぶら下げるのだった。

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