第43話:あの雲の上空までですよっ!
『嵐やー! 嵐が来るでー!』
タイガーさんが楽しそうに騒ぎ立てる。
そんなこと、言われなくても見れば分かるよ!
戦場では幾つもの竜巻がとぐろを巻いて吹き荒れ、遥か上空では雷雲が時おり光を放って轟きを上げる。
おそらく数分も経たないうちに、戦場は竜巻と雷による嵐となるだろう。
にもかかわらず、この状態を作り出したドラゴンがゆっくり上昇していくのを、私たちはただ見送るしかなかった。
『ストームドラゴンの雷は強烈やでー。さすがにこれにはお前らもみんなすっぽんぽんやー』
『はぁ。なるほど、地面が穴ぼこだったのは落雷が原因だったのですねー。納得なのですー』
『強がって余裕見せとる場合とちゃうやろ、じぶん。今からでも遅うない、千里の血液魔法でドラゴンを撃ち落とした方がええんとちゃうかー?』
この戦いで迎えた最大のピンチ。にもかかわらずさほど慌てた様子を見せないちょこちゃんへ、タイガーさんは少し苛立ち気味にアドバイスをしてくる。
もちろんしっかり最後に「このボス戦にダンマスの出場権がかかってるのを忘れたらあかんで」って釘を刺すのも忘れない。
『そ、そうだよ、ちょこちゃん! 嵐になる前にドラゴンをやっつけなきゃ!』
思わず杖を振りかぶってしまう私。煽り耐性なさすぎてゴメン。
『だから血液魔法は使わないって言ったですよ。ちょっと落ち着くです、千里』
『で、でも……』
ちょこちゃんのことは信頼してる。だけどやっぱり杏奈先輩と学校を取り戻せるチャンスが掛かっているとなると、落ち着いてなんかいられない。
『ちょこ、千里の言う通りよ。このままじゃドラゴンに逃げられちゃうわ』
『さっきの「寝っ転がる」って指示も意味がよく分からないでござる』
『ちょこ君、みんな不安なんだ。ここはしっかり説明をしてくれ』
そしてそれは前線で竜巻から逃げ回っている三人も一緒のようで、次々とちょこちゃんに抗議の声を上げた。
文香先輩だけが何も言わないけど、それはきっと歌に専念しているからで、心の中ではきっと私たちみたいに焦って――。
『んー、みんなぁ、そんなにちょこちゃんの言うことが信じられないのぉ?』
え?
『ちょこちゃんは「任せるですよ」って言ったんだよぅ。だったら任せてみよー? 大丈夫、ちょこちゃんにお任せして失敗したことなんて一度もないんだからぁ』
文香先輩の、いつもと変わらないおっとりとした声が、危うく仲間割れしそうな私たちを諭す。
そうか、文香先輩はこの一ヶ月、ちょこちゃんと一緒に万女の一年生たちとパーティを組んでいた。
そしてすっぽんぽん組と呼ばれた万女で最弱なパーティを、たった一ヶ月で中堅に押し上げたのは、文香先輩の強化魔法と――ちょこちゃんの的確な指示に他ならない!
『信頼してないわけじゃないないんだ。だけどこのままではドラゴンに逃げられてしまうだろ?』
それでも説明が欲しいと声を上げたのは友梨佳先輩だった。
『こっちは身の危険に晒されながら必死に耐えているんだよ。それが僕たちの役割なのは分かるけれど、さすがに何も知らされないままでは挫けそうになるってものさ』
さっきの文香先輩と同じくらい、友梨佳先輩の言葉にもまた重みがある。
『…………』
なのにちょこちゃんはいまだ口を開こうとしなかった。
『ちょ! もうすぐドラゴンが雷雲の中に入っちゃうわよ!』
彩先輩が悲鳴のような声をあげた。
ストームドラゴンの目的は、竜巻と雷の嵐が終わるまで雷雲の上空で待機すること。
待っていれば勝手に私たちは全滅してるし、おまけに分厚い雲が自分の姿を隠してくれるから、下から狙い撃ちされることもない。
つまりドラゴンの勝利、私たちの敗北はもうすぐそこまで来ていた。
『早く指示を出してほしいでござる!』
『……まだ待つのですよ』
『待つって一体どこまで待てばいいのよっ!』
『そんなの決まってるのです――ドラゴンが雲の中に逃げるまでですよ』
ええっ!?
ちょこちゃんの言葉に誰もが耳を疑う中、ついにドラゴンの身体が雷雲の中に消えていく……。
その時だった!
『みんな、地面に伏せるです! 千里、私たちと前線の三人の地面を一気に盛り上げるですよ!』
ついにちょこちゃんの指示が飛んだ。
『えっ!? えっと、どれくらい?』
『あの雲の上空までですよっ!』
咄嗟には意味が分からなかったので聞き返した私に、ちょこちゃんが明確に答える。
そこでようやくちょこちゃんの狙いが分かった。
『雲の上に逃げるなら、ちょこたちも雲の上に行けばいいだけのことなのです』
『マジでござるか!? いくら千里殿の魔力でもそこまで高くすることができるのでござるか!?』
『わ、分かんない。けど、やってみる!』
雷雲がまたゴロゴロ轟いてる。落雷が近い。
『みんな、しっかり地面に伏せて掴まってて。行くよっ!』
私は思い切り魔力を杖に充填させると、その先を地面に押し当てた。
『おっおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!』
『きゃああああああああああああ!!!』
『ひええええええええええええ!!!』
『おかあああああさーーーーーん!!!』
その光景を説明するなら、ロケットの打ち上げというより、タケノコが地面から生えてくる様子を数十倍早送りにしたような感じに近いと思う。少しずつスピードが上がるのではなく、いきなりトップスピードでぐんぐん上空に地面ごと打ち上げられるんだ。
そりゃあみんなが悲鳴を上げるのも分かる。
てか、私も思わず叫んでたし。
そんな状況で被雷することなく雷雲を一気に突き破り、天井にぶち当たるまでになんとか魔法を止めることが出来たのは奇跡に近かった。
『こ、怖かった……今のはさすがに死ぬかと』
『まだなのですよ、千里! 次はドラゴンの下の地面をドラゴンの体より二回りほど広い範囲で盛り上げるです!』
声だけでなく、足元もまだブルブルと震えている私に、ちょこちゃんがさらに指示を出してせっつく。
人使いが荒い……とは思うけれども、ストームドラゴンの目論見を完全に上回ったちょこちゃんの戦術はさすがの一言、もはや文句なんて一つもない。
私はドラゴンの位置を確かめると、言われた通り、ドラゴンよりも二回りほど広く地面を盛り上げてみせた。
ぐおおおおおおおおおっっっ!
盛り上がってきた地面に四本の足を降ろし、羽ばたかせていた翼を閉じたストームドラゴンが忌々しそうに吠える。
ドラゴンからしてみたら、雲の上に逃げた時点で勝ったと思ったはずだ。
それがこんな方法で追いかけてくるとは思ってもいなかっただろう。
まぁ、私たちも全く想像してなかったけどね……。
『ふっふっふ、タイムリミットまで残り60秒……』
ちょこちゃんが不敵に笑いながら呟く。
『バカ虎たちよりも早く勝ったのです』
『はぁ!? ちょ、待てや! 確かにそんな方法で嵐を回避するのは驚いたけどな、ここからどうやってドラゴンを倒すねん!? そんな足場の悪いところで襲い掛かっても、ブレスやら右腕やらしっぽやらで吹き飛ばされるのがオチや!』
ちょこちゃんの勝利宣言にタイガーさんが待ったをかけた。
私は前線の三人が襲い掛かれるよう、足場となる地面をいくつか盛り上がらせながら、ここからどうやればドラゴンを倒せるのか、ちょこちゃんの考えを読み解こうと頭を巡らす。
『あー、やっぱりバカ虎はバカ虎なのです。ここまでしておきながら最後の手がまだ分からないですか?』
『なんやと!? どういうことやねん!?』
『見てれば分かるのですよ。じゃあ彩先輩、仕留めるのはお任せしたのです』
『……任せて』
彩先輩が一呼吸遅れて答えた。
最初に小さな声で「え!?」って聞こえたような気がしたけど、きっと気のせいだ。
『文香、バトルソングお願い!』
『分かりましたぁ』
彩先輩の指示に呼応して、文香先輩が再びオーケストラをバックにバトルソングを熱唱し始める。
と、同時に前線の三人が地面を蹴った。
地面を盛り上げて作った飛び石に次々と飛び移りながら、先輩たちとつむじちゃんがドラゴンへと迫る。
でも、ドラゴンを襲うのは彩先輩だけだ。
つむじちゃんと友梨佳先輩は囮として阿吽の呼吸で移動を繰り返し、ストームドラゴンの隙を作り出す。
『よし今だ、彩!』
『ありがと、お姉さま、つむじ!』
ふたりの動きに惑わされて頭を動かしたドラゴンに死角が生まれた。
そこに彩先輩が思い切りジャンプし、ドラゴンの首を斬り落とさんと剣を高く振りかぶった。
『あー、アホやな、自分ら。そんなん、ドラゴンのフェイクに決まっとるやんけ』
しかしてタイガーさんの言う通りだった。
ドラゴンは待ってましたとばかりに頭の向きを変え、空中で態勢を変えることの出来ない彩先輩めがけてブレスを放とうと顎を開く。
『させるもんかっ!』
だけどこの展開こそがちょこちゃんが描き、私たちの頭が追い付いた作戦そのものだった。
気が付いたのは、ちょこちゃんがドラゴンの足元の地面を二回りほど広く盛り上げらせるよう指示をしたから。
最初は前線の三人がドラゴンの近くを動きまわれるよう、余裕を持ったのかと思ったけど違う。そんなゆっくりしていたら、到底残り60秒でドラゴンを倒せるはずがない。
ドラゴンを倒すには一撃でその首を斬り落とすしかないんだ。だとすればこの余裕のある足場の使い道は!
『ドラゴンが乗っている地面の部分だけ土魔法を解除させる!』
私が土魔法を発動させた同時に、ドラゴンの足場が一瞬にしてなくなった。
さっきとは逆のフリーフォール状態。ドラゴンが驚いて慌てて翼を羽ばたかせようとしたけれど、もう遅い。既にその体は大きな落とし穴に半分以上落ち、翼を広げる空間なんてない。
ブォォオオオオオオオオオオッッッッ!!!
飛ぶことが出来ないと分かったドラゴンが、ならばとブレスを放って落とし穴の側壁を壊そうと試みる。
もっともストームドラゴンのブレスは強烈だけど、ストーンウォールを壊せるほどではないのは、この戦いの序盤で既に証明されている。
そう、二回りほどの地面を盛り上げらせたのは、この強度の落とし穴を作るためだったんだ!
グウォォォオオオオオオオオオオ!!!!
ストームドラゴンが吠える。
飛べない、壊せない。そう悟ったドラゴンに残された手段は、落とし穴の側面に手足の爪を引っかけてこれ以上の落下を防ぐことしかない。
そう、たとえ彩先輩が剣先を下に向け、その首に飛び降りてこようとしていても、防ぐ手段なんてストームドラゴンにはもう残されてはいなかった。
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