第37話:やーりーすーぎーたー!!!

「つむじちゃん、決着をつけるよ!」


 ストーンウォールの中から外のつむじちゃんに話しかける。

 声がぐわんぐわんと中で鳴り響いた。改めて見るとまるで土管の中にいるみたいだな、これ。早く外に出よう。そうしよう。

 

「……待ちくたびれたでござるよ、千里殿」


 外からつむじちゃんの抑揚に欠けた声が聞こえてくる。

 思えば血の霧を出して以来、つむじちゃんはずっとこんな感じだった。


 

 

「行くよ、つむじちゃん!」


 掛け声とともに土魔法を解除する。

 目の前の土の壁が一瞬にして消え去り、視界は再び真っ赤に染まった。

 この瞬間、つむじちゃんもどこからか私を襲おうとしているに違いない。だけどそうは問屋が卸さないよ、つむじちゃん!

 

「爆裂魔法、発動!」


 私は少し滑りやすくなった杖を勢いで放り出さないよう気を付けて握りしめながら、360度くるりと体ごと回転して思い切り振りまわした。

 これならどこから襲い掛かってこられても、杖がつむじちゃんの身体に当たるはず――。


「……残念ながら外れでござるよ」


 不意に足元から声がして驚いた。

 さっきまでとは違う、おぼろげながらも感情が聞き取れる声。

 エコーじゃない。つむじちゃん本体の声だ。


 しまった、こちらの考えを読んで、土魔法が解除される前から地面に伏せて待ちかまえていたんだ!

  

「さよならでござる、千里殿」

 

 懐深くに潜り込んだつむじちゃんがまるで獲物に襲い掛かる豹のような跳躍力で、小刀を構えて跳ね上がってくる。

 絶体絶命の大ピンチの時は時間の流れがゆっくりに感じられると言うけれど、本当に一瞬、スローモーションになった。


 小刀を握り込んだ手を伸ばすつむじちゃん。その顔は下を向いていて見えない。

 慌ててバックステップで逃げようとする私。突然のことで持ち上げた杖から液体が一滴したたり落ち、私とつむじちゃんの間で宙を舞う。

 

 そしてつむじちゃんの小刀が私の横腹を切り裂こうとしたまさにその瞬間。

 杖を伝って滴り落ちた命の雫が、刃に当たって「ぼんっ!」と爆発を起こし、小刀をつむじちゃんの手から見事に吹き飛ばしてみせた!

 

「なっ!?」


 つむじちゃんが思わぬ事態に驚いた声を出し、顔を上げようとする。

 が、その前に。

 

 ドドドドドドドドドドドドーーーーーーンンンンッッッ!!!

 

 耳をつんざく爆発が、私たちを中心にしておよそ五メートルほどの距離を置き、360度の全方向から立て続けに起きた。

 

「こ、これは……一体何をしたでござるか、千里殿!?」


 背後を振り返り茫然とするつむじちゃん。


「何をしたって決まってるじゃん! 魔法を飛ばしたんだよ!」


 私は間に合ったと胸を撫でおろしながら、自慢げに答える。


「し、しかし、千里殿の魔法は飛ばないのでは!?」

「うん、さっきまではね。だけどつむじちゃんのおかげで飛ばす方法が見つかった!」


 その時、またぽたりと杖から滴り落ちた私の血が、地面に当たって小さな爆発を起こした。

 

 間違って指を噛んじゃった時、口の中に広がる血の味を感じながら思いついたんだ。

 つむじちゃんの血の霧のように、私も自分の血を媒体にしたら魔法を飛ばせるんじゃないか、って。


 思い切り右手の人差し指を噛んだ。すごく痛かった。それでも我慢して血を流したまま杖を握る。

 降ろした杖に血がつつーと先端まで流れていくのを見て、私は土魔法の壁を解除し、代わりに杖へ別の魔法を充填させて思い切り振るった。

 勢いで周囲に飛び散る、魔力が込められた私の血。ちゃんと思った通りに発動するかどうかは分からなかったけれど、よかった、まずはその賭けに勝ったみたい。

 

「……なるほど。血の霧が千里殿にヒントを与えてしまったでござるか……」


 つむじちゃんが背中を見せたまま言葉を紡ぐ。


「うん! つむじちゃんのおかげだよっ!」

「でも、残念でござったな。せっかく魔法を飛ばせても、拙者に当たらなければ無意味でござる」

「そうだね。私の杖に警戒して、ちょっと距離を取ってくれていたら、直撃できたんだけどなぁ」


 まさかほぼ真下に潜んでいたとは思いもしなかった。

 

「やはりこの勝負――」

「だけどね、つむじちゃん。この魔法は爆発がメインじゃないんだよ」


 えっ、とつむじちゃんが呟く前にが来た。

 

 爆発は炎だけじゃなく、同時に強烈な風も起こす。

 とは言っても普通の炎魔法なら爆風はそれほど気にすることでもない。

 だけど炎魔法と風魔法を同時に使ってみたら、しかもその割合を3:7ぐらいにして爆発の後に風魔法が発動するようにしてみたらどうだろう?

 爆風がさらなる暴走を起こし、血の霧どころか辺りにある全てを吹き飛ばしてしまうんじゃないかな?

 

 そう、例えば訓練場のあちらこちらに散らばっている小石を、まるで無茶苦茶に撃ちまくるマシンガンみたいに。

 

「にゃーーーーっ!」


 石つぶての嵐につむじちゃんが悲鳴をあげた。

 

「ぎゃーーーー!」


 そしてそれは私も一緒だ。魔力が守ってくれているから痛くはないんだけど、次から次へと大小さまざまな石が飛んでくる様は恐怖以外の何物でもない。


 やーりーすーぎーたー!!!

 

 でも後悔はないよ。

 だって石つぶての流星群が通り過ぎ、血の霧も全部吹き飛ばされて視界がクリアになる中、私は自分が見事に目的を果たすことができたんだって分かったんだから!

  

「……やっぱり千里殿はさすがでござるな」


 相変わらず振り向かないまましゃがみこんだつむじちゃんの、雪のように白い背中が少し震えている。

 

「炎魔法で風魔法を強化し、しかもそれで土属性の攻撃を起こすとは思いもしなかったでござる」


 うん、いくら強力な風魔法でも同属性のつむじちゃんには効果が薄い。だから風魔法の風力だけを強化して、風属性に有効な土属性、つまりは地面の小石を吹き飛ばすことにしたんだ。

 その前に土魔法でどっかんどっかん地面を隆起させ、いつも以上に訓練場が荒れていたのも助かった。

 

「レベルを上げ、封印していた禁じ手も使い、それでも拙者は千里殿には及ばなかった……」


 すっぽんぽんになったつむじちゃんがゆっくりと立ち上がる。

 と、その体が少しふらついた。

 慌てて支えようと手を伸ばすも、つむじちゃんは背を向けたまま心配ご無用と片手で制する。

 

「悔しいでござるが、拙者の完――」

「それは違うよっ!」


 支えようとした手は拒否された。

 だけど言葉は……心は拒否なんてされてあげないっ!


「違うって何がでござるか?」

「だって私、つむじちゃんの血の霧のおかげで魔法を飛ばす方法を思いついたんだし、それに」

「……本当に千里殿は優しいでござるな。でも拙者はその優しい千里殿に酷いことをしたでござるよ」

「そんなの関係ないよっ! だってつむじちゃん、どうしても勇者になりたくて、その為に私を倒す必要があったんでしょ!? だったら仕方」

「仕方なくはないでござる! 拙者はただ自分の醜い欲望を叶えようとして千里殿を」

「だーかーらー、もういいんだって! そういうのは!」


 このままじゃ埒が明かないから、ちょっとキレてみた。

 

 お互いがお互いの言葉を最後まで聞かずに言いたいことばっかり。

 私たちの仲ってこんなのじゃなかったよね?

 もっとお互いのことを思いやって寄り添いあうことが出来る、それが私とつむじちゃんの関係だったよね?

 

 そりゃあつむじちゃんのことを全部分かってあげていたかと言えば、全然そんなことはない。

 私は私のことで精一杯で、つむじちゃんがこんなに思い詰めていたなんて思ってもいなかった。

 私のことを相談するばかりで、つむじちゃんの悩みだって聞いてあげていれば、こんなことにはならなかったんじゃないかなとも思う。

 

 だけどだったらこれからはそうすればいいじゃん!

 だって私たち友達だもん。これからも一緒に冒険していく、大切な仲間なんだもん!


「もう嘘なんてつかないでよっ、つむじちゃん!」


 私はつむじちゃんの両肩をがっしりと掴んで力を入れる。

 

「何をするでござる、やめるでござるよ、千里殿!」

「やめないよ! だってつむじちゃん、さっきからずっと」


 そして強引にこちらへ振り向かせた。

 

「泣いてたじゃん!」


 一瞬驚いた表情を見せたつむじちゃんの顔が、涙と鼻水でぐしょぐしょに濡れていた。

 あー、もう、せっかくの美少女が台無しだよ、つむじちゃん!

 ほら、いつもみたいに笑ってよ、ってこら、この期に及んで下を向かない!

 

「つむじちゃん、ちゃんと私を見て!」

「ううっ、千里殿、もう勘弁してほしいでござる。拙者……拙者はみんなを裏切って」

「裏切ってなんかない! だって私、知ってるもん。つむじちゃん、あの血の霧を出した頃からずっと泣いてたよね。泣きながら『千里殿、ごめんなさい、ごめんなさい』って何度も謝ってたよね」


 ダミーのエコーで聞き取りづらかったけれど、確かに聞こえたんだ。

 すすり泣きながら何度も何度も謝るつむじちゃんの声を。

 つむじちゃんの本当の気持ちを。

 だから私はあの時、諦めずに頑張ることが出来たんだ! 

 

「……聞こえていたでござるか。でも、謝って許されることでは――」

「私こそごめんなさい!」


 辛そうに目を伏せるつむじちゃん。でも、その目が私の一言で大きく見開かれた。

 

「つむじちゃんがそんなに悩んでいたのに、私は自分のことばっかりで。本当にごめんなさいっ!」

「ち、千里殿! そんな、千里殿が謝ることなんてなにも」

「ううん、これからはもっと自分以外のことも考えられるようになる! だから」


 私は大きく頭を下げた。

 

「万女に転校するなんて言っちゃヤダよ、つむじちゃん。また一緒にみんなで冒険しようよ!」

「……それは出来ないでござる」

「出来ないってなんで!?」

「……タイガー殿と約束したでござるよ。もし拙者が千里殿に勝てたらその時は万女に受け入れてもらう。でも、負けたら――あ」


 と、不意につむじちゃんが言葉を詰まらせた。


「負けた時はどうなるの、つむじちゃん!? てか、そんな約束、私がなんとかして反故に」

「……ありがとうごでござる、千里殿。でも、多分大丈夫でござるよ」

「ホントに!?」

「あい。だって拙者、引き分けた時の約束はなにもしてなかったでござるから」


 おおっ、なるほど!

 負けたらどんな約束をしたのかは分からずじまいだったけれど、引き分けなら勝っても負けてもいない。それならいくらあのタイガーさんでも……って。

 

「え? 引き分け?」

「あい。千里殿も見事にすっぽんぽんでござる」


 うえええええええ!?

 慌てて下を向くと……あわわ、ホントだ、大事なところ全部丸出しじゃないかぁぁぁぁぁぁ!

 

「み、見ないで、つむじちゃん!」

「何を恥ずかしがっているでござる? 千里殿の裸なんて毎日大浴場で見飽きているでござるよ?」

「それとこれとは別だって! あうう、何か着るものは……」

「異世界ダンジョンにそんなものはないでござ……うにゃあああああ!?」


 ようやくつむじちゃんが笑顔を見せてくれたその時。

 ダンジョンが地響きとともに大きく揺れ始めた。

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