第34話:にゃーーーーーっ!?
つむじちゃんは甲賀忍者のエリート。これまでたくさん助けられてきたし、その力は十分に知っている……つもりだった。
「え? いや、ちょっと!? あわわわ!」
だけど対峙して本当に分かった。
強い。
とんでもなく強い。
忍者ってのはスピードが最大の武器で、単純な攻撃力はそれほどでもない。だから冷静にその動きを見定めて対処すればいいと思ってた。
でも実際に戦うと、スピードの圧力があっという間に冷静さすら奪い去ってしまう。
ここだと思って杖を振るってもつむじちゃんの身体にはかすりもせず、逆に態勢を崩したところを分身たちが一斉攻撃。そんなことを数回繰り返せば、さすがの私も迂闊に動くことは出来なくなってしまった。
動きをもっとよく見ろ。先読みするんだ。そう自分に言い聞かせる。
だけど、つむじちゃんがそれを許してくれない。
縮こまった私に考える暇なんて与えるもんかと連続攻撃を仕掛け、さらに圧力を強めてきた。
おかげで反撃どころか、さっきからひたすら防戦一方。致命傷はなんとか避けているけれど、着実にダメージを蓄積されていく。
ううっ、厄介だ。とんでもなく厄介な相手だよ、つむじちゃん。
これまで魔法使いの天敵は戦士だと思ってた。
だって戦士の攻撃はどれも強力で、一発でも貰ったら紙防御の魔法使いなんてあっという間に大ピンチだもん。
その認識、今日から改めなくちゃ。
魔法使いの本当の天敵、それは忍者だ!
いくら強力な攻撃でも躱せば逆に相手の隙を突くことが出来る。
でも分身で連続攻撃を仕掛けられてはさすがに全部躱しきれない上に反撃すらも出来ないじゃん。完全に詰んじゃってるよ、これ!!
「どうしたでござるか、千里殿! 拙者、まだ本気じゃないでござるよ。早く拙者に特訓の成果を試させて欲しいでござる!」
「そ、そんなこと言ったって。どうやってこんな連続攻撃から逆転しろっていうのさー!?」
「よく考えるでござる。千里殿ならこれぐらい簡単に跳ねのけられるはずでござる!」
よく考えるって、だったらちょっとは手を抜いてよ、つむじちゃん!
って、いや、もう既に手を抜いてくれているんだ。だってまだ特訓の成果を試していないって言ってたし。
うう、悔しい。
つむじちゃんと戦うのは今だって嫌だ。
だけど何もできずにやられちゃうのはもっと嫌。
勝てなくてもいい。つむじちゃんの本気を、特訓で身に付けた必殺技を引き出すことが出来ればそれでいい。
だったら「完璧に詰んだ!」なんて諦めてなくて、まずはこの状況から抜け出せるよう何か手を考えなくちゃ!
私の使える攻撃魔法は基本的にふたつ。
ひとつは小石を使ったノック魔法。ただしこれは私の魔力を活かしきれないということで、タイガーさんから使用禁止って言われてる。
もうひとつは魔力を充填させた杖で敵そのものをぶん殴って発動させる魔法。これは威力絶大。
でも魔法使いのくせに近接攻撃を仕掛けるわけだからリスクが大きい。
今は一対一だから距離を取ることが出来ず、このぶん殴り魔法に頼っているわけだけど、全くかすりもしない。
せめて爆発か何かで攻撃の範囲を広く出来たらなんとか……あっ!?
あった! この状況で私にも使える広範囲魔法がひとつだけある!
すかさず杖に魔力を充填。
それを襲い掛かってくるつむじちゃん目掛けて全力でぶん回す。
が、無念。あっさり躱された挙句、私は勢い余ってその場でくるりと一回転。そしてバランスを崩して、その場に尻もちをついた。
私にとっては大失態、逆につむじちゃんにとってはこれ以上はない大チャンス。
分身した四体が一斉に仕留めにかかってくる。
今だ! 行けっ!
つむじちゃんに見えないよう注意しながら、さりげなく杖の先端を地面にこつんと当てる。
俄かに地面が熱を帯び始め、私の周囲の地面にひび割れが走った。
「なっ、これは!?」
慌ててつむじちゃんの分身の一体が小刀を振り上げた姿のまま、その場からジャンプして回避した。
多分これがつむじちゃんの本体なのだろう。
分身たちも一瞬遅れたものの、本体に続いて地面を蹴る。
地面はすでに赤く燃え上がり、地獄の蓋が開く目前だ。
「……事前にタイガー殿から話を聞いていて助かったでござる」
地面から間欠泉のように噴き上がった炎。
その向こう側からつむじちゃんの声が聞こえてくる。
「さすがでござるな、千里殿。このマグマの大噴火をまともに食らえば、拙者とて大打撃だったでござるよ。もっともそれも当たらなければ――」
「つむじちゃん、安心するのは少し早いよっ!」
タイガーさん相手に誤爆してしまった『地面つつき魔法』。
その話をつむじちゃんが事前に聞いている可能性はあった。
だから炎の魔法はフェイク。
それにつむじちゃんは風属性で、炎属性には高い抵抗力を持っている。
風属性に効果的なのはそう、土属性だ!
「「「「にゃーーーーーっ!?」」」」
盛り上がった地面によって突き上げられ、強かに天井へ衝突させられたつむじちゃんの驚く声が聞こえてくる。
どうしたら不利な展開を打開できるかと考え、なんとか思い出すことが出来たのは琵琶女ダンジョンのボス戦だった。
突っ込んでくるボスキャラに対し、私は直前で地面を盛り上げさせて敵を空中へと放り上げた。
あの時はただ機動力を奪うことしか考えていなかったけれど、思い切り突き上げて天井にぶつけてしまえばダメージを与える立派な攻撃魔法になる。
さらにゲンコツの形ではなく、周囲一帯を一気に盛り上げてしまえば逃げることも難しい。
ましてや一度油断させておいて食らわせば、さらに困難になるだろう。
上手くいったかどうかは、落ちてきたつむじちゃんの姿を見て分かった。
「……まったく、さすがは千里殿でござるな」
土魔法のかち上げは天井にぶつけると同時に、高所から地面に落ちる時のダメージも勿論期待していた。
だけどつむじちゃんはそんな期待を裏切って、あんな高いところから落ちたにも関わらず、まるで猫のようにしゅたっと地面に難なく降り立った。
だからまだつむじちゃんは忍者衣装を身に纏っている。
「一度油断させておいてから本命がくるとは……レベル上げして魔力の上限をあげてなければ今頃すっぽんぽんだったでござるよ」
「レベル上げ?」
「今の拙者のレベルは72でござる」
「へ? 72ィィ!?」
うそ!? だって春先の杏奈先輩でも63で、万女で最も深い第七階層に毎日潜っているタイガーさんでもようやく先日69になったばかりだって言うのに!?
「それだけ特殊な特訓をしたということでござるよ。ちなみに本気を出せば分身も今なら64体ほど出せるでござる」
「64って……」
なにそれ、ちょっと見てみたい。
「もっとも今の拙者には先ほどのダメージで分身を出せる魔力は残ってござらん」
「だったら――」
「でも、特訓の成果を試すことなら出来るでござる」
もうやめようよと私が言う前に、つむじちゃんはそっと自分の左手首に小刀の刃を当てた。
そしてこれまた私が止める暇もなく、そっと刃を横に引く。
「つむじちゃん!!」
「大丈夫でござるよ、千里殿!」
手首から噴き上がる血を見て、慌てて手を伸ばした私をつむじちゃんが一声で制する。
「大丈夫って、でも、そんなに血が出て!」
「だから大丈夫でござる。死ぬようなヘマはしないでござるよ。それより――」
つむじちゃんの言葉から急に温かみが消えたのを感じた。
それでも笑顔を浮かべているのが、なんだか不気味だ。
やがてその笑顔が血の霧へと霞んでいく。
見れば噴き上がるつむじちゃんの血が地面に落ちることなく空中で霧状になって、どんどん辺りを包み込んでいくのが分かった。
多分風魔法を上手く利用しているのだろう。
霧の範囲が広く、そして色濃くなっていく。もはやつむじちゃんの顔どころか、私の伸ばした手さえ見えない。
「自分の身の心配をした方がいいでござる」
血の霧の中からつむじちゃんの冷たい声が聞こえる。
声の大きさは先ほどと変わらない。
まだつむじちゃんは同じ場所にいる――と思った瞬間。
首元にこれまで経験したことのない衝撃が走った。
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