第33話:私に出来ることならなんでも

 いつもの癖で爪を齧りつつ、寝転んでぼんやり天井を眺めていると、不意に誰かが近づいてくる音が聞こえてきた。


 この時間、部員のみんなはダンジョンを冒険中のはず。

 だとしたら間違って異世界ダンジョンに迷い込んでしまった生徒か、あるいは早々にすっぽんぽんにされてしまって、罰としてこのトレーニング場でランニングを命じられた子か。

 

 なんて、実は誰かなんて見なくても分かっている。

 まだ知り合って数ヶ月だけど、私の人生の中でもとびっきり濃い時間を一緒に経験してきた仲間。ややすり足気味で歩き、その気になれば足音を完全に消し去ることだって出来る彼女――。

 

「やっぱりつむじちゃんだ」

「千里殿……」


 足音のする方向に顔を向けると、そこには予想通り、つむじちゃんがいた。

 いつもと変わらない、古めかしい忍者スタイル。

 実は最初の頃、杏奈先輩に教えてもらって光学迷彩サイバー忍者なんてものにも挑戦していたけれど、やっぱりつむじちゃんはこっちの方がよく似合っている。

 

「どうしたのつむじちゃん、今日は特訓に行かないの?」

「……そのことで千里殿にひとつお願いがあるでござる」

「お願い? なに、私に手伝えること?」

「千里殿じゃないとダメなのでござる」


 へぇ、私じゃないとダメって一体なんだろ?

 私の取り柄なんてこの有り余る馬鹿魔力ぐらいなもの。となると、秘密の特訓場に隠れボスを封じている岩か何かがあって、それを私に吹き飛ばしてほしい、とか?

 

「いいよ。私に出来ることならなんでも言って」

「かたじけないでござる。然らば」


 つむじちゃんがにっこり笑って私に右手を差し伸べてくる。

 その手を取って立ち上がると、私はうーんとひとつ背伸びをした。

 

「で、どの岩を吹き飛ばせばいいのかな?」

「何を言っているでござる? 岩なんかではなく、千里殿に吹き飛ばしてほしいのは……」


 つむじちゃんの声が突然遠くなった。

 慌てて辺りを見渡したら、いつのまにかつむじちゃんが私から十メートルほど離れた場所に立っている。

 あれ、一体いつの間に? それになんだか雰囲気が……。

 

「つむじちゃん?」

「千里殿、拙者と本気で戦ってほしいでござる」

「へ? な、なんで? やだよ、そんなの」

「さっきは自分で出来ることならなんでもやると言ったでござろう。然らばこの果し合い、受けてもらうでござるよ!」


 言うや否や、つむじちゃんの姿が消えた!

 と同時に右の脇腹へかすかな衝撃が走る。

 この柔らかくて頑丈なゴムの上から殴られたような感じは間違いない、今、攻撃を受けたんだ!

 

「どうしたでござる? 今のぐらい千里どのならよけれたでござろう?」


 背後からつむじちゃんの声がする。

 

「つむじちゃん、一体どうして!?」


 振り返って問いかける際に、また鈍い衝撃が私を貫いた。

 

「どうして? 言ったでござろう? 千里殿にお願いがある、千里殿じゃないとダメなんでござる、と」


 再び後ろから声がした。今度は攻撃を受けないよう、慎重に振り返る。

 つむじちゃんが何事もなかったかのように、元の位置に立っていた。

 

「私じゃなきゃダメって、私と戦いたいってこと!?」

「そうでござる。千里殿は常識を遥かに超えた魔力の持ち主。その千里殿を魔力枯渇すっぽんぽんにしてこそ、拙者の特訓は成功したと言えるでござる」

「そんな! ダメだよ、こんなの! タイガーさんにめちゃくちゃ怒られるよっ!」


 ダンジョン内での部員同士による戦闘はご法度。

 それは放課後冒険部に入部した時、まっさきに杏奈先輩から言い渡されたことだ。 

 何故ならモンスターと戦った時と同じく、受けたダメージがダンジョンに吸収されてしまうから。冒険中のダメージならば仕方ないけれど、自分たちで勝手にやりあってダンジョンを成長させてしまうなんて、そんな馬鹿げた話はない。

 

 ましてやミノタウロスの一撃でダンジョンを成長させてしまったことがある私、魔法使いは魔力が高いくせに防御力は紙なんだぞ!


 だからあれからまともに攻撃を受けないようにしてきた。

 それなのに今、二発も食らってしまって……ううっ、どうしよう?

 

「大丈夫でござるよ。琵琶女と違って万女は第七階層まである巨大ダンジョン。第八階層出現に必要な魔力は膨大でござる。いくら拙者たちがやりあったところで、それが原因でダンジョンがさらに成長したなんてことはまずないでござる」

「ううっ、でも……」

「それにタイガー殿には既に了承を得ているでござるよ」

「えっ!?」

「『うちも相田千里には一度すっぽんぽんにされたさかいな。逆に一度すっぽんぽんになった相田千里を見てみたいわ』って言ってたでござる」

「ええええっ!?」

「それにダンジョンを成長させたくなければ、拙者の攻撃を防ぎきればいいだけのこと。さぁ千里殿、お話はここまででござる。ここからはお互いの魔力で存分に語り合うでござるよ!」


 不意につむじちゃんの姿がぼやけ始めた。

 まるで度があってない眼鏡を通して見ているかのように、その姿が二重、三重、四重に重なっていく。

 それはつむじちゃんが夢にまで見た、そして今では得意技にもなった分身の術だ。

 

「「「「まずは小手調べ。行くでござるよ!」」」」


 四体に分身したつむじちゃんが四方に散った。

 そこから繰り出されるのは、まさに四人が同じ心を共有することで可能となる絶妙なコンビネーション攻撃。ダメージを受けずに済ます方法はただひとつ……私も戦うことだけだ。

 

 もちろん気は進まない。つむじちゃんと戦いたくなんてない。

 だけど、つむじちゃんは本気だった。本気で私をすっぽんぽんに……倒そうとしている。

 何がつむじちゃんをそうさせるのかは分からないけれど、だったら私も腹を括るしかない。何とか誤魔化して逃げ切れるほど、つむじちゃんの攻撃は甘くないのだから。

 

 私は杖を握り絞め、魔法を静かに、そして速やかに充填させていった。

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