第32話:見つけなきゃいけないんだ!

 私の魔法は飛ばない。

 でも代わりに得意なこともある。

 魔力伝導……つまり魔力を何かに伝えることだ。

 

「と言うか、お前の魔力は何かに伝えることで発現するんや」


 個別特訓の初日を終えて、何の成果も得られなかった私にタイガーさんはそう言った。

 

「粘着性が強いから魔法が飛ばんけど、伝導性も高いから触れば魔法が発動する。ノック魔法や、杖で直接殴ったら魔法が発動したってゆーのは、つまりはそういうことやろ」

「はぁ」

「ただノック魔法は硬い石に魔力を移しているさかい、発動時に石を破壊する分だけ威力が弱くなってしもうとる。そして直接杖で殴るのは威力は絶大やもしれんがリスクが大きすぎる。やるにしてもそれこそ最終手段、切り札とっておきって奴やな」

「あ、だったら魔力を充満させた杖を投げつけるってのはどうでしょう? これも琵琶女の黒い煙の奴に試して上手くいったんですけど」


 そうだ、思い出した!

 杏奈先輩にあともう少しで手が届きそうになったあの時。黒い煙も必死になって阻止しようとしてきたから、イチかバチかで杖を本体に向けてぶん投げたんだ。

 あの時は上手くいった。自分めがけて飛んでくる杖に、慌てて黒い煙も身を守ろうと私たちへの攻撃を中断させたほどに。

 

 あとほんのもう少しで杏奈先輩を助けられるほどに……。

 

「……そやな。悪くはない」


 タイガーさんの声に私はハッと我に返った。

 いけないいけない、自分から「どうですか?」って訊いておきながら、つい感傷に浸ってしまっていた。

 

「武器は言うならば魔力の塊や。それに攻撃魔法を充填させてぶん投げたら、お前ほどの魔力の持ち主やったら強力な攻撃になるやろ」

「おおっ! だったら!」

「でも、却下や」


 えー、なんでー!?

 

「武器に使われた消費魔力が大きすぎるんや」

「で、でも! 私、魔力が大きいですからっ!」

「だから大丈夫ってか? ちゃうねん、そういう意味であかん言うてるわけやない。お前、ダンジョンがうちらの魔力を吸い取って成長しとるのは知っとるやろ?」

「へ? あ、はい、でもそれと一体どういう関係が?」

「ダンジョンはうちらにダメージを与えた時だけ魔力を吸い取るんやないで。うちらが戦闘で使った魔力も実は回りまわってダンジョンの栄養になっとる」

「そうなんですか!?」

「そや。そして相田千里、よう思い出してみ。お前がその杖ぶん投げ魔法を使った後、琵琶女のダンジョンはどうなった?」


 杖ぶん投げ魔法って、また安直なネーミングだなぁ。

 ってそれはともかく。

 

「え、でもアレは杏奈先輩がダンジョンに捕まったからなんじゃ……」

「勿論それもあるやろ。そやけどうちはお前の魔力消費も相当影響しとると思うとる。お前、万女うちに来る前に琴子ちゃんから魔力測定されたやろ?」


 琴子ちゃんと言われてもピンと来なかったけれど、魔力測定で誰のことかは分かった。

 篠宮理事だ。

 確かに万女へ行く数日前、篠宮琴子理事がうちにやってきて改めて魔力を測定させてほしいと言ってきたことがあった。

 入学式の時の水晶玉なんかじゃない、なんかCTスキャンみたいな機械に寝かされて結果はまた後日と聞いていたけれど。

 

「実はこっそり結果を聞いててな。とぼけた顔しとるくせにバケモノやな、お前」

「ちょ、とぼけた顔ってそれは――」

「測定不能らしいわ」

「へ?」

「お前の魔力、測定範囲を超えて計れへんねんて」

「…………」

「そんなバケモノがやで、ああ見えて勇者の杏奈を一発ですっぽんぽんにしよったボスを圧倒するほどの魔法を使いまくりよったんやで。琵琶女の異世界ダンジョンがあそこまで急成長した理由のひとつなのは間違いないやろ」

「…………」

「大きい魔力は勿論ええことや。そやけどそれも上手く使うてこそやな。ノック魔法は本来の魔法の威力を引き出せてへん。かといってぶん殴りはリスキーやし、ぶん投げ魔法は魔力を使いすぎる。多分何回も使えへん。だからこそ魔法を普通に飛ばす、それが出来るようになることがお前には必要なんや」

「…………」


 無言のまま、頷く私。

 もとより杏奈先輩と琵琶女を必ず取り戻すつもりだった。

 でも、話を聞いてその決意がますます固くなる。


 やらなきゃ。

 なんとしてでも魔法を飛ばせるようにならなきゃ。

 今はまだ手掛かりが見つからないけど、絶対に見つけてみせる。

 見つけなきゃいけないんだ!

 




「と、気合を入れたんだけどなぁ」


 私は万女の第一層にある、だだっ広い訓練場にひとり佇みながら誰に聞かせるわけもなく呟いた。


 月日は流れ、いつの間にか万女に来て一ヶ月が経っていた。

 ここでの生活にはすっかり慣れた。

 でも、いまだに私は魔法を飛ばすきっかけすら掴めないでいる。


 対して他のみんなは順調に特訓の成果をあげていた。

 友梨佳先輩と彩先輩はふたりだけでパーティを組み、先日はついに第二階層のボスを倒してしまった。初日のテストで戦った猿モンスターが第三階層の雑魚キャラだそうだから、今ならふたりだけでもいい勝負が出来るかもしれない。

 

 その先輩たちのさらに上を行くのが、ちょこちゃんと文香先輩だ。

 ふたりがパーティを組んだのは万女で最下位ランクの一年生チーム、通称『すっぽんぽん組』。頻繁にパーティが全滅し、すっぽんぽんで戻って来ることがその名の由来だそうだ。


 どうしてちょこちゃんたちがそんなパーティに入ったのかは分からない。

 最初のうちはふたりまですっぽんぽんになって帰ってくることがよくあった。


 それがどうしたことか徐々に戦闘が安定してくると、実力がめきめき上昇。

 次々と戦果をあげ続け、気が付けば今では第三階層を冒険するほどになった。部員が100人を超える万女でも、もはや中堅クラスにまで登りつめたんだから凄い成長だ。

 

 そしてつむじちゃんはと言えば、最初の二、三日こそ初日のテスト結果に落ち込んだ様子は見せていたものの、最近は以前と何ら変わらない元気で明るい彼女に戻ってくれた。


 とは言っても、それはあくまで普段の話。いざ部活が始まって異世界ダンジョンに潜ると、つむじちゃんは宣言した通り、ひとりでどこかに行ってしまう。


 どこで何をしているのかは誰も知らない。つむじちゃんも教えてはくれない。

 ただ、ダンジョンに入った途端、つむじちゃんの気配が何かひどく希薄になって、そのまま消え去るようにいつの間にかいなくなっているのは、なんだかちょっぴり心がざわめいた。

 

 まぁ、でもなんだかんだでいつもちゃんと戻って来るし、なにより今は他人の心配をしている場合じゃない。

 なんせみんながちゃんと結果を残しているのに、私だけ一ヶ月前と何ら進展がないんだからね!

 

 私は杖を握りしめ、意識を集中させて炎の魔法のイメージを構築する。

 仄かに熱を帯び始める杖。充填された魔力は十分。あとは標的に向けて杖を振れば、ファイアーボールが飛んでいくはず。

 

 でも飛ばない。まぁ飛ばない。

 杖をどれだけぶんぶん振り回そうと。

 飛べ飛べ飛んでくれぇぇぇと念じてみても。

 ファイアーボールが出る気配すらない。

 色々試してみたけれど、やはり何かしらの媒体なしで魔法を使うのは無理なんじゃないかなと思う。

 

 だけど、その媒体もまた見つからないんだよねぇ。

 そもそも異世界ダンジョンって岩と石しかなくて殺風景だし。

 杖もぶん投げちゃいけないって言うし。

 だったら杖なんかじゃなくてもっと小さなもの、例えばボールみたいなものを生み出して、それに魔法を充填して投げればいいんじゃないかなとも考えた。

 だけどこれは結局杖をぶん投げるとの同じ量の魔力を消費するのが分かった時点で、タイガーさんからダメ出しを食らった。

 

 ではでは別の人に武器を作ってもらい、それに私の魔法をかけてみてはどうだろう?

 試しにタイガーさんの魔力で作られた杖を手にして、魔法を充填してみた。

 

 すると、びっくりしたよ、いきなり杖が爆発したんだもん!

 魔力で身体が守られている異世界ダンジョンじゃなかったら死んでたよ、私。


 どうやら他人が生み出したものに攻撃魔法をかけたら、魔法は充填されるのではなく、その場で発動してしまうらしい。攻撃力や防御力を上げる補助魔法みたいに留まってはくれないみたいだ。

 

 これは上手くいくと思っていただけに悔しかった。

 思わずその場で地団駄を踏む。と、ふと地面を見下ろして新たな考えが浮かんだ。

 そうだ、何も飛ばすだけが魔法じゃない。地面の中を通し、相手の足元で魔法を発動させればいいじゃないか。

 

 これまでも土魔法なら同じようなことを琵琶女の騎士モンスター相手に使ったことがある。

 あの時も敵を引き付けておいてとはいえ、私の足元じゃなくて数メートル前で発動させたはずだ。


 だったら別の属性の魔法も同じように出来てもおかしくはない。

 うん、そういえば敵の足元からアンク型の炎が噴き出すシーンを、どっかの奇妙な冒険の漫画で見たことがあるしね!

 

 思い付いたら即実行な私はすかさず杖を作り出して炎の魔法をかけ、先端を地面に突き刺した。

 狙いは十メートルほど先にある地面。そこから炎がごおおっと燃え上がり、敵を丸焦げに……。

 

「うわっ! あちちちちちちっっっ!」


 と思ったんだけど、炎が出たのは何故か杖を突き刺した地面からだった。

 しかも最悪なことに状況を見守っていたタイガーさんの方に炎が噴き出たからたまらない。

 

「なにさらすんじゃぼけぇぇぇぇ!」

「す、すみません。まさかこんなことになるとは思ってなくて」

「危うく丸焦げになるところやったやないけ!」

「え、でも、異世界ダンジョンでは魔力で守られてますよね?」

「あ、そっか」

「だから丸焦げになることはないかと」

「それもそやな。でも、ギャグ漫画みたいに髪の毛が爆発したりは」

「しないですって、そんな――」


 お約束なこと、と言おうとした私だったけど、その先を続けることは出来なかった。

 だってタイガーさん、髪の毛こそ大丈夫だったけれど、代わりに着ていた服がメラメラと燃え始めて……。

 

「なにー? このうちがすっぽんぽんやとー!?」

「ご、ごめんなさい!」

「ごめんなさいですむかーっ! こんな屈辱、初めてや。こうなったらうちも超必殺技・爆裂タイガー天下無双拳を食らわして、お前もすっぽんぽんにしたるー!」


 両目に怒りゲージマックスの炎を灯したタイガーさんが、両手両足を大きく広げて構えを取る。大事なところが全部丸見えなんだけど、そんなのお構いなしだ。

 

「覚悟せぇ、相田千里!」

「ひー、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 慌てて逃げ回る私。地獄の果てまで追いかける意気込みのタイガーさん。

 あれは、うん、ホント大変だったな。


 ただ本当に大変なのは完全に手詰まりな今の状況なわけで。

 あれやこれや試しに試し尽くして、もう一体どうしたらいいんだよと頭を抱えたい気分でその場に寝っ転がる。

 背中が痛い。でも高い天井を見上げるのは気持ちいいな。

 琵琶女も体育館ぐらいの高さはあったけど、ここはまるでドーム球場みたいだ。見上げているとなんだか吸い込まれてしまいそうな錯覚に陥る。

 

 ざざっ。

 

 そんな時だった。

 不意に誰かが近づいてくる足音が聞こえたのは。

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