第31話:自分で考えるしかない

【相田千里視点】


「え、自分の銃をっすか?」


 万女に来て二日目の朝食時、私はおはようの挨拶もそこそこにアリンコさんへ昨夜一晩考えたことを切り出した。

 

「うん、ちょっとだけでいいから貸してほしいの」

「はぁ、それは別にいいっスけど。どうしてまた?」

「亜梨子さんって銃で自分の魔力を飛ばしてるでしょ。参考になるかと思って」


 異世界ダンジョンにこちらの世界のものは持ち込めない。

 だから拳銃と言っても、弾はアリンコさんの魔力で作り出した奴だ。

 つまり大雑把に言ってしまえば私のノック魔法に近い。それであの威力を出せるのは凄いし、あれだったら私の特殊な魔力でも使えるんじゃないかなと思ったんだ。

 

「なるほど。千里さんも自分と同じ拳銃使いガンナーになるつもりっスか?」

「まだ分からないけど……ダメ、かな?」

「ダメじゃないッスよ。ただ、多分千里さんが思っているほど上手くはいかないと思うッス」

「なんで?」

「拳銃使いって結構特殊な職業クラスっスから」


 そう言ってアリンコさんは着ていたオーバーオールに手を突っ込む。

 と、おもむろにそれを取り出して、ごつりという重い音と共にテーブルの上へ置いた。

 

「え、これって?」

「自分が子供の頃から使っている相棒っス」


 拳銃、だった。

 多分モデルガンだとは思うけれど、長年の使用で使い込まれた光沢といい、生々しい傷痕といい、素人の私にはこれが本物か偽物かなんて区別がつかない。

 でも、ただひとつだけ私にも分かることがあった。

 

「これ、昨日ダンジョンで使ってた銃だ! え、どうして、こちらの世界のものは異世界ダンジョンには持ち込めないはずじゃ……?」

「はい。アレはこの愛銃をイメージして作り上げたものっス」

「イメージ……でも、これ、昨日見た奴と全く同じように見えるけど」

「そうっス。そこまで完璧にトレースしないと拳銃使いにはなれないっス」


 アリンコさん曰く、銃の外見だけでなく内部の構造まで詳しく把握しているのは勿論のこと、撃った時の挙動、トリガーの固さ、ちょっとしたクセなんてものまで体が覚えていないと、異世界ダンジョンでまともな拳銃を作り出すのは難しいらしい。

 そしてそれは愛銃と長い年月をかけて向き合った経験がものをいうのだとか。

 

「自分ちは父ちゃんも母ちゃんも警官で、部類のガンマニアだったっスからね。子供の頃から自分もハワイとかで実弾をバンバン撃ってたっス」

「そうかぁ。そういう経験がないとダメかぁ」

「まぁ経験がなくても拳銃使いになる人もいるっスよ。ただやっぱり実体験が伴わない分、イメージが弱くて、魔力を無駄に使うことになるっスね。分かりやすい例がネーミング師匠っス」

「ネーミング師匠って、ちょこちゃんのこと?」

「多分ですけど師匠は現実世界で弓なんて使ったことないんだと思うっス。だから狙いに余計な魔力を使わなきゃいけない。でも十分な経験を積んでいると、狙いなんて体が覚えているものっス。だから自分はその分パワーとスピードに魔力をつぎ込めるんスよ」


 なるほど。今までそんなこと考えたことがなかったけれど、言われてみれば納得できる仕組みだった。

 ということは、私の魔法が飛ばないのも実世界での経験不足が原因なのかな?


 てか、魔法使いの経験不足ってなんだ!?

 

「さすがに魔法なんて現実では使えないっスからねぇ。ただ魔力ってその人の性格とかが反映されるらしいんで、自分自身をより理解出来ていると上手く使えるようになることもあるらしいっス」

「私の性格? え、てことは魔力の粘性が高いってことは……」

「粘り強い性格ってことなんじゃないッスか?」

「へ? いや、ないない。それはない。私なんて何やっても諦めるのが早いって有名で」

「でも昨日はタイガー先輩に『だったら魔法を飛ばせるようにします』って啖呵を切ったじゃないッスか」

「あれはだってそうしないと万女を追い出されると思ったから」

「思ってはいてもなかなか言えないっスよ。しかも相手はあのタイガー先輩っスよ? あの不条理の権化、天上天下唯我独尊、うちが神や崇めよ称えよ恐れ慄けな先輩に面と向かって、ああも堂々と言えるって相当な胆力と執念がないとあ痛いいたいいたいいたいーーーーーっ!」


 その言葉を並べるにあたって、アリンコさんもちゃんと注意を払ってタイガーさんとの距離を確認していた。

 事実、『相手はあのタイガー先輩っスよ』の時点では、タイガーさんは友達とわいわいおしゃべりしながら食べ終えた食器をカウンターに持っていこうとしていた。

 私たちとの距離、およそ10メートル。

 しかも静まり返った空間ならいざ知らず、女子校の朝の食堂だ。三人寄るだけでかしましいのに、その何十倍もの女の子が集まった場所で、私たちの会話を聞き分けるなんて出来るはずがない。

 なのにタイガーさんときたら。

 

「アリンコォォォ、誰が不条理の権化だってぇぇぇぇぇ!?」

「ひぃぃぃぃ。どうして聞こえたっスか!?」

「ふっふっふ、タイガーイヤーは地獄耳なんや! そしてタイガークローは岩をも砕く!」

「ぎゃあああああ! すんませんマジすんません許して許してくださいッスーーーーー!」

 

 背後から近づき、ガシっとアリンコさんの頭を右手で握り絞めたタイガーさんが、その力をさらに加えていく。

 許しを乞うアリンコさんの声が食堂に鳴り響いた。


「ちょ! 千里さんも見てないで助けてくださいよぅぅぅぅ!」

「あー……ごめん、私じゃ止められないや」

「なんでこういう時だけすぐ諦めちゃうんスかーーーーっ!」


 いや、だってねぇ、こんなノリノリのタイガーさん、誰にも止めらないよ。アリンコさんには悪いけど。

 それに私はもともとこういう出来ないことはすぐに見切りを付ける性格だ。執着心なんてものもあまりないと思う。


 だけど放課後冒険部のことに関しては、何かがいつもと違うのを私だって感じていた。

 最初はそう、自分自身を守るため。

 魔力の高い私は、いつ何時異世界ダンジョンに迷い込むか分からない。だからそうなっても身を守れるように始めた。

 それがやがてみんなと一緒に戦う為に。杏奈先輩のおかげでこんなに強くなれたって見せつけるために変わって。

 そして今は私たちのせいで囚われてしまった杏奈先輩と琵琶女を取り戻す為に、精一杯頑張ろうと思っている。


 不思議だな。頑張るって苦手な言葉だったのに。今は「頑張らなきゃ」って心の底からそう思ってる。

 こればかりは諦められない。何があっても諦めちゃいけないんだって思っているんだ!

 

 ……とは言ったものの、どうしたら私の魔法はちゃんと飛んでくれるのだろう?

 アリンコさんの銃からヒントを得るという一晩かけて思い付いたアイデアもあっさり挫折した私に、次のプランは正直ない。

 となると頼るべきはつむじちゃんや友梨佳先輩たちだったんだけど……。

 

「えっ!? しばらく個別行動を取る、ですか?」

「そう。ボクと彩でちょっと試してみたいことがあってね。今朝そのことを文香君に話したら」

「私たちもぉしばらく万女の方々とパーティを組んでやってみたいことがあるのぉ」


 ニコニコと微笑む文香先輩の下、先輩のたわわすぎるおっぱいを頭に乗せてちょこちゃんがウンと頷く。

 

「そ、そうですか……じゃ、じゃあ私はつむじちゃんとふたりで」

「申し訳ないでござる、千里殿。拙者も少しひとりで修行することにしたでござる」

「そ、そんなぁ」


 うえーん、つむじちゃんが昨日からなんか冷たいよう。

 私、なんか怒らせるようなことしたかなぁ。

 

「まぁまぁ、元気出して千里。大丈夫。千里ならきっと魔法が飛ぶようになるって信じてるから」

「ううっ、せめて何かヒントをくださいよぅ、彩先輩」

「え? えーと……魔法の気持ちになって考えてみる、とか?」

「……ごめんなさい、ちょっと何言ってるか分からないです」


 てか、今朝の彩先輩はなぜかご機嫌だ。

 昨日あれだけ厳しいことをタイガーさんに言われたのに、一体何があったんだろう?

 

「千里、こればかりは自分で考えるしかないとちょこも思うですよ」

「うー、ちょこちゃんまで冷たいぃぃ」

「冷たくはないのです。むしろ助けてあげたい気持ちでいっぱいなのですよ。だけど千里の魔力は千里自身が一番よく知っている、ううん、知ってないといけないのです。ノック魔法はよく考えられているですけど、千里自身じゃなく杏奈先輩が考え出したもの。だから千里の魔力を完璧に使いこなせてはいなかったのです。ここでしっかり自分の魔力と向き合い、どうやって使いこなしていくのかを自分でよく考えてこそ、本当の力を発揮できるようになるとちょこは思うのですよ」

「え、ちょこちゃん?」


 はえ? 一体どうしたと言うのだろう? ちょこちゃんがすごくまともなことを言ってる……。

 

「他のみんなもここが正念場なのです。ここでどれだけ頑張れるかで杏奈先輩を、琵琶女をちょこたち自身の手で救い出せるかが決まってるですよ。気合入れていくのです!」


 そう言ってちょこちゃんは自分の頬をぱんぱんと軽くたたいて、意気揚々と異世界ダンジョンへと入っていった。

 その後をいつも以上にニコニコと笑顔を浮かべる文香先輩が追いかけていく。

 残された私たちは、ただ茫然とその姿を見送った。

 一体どうしちゃったんだろう? 何か変なものでも食べたのかな、ちょこちゃん。

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