第30話:桐野つむじ前編「最低でござる」

【桐野つむじ視点】


 拙者が放課後冒険部を初めて知ったのは、中学一年生の時のこと。

 友達から「放課後冒険部の全国大会ダンマスがやってる」と見せられたスマホの画面、最初は映画かなにかだと思ったでござるな。

 なんせ拙者たちとほとんど歳の変わらない女の子たちがコスプレみたいな恰好をして、この世のものとは思えないモンスター相手に剣を振るったり、それどころか掌から炎の球を放ったりしてるでござるから。


 だからそれが作りものじゃなくて、リアルタイムでネット中継されているものだと知った時の驚きと言ったら。

 俄かにはとても信じられなかったでござる。

 でも友達に詳しく話を聞き、そして画面の中でひときわ輝きを放つその人の動きに目を奪われているうちに、心がかつてないほど高揚してきたのでござるよ。

 

 その人はまさしく拙者が憧れる忍者そのものだった。

 稲妻の如く音を置き去りにして素早く動き、時には軽やかに、まるで無重力の宇宙遊泳を楽しむかのように空を舞う。

 両手に持つ苦無はまさに一撃必殺。寸分の狂いもなくモンスターたちの急所を貫き、たった一度の逢瀬で次々と無力化していく。

 

 中でも驚いたのは分身の術を使ったことでござった。

 忍者漫画では当たり前でも、実際に分身の術なんて出来るわけないでござるからな。

 それをこの人はいとも容易く、二人、四人、八人と分身してみせた。

 なんでもこれこそが魔力のなせる技らしい。


 これだ! って思ったでござる。


 拙者の家は古くからの甲賀忍者の一族で、おじいちゃんも、そのまたおじいちゃんもずっと忍者。もちろん拙者も忍者として幼い頃から育てられた。

 だけど忍者として成長すればするほど、漫画や映画とかのフィクションの世界と現実は違うんだってことを痛感したでござる。

 だって百年に一人の天才忍者少女と言われても、分身のひとつすら出来ないのでござるよ?

 大きくなったら出来るんだろうなって無邪気に信じていた拙者に、現実はあまりに非情すぎたのでござる。。


 それにこの平和な世の中で、忍びの技を存分に活かせる仕事なんてない。

 お父さんだって普段は普通のサラリーマンをやってるでござるし、忍者としての活動と言えば、せいぜい忍者の里ということで毎週週末に開催している忍者ショーぐらい。夢も希望もないとは、まさしくこのことを言うんでござろうな。


 あーあ、忍者なんてやめさせてくれないでござるかなぁ……ぼんやりとそんなことを思っていた拙者。

 そこに放課後冒険部は――大袈裟に聞こえるかもしれないでござるが――進むべき道を指示してくれたのでござる!

 

「拙者、高校生になったら放課後冒険部に入りたいでござる」


 その日の夕食時、拙者はお父さんたちにそう切り出した。

 意外なことにお父さんたちは放課後冒険部の存在を知っていた。

 だから話は早かったでござる。

 

「ダメだ」


 まさに一刀両断。それ以上の議論を許さないと言わんばかりの勢いでござる。

 でも、ネットの生放送を見終えた後、現在滋賀県内に放課後冒険部のある高校は皆無なことを調べ上げていたので、この返答は覚悟していたでござるよ。

 だって、県内に放課後冒険部がないってことは、つまり県外の高校に進学するしかないってことでござるからな。

 それは即ち実家から出て一人暮らしをすることになるわけで、うちにはそんなお金もなければ、天才忍者少女として売り出し中の忍者ショーにも毎週出演するのが難しくなる……。

 残念ながら、お父さんが反対するのも当たり前と思うでござる。

 

「……おじいちゃんはどうでござるか?」


 だけどおじいちゃんはどうでござろうか?

 忍者社会は完全な縦割り組織で、上の言葉は絶対厳守。拙者の家も家督はお父さんが継いでいるけれど、実権はいまだおじいちゃんにある。

 そのおじいちゃんが承諾してくれたら……話は違ってくるでござる!

 そしておじいちゃんが孫に甘いのは、忍者の世界でも変わらないこの世の絶対的法則でござるよ。

 

「……ええんじゃないか」


 沢庵をポリポリ食べながら、おじいちゃんが賛同してくれた。

 当然お父さんとお母さんは難色を示し、「つむじを甘やかさないでください」「もうちょっと家のことを考えてくださいよ、お義父さん」と説得にかかるけれど、おじいちゃんは全く意に介さず、のんびりとお味噌汁の入ったお椀へと手を伸ばす。

 

「ただし、じゃ。やるからには中途半端は許さんぞ、つむじ。放課後冒険部に入っておぬしは何を成し遂げるつもりじゃ?」


 椀を持ち上げお味噌汁をすすりながら、おじいちゃんがジロリと見つめてきた。

 その年齢を感じさせない眼光の鋭さに、まるで心臓を握りしめられたような緊張感がたちまち体中を駆け巡るでござる。もしここで適当な答えを返したら、その時は覚悟せよと言わんばかりの厳しさ……。


 この時になって拙者はようやく甘いのはおじいちゃんの方じゃなくて、自分の方だったと悟ったでござる。

 

「……拙者、勇者になるでござる」

「ほう、放課後冒険部の歴史の中で忍者の勇者はおらぬはずじゃぞ。期待されとった今年の伊賀の娘もダメじゃった」

「おじいちゃんもあの生放送を見てたでござるか!?」


 驚いた。

 おじいちゃんが言った伊賀の娘というのは、今日の生放送で見た女の人のことだ。

 彼女自身は大活躍をしていたけれど、残念だけどチームはダンジョンのボスを倒すまでは至らなかった。

 勇者が選ばれるのはボスを倒したチームから。結果、彼女は勇者にはなれず、その一つ下の英雄止まりだったでござる。


 でも生放送中に彼女が伊賀出身なんて話はなかったはず。

 拙者だってそれは放送が終わってから調べて知ったでござるよ。

 なのにおじいちゃんがそれを知っていたということは……。

 

「数年前からつむじが欲しいと複数の高校から打診があったんじゃ」

「え?」

「つむじがいれば全国大会ダンマスで優勝出来る、いやそれどころか忍者では初の勇者になるのも夢じゃないって言ってきての」

「ほ、本当でござるか!?」

「じゃが全て断った」

「な、なんででござる!?」


 おじいちゃんの言葉は絶対……だけどそんな重要なことは当の本人である拙者にも話ぐらいは聞かせてほしかったでござるよ!

 

「きゃつら、伊賀の連中にも同じようなことを言っておったらしいからの。才能があるとみればここぞとばかりに耳障りのいい言葉を並べるような輩は、到底信じるに値せん」


 そう言っておじいちゃんが断ったという高校のほとんどが、今回の全国大会に出ていた放課後冒険部の強豪校だった。

 

「まだ声をかけてこない有力校と言えば、大阪の大阪万博女学院ぐらいじゃの。とはいえ、あそこはすでに天才射撃手・戸倉亜梨子を押さえておる。三年後は彼女を勇者にする為にパーティを組むじゃろうな」

「……ってことは――」

「そうじゃ、つむじ。おぬしは先ほど勇者になると言いおったが、その道のりは厳しいぞ。従来の強豪校に入れず、唯一の実力校では二番手扱い。それ以外の高校では全国大会に進むことすら難しいじゃろう。それでもおぬしは勇者になると、このワシに約束出来るか?」


 出来るならば放課後冒険部のある高校に入学させてやろうと、おじいちゃんの目が語っていた。

 

「やるでござる」

「ほう。忍びの口約束の重さはおぬしも知っておるな?」


 拙者は無言でうなずく。

 

「ならばよい。つむじよ、せいぜい励むがよい」


 おじいちゃんは空になった椀やお皿を前に手を合わせると、ご馳走様と一言だけ呟いて立ち上がった。


 かくして拙者の進むべき道が決まったでござる。

 その後、拙者の放課後冒険部入部の希望ありを聞きつけた有力校が幾つも押し寄せてきたけれど、そのほとんどをおじいちゃんはきっぱり跳ね返した。

 辛うじて残ったのは万女と名前を聞いたこともない無名校だけ。どこを選んでも勇者になるのは厳しいけれど、やっぱり万女かなとほとんど決まりかけていた時に琵琶女に異世界ダンジョンが発現したと一報が飛び込んできた。

 

「つむじよ、琵琶女に行くのじゃ」

 

 おじいちゃんにそう言われたら従うしかない。

 そもそもどこの学校に行っても大変なのは変わらないでござる。やるしかない!

 

 

 ――と、

 

 

(……拙者、最低でござる)


 万女で迎える初めての夜。

 拙者は食事とお風呂を終えると、早々に床へついた。


 同室の千里殿は今も机に向かい、時折「うーん」と唸り声をあげている。

 どうやったら魔法を飛ばせるのか考えているのでござろう。タイガー殿に指摘されてからずっと、それこそご飯の時もお風呂の時もそのことばかり考え、千里殿は拙者にも頻繁に意見を求めてきた。

 

 でもそれが嫌で拙者は部屋に戻るなり、今日は疲れたからと布団を頭から被ってしまったのでござる。

 

 自分で自分のことが嫌になる。


 こんなことは初めてでござる。

 忍者の限界と現実を知ってしまった時でさえ、ここまで心を乱されなかった。

 困っている千里殿を助けてあげられない自分に腹が立つ。

 だけどそれ以上に苛立ち、情けなくて、困惑しているのは、拙者の中に初めて生まれた『嫉妬』という感情のせいでござる。

 

 琵琶女への進学が決まった時、まだ放課後冒険部を立ち上げたばかりのこの高校を、拙者の力で全国大会優勝へ導くんだと信じてやまなかった。

 仮に万女に進学していても、アリンコ殿に負けるつもりなんてこれっぽっちもなかった。

 全国大会で優勝し、勇者になる。

 それはおじいちゃんとの約束というよりも、拙者の必ず叶えたい夢だった。

 

 夢に向かって順調に進んでいた。

 一緒に冒険する仲間が集まり、共に力を磨き、拙者たちは確実に強くなっていった。

 このままいけば全国大会出場、そしてその先も見えてくる。そう思っていた。

 

 だけど、あの黒い煙と戦う千里殿を見た瞬間、拙者は勇者になんかなれないんだと分かってしまった。

 

 放課後冒険部が出来て十数年、その歴史の中で忍者クラスが勇者になったことは一度もない。大抵は戦士か魔法使いがその座を射止めるでござる。

 理由は簡単。戦士や魔法使いがパーティの主戦力なのに対して、忍者は不意打ちや撹乱といった戦いを有利に進めるための土台作りが役割だから。

 ゆえにパーティの主力が強ければ強いほど、忍者が勇者に選ばれる可能性は低くなる。それは覚悟していたでござる。

 

 それでもレベル60を超える勇者をたった一撃で魔力枯渇に追い込んだ敵に、わずかレベル12で堂々と渡り合う魔法使いがいるなんて誰が考えるでござろうか?

 魔力が高いのは知ってたけど、そんなの反則でござるよ、千里殿!

 

 異世界ダンジョンは魔力こそすべて。

 いくらレベルが低くても必要とされる魔力さえあれば、強力な魔法や攻撃スキルを発動することは出来る(ただし制御できるかどうかは別問題でござるが)。

 ということは千里殿はレベル12にして杏奈先輩と同等、ううん、もしかしたらそれ以上の戦力をすでに持っているということでござる。

 はっきり言ってバケモノだ。そんな相手を差し置いて拙者が勇者になんてなれるわけがない。

 

 絶望が嫉妬に変わるのに、そう時間はかからなかった。

 拙者は子供の頃から忍者として厳しく育てられてきた。

 千里殿はどうだろう?

 見た感じあれほどの魔力を得る為に何かを犠牲にした様子はない。

 

 そんなのズルいでござる!

 

 自分が子供みたいに駄々をこねているのは分かる。

 だけどどうしようもなかった。

 何とも言えない嫌な気持ちがあれからずっと纏わり付いて離れなかった。

 

 そこに今日の昼間の戦闘でござる。

 他の人はどうかは知らないけど、拙者は自分の凄さを万女のふたりに見せつけるつもりでござった。

 それで劣等感が少しでも解消できたらとも思った。

 だけど、ダメでござった。

 全然思ったようにいかない展開に、苛立てば苛立つほど状況はドツボに嵌っていく。

 あの時もっと冷静に戦っていれば、あんな酷い負け方をしなくてすんだかもしれない。攻撃を当てようとムキにならず、文香先輩たちが攻撃されるリスクをしっかり考えて動いていれば、きっとそのうち打開策が見つかったはずでござる。

 

 それでもあの時の頭の中は「拙者だって千里殿に負けてない!」って気持ちでいっぱいで、周りが見えていないどころか、敵の力量、自分の力の使い方すら完全に見誤ってしまった。

 

(拙者はいったいどうすればいいのでござろう?)


 少し前までは千里殿と一緒に過ごす時間が楽しくて仕方がなかった。

 だけど今は辛くて心が叫び声をあげている。

 万女に転校したら楽になれるのだろうか?

 でもそれは千里殿やみんなを裏切ることになる。

 どうすれば? どうすればいい?

 どうすれば拙者は前に進むことが出来るのでござろう? 

 

 

 


(……やっぱりそれしかないでござるか)


 悩みに悩み抜いて、月が天頂から傾き始めた頃。

 拙者はとうとう腹を決めた。

 それが最良とは思わないでござる。むしろ最悪の方法かもしれない。

 何故ならそれは全て拙者のわがまま。千里殿には謝っても謝り切れないし、どれだけ頭を下げても千里殿は許してくれないかもしれない。

 

(それでもやるしかないでござる!)

 

 覚悟は出来た。

 朝が来たら早速準備に取り掛かろう。試してみたいこともたくさんあるでござる。そして準備が全て整ったその時は――。

 

 体が震えた。

 それが全てを失ってしまうかもしれないという恐怖なのか、それとも武者震いなのかはどれだけ考えても分からなかった。


【桐野つむじ編 後編に続く】

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