第26話:小泉千代子編「歌があるじゃないですかー」

 【小泉千代子視点】

 

 ううう。なんだかまだイライラするです。

 

 万女にやってきた初日の夜。

 ちょこは用意された部屋のベッドに潜り込み、いつものようにスマホで『ぱらいそクエスト』を遊んではみたものの、どうにも気持ちはモヤモヤしたままでした。

 

 もともと放課後冒険部に入るつもりなんてなかったのです。

 でも、『ぱらいそクエスト』を圧倒的有利に進めることが出来る千里とのフレンド締結を交換条件に出されては、ちょこに選択肢なんてありませんでした。


 実に卑劣なのです。生徒会のふたりは悪魔の魂を売った連中なのですよ。

 

 でも、実際にダンジョンで変身して弓矢なんかを撃ったりし始めると、まるでゲームみたいで楽しくなってきたのです。

 まぁ、魔力がなくなっちゃうと裸になっちゃうあたり、エロゲですかーって思わなくもないですが。

 

 それはともかく。

 いざ入ってみると面白かった放課後冒険部。だけど杏奈先輩がダンジョンに捕まって、琵琶女も乗っ取られ、奪還を目指して万女にやってきたちょこたちを待っていたのは思わぬ挫折でした。


 悔しいのです。

 もう一度戦ったら今度こそあんなお猿さんなんてちょこの弓でイチコロですし、あのバカ虎を絶対ぎゃふんと言わせてみせるですよ!

 

 ただ、それでも少しだけ、バカ虎の言うことも正しいのかなと思うこともあるのです。

 魔力の無駄使い、ですか。

 はぁ、ちょことしては弓矢を馬鹿真面目に飛ばしても面白くない、自由自在に操ってアニメのミサイルみたいに飛ばした方がカッコイイと思ったんですよねー。『ちょこサーカス』って感じで。

 

 でも「当たらなければどうということはない」ってセリフもあるように、当たらなければ意味がないのですよー。

 うーん、スピードですかぁ。でも、言われた通りにするのはちょこのプライドが……って、うおおおうっ!?


 あ、危なかったです……考え事しながらゲームしてたせいで、危うくキャラをロストするところだったですよっ!

 ながらプレイ、ちょー危ないのです!

 

 はぁ。何だか今日は疲れたのです。いつもならまだまだ起きている時間ですけど、今日はもう寝ちゃった方がいいのです。と、その前にちょっと……。

 ちょこはベッドから降りて、部屋の外へ出ようとしました。

 そこでようやく、同じ部屋で隣のベッドで寝ていたはずの文香先輩がいないことに気が付いたのです。

 

 あれ、一体いつ出て行ったのです? ちょこ、全然気が――。

 

 それはいわゆる『虫の知らせ』って奴だと思うのです。

 ちょこは何気に文香先輩のベッドの中に手を入れ、慌てて部屋を飛び出ました。

 先輩のベッド、まるで何時間も放置されていたみたいに冷たかったのです。もしちょこと同じで寝る前にトイレに行くのが目的なら、ベッドにはまだ多少の温もりが残っているはず。なのにまったく温もりが感じられないってことは、それはつまりもう随分前に出て行って戻って来ていないという……。

 

 嫌な予感がするのです。

 思えば文香先輩はずっと元気がありませんでした。バカ虎に泣かされたショックが、その後もずっと尾を引いているみたいでした。

 それでも部屋に戻るとすぐ寝ちゃいましたし、明日になったらまたいつもの先輩に戻ってくれると思っていたのですが……。

 

 ちょこは慌てて部屋から駆け出しました。

 向かう先は寮の玄関。バカ虎からけちょんけちょんに言われて、ショックで帰っちゃったのかと思ったのですよ。

 でも、先輩の靴はあったのです。ちょっと一安心。でも、だったらどこに行ってるですか? なんだかさらに酷い結果を想像してしまって、ちょこは廊下を走り回りました。

 

「あ、ネーミング師匠! そんなに廊下を走ってたら寮長に叱られるっスよ?」


 そこへ声をかけてきたのは、ぶかぶかなオーバーオールを着た女の子……昼間あのバカ虎と一緒にいた奴なのです。というか、もう寝る時間なのにどうしてそんな恰好をしてるですか、こいつは。

 

「自分、普段はいつもこんな格好っスよ。それよりそんなに慌ててどうしたっスか、ネーミング師匠?」

「ちょこはちょこなのです! その名前で呼ばないでほしいのですよ、えーと、確かアメンボ?」

「アリンコっス! 亜梨子ありこだからアリンコっスよ。覚えやすいのにどうして間違えるっスか!?」

「はぁ、まぁ覚えるつもりがなかったからですよーって、そうだ、そんなことより!」


 アリンコが「覚えるつもりがなかったって酷いっス。ネーミング師匠」って文句をいっているけど、今は付き合ってる暇なんてないのです。

 

「文香先輩を見なかったですかっ!?」

「え? 文香さんスか?」

「そうなのです。アリンコなんてぷちって押しつぶしちゃうぐらいおっきなおっぱいの先輩なのです!」

「さっきから酷い言われようっス……」

「そんなことより見たのか見てないのか、答えるですよー」


 ああ、もう。こんなところでアリンコに構ってる間にも文香先輩は……。

 

「文香さんならほら、そこの食堂にいるっスよ」

「へ?」


 マジで!?

 

「あ、でも、邪魔しちゃダメっス。さっきから気持ちよさそうに歌っておられるので」

「歌?」


 言われてちょこはそーと扉の影から寮の食堂の中を覗き込みました。

 灯りが落とされ、暗闇の中に非常時の誘導灯だけがぼんやりと緑色の光を放つそこで。

 

 んん~♪ ふふふーん♪ らららー♪ ら・ら・らーん♪

 

 文香先輩が胸に両手を当て、気持ちよさそうに歌っていたですよ!

 その表情はいつもの文香先輩で、なんだか心配して損したってゆーか、ほっとしたってゆーか。

 はぁ、なんか安心して力が抜けるですよ。

 

「それにしても歌、お上手っスよねぇ。何の歌なんスかね? 癒されるッス」

「そういえば文香先輩、お嬢様だからオペラ鑑賞が趣味って言ってたですよ」

「オペラ!? てことはこの歌もオペラなんスか?」

「多分、歓喜の歌って奴なのですよー」


 だってほら、あんなにも楽しそうに歌っているですから間違いないのです。


「いや、絶対違うっス。それ、大晦日に流れる奴っスよ」

「う、うるさいのです! ちょっと間違っただけですよー!」


 ううっ、アリンコの分際で生意気なのですよっ!

 

「あ、ちょこちゃん、やっほー!」


 そんなやりとりが中の文香先輩にも聞こえちゃったみたいで、先輩が歌うをやめてこちらに手を振ってきたです。


「ほら! アリンコが大きな声を出すからバレちゃったじゃないですかー!」

「自分のせいっスか!?」

 

 うん、ひゃくぱーアリンコが悪いとちょこは睨みつけながら食堂に入りました。

 するとそれまで誘導灯しか灯ってなかった食堂の一部、ちょうど先輩がいる場所にだけ明かりがついたのです。見るとアリンコが壁のスイッチを操作してました。

 アリンコの奴、ようやく自分の役割を理解したようで――。

 

「凄く歌が上手なんスねー! 自分、感動したっス!」


 え? アリンコまで中に入ってくるですか!? こいつ、やっぱり自分の役割ってものが分かってないのです。

 ここはちょこと文香先輩でお互いにこれから頑張っていこうねって話をする流れだったじゃないですか! なのにアリンコときたら……ホント空気が読めない子なのですよ。

 

「えへへー。お歌は昔から好きなんですよぅ。だから落ち込んだ時は、こうやって歌うことにしてるんですぅ」

「落ち込んでる……やっぱりタイガー先輩に言われたこと、気にしておられたんッスね」


 アリンコが申し訳なさそうに眉を下げました。

 そうそう、先輩の非礼は後輩がフォローするもんですよ。ここはきちんと謝罪と賠償を要求するです。

 

「でも、タイガー先輩は皆さんのことを思って、あんな厳しいことを言ったんス。それだけは分かって欲しいッス」


 来たですよ! ブラック企業お得意の「お前のことを思って厳しいことを言ってるんだ」理論! そんなの、こっちのモチベを下げるだけってのがどうして分からないですかね!?

 

「うん。それは分かってるから大丈夫だよぅ。アリンコちゃん、先輩の想いのいい子だねぇ」

「え? いや、そんな自分は……えへへ、アリンコちゃんなんて呼び方、なんか照れるっス。アリンコでいいっスよ」


 むぅ。文香先輩はちょっと甘すぎるのです。こら、アリンコ、調子乗んな!

 

「あのっスね、これはここだけの話なんスけど、タイガー先輩が文香さんにとりわけ厳しいことを言ったのには訳があるんスよ」

「そうなのぉ?」

「実はタイガー先輩も、昔は神官クレリックだったっス」

「マジで!?」


 驚きのあまり、思わず会話に入っちゃったですよ。

 あの悪口の権化が神官!? ちょっと想像がつかないのです。

 

「タイガー先輩ってああ見えてお寺の娘さんらしいっス」

「ああ、なるほどぉ。だったら神官になるのは当たり前ねぇ」

「だけどですよ、今は確か武闘家って聞いているのですよー」


 そう、バカ虎は魔力を攻撃力に変えて拳で叩き込む武闘家だって、つむじから聞いていたのです。

 でも昔は神官だったってどういうことですか?

 

転職クラスチェンジしたっス。ある程度レベルが上がって、さらにその素質があったら職業クラスを変えることが出来るっスよ!」

「マジですか!? そんなの、杏奈先輩からは何も聞いてないのですよー」

「指導教官は戦闘の基本的なことだけを教えるのが役割っス。転職どころか、普通はある程度戦えるようになったのを見届けたら終わりっすよ」


 実際、バカ虎も別の学校に指導教官として出向いていたらしいですけど、最初の戦闘だけを見て「ほな、あとは自分らで頑張りやー」って一週間で帰ってきたそうなのです。バカ虎、さすがに一週間は短すぎなのですよ!

 

「まぁ、それはともかくッス。先輩も昔は神官だったから、文香さんの気持ちはよく分かってるっス。そのうえで文香さんには上を目指してほしいと、あんな厳しいことを言ったに違いないっスよ」

「はいー。あ、ちなみにタイガーさんはぁ、どうして武闘家になれたんですぅ?」

「あ、先輩のお寺って拳法とかをやっちゃうところらしいっス」

「すごく納得の理由なのです」


 てか、それなら最初から武闘家をやればいいのですよ、神官なんて似合わないものじゃなくて。

 

「そうなのですかぁ。はぁ、でも私は別にこれと言って何も……」


 文香先輩が、またちょっとしょんぼりしちゃっいました。

 多分、転職クラスチェンジシステムがあると聞いて、先輩は希望を感じたはずなのです。

 ところがバカ虎と違っていいところのお嬢様な先輩には、これといって特別な才能が……あ!

 

「何を言ってるです! 文香先輩には歌があるじゃないですかー!」

「お歌?」

「さっき聞いていて、とても心が癒される感じがしたのですよー。だったら歌に魔力を込めたら……」


 回復はもちろんのこと、歌によってはRPGではお約束の能力強化状態バフだって出来るはずなのです!


「そうかぁ。私の歌の力でみんなを助けられるかもしれないねぇ!」


 文香先輩の表情が笑顔で一気に弾けたのです!

 良かった、先輩にはやっぱり笑顔が一番似合っているのです。

 

「確かにそんな職業クラスがあると聞いたことがあるっスよ!」

「やったのです! だったら先輩なら間違いなくその職業に転職出来るですよ!」


 ちなみにアリンコ、その職業の名前は?

 

「えっと、多分、歌姫ディーヴァだったはずっスよ、ネーミング師匠!」


 ディーヴァ……なんだかどこかで聞いたことがあるような単語ですけど、きっと気のせいなのですよ!


【小泉千代子編 完】

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