第25話:やるしかないんです

「……と、ともかく、や」


 まさかのネーミング敗北にショックを隠し切れないタイガーさんが、それでもなんとか本来の目的を思い出してくれて、その口を開く。

 

「あんたら、もうちょっとやるんかと期待しとったんやが、全然あかんな」

「…………」

「あんなんでは琵琶女を取り戻すどころか、ダンマスにも出られへんわ」

「…………」

「今のうちに諦めて、滋賀県へ帰った方がええと思うで」


 言うまでもなく評価は散々だった。

 ただでさえ口が悪いタイガーさんの辛辣な言葉が、私たちをめった刺しにする。

 

 もちろん、悔しい。

 悔しいに決まってる。

 でも、今の私たちに言い返せる言葉なんてなかった。


 それぐらい、私たちは何もできなかった。琵琶女のダンジョンで腕を磨き、一階のボスだって倒せるまでになったのに、万女ここでは全く歯が立たなかった。


 その事実を、悔しいけど受け止めるしかない。

 受け止めなきゃ前には進めない!

 

「……ほぅ。ここで負け犬らしくすごすご帰ってくれたらと思っとったんやが、帰らんかー。そうかー、あんたら、よっぽどボロクソに言われたいみたいやなぁ」


 私たちが何も答えず、それでも顔を降ろすことなく耐え続けるのを見て、タイガーさんがニヤリと笑った。

 

「そやったらうちも遠慮せずに言わせてもらうでー。まず戦士ファイターのあんたや!」


 そう言ってタイガーさんは彩先輩を指さす。

 

「戦士って言ったら、パーティの攻撃の要や。そやのにあんたがこのパーティの中で一番足を引っ張っとる。理由は言わんでも分かるやろ?」

「……ええ」


 彩先輩は顔を引き攣らせながら、ただ一言だけ答えた。


「はっきり言っとく。あんたの魔力の低さはパーティにとって致命的や。なんでそんな魔力で放課後冒険部をやっとるんかは知らんけど、ここで辞めた方が仲間の為やで」

「……ッ!」


 彩先輩が何かを言い返そうとタイガーさんを睨みつけて、それでも必死に我慢して歯を食いしばる。


 彩先輩の弱点、それはパーティの中で一番魔力が低いこと。

 魔力が全ての異世界ダンジョンでは、それはとんでもないハンデだ。

 それを先輩は「自分が琵琶女を守るんだ」という信念と根性で乗り越えてきた。

 それを私たちは知っている。だから、先輩に「辞めた方がいい」なんて言わないし、思ったことすらない。

 

 だけどタイガーさんは違う。

 何も知らないタイガーさんからしたら、彩先輩は単なるパーティの足を引っ張るメンバーにしか思えないのだろう。

 

「…………」


 彩先輩は何も言い返さなかった。

 ただ悔しさを噛みしめるように視線を地面へと向けた。

 

「それからその隣のあんた。三年生みたいやけど言わせてもらうで。あんた、本当に戦う気、あるんか?」

「え?」

「見てたら分かるわ。あんた、騎士ナイトのくせに戦うの好きやないやろ?」


 どういうことだろう、私には咄嗟にタイガーさんの言っていることが分からなかった。

 友梨佳先輩はこれまでも騎士ナイトとして、常に前線で戦っていた。

 その先輩に戦う気がない?

 そんなはずない!

 先輩は派手な攻撃こそしないけど、敵の攻撃を受け流して隙を作り、そこを他のメンバーが突くという戦術はとても有効で……あ、あれ、そういえば友梨佳先輩がモンスターを斬りつけることってあったっけ?

 

 私は必死に記憶を辿ってみるけれど、先輩が積極的に自分から剣を振るう姿をほとんど見つけることが出来なかった。

 

「その剣は見せかけか? 騎士のくせして自らはほとんど攻撃せえへんなんて、さっきの戦士ファイターといい、半人前にもほどがあるで」


 投げかけられるタイガーさんの言葉に、私は見てしまった。

 友梨佳先輩の端正な顔が、今まで見たことないぐらい大きく歪むのを。

 そしてそんな表情を見られたくないのか、彩先輩に続いて友梨佳先輩まで俯いてしまった。

 

「次にそこのおっぱいお化けのすっぽんぽんねーちゃん、あんたは一体何をしとったんや?」

「ふえぇ? えーと、私は神官クレリックでぇ」

「そんなん、すっぽんぽんになる前の大層な姿を見てたら分かるわ。てか、あんた、何もしとらんかったな? みんなが必死に戦っとるのに、あんたときたらその馬鹿でかいおっぱいを揺らしながら、ただ応援するだけやったやないか」

「えー? でもぉ、みんなが状態異常になったらすぐ回復してあげようと思ってぇ」

「そやかて、みんなが戦っとるのに何もせえへんとかありえんやろ。負担が他の仲間より少ない分、戦況を把握してみんなに指示を出すとか……あー、すまん、今話しといて気づいたわ。あんたのそのかったるいしゃべり方で指示なんか出せるわけないわな」

「うー、ひどいぃぃ」


 タイガーさんに言いやられて、文香先輩はとうとうしくしくと泣き出してしまった。

 でも、タイガーさんはそんな文香先輩には目もくれず、次にちょこちゃんへと標的を変える。

 

「さっきはよくもネーミング対決で恥をかかせてくれたな、一年坊主!」

「ふん! 火の玉ストレートなんてネーミングセンスで勝てるって思い込んでいた方がどうかしてるですよー!」

「なんやて! お前、今完全に全阪神タイガースファンを敵に回したで!」


 信じられへん、こいつはとことんやったらなあかん、とタイガーさんが小さく呟いた。


「お前の攻撃、見とったでぇ。放った弓矢を魔力でコントロールして死角から襲うって、お前、アホなん?」

「ちょ!? ちょこのどこがアホなんですかーっ!?」

「そやかてそんなことしといて外しとるやないか、お前。それをアホと言わずして、何をアホと言うねん?」

「そ、それは……」

「ええか、攻撃は当ててこそ、や。当たらんかったら意味がない。そして当てるのに一番有効なんはスピードや。うちのアリンコの攻撃を見とったやろ。圧倒的なスピードで敵を逃がさへん。必殺技の火の玉ストレートかて」

「あ、先輩、火の玉ストレートじゃないっス。ブリトラの炎っス!」

「やかましいわ! ともかく必殺技の威力がある攻撃でさえ、相手に回避出来へんほどのスピードを持っとる。それに比べてお前のはなんや? あんなひょろひょろな弓矢、うちやったら寝ててもけれるわ!」


 ぎぎぎっとちょこちゃんが歯ぎしりするのが聞こえた。

 でも、言い返しはしなかった。

 多分、したくても出来なかったんだろう。それぐらいタイガーさんの指摘は文字通り的を射ていた。

 

「よっしゃ。さっきのを倍返ししたったわ」


 ちょこちゃんの様子を見て留飲を下げたタイガーさんは、続いてつむじちゃんに視線を移す。

 

「つむじ、今さらやけど、やっぱりお前、琵琶女やのうて万女うちに来るべきやったな」

「…………」

「まぁ、爺さんから琵琶女に行けと言われて断ることが出来へんかったのは分かるけど……えらい差がついとるで、つむじ」

「……あい」

「今からでも遅うない。万女うちへ転校するべきやと思うで」

「…………」


 つむじちゃんが万女からスカウトされていたのは知っている。

 でも、今やつむじちゃんは私たちにとってかけがえのない仲間……一緒に私たちで杏奈先輩を、琵琶女を取り戻そうと誓った仲間だ。


 だから今さら転校なんてありえない!

 

 なのにつむじちゃんはタイガーさんからの誘いを断らず、ただ無言だった。

 戦闘前の様子といい、万女に来てからのつむじちゃんはどこかおかしい。


 もしかしたら……と嫌な想像を膨らませてしまい、私はぶんぶんと頭を振った。

 

「そして最後に相田千里……って何ヘドバンしとんねん?」

「え?」


 タイガーさんはいちいち言うことが大袈裟だ。私はただ考えたくもない未来を振り払うために頭をふっていただけで、ヘドバンなんかしてないもん!

 

「お前のことは琴子さんから聞いとる。なんでもすごい魔力の持ち主らしいな」

「はぁ」

「そやからお前に注目しとったんやが……なんやねん、あの魔法の使い方は?」

「え? あ、あの、その、私、魔力の粘性が強いらしくてまともに魔法を放出できないんです。だから杏奈先輩があの方法を考えてくれて」

「あー、杏奈の奴、また中途半端なもんを教えよって。ええか、あんたの魔法な、アレではあかん。今の方法やと多分本来の三分の一、下手したら五分の一ぐらいしか威力が出てへん。自分でも思い当たる節があるんやないか?」


 ……実はある。

 気絶した杏奈先輩を助けようとした時のことだ。


 あの杏奈先輩を一瞬で魔力枯渇に追い込んだ黒い霧の鞭を、私は杖から直に魔力を叩きこむことで次々と撃退した。あれはきっと普段使っているノック魔法とは比べ物にならない威力があったはずだ。

 あの時は火事場のくそ力的なものが働いて高レベル魔法が使えたのかなと思ったけれど、もしかしたら普段からそんな魔法を使っているにも関わらず、小石に一度魔法を移してから飛ばすノック魔法では本来の威力を発揮できないのかもと最近ちょっと考えていた。

 

「いくら魔力が高くてもなぁ、あんな魔法ではとてもやないけどダンマスでは通用せえへん」


 タイガーさんが心を砕こうと厳しく論じ始める。

 

 でも、申し訳ないけど私の頭は

 

「そもそもあんたら、チームプレイだってバラバラや。どうせ大まかな約束事しか決めてへんねやろ。戦闘ってのはいかに自分の流れで戦えるかが大事なんや。それやのにあんたらときたら出鼻を挫かれた途端にドタバタするわ、つむじのファインプレーでなんとか立て直せたかと思いきや、今度は自分たちの攻撃が当たらへんことに焦って相手にペースを握られてしまうわ、まったく基本が出来てへん」


 俯くみんなにタイガーさんの言葉が容赦なく降り注ぐ。

 誰も、何も言えなかった。

 泣いていた文香先輩さえも声を押し殺して黙り込む。


「どや。ええ加減、どんだけ自分らが未熟やったか分かったやろ? では改めて言うで。あんたらの学校はうちらが必ず救い出したる。だから、あんたらはもう諦めて滋賀の田舎に」

  

 しばしの静寂の後、再び口を開いたのはやはりタイガーさんだった。

 私たちの実力不足を散々思い知らしめたことで、再度提案を持ちかけてくる。

 その表情はそれまでの険しさが取れ、むしろ憐れみを含んだ慈悲の色さえもが浮かんでいた。きっと今度こそ私たちがそれを受け入れると思っているに違いない。


 だから。


「あの! 魔法を普通に飛ばせるようになったら私、強くなれますかっ!?」

 

 私は思いっきり遮ってやった。

 

「ちょ! 今はそんな話をしとらんやろ! 人の話をちゃんと聞」

「教えてください! 強くなれるんですかっ!?」


 話を無視されて、タイガーさんが額にぴきぴきっと血管を浮かび上がらせる。

 でも、ごめんなさい。

 私にとって大切なのは今の実力じゃなくて、秘められている可能性……もし魔力を飛ばせるようになれば私は、私たちは強くなれるのかってことなんだっ!

 

「……ああ、強ぅなる」


 憮然とするタイガーさんだけど、最後には折れて一言だけ呟いてくれた。

 それで十分だった。

 それだけで私は、私を奮い立たせることが出来た。

 

「ありがとうございます! だったら私、なんとしてでも魔力を飛ばせるようにします!」

「おいおい、んなこと言っても出来るか出来へんか分か」

「出来るか出来ないかじゃないですよ。やるしかないんです。だったら私、絶対魔力を飛ばしてみせます!」


 私は堂々と宣言してみせる。

 そんな私にいつの間にかみんなが顔を上げて微笑みかけてくれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る