第27話:乙坂文香編「全然思わないよー」

 【乙坂文香視点】


歌姫ディーヴァかぁ。うん、それなら私でもやっていけそうな気がするぅ。ありがとぉー、ちょこちゃん」


 本当のことを言うと、ずっと不安だったんだよねぇ。

 それはタイガーさんに言われたからじゃなくて、もうずっと前から。

 

 お父さんとお母さんからとっても大事に育てられてきた私。気が付いたら自分から何もしないうちに高校二年生になってた。

 多分これからも何もしないまま大きくなって、どこかの誰かのところに嫁いで、幸せな人生が待っているんだろうなぁって思う。


 そんな私にある日突然、放課後冒険部に入部できるほどの魔力があるってことが分かった。

 興奮したなぁ。全然思ってもいなかったもん。私にそんな特別な力があるなんて。


 お父さんたちは反対したけど、なんとか頑張って説得したよ。

 だって、すごくやってみたかったんだもん。

 これまでお稽古事はいっぱいやらされたけど、自分から何もしようとしなかった。その私が生まれて初めて自分からやってみたいと思ったんだぁ。

 

 放課後冒険部の活動は楽しかった。毎日がワクワクだった。

 でも。でもね。欲を言えば、せっかくだから私ももうちょっと活躍したいなぁって思ってたの。


 神官クレリックって職業クラスは、パーティが何か困った状態になった時の為に備える縁の下の力持ちさん。それは分かってるよ。

 だけど、その何かが起こるまではやることがなくて、みんなが頑張っているのに、本当にこれでいいのかなぁってずっと思ってた。

 

 もしかしたら私って本当はいなくてもいいんじゃないかな?

 そう思うと不安で仕方がなかった。

 

 だからタイガーさんにそのことをズバリ言い当てられて、でもどうしたらいいのか全然分からなくて思わず泣いちゃった。

 泣いたって仕方ないのにねぇ。

 今日は大切な試験ですっぽんぽんにもされちゃったし、またみんなに迷惑をかけちゃったなぁってそれからもずっと落ち込んじゃった。

 

 そんなふうに落ち込んだ時、昔からお歌を歌って気を紛らわせてきた。

 お歌は不思議で、歌っていると気分が落ち着いたり、元気が出てきたりするんだよね。


 誘導灯だけがぼんやりと光っている電気が落ちた食堂は、広くて、静かで、まるで誰もいないスポットライトが落ちたコンサートホールのよう。

 そこでひとり歌っていると、また明日から頑張ろうって気持ちになれただけじゃなくて、ちょこちゃんやアリンコちゃんのおかげで私のやるべきことまで見えてきた。

 

 ホント、お歌ってスゴい!

 これからは私の歌声でみんなを助けるんだぁ!

 そう思うと不安が一気に消え去って、純粋なワクワクだけが戻ってきたよ。


 本当にありがとね、ちょこちゃん。

 トロい私の為に色々と考えてくれて。いつも本当に本当にありがとう。

 

「あのねぇ、ちょこちゃん」 

 

 だから今度は私の番。

 たまには私もちょこちゃんを助けてあげなきゃ。先輩なんだしね。

 

「私、ちょこちゃんって凄いなぁって思ってたんだぁ」

「な!? き、急に何を言い出すですか!?」

 

 あ、ちょこちゃん、照れてる照れてる。かーわい。

 

「あのね、琵琶女でボスと戦った時のことを覚えてるぅ?」

「あの黒い煙の奴ですかー?」

「ううん、そっちじゃなくて、騎士のロボットみたいな奴ぅ」

「ああ。あれですか」


 あれがどうかしたですかーと首を傾げるちょこちゃんに、私はあの時のことを思い出しながら話した。


 あの時、いきなり彩ちゃんが吹き飛ばされて、私たちは完全に浮足立っていた。

 何が起きたのか、どうしたらいいのか分からなかった私たち。

 そのピンチからみんなを救ったのは、冷静に状況を見極めて指示を出してくれたちょこちゃんだったんだ。

 

「あの時、『ちょこちゃんってスゴい!』って私、思ったの。だってー、先輩の私たちが完全にパニくっちゃってたのに、ちょこちゃんだけはちゃんとしてたものー」

「そんなたいしたことじゃないのですよー。ちょこは普段からゲームばっかりやってるから相手の動きや攻撃でだいたいどんな奴なのかが分かりますし、後衛で敵の攻撃を受けないから冷静でいられるだけなのです」

「うん。でもね、私も同じ後衛なのにちょこちゃんみたいには出来なかったよぅ。だからね、今日、タイガーさんに言われて思ったんだぁ」


 タイガーさんは私に言った。

 戦況を把握してみんなに指示を出せ、って。

 

「ちょこちゃんなら、みんなをいつだって正しい方向へ導けるよぅ、って」

 

 でも、その役割は私には向いてないってこともタイガーさんは言った。

 うん、私もそう思うよぅ。

 でもね、タイガーさんが言ったってことは、その役割はとても重要なわけで、やっぱり誰かがやった方がいいんだろうなって。そしてその適任者は、ちょこちゃんしかいないって私は思うんだ。

 

「え? いや、ちょっと待ってほしいのです。ちょこは一年生ですよー。下級生が上級生に指示を出すなんておかしいのですー」

「でもぉ、ボスと戦った時は指示を出してたよぉ?」

「あれは状況が状況だったからですよー。そもそも文香先輩はちょこにあれやこれやと指示を出されて嫌だなぁって思わないですかー?」

「うん、全然思わないよー」

「……しまったのです、聞く相手を間違えたのです。うう、どうしてこういう時に限って生徒会の変態ふたりはいないですか!」

 

 生徒会の変態ふたり……うーん、ちょこちゃんって普段からそういうことを言うのに、どうして今さら上級生とか下級生とか気にするのかなぁ。

 

「おい、アリンコ。アリンコからも言ってやるです。下級生がそういうことをやるのはおかしいって!」

「うーん、自分は別にいいと思うっスよ。指示を出すのは接近戦を余儀なくされる前衛よりも後衛の方がいいっスし、後衛に上級生がいないなら下級生がやるしかないっス」

「後衛には文香先輩がいるですよ!」

「でも文香さんは歌姫に転職するわけッスから、歌うことで忙しいッスよ。とても指示なんて出せないっス」

「それはちょこだって同じですよー。ちょこだって弓矢を放たなきゃ……あ」


 ちょこちゃんが言葉を止めて何かを考え始め、そして私をじとーと見つめてきた。

 

「もしかして文香先輩、ちょこにも転職を勧めてるですかぁ?」

「うん。だってぇ私ひとりだけ転職するのってなんかアレだなぁって思ってー」

「アレってなんですかー! ちょこを巻き込まないで欲しいのですー」

「でも、ちょこちゃんだってタイガーさんから今のままじゃダメだって、アホだって言われてたしー」

「アホはあのバカ虎の方なのですよーっ!」

「タイガー先輩に向かってバカ虎とは……ネーミング師匠、怖いもの知らずにもほどがあるっスよ!」


 アリンコちゃんが信じられないものを見たって感じで、呆れた表情を浮かべた。

 けど、すぐに真顔になって、

 

「でも、自分も師匠の転職には賛成っス」


 と私の案に賛成してくれたよ。わーい!

 

「アリンコまで何を言い出すですか!」

「師匠、失礼を承知で言わせてほしいっスが、今の攻撃スタイルでは強い敵には通用しないっス」

「なっ!?」

「モンスターもバカじゃないっスから、スピードがない攻撃は危険を察知してあっさり回避するっスよ」

「で、でも、杏奈先輩はちょこのやり方でいいって褒めてくれたですよ!」

「うーん、自分は杏奈さんと直接お会いしたことないから正確なことは言えないっスが、多分師匠のモチベーションを考えて褒めてくれたんじゃないっスかね?」


 あー、確かに杏奈ちゃんならまずは私たちのやりたいようにやらせてあげようって考えそう。優しかったもんね、杏奈ちゃん。


「それに皆さんがダンマス出場を目指すなんてことも考えてなかったでしょうから、あまり厳しく教えなかったんだと思うっス」

「ねぇアリンコちゃん、ダンマスに出るのってそんなに大変なのぉ?」

「そうっスね。うちはなんせあのタイガー先輩が主将っスから、そりゃもうスパルタっスよー。基本的にすっぽんぽんになるまで毎日しごかれるっス」

「えー、すっぽんぽんなんて敵の攻撃をちゃんと躱して、魔力を使いすぎないように気を付けたらそうそうならないですよー」

「でも文香さんはすっぽんぽんになっちゃったッスよね?」


 はい、不覚にも真っ裸に引ん剝かれちゃいましたぁ。

 

「攻撃を受けなかったら大丈夫、魔力を使いすぎなければ問題ない、そう頭では分かっていても実際にすっぽんぽんにされてしまうほどの強敵と対峙した時にどう戦うか? そういう実戦を繰り返すことでより効果的な戦い方、観察力、思考力を鍛えるッス。万女は幸いにも放課後冒険部の強豪校ッスからね。先人の先輩たちのたゆまぬ努力のおかげでダンジョンも現在は七階層まであるんで、ほとんどの部員が常にギリギリの戦いが出来る環境にあるッス」


 七階層!? すごーい!

 琵琶女なんて一階層しかなかったもんねぇ。

 その一階で余裕綽綽な戦闘ばかりやっていた私たちと、いつだって勝てるか勝てないか分からない戦闘をやってる万女の人たちとの差はそりゃあ大きいわけだよねぇ。

 

「……ちなみに今日ちょこたちが戦った敵は何階層のヤツなんですかー?」

「アレは三階層の中で一番弱い奴ッス。ダンマスに出場する部員なら簡単に退治出来るレベルっすね」


 アリンコちゃんの言葉に、ちょこちゃんが手をぎゅっと握りしめるのが見えた。


「おっ! おふたりとも気合が入ってきたみたいっスね?」


 ふたり?

 あれ、ちょこちゃん以外に他に誰かいたっけ?

 言われて私はきょろきょろ周りを見渡し、最後に視線を膝元に落としてみた。

 そこにちょこちゃん同様、ぎゅっと握りしめる私の両手があった。

 あー、そうか。そうなんだ。私も落ち込むばかりじゃなくて、なんだかんだで悔しかったんだ!

 

 なんか妙に笑いたい気持ちになった。


【乙坂文香編 完】

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