第24話:ブリトラの炎
私たちの手で杏奈先輩を、琵琶女を取り戻す!
そのために私たちは万女にやってきた。
ここで私たちは強くなる。ううん、強くならなきゃならない。
だからこんなテストは簡単にクリアしなくちゃいけないんだ。
なのに……それなのに!
「もうっ! また外れた!」
彩先輩がここぞとばかりに狙いを定めて振り払った一撃を、猿モンスターはあっさりと身を翻して躱してみせる。
そこへモンスターの死角となる角度から、ちょこちゃんの弓矢が風を切って襲い掛かるも。
「どうして今のが当たらないですかー!? これ、絶対バグってるのです!」
これまた当たる寸前にモンスターがぴょんとその場からジャンプし、弓矢は空しくも地面に突き刺さってしまった。
魔力で軌道を操るちょこちゃんの弓矢は抜群の命中率を誇る。
そんなちょこちゃんの攻撃すら相手にしない輩に、私のノック魔法なんて当たるはずもない。
何度打っても外れてばかり。ならばと直撃を諦めて、ここは再びナパームみたいな範囲魔法に切り替えたいところなんだけど……。
「くっ、これだけ連続攻撃を仕掛けてもとらえきれないでござるかっ!?」
友梨佳先輩、彩先輩に加えて五人に分身したつむじちゃんが激しくモンスターたちとやりあっていて、戦場はすでに混戦状態。こんな状態でナパームなんて使ったら、みんなを巻き込んじゃうよぅ。
「み、みんなぁ、もっとよく狙って攻撃してぇー」
「文香君の言う通りだ! みんな、よく相手を観察して動きを読んで攻撃しよう!」
なかなか打破出来ない状況に文香先輩がアドバイスを送り、友梨佳先輩も指示を飛ばす。
でも、いっこうにクリーンヒットどころかかすりもしない状況に、みんなのイライラはますます募っていく。
あう、よくない。これは良くない雰囲気だよ。せっかくつむじちゃんのファインプレーで立て直したのに、「こんなはずじゃない!」って気持ちが強すぎてまた冷静さを欠いてしまっている。
どうすればいい?
どうすればこの状況を変えることが出来る?
爪を齧りながら懸命に考える。
杏奈先輩ならこんな時、どうやって――。
その時だった。
それまで私たちをからかうように回避行動に専念していた猿モンスターたちが、突如攻撃に転じてきた!
一匹が友梨佳先輩の脇をすり抜け。
もう一匹が彩先輩の頭を飛び越し。
最後の一匹も三体分身のつむじちゃんの連続攻撃すら軽々といなしつつ。
同じタイミングで前衛をすり抜けてきた三匹が、一斉にジャンプして私たち後衛に襲い掛かってきた!
そして。
「あー、ごめんなさぁい。やられちゃいましたぁ」
突然の襲撃に思わず目を閉じてしまい、身体を縮こませる事しか出来なかった私の耳に文香先輩の声が聞こえてくる。
どうやら三匹の狙いは文香先輩だったらしい。
目を開けるとすっぽんぽんになった文香先輩の前で、猿モンスターたちがからかうように両手を打ち鳴らし、地面をリズミカルにジャンプしてはしゃいでいた。
「はい、そこまでや。おい、アリンコ、あとは頼むで」
「分かったっス。先輩」
ダンジョンに亜梨子さんが鳴らした口笛がピィィィーと鳴り響く。
途端にすっぽんぽんの文香先輩を取り囲んでいたモンスターたちがぴたっと動きを止め、口笛を鳴らした亜梨子さんに向き直って「ぐるるる」と唸り声をあげはじめた。
その表情は私たちと戦っていた時とは違って、純粋な怒りに満ちている。
どうやら亜梨子さんの口笛は、モンスターたちの感情を逆なでするらしい。
だからその音を止めようとしてやって来るのを、亜梨子さんは逆に「引き寄せ」として活用しているようだ。
ウキィィィィィー!
唸り声をあげていた猿モンスターたちが怒声を張り上げて、亜梨子さんめがけて跳んだ。
怒りが力を引き出しているのか、そのスピードは私たちを相手にしていた頃よりも数段早い。
私たちはモンスターの動きを止めることどころか、「危ない!」と叫ぶことすらも出来なかった。
「……うそ!?」
でも、そんなのは全く必要なかった。
モンスターたちに向けた銃口から細い煙を揺蕩らせて佇む亜梨子さん。
轟いたのは、たった一発の銃声。
なのにそれぞれバラバラの方向から襲い掛かる三匹のモンスター全員が、弾かれたかのように上半身を大きく仰け反らせた。
「銃声は一発しか聞こえなかったでござる。なのにどうして?」
「それよりもあいつ、あの厄介なサルたちに攻撃を当てたですよー!」
さらに銃声が続けざまに、今度は何発も聞こえた。
そのたびにモンスターは不器用なダンスを踊らされ、徐々に三匹の距離が縮まっていく。
「はい、これでおしまいっス!」
攻撃で敵を弾き続け、ついに三匹が一か所に集まったところで、亜梨子さんは手に握っていたリボルバーからシリンダーを振り出し、空になった薬莢を地面に捨てた。
そして再装填の代わりに魔力を込めた左手のてのひらをぐっとシリンダーに押し当て元に戻すと、三匹に銃口を向けて引き金を絞り込む。
それは魔法でいうところのファイアーボールに似ていた。
だけど、そのスピードはまるで雷の魔法のように早く、威力に至ってはファイアーボールとはまるで比べ物にならない。
なんせたったの一撃で三匹の身体をまとめて軽々貫いたのだから。
「すごい……」
誰かが呟いた。
それが誰の呟きなのかは、分からなかった。
だって目の前の光景に、私はすっかり圧倒されてしまっていたから。
なんて……なんて力の差だろう。
私たちは攻撃を当てることすら出来なかった相手に一発も外さず、しかも一撃で三匹を纏めて葬ってしまった。
これが私と同じ一年生……これがダンマス常連校・万女の力……。
「はっはっはー。どや、滋賀の田舎もんたち、ビビったか? 今のがアリンコの必殺技、その名も『火の玉ストレート』や!」
唖然とする私たちにむかって、タイガーさんがドヤ顔を決めてくる。
「ちょ、先輩! その名前はさすがにどうかと思うッス!」
そんなタイガーさんに、弓道でいうところの残心のようにまだ射撃体勢を取ってた亜梨子さんが慌てて振り返り、文句を言い始めた。
「なんでや!? 火の玉ストレートやで? かっこええやん!」
「それは熱烈な阪神ファンの先輩だからっスよ。自分はもっと別の名前がいいと思うっス!」
「別のって例えばどんなのやねん?」
「そうっスね。例えばファイナルファイアーブラスト、とかどうっスか?」
「ファイナルファイアーブラストォォォ? あかんあかん、アリンコ、お前ネーミングセンスないわ」
「先輩には言われたくないッスよ!」
かくして始まるふたりの、どーでもいい口喧嘩。
今の戦闘に私たちが相当なショックを受けたのが分からないのかな?
……いや、もしかして分かっていてやってるのかもしれない。
「ふたりともいい加減にするのですよー」
そんなふたりのやりとりに我慢できず動いたのは、ちょこちゃんだった。
「なんや自分? 関係あらへん奴は黙っとけや!」
「そうっスよ。これは自分と先輩のお互いのセンスを賭けた負けられない戦いッス!」
とは言え、態度は大きくても背丈は小さいちょこちゃんに、この台風みたいなふたりを止めることなんて出来るはずも……。
「……ブリトラの炎」
と、不意にちょこちゃんがぽつりと呟いた。
「は?」
「なんスか、それは?」
「今の技の名前なのですよ」
「ブリトラの炎……なんかカッコイイっス!」
「くっ、確かに。そやけどこいつは他にも水属性でも同じような攻撃が出来るんや。そいつにはどんな名前を付けるんや?」
「ソーマの
「スゴイっス! めっちゃいいっス! ではでは、光属性の攻撃はどんな名前っスか?」
「カリ・ユガの光輝!」
「師匠! これからはネーミング師匠と呼ばせてほしいっスー!」
亜梨子さんが目をキラキラさせ、タイガーさんががっくりと地面に四つん這いとなる前で、今度はちょこちゃんがふふんとドヤ顔を決めた。
え? あ、あの、ちょっと。
そういう勝負じゃなかったよね、これ?
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