第二部:激闘! 大阪万博女学院編
第23話:どうしたの?
JR茨木駅を降りてバスとモノレールを乗り継いで辿り着いた万女は、万博記念公園に隣接していた。
緑が豊かで、梅田やミナミなんかと比べたら全然大阪って感じがしないけれど、モノレールに乗り込んだあたりからやたらと人が多くて大変だった。
どうやら近くにガンバ大阪がホームにしているサッカー場があるらしくて、今日の試合に駆け付けたサポーターたちらしい。
おかげで生まれて初めて乗るモノレールも、画像でしか見たことがない太陽の塔が森の合間からちらちらと見えた時も、こっちは慣れないぎゅうぎゅう詰めの車内でなんとか身を守るのに精一杯。感動も何もなかった。
「おー、よう来たなぁ。待っとったでー」
そんな思わぬ洗礼ですっかりくたくたになってしまった私たちを、万女の寮の前でひとりの女の人が迎えてくれた。
ちょこちゃんと同じぐらい背が低いものの、ボブカットの髪の毛をうっすら茶色に染め、笑顔で仄かに覗かせる八重歯がいかにもやんちゃそうな雰囲気を醸し出している。
「うちは二年の万女放課後冒険部部長、通称・爆裂タイガーや」
ば、爆裂タイガー!?
「お出迎えありがとうございます。私は琵琶女の二年、木戸彩です」
個性的なニックネームの自己紹介に戸惑う私。
でも、彩先輩は毅然とした態度で、タイガーさんと握手を交わそうと手を伸ばす。
さすがは根が真面目な彩先輩だ。相手のボケを華麗にスルー!
「お、なんや、滋賀県も端っことはいえ関西やろ? そんなかしこまった話し方やなくて関西弁で話そうや」
「え? ああ、はい」
「ああ、
でも、タイガーさんだって負けてはいない。彩先輩の対応を軽くからかってケラケラ笑うと
「んじゃ早速ダンジョンに潜ってみよかー」
と彩先輩の手を握り返すこともなく、代わりにまるで近くに散歩でも行こうかとばかりに言ってきた。
「あー、爆裂タイガーさん、すまないけどちょっと休ませてくれないかな。モノレールが人でいっぱいでね。満員電車とかに慣れてないボクたちは結構疲れているんだ」
「それは災難やったなぁ。でもあかん。体は疲れていても、魔力は満タン状態やろ。異世界ダンジョンでは魔力が全てや。あんたらがホンマにちゃんと戦えるかどうか、まずは見せてもらわんとな」
「ちょっと! なんなんですかー、その言い方。ホンマに戦えるかって、そんなの当たり前に決まって――」
「あんたら、事件の後はダンジョンに入っとらへんのやろ?」
タイガーさんの言い方に食ってかかるちょこちゃん。
その言葉を遮って、タイガーさんが話を続ける。
「ダンジョンで大変な目に
ほら、分かったら付いてき、とタイガーさんは私たちに背を向けて歩き始めた。
対して私たちの反応は様々だ。
先行するタイガーさんに追いつき、顔を真っ赤にして口喧嘩を始めるちょこちゃん。
同じく頭に来たらしい彩先輩も何か言い返そうと後を追おうとするも、両肩をすくめる友梨佳先輩に押し留められる。
文香先輩は相変わらずニコニコしてばかり。金持ち喧嘩せずってホントなんだね。
そして私とつむじちゃんは、と言うと……。
「タイガーさんって結構厳しい人みたいだね」
「…………」
「でも、あれぐらい厳しい方が今の私たちにとってはいいのかも」
「…………」
「……つむじちゃん、どうかした?」
普段はひと一倍人懐っこいつむじちゃんが、どういうわけか全然私の話に乗ってこない。どうしたんだろうと気になって顔を覗き込むと、ようやくそこで私が横に立っているのに気づいたかのように「え?」と目を見開いて驚いてみせた。
「あ、千里殿……も、申し訳ないでござる、何か言ってたでござるか?」
「え? ああ、うん。それよりどうしたのつむじちゃん、なんか具合でも悪いの?」
「……そんなことはないでござるよ。ただ、ちょっとモノレールで疲れてぼぅっとしてしまっただけでござる」
心配ご無用でござるよと、にっこり笑うつむじちゃんだけど、私にはなんだかその笑顔がとても無理をしているように見えて仕方がなかった。
つむじちゃんの様子がおかしい。
でも、本人が大丈夫だと言っている以上、タイガーさんに中止を求めるようなことは出来なかった。
「この先、異次元ダンジョン。放課後冒険部部員以外は入ったらあかんで!」と書かれた紙が貼られてある扉を抜け、万女のダンジョンへ。私たち全員が中に入ったのを確認すると、タイガーさんは
「あ、タイガー先輩、お疲れ様っス!」
そこで待っていたのは、カウボーイみたいな恰好をした女の子だった。
「準備はできとるかー、アリンコ」
「バッチリっスよ。こちらの方々が琵琶女の人たちッスね。どうも初めまして、自分は万女の一年生・
そう言って亜梨子さんは幅広のテンガロンハットを脱ぎ、首元で纏めた髪の毛をぴょこんと弾ませて頭を下げた。
よかった、普通の人だ。万女の人ってみんなタイガーさんみたいなのだったらどうしようって、ちょっと心配だったんだよね。
まぁ、呼び名はふたりともちょっと変わってるけど。
「ええか、今からアリンコがモンスターたちを引き寄せる。あんたらはそれを倒すんや。ただし、戦闘中にひとりでもすっぽんぽんになったら、その場で終了させてもらうで」
タイガーさんの説明はいたってシンプルだった。
ひとりでもすっぽんぽんになったら終わりってのはなかなか厳しい条件に思えるかもしれない。でも、誰かひとりが魔力枯渇しただけでパーティの戦力がガタ落ちになることはよくあるし、そうならないような立ち回りを琵琶女の頃から出来るだけ意識してきた。
それに。
「彩、すっぽんぽんにならないよう気を付けなよ」
「そういうお姉さまこそ、私を心配するあまり自分が真っ裸にされないでくださいよ」
「あのタイガーって人、ムカつくのです。ここはちょこたちの実力を見せつけて、ぎゃふんと言わせるですよ」
「みんなぁ、頑張りましょうねぇ」
みんなの気合も十分だ。
ただ。
「つむじちゃん! 私たちも頑張ろうね!」
「……ああ、そうでござるな……」
やっぱりつむじちゃんの反応はどこかおかしくて。
その歯切れの悪い返事同様に、表情もまるで入学式の日に話しかけた時みたくひどく緊張していた。
まさか……?
まさか、つむじちゃんに限ってトラウマなんて……そんなことない、よね?
「ではモンスターをおびき寄せるっスよー!」
つむじちゃんのことは正直、心配だった。
それでも私たちに許された時間はなく、やるしかない。
亜梨子さんが口笛を吹くと、しばらくして洞穴から猿みたいな小型のモンスターが三匹、ひょこひょこと体をリズミカルに揺らして現れた。
「相手ってアレなの? もしかして私たち、舐められてる?」
「千里君、いつものようにナパームで先制攻撃を仕掛けるんだ!」
先輩たちに言われて私は予め手にもっていた小石を上空に放り投げ、ナパームの魔法を充填させた杖で打った。
「ほぅ」とタイガーさんが呻る中、私の打った小石は低い弾道で三匹のモンスターたちの間へ飛んで行く。
ナパームは爆発で周りにダメージを与える広範囲魔法だ。
敵に直接当てるより地面で爆発させた方が範囲も広くなり、爆発によって吹き飛ばされた小石なども加わって与えるダメージは大きくなる。
だから今回も丁度三匹の真ん中で着地、爆発させた。これでそれなりのダメージを与え、モンスターたちに動揺と混乱を引き起こすことが出来る……はずだったんだけど。
「えっ!? ちょっと!?」
でも慌てたのは私たちの方だった。
爆発が起きた瞬間、モンスターたちがいきなりぴょんと大きく跳躍して散開し、ナパームの攻撃範囲から簡単に退避してみせたからだ。
一匹は左へ。
一匹は右へ。
そして最後の一匹はなんと私たちの頭の上を軽々と飛び越して、背後に回りこんできた。
「マズい! 後ろを取られたぞ!」
ナパームの爆発で動揺するモンスターたちに追い打ちしようと駆け出していた前衛の先輩ふたりが慌てて脚を止め、後衛の私たちの方へ戻ろうと地面を蹴る。
「きゃあ!」
そこへ左右に飛んだモンスターが、それぞれ先輩たちに再び大ジャンプで飛び掛かってきた。
「彩!」
辛うじて友梨佳先輩は剣でいなし奇襲から逃れたものの、彩先輩はまともに組みつかれ、そのまま地面に押し倒されてしまう。
そして馬乗りになったモンスターが彩先輩の顔に獣臭い息を吐きかけるのと同時に、鋭い爪を生やした右腕を大きく振りかぶった。
やられた!
一瞬、そう思ってしまった。
助けようって気持ちがあれば、体は勝手に動く。
だけど諦めてしまっては、体はどんなに命令してもまるで金縛りにあったかのように動かない。
目の前で彩先輩がやられてしまうのを、私たちは顔から血の気を引いた思いで見るしかなかった。
そう、彼女ひとりをのぞいて。
「キキィー!」
彩先輩の頭めがけて鋭い爪を振り下ろそうとしていたモンスターが、突然先輩の上から離れて大きくあらぬ方向へとジャンプした。
そのジャンプとほぼ同時に、モンスターが居た場所に銀光の一閃が走る。
「大丈夫でござるか、彩先輩!」
「ふぅ。危なかった。助けてくれてありがと、つむじ!」
つむじちゃんだ!
誰もが諦めたこの大ピンチに、つむじちゃんだけが諦めずに彩先輩のもとへ駆け付け、マウントを取っていたモンスターへナイフで切りつけたんだ。
あいにく攻撃はすんでのところで躱されてしまったけれど、こちらもまさに九死に一生を得た。それに。
「よくやった、つむじ君!」
「さすがは最強の甲賀忍者なのですよ!」
「つむじちゃん、すごーい!」
つむじちゃんの超超超ファンインプレーに、パーティの覇気も俄然上がった。
いきなりナパームを躱されてしまった時の動揺からも、おかげで立ち直れたように思う。
ホント凄いよ、つむじちゃん!
もしかしてタイガーさんが言っていたトラウマを抱えてしまったんじゃないかなと心配してたけど、杞憂でよかった!
「相手は素早いですよー。つむじ、分身して数の有利でなんとか対処するです!」
ちょこちゃんの指示につむじちゃんは頷くとたちまち五人に分身し、ひとりが友梨佳先輩のところへ、三人が後ろに回ったモンスターと対峙し、残ったひとりが彩先輩とタッグを組んだ。
「さぁ、ちょこたちも援護するですよっ!」
さらにちょこちゃんは弓の弦を引き絞り、文香先輩も何かあってもすぐ治療出来るように身構える。
初手は躱されてしまったけれど、私だって負けてはいられない。
私は小石をいくつか握りしめると、杖に新たな魔法を発動させた。
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