第22話:一生忘れない

 琵琶女の校舎異世界化は、私たちが思っていた以上に大ニュースとして連日テレビで取り上げられた。

 

 一般生徒や放課後冒険部員がダンジョンに捕らわれることは、過去にも少なからずあった。

 だけど昨年の全国大会MVPが捕らえられ、地下ではなく校舎までもが一気に異世界化したのは、今の放課後冒険部のシステムが出来てからは初めてのことらしい。

 

 加えて篠宮理事の、あの会見だ。

 その言動にマスコミは相当カチンと来たんだろう。どの番組でも「会見中にタバコを吸うなどという、ああいう非常識な人物が理事を務めていていいのか?」「事件の解決をまだ年端も行かぬ少女たちに丸投げというのは、とても組織のトップが下す判断ではない」等々、篠宮理事への非難が飛び交った。

 

 だけど多分それは敢えてそうなるように、篠宮理事が仕向けたことなんだと思う。

 何故なら理事への非難が強まる一方で、実際に事件を引き起こした私たちに関する報道はほとんどされなかったからだ。

 悪いのは杏奈先輩との約束を破って、独断で早朝のダンジョンに潜ってしまった私たち。なのに報道では早朝練習中の不幸な事故という扱いをされていて、同情されることはあっても咎められることはなかった。

 

 もし本当のことを素直に公表すれば、今頃私たちはありとあらゆる人たちから非難の的にされていたことだろう。

 そのことを想像すると、ぞっとする。

 知らない人たちから罵られるのも辛いけど、なにより怖いのは琵琶女に通うみんなから非難の目で見られることだ。


 琵琶女が異世界化されてしまった以上、生徒はそれぞれ近くの学校へ一時的に転校することになってしまった。

 一応部活の大会には琵琶女として出れるらしいけど、練習する場所はおろか部員だってバラバラに転校してしまい、チームを組むことすら難しい部活もある。


 全部私たちのせいだ。

 あの時はこんなことになるなんて思ってもいなかったけれど、私たちは結果としてみんなに恨まれても仕方がないことをしてしまったんだ。

 

 その罪は重い。

 私たちはなんとしてでも償わなきゃいけない。

 



「それじゃあ元気でね、千里ちさ


 事件から十日後。

 私たち放課後冒険部員は、土曜日のJR琵琶湖線守山駅下り方面のホームにいた。

 

「大阪人に滋賀県民だからって馬鹿にされないようにしなよ」

「そうそう、ただでさえ千里ちさはどんくさいところがあるんだから」


 そう、私たち放課後冒険部員は琴子さんの勧めで、大阪の大阪万博女学院、通称・万女ばんじょーにまとめて一時転校することにしたんだ。

 万女と言えば、つむじちゃんが元々入学する予定だった放課後冒険部の強豪校。ここでみっちり鍛えられて、レベルを上げ、ダンマスに出る!


 そして杏奈先輩を、琵琶女を、私たちの手で取り戻すんだ!

 

「じゃあ行ってくるね」


 私は米原発加古川行の快速に乗り込み、見送りに来てくれた中学時代からの友達に別れを告げる。

 クラスメイトは誰も見送りに来てくれなかった。

 私だけじゃなく、つむじちゃんや、ちょこちゃんだって放課後冒険部であるにもかかわらず、だ。


 でも、その気持ちは分かる。

 せっかく琵琶女に入ったのに、一学期が終わるのを待たずして転校させられる羽目になったんだもん。

 その原因を作ってしまった私たちに会いたくないって思うのも当たり前だと思う。

 

 そしてそれは先輩たちも同じみたいだった。

 琵琶女全員のお姉さまとして人気を誇る友梨佳先輩にだって、わざわざ見送りに来てくれたのはほんの数人だけ。それもどうやら生徒会関係の人たちだけのようだ。

 彩先輩が何度も何度も深々と頭を下げていた。

 

 電車がゆっくりと動き出す。

 土曜日だけど結構空いていて、私たちは入り口付近の二人掛けの席に友梨佳先輩と彩先輩、四人掛けの席に残りがまとまって座ることが出来た。


 誰も、何も話そうとしなかった。

 話し合いならこの一週間、十分にしたということもある。でも見送りの数の少なさが、改めて私たちの立場をいやがうえにも思い知らしめてくれたからだろう。


 文香先輩はぼんやりと外の景色を眺めている。

 ちょこちゃんとつむじちゃんはスマホゲームをやっているけれど、いつもはうるさいふたりが今日は嘘のように無口だった。

 ちらりと先輩たちのふたり席を覗き込む。

 彩先輩が友梨佳先輩の胸に頭を埋め、体をかすかに震わせていた。

 

 寂しい旅立ちだ。

 だけど今の私たちに必要なのは嘆くことじゃない。この想いを力に変えることだ。

 挫けそうになった時、今の気持ちを思い出して奮い立たせられるよう、しっかりと心に刻み付け――。

 

 ぶるるるるる。

 

 不意に、膝の上で握りしめる手の中で何かが震えた。

 スマホだ。いつの間にか握りしめていたらしい。

 スリープを解除してみると、さっき駅で見送ってくれた友達からLINEのメッセージが来ていた。

 

『そろそろ瀬田駅を超えた頃? だったらしばらく見れないんだから、瀬田川を見ておくといいよ』


 瀬田川は琵琶湖から唯一流れ出る川で、瀬田駅と石山駅の間を流れている。

 下りの電車では左の窓から瀬田川が、右の窓からは琵琶湖を見ることが出来るけど、正直言って滋賀県に住んでいる自分たちからしたらどちらも見慣れていて、いくらしばらく別の土地で暮らすと言っても今さら何も感傷的になるものでもないんだけど……。


「あ、みんな! 見てぇ!」


 だけど文香先輩の声につられて窓の外へ視線を向け、私たちは一瞬声を失った。

 キラキラと太陽の光を反射して輝く瀬田川に、多くの琵琶女の生徒を乗せたボートが何隻も横一列になって浮かんでいた。


 後で聞いた話だと近くのボート部のある高校や大学に話をして、この日の為に乗せてもらったらしい。

 そして何台もののボートを並べて掲げた横断幕には、こう書かれていた。

 

 

 

『頑張れ琵琶女放課後冒険部! 学校を絶対取り戻そう!』

  

  


 その力強く書かれた文字を。

 横断幕を片手に掲げながら、もう一方の手を大きく振って見送ってくれるみんなの姿を。

 この光景を、私たちはきっと一生忘れないだろう。

 そして改めて誓った。

 私たちは強くなって戻って来る。

 必ず! 

 全部を取り戻す為に、強くなって帰って来るんだ!



《第一部:発足! 琵琶女放課後冒険部編 完》


 第二部は12月23日月曜日18時から連載スタートの予定です。よろしくお願いします!

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