第20話:ごめんね
黒い煙の放つ鞭が、手を繋ぐみんなの先頭を行く私めがけて襲ってくる。
だけど私は走る足を止めることなく、自由になった右手に握りしめた魔法の杖を振りかぶり、
「灰になれ!」
と、鞭が私の身体を貫く前に叩き込んだ。
上手く行くかどうかなんて、私にも分からない。
ただ、ちょこちゃんを助けに行った時、ミノタウロスが燃え上がった魔法は当時の私のレベルでは使えないはずの、高レベルなものだったと聞いた。
だから今回も同じようなことが出来ないか、いつもみたいに小石をノックする魔法じゃなく、直接杖から魔力を叩き込めばなんとかなるんじゃないかって思ったんだ。
無謀な賭けだ。
きっと杏奈先輩が聞いたら怒って止めたことだろう。
でも、私はこの賭けに乗る。そのうえで全力で勝ちに行くと決めた。
負けるつもりなんてこれっぽっちもない。
だからかな、私のその執念が黒い煙の鞭を一瞬にして灰にした。
「すごいでござる、千里殿! でも、時間がもうあまりないでござるよ!」
「分かってる!」
私は足の動きを止めず、ひたすら襲い掛かってくる煙の鞭に杖を叩き込み続けた。
灰になれ。
凍てつけ。
地に戻れ。
吹き飛んでしまえ。
私はまだまだ経験の浅い冒険者だ。杏奈先輩みたいに敵の力を見極めて、魔力を最小限に抑えて攻撃するなんてことは出来ない。今も一振り一振りに全開で魔力をつぎ込んでいる。
それでも不思議とまだまだ行けるような気がした。
実のところ、私はまだ自分の魔力の底を知らない。
みんなは何度か戦闘ですっぽんぽんになってしまい、それで自分の魔力量を推し量っているらしいけど、私は一度も魔力が枯渇したことがなかったからだ。
敵にやられてもすっぽんぽん、調子に乗って魔力を使いすぎてもすっぽんぽん。そうなれば魔力抵抗がなくなって、私の身体は一瞬にして
それでは杏奈先輩を救えない。大胆かつ慎重な行動が求められる……のだけれど、今の私はただただ必死だった。
「杏奈、起きて!!」
そして必死なのは私だけじゃない。みんなも同じだった。
私は杏奈先輩にめがけて走りながら、敵の攻撃を迎撃するので精一杯。だから代わりにみんなは気絶している杏奈先輩の意識をなんとか取り戻そうと、声を張り上げてくれた。
地面にうつ伏せ状態で横たわり、ぴくりともしない杏奈先輩。
だけどもし意識を取り戻し、こちらに向かって少しでも移動してくれたら作戦成功の可能性は高まる。
「……うっ……」
そんな杏奈先輩の身体に反応が見れたのは、残り一メートルにまで近づいたものの煙の鞭攻撃も苛烈さを増して、なかなかその先に進めない状況でのことだった。
「よかった! 気が付きましたか、杏奈先輩!」
「あ、あたし、一体……え、千里ちゃん!?」
「はい! 私です。助けに来ました!」
私はほっとしながら煙の鞭をこれまでやってきたように一瞬で灰にしてみせる。
「すごい……」
「先輩、動けますか?」
「え? あ、う、うん。……はぁ、ダメ。どうも麻痺状態を付加されちゃったみたい」
「仕方ないですね。だったら手をこちらに伸ばすことは出来ますか?」
「うん。それぐらいだったら……」
杏奈先輩がうつ伏せの状態から手を私に向けて精一杯伸ばす。
私も同じように手を伸ばしたら届くことが出来るだろう。時間ももうほとんど残されていない。だったら。
「お前たちみんな消えてなくなっちゃえ!」
私はこれまでで最大限の魔力を杖に込めて、思い切りモンスターの本体めがけて放り投げた。
込めたのは闇属性にはクリティカルを、それ以外の属性にもある一定の威力を持つ光魔法だ。
杖が周囲の煙の鞭をたちまち光に包みこみ、浄化しながら飛んでいく。
その勢いは留まるところを知らず、煙のモンスターは私への攻撃をやめて慌てて自分の目の前に濃い煙の壁を何枚も築き、飛んでくる杖を防ごうとした。
やった!
今のうちに安奈先輩を回収して脱出するんだ!
「杏奈先輩!」
私は先輩に空いた右手を伸ばした。
同時に文香先輩の緊急脱出魔法が、私の右肩から腕を伝って指先へ浸透していくのが分かった。
ナイスタイミング! これなら手を握ってからほとんど間を置かず脱出できるはず。
煙のモンスターもまだ自分の身を守るのに手一杯で、私に鞭を飛ばしてはこない。
「千里ちゃん……」
杏奈先輩が微笑んだ。
私も精一杯右手を伸ばしながら笑顔で答えた。
先輩の指先に届くまであと数センチ。ふたりの指が、お互いを求めあうように小さく震えていた。
でもその震えもあともう少しで止まる。
「ごめんね」
だけど。
不意に先輩の指が、どうしてかわずかに遠のいた。
「……先輩?」
指先から視線をあげる。
今もまだ穏やかな微笑みを浮かべる先輩の顔の向こう、お尻のなだらかな稜線を越えた先に延びる素足に、いつの間にか一本の煙の鞭が絡みついていた!
「先輩!」
「ごめんね。あとは任せたよ」
杏奈先輩! そんなこと言わないで!
あともう少し! あともう少しだけ手を伸ばして!
そう叫ぼうとした瞬間、先輩の身体が一気に遠くへと引き摺られ、私の視界はダンジョンから見慣れた部室へと変わっていた。
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