第18話:そんなの関係ないんだけどねっ!
「ふぁ。さすがに四時起きは辛いなぁ」
友梨佳先輩が、その端正な顔つきも台無しになるくらい大きな欠伸をする。
「ちょこなんて二時間しか寝てないですよぅ」
「ええっ!? ちょこ殿、昨日は魔力を回復させる為、0時には必ず寝てくださいって話だったではござろう?」
「ちゃんと0時には寝たですよー。でも2時には魔力が全回復したので、起きてゲームをしたですー」
「すごーい。自分で魔力が全回復したって分かるんだぁ」
「文香、きっとアレは適当なことを言ってるだから。真に受けちゃダメ」
彩先輩がうーんと背伸びしながら、文香先輩にツッコミを入れる。
「だけどちょこは負けず嫌いだからね。ちゃんとボスと戦えるだけの魔力は回復してきていると思う」
「そういう彩はどうなんだい?」
「もちろん! 私だって完全回復ですっ、お姉さまっ!」
パーティの攻撃の要にして、誰よりも魔力が低い彩先輩。その回復具合が一番心配だったけれど、どうやら杞憂だったようだ。
「じゃあ行こうか!」
友梨佳先輩が右手で石造りの扉に触れる。
その言葉を合図に、私たちはそれぞれの得物を握りしめた。
「あれ……ですかね?」
扉の向こうはこれまでと違って地面が石畳になっていた。
広さは入り口の大広間と同じくらいで、ちょっとした体育館ぐらいはある。
壁にはやっぱりたいまつが整然と並べられていて、揺らめく暖色系の明かりが全体を照らしていた。
その中央にこれまで見たことがない類のモンスターがいる。
ううん、モンスターというより、その姿はまさしくファンタジーに出てくる騎士そのものだ。
重厚な金属製の鎧を全身に纏い、肩に担ぐ剣も幅広の大型なもの。タキシード姿の友梨佳先輩とは比べ物にならないぐらい、騎士っぽい敵だった。
「動かないでござるな?」
「寝てるのかも」
「あー、朝早いからなぁ」
モンスターたちもやっぱりこの時間帯は寝ているのだろうか、そんなことを考えていると突然、兜の奥に潜む騎士の目が光った。
と、同時に肩から持ち上げた剣を力いっぱい地面へと叩きつける。
石畳がぶわっと盛り上がり、そして。
「うわわわっ!」
まるで津波のように盛り上がった石畳が、私たちめがけて襲ってきた。
「おおっ! ショックウェーブですよ! まるでゲームみたいなのです!」
「関心してる場合かっ!」
慌てて散開して攻撃をよける私たち。
そこへ騎士モンスターが「ぶおんっ!」と不思議な唸り声をあげると、地面をまるで滑るかのように突進してくる。
うええ、なにそれ、足にローラーブレードでも履いてるの? そんなのズルい!
「くっ! 私が一番魔力がないって分かってるの!?」
狙われたのは彩先輩だった。
ショックウェーブを避けるため横っ飛びした彩先輩めがけて、騎士が大剣を振りかぶって猛スピードで迫る。
「でも、あまり舐めないでよねっ!」
地面に着地するやいなや素早く態勢を整え、文先輩は剣を頭付近で両手に持った。
とは言っても、スピードに乗って突進してくる相手をまともに受け止めるのは、さすがに分が悪すぎる。
ここは攻撃を受け流して相手の隙を作り出し、そこを友梨佳先輩に攻撃させるつもりなんだろう。
ミノタウロスなどの力の強いモンスター相手に有効なコンビネーションだ。
でも。
「きゃああああああああ!」
相手の大剣を絶妙な剣捌きで受け流したはずの彩先輩が、何故か悲鳴をあげた。
そして剣による一撃は免れたものの、騎士の突進をもろに食らってしまい、激しく吹き飛ばされる。
「彩!」
想定外な展開に友梨佳先輩が思わずその名前を叫ぶ。
でも、ここは異世界ダンジョン。
どれだけ危険な攻撃を受けても、私たちは魔力を奪われるだけで死ぬことはおろか、怪我すらもしない。
だからあれだけまともに吹き飛ばされても彩先輩は大丈夫なはずだ。
それに先輩の胸当てや腰回りのガードなども消滅していないから魔力だって枯渇していない。
まだまだ彩先輩は戦える状態にある。
「彩! しっかりしろ!」
なのに彩先輩はぐったり地面に横たわり、起き上がる様子がなかった。
ええっ!? 一体これはどういうこと!?
たちまち言いようのない不安や恐怖が心の底から込み上げてくる。
もしかして朝のダンジョンはいつもと勝手が違う?
それともボスの攻撃は例外?
いや、そもそも彩先輩は大丈夫なの? ピクリとも動かないけど、もしかして――。
嫌な予感が頭をよぎる。
だから彩先輩に慌てて駆け寄り、その上半身を抱え上げる友梨佳先輩の背中めがけて騎士モンスターが襲い掛かろうとしているのに、気付くのが一瞬遅れてしまった。
「友梨佳先輩、危――」
しまったと思いながらも必死に伝えようとする私。
びゅん!
その声を切り裂いて、一本の弓矢が飛んでいく。
いつもなら敵の死角へ一度飛んでから急カーブを描いて飛ぶ弓矢。それが今は一直線に騎士モンスターと友梨佳先輩のコンタクト地点めがけて急ぐ。
ギョルルルルッ!
飛んでくる弓矢に気付いたモンスターが友梨佳先輩への攻撃を諦め、石畳に溜まった埃を舞い上げて急転回して回避した。
「ふう、危なかったのですー」
後ろでホッと溜め息をつくちょこちゃんの声。でも、安堵したのはこの一言だけ。すぐに険しさを取り戻すと
「文香先輩、彩先輩を魔法で回復させるのです! 友梨佳先輩はすぐに迎撃態勢を取るです! 大丈夫、彩先輩は単に気絶状態になっただけだと思うのですよ!」
と指示を出した。
「気絶状態?」
「ゲームではよくあることなのです。異世界ダンジョンでは死ぬことも怪我もしないとは聞いてるですが、気絶しないとか病気しないとかは言われてないのです。そこに文香先輩の
なるほど。言われるまで気が付かなかった。状態異常って例えば眠っちゃったりとか、目が見えなくなっちゃったりぐらいだとばかり思ってた。
「そしてあの機動力と、今のちょこの攻撃をわざわざ避けたことから、あのボスキャラの属性とかも分かったのです」
「え?」
「あいつは多分機械騎士なのです。そして機械は水に弱いから、水属性持ちのちょこの攻撃を嫌がったのです。だから奴は土属性なのですよ」
「すごい! たったあれだけのことでそこまで分かっちゃったの!?」
「ふふん。伊達にゲーマーやってないのです!」
ちょこちゃんがどうだとばかりに胸を張った。
普段はゲームに命を捧げちゃってるダメ人間(ごめん、ちょこちゃん)だけど、今はなんだかとても頼もしく見える。
おかげでさっきまでの動揺も収まった!
「だから風属性のつむじは相性が悪いのです。つむじ、無理に攻撃せず、彩先輩が回復するまで時間を稼ぐですよー」
「あい!」
「それからあいつの剣も受け止めちゃダメ。体が痺れるよっ!」
見ると彩先輩がまだふらふらしながらも立ち上がって、声を上げていた。
「なるほど。剣に麻痺能力を付随しているですか。さすがはボスキャラなのです」
「でも、剣を受け止めちゃ駄目って。さすがにそれはつむじちゃんでも時間稼ぎはキツくないかな?」
私はつむじちゃんにあまり無茶しちゃだめだよーと私は声を張り上げる。
だけど。
「拙者なら大丈夫でござるよー。忍者の本領発揮でござるー」
そう言って五体分身するつむじちゃんは、まるでおちょくるみたいに騎士モンスターに近づいたり離れたり、敵の振るう剣をかがんだりジャンプしたりして躱しながら翻弄し始めた。
「では、この間に作戦を考えるですよー。ここはやっぱり生徒会のお二人方に囮になってもらい、その隙をちょこの弓と千里の魔法で攻撃するのが正攻法だと思うです」
「でも、剣を受け止めるだけで麻痺しちゃうんだよ。友梨佳先輩たち大変すぎじゃないかな?」
「かと言ってつむじは動きがトリッキーすぎですから、つむじに当てず敵を狙うのは難しいのです」
むぅ。せっかく状況を立て直すことが出来たのに、攻め手がないとはままならないなぁ。
どうすればいいんだろ? 杏奈先輩はみんなが協力すれば勝てるって言ってたけど、一体どうすれば?
と考えていたら、ふとこの戦闘が始まる時に見た光景が頭の中に浮かんだ。
「もしかしたらこれ、使えるかも……」
私はちょこちゃんに話してみる。
話を聞き終えたちょこちゃんは目が点になっていた。
「では、そろそろ拙者は退散するでござる。御免!」
こちらの準備が整うまで騎士モンスターの相手をひとりでこなしていたつむじちゃんが、魔力で作った煙球を出して地面に投げつける。
たちまちもくもくとした煙が辺りを包み込み、騎士がぶんぶんと大剣を振り回して煙を晴らした時にはすでにつむじちゃんの姿は消えていた。
いや、姿を消したのはつむじちゃんだけじゃない。私を除くみんなが壁の松明をいくつか吹き消して闇を作り、そこへ姿を隠していた。
つまり騎士モンスターの視界にはっきり映るのは私だけ。戦士や騎士のような耐久力もなく、忍者のような素早さもない、ただ魔法を使うことにだけ秀でた私だけだ。
ぶおおおぉん!
騎士モンスターが威勢のいい大声を吐き出した。
そして私めがけて一目散にダッシュ――と思いきや、意外にもジグザグに方向を変えて突進してくる。
魔法の狙いを定めさせないつもりなのか。モンスターながらもボスクラスになるとそれなりに知性があるのかもしれない。
私はそれでも自分に落ち着けと言い聞かせて、杖を持つ手が震えそうになるのを我慢して、その時を待った。
騎士の姿がどんどん近づいてくる。
敵の能力は、その石畳のショックウェーブと移動力と麻痺を付加する大剣のみ。
そしてショックウェーブを使わず、私に猛ダッシュで近づいてくるってことは大剣で仕留めるつもりなんだろう。
うん、ショックウェーブは一回躱しているからね。敵ながらいい判断。
でも、私の勝機は敵が勝ったと大剣を私めがけて振り下ろす瞬間なんだよね。
さぁ、こい。
もっともっと近づいてこい!
ジー! ガシャン! ジー! ガシャン!
ところが。
ところが、だ!
彩先輩の時はダッシュしながら振り上げていた大剣をいつまでも持ち上げないなと思っていたら、あろうことか両腕が突然変形し始めて、にわかに大きな盾を作っていくよ!
え、ちょっと待って。ここに来てまだそんな奥の手があるの!?
でも、こっちの魔法を警戒して盾を出すのは分かるけど、だとしたらどうやって私に攻撃を……って、ああっ!
しまった、すっかり忘れてた。こいつ、そういえば彩先輩を吹き飛ばしていたじゃないか! 戦士である彩先輩ですら気絶しちゃったんだから、私なんて当たったらひとたまりもないぞ。
……って、でも。
「そんなの関係ないんだけどねっ!」
私は杖を目前に迫った騎士モンスターに向け……たりはせず、杖の下で石畳をつつく。
途端にドーンと凄まじい勢いで相手の足元の地面がまるでげんこつのような形で盛り上がり、騎士モンスターを上空高く吹き飛ばしてやった。
うん、相手が使う石畳のショックウェーブを思い出して、これなら魔法の放出が苦手な私でも出来るんじゃないかなって思ったんだよね。
とは言え、こいつみたいに遠距離から攻撃するのは無理かなと思ったから近距離で使ったんだけど、上手くいってよかった。
……まぁ、思っていた以上に派手に吹き飛ばしたので、自分でもちょっと引いてるけど。
ガシャンッ!
勢いよくかち上げられた騎士が不格好に手足をジタバタさせ、地面に墜落した。
そこへみんなが一斉攻撃。
こうなってはさすがのボスもひとたまりもなく、あっという間に灰となって消えた。
「やった! ボス撃破!」
「まぁ、ボクたちにかかればざっとこんなもんだ」
「これで杏奈先輩のお別れ会が出来るでござるなっ、千里殿!」
飛びついてくるつむじちゃんを抱えながら私は「うんっ!」と大きく頷こうとして。
……その肩越しに見てしまった。
いつの間に現れたのだろう、部屋の中央で黒い煙が何かに纏いつくように、あるいは何かを覆い隠すかのようにして渦巻き、黒煙の塊を形成している。
初めて見るけれど、私にはそれがモンスターだと分かった。
だって感じるんだ。そいつがこっちをじっと値踏みするかのように見つめているのを。
恰好の獲物を前にして舌を舐めずり、涎を垂らしている様を。
「ん? どうしたでござるか、千里殿?」
「……な、なんでもないよ。それよりも」
なんだかとても嫌な予感がする。早く文香先輩の
「あれ? なんか変なのが現れてますよー?」
だけど、その存在に気付いたちょこちゃんの声に、みんながそいつへと振り向く。だ、ダメ、そいつを見ちゃ――。
「ダメ! みんな早くここから脱出して!」
その時だった。杏奈先輩が突然、姿を現した。
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