第17話:杏奈先輩には内緒
ボスキャラが居座る部屋まで、ついにやってきた私たち。
もしこの戦闘に勝てたら、それは私たちにとって色々な意味で大きな節目になるだろう。
ダンジョンは成長するにつれて階層を増やしていく。
でも、生徒が迷い込んでしまうのは必ず第一階層なんだ。
だから私たちが第一階層のボスキャラを倒せる力を持つことは、琵琶女の安全を守るという意味でひとつの目標だった。
最悪、ボスのところに迷い込まれても実力で助けられるわけだからね。
それに雑魚モンスターとの戦いに慣れたのはいいけれど、同時に最近はレベルも上がらなくなってきた。
今の私たちのレベルは大体12から13ってところ。最初のうちは一日にひとつぐらいあがっていたレベルも、今では一週間に一度程度だ。
でもボスを倒せばレベルは格段に上がるし、今よりずっと強いモンスターたちがいる第二階層に行けるのに大きい。
本来ならボスを倒しても第二階層が出来ていないパターンがほとんどらしいけど、私たちの場合はほら、私がミノタウロスに食らった一撃で大地震が起きているから、まず間違いなく第二階層が出来ているんだそうだ。
そう思えばあの時の経験も無駄ではなかったね、うんうん。
そして最後にもうひとつ。
私たちがボスを倒した時点で、杏奈先輩の指導員としての役目は終わる。
それはつまり杏奈先輩が元の学校へ帰ってしまうってことだった。
「とうとうここまで来たでござるな、千里殿」
「うん、来ちゃった、ね……」
「……やっぱり杏奈先輩と別れるのは辛いでござるか?」
「…………」
「心の準備が出来てないなら今日は中断して、ボスと戦うのはまた明日でも」
「それはダメだよ、つむじちゃん。……だって」
私は石造りの扉の前に集まるみんなを眺める。
友梨佳先輩はボス戦を前にして少し緊張気味な彩先輩をリラックスさせようとイチャつき始めたし、文香先輩は「ようやく私にも出番が来るみたいですねぇ」と喜んでいるし、ちょこちゃんは「だから文香先輩が活躍するようなことがあったら困るのです」と窘めつつもその表情はどこか楽しそうだ。
みんながみんな、今日ここでボスを倒そうと意気込んでいるのが分かる。そこに私が個人的な感傷で水を差すわけにはいかない。
「大丈夫だよ。だって決めたじゃん。もう一度、今度はダンマスで杏奈先輩に会いに行こうって」
そう、だからこれは最後じゃない。もっともっと成長した私たちを見てもらう為にはどうしても必要な、一時的なお別れなんだ。
「みなさん、そろそろ行きませんかっ!?」
私は自ら声を張り上げて、みんなに呼びかける。
じゃれあってる生徒会の先輩コンビも、お互いマイペースな文香先輩とちょこちゃんも、そして勿論つむじちゃんも私を見て笑顔で頷いてくれた。
よし、行こう! 次のステージに、今こそ行くんだ!
「はい、残念。今日はここまでね」
ところが盛り上がっている私たちを杏奈先輩があっさりと引き留めた。
「え?」
「え、じゃないよ。みんな、ちょっと強くなったからってボスを舐めすぎ。いい、ボスと戦うには万全な状態じゃないとダメなの」
「そうは言うけどね杏奈君、ボクたちはまさしく絶好調だと思うが?」
「でも雑魚モンスターと戦って魔力は少なからず消耗してるでしょ? そんな状態でボスとやりあって、あっという間にすっぽんぽんにされてもあたし、助けてあげないからね?」
彩先輩が「うっ」と唸り声をあげた。
レベルアップを重ねたおかげで彩先輩の魔力は一か月前と比べると格段に増えた。でも、やっぱり前衛だから攻撃を受ける割合も多く、つまりはやっぱりどうしても他の人たちと比べてすっぽんぽんになる確率が高い。
それでも文香先輩みたいにすっぽんぽんになってもあっけらかんとできる性格だったらいいんだけど、まぁ普通はいくら女の子同士と言っても見られちゃいけないところは見られたくはないわけで。
さらにパーティを引っ張らなきゃいけない先輩という自覚も加わって、彩先輩は自分がすっぽんぽんになってしまうことを誰よりも嫌悪していた。
「てことで今日は撤収。はい文香、
「はーい。仕方ないですねぇ」
文香先輩が座標記憶魔法を唱えると、扉の前の地面に緑色の光を放つ魔法陣が描かれる。これで次の冒険はこの魔法陣から始めることができるんだ。
そして渋々みんなで輪になって手をつなぐと、文香先輩が緊急脱出魔法を詠唱した。
この魔法は少し時間がかかる。
文香先輩だけなら一瞬なんだけど、みんなも一緒となると先輩の魔力で全員を包み込まなければいけないからだ。ちなみに魔力が体を包み込むスピードは、相手の持つ魔力に反比例する。つまり魔力が枯渇したすっぽんぽん状態だとこれまた一瞬だけど、私みたいに持っている魔力が大きいとその分だけ時間がかかるのだ。
繋がる手から手へ文香先輩の魔力がみんなを包み込んでいく。
そして文香先輩の対面に位置する私の身体も全部満たされ、ようやく発動。
次の瞬間にはもうそこはダンジョンから部室に変わっていた。
「うー、みんなごめんっ! 私にもっと魔力があれば今日中にボスを倒せたのに」
彩先輩が申し訳なさそうに両手を胸の前で合わせて謝る。
「謝る必要はないのですよー。ちょこやつむじも魔力をそこそこ使ってましたし、あのまま戦っていたら今頃ちょこたちも丸裸だったかもしれないです」
「あい。それに拙者たち、確かに調子に乗ってたでござるから、彩先輩だけが謝るのはおかしいでござるよ」
そうそうとみんなして頷く。異世界ダンジョンに慣れてきたとはいえ、やっぱりまだまだだなぁと思うと同時に改めて杏奈先輩の存在の大きさを感じた……って、あれ?
「そういえば杏奈先輩はどうしたのかな?」
「ん? あ、ホントだ。戻って来てないな」
いつもは杏奈先輩も自分でエスケイプの魔法をつかって戻ってくるのに、一体どうしたのだろう?
ちなみに杏奈先輩のレベルは63。まず万が一なんてないと思うんだけど……。
「なんか嫌な予感がするぞ」
「お姉さまもですか? 実は私も……」
え? 嫌な予感ってそんなまさか杏奈先輩に限って――。
と、私が一抹の不安に顔を顰めていると、突然杏奈先輩が戻ってきた。
良かった、やっぱり何もなかったんだ!
「ちょっと杏奈! 戻ってくるのが遅かったけど、まさかあんた」
「あはは。ちょっとね、ボスがどんな奴なのか確かめてきた」
やっぱりーとハモる先輩たち。逆に私は予想外な答えに、思わずポカンと口を開けた。
「杏奈先輩、さすがにそれはズルっこじゃないですかー」
「ごめんごめん。でもあたしはみんなの教官だからさー、事前確認ぐらいはしておかないとなーと思って」
「で、どんなボスだったでござるか、杏奈先輩?」
「それは明日のお楽しみ。でも、大丈夫。みんななら協力して戦えば絶対に勝てるよ!」
杏奈先輩がまだ呆けている私の肩をぽんっと叩いた。
思わぬ杏奈先輩のフライングがあったけれど、とにもかくにも琵琶女ダンジョン第一階層のボスとの決戦は明日。
今日のところはゆっくりと休み、明日、万全の状態で挑む!
私は家に帰っていつもより長めにお風呂へ入ると、お母さんの作ってくれた料理をしっかりと食べてから宿題に取り掛かった。
終わったら今日はもう寝ちゃうつもりだ。いつもはもっと夜遅くまで起きているけど、明日のことを考えたら早く寝るに限るよね。
でも、何故かこういう時に限って宿題の数が多い。悪戦苦闘しているうちに、もう十時すぎだ。
まいっちゃったな。これじゃあ明日の一年生組はちょっと寝不足ぎみかもしれない……って、そもそもちょこちゃんたち、ちゃんと宿題をやっているのかな? 最近はあの真面目なつむじちゃんまで例のゲームアプリに夢中だからちょっと心配だ。
ブルル。ブルル。
なんて思っていたら、つむじちゃんから珍しくLINE電話がかかってきた。
「どうしたの? ゲームだったら今日はやれないよ? 宿題が多いでしょ、今日」
「宿題なんて何をのんきなことを言ってるでござるか、千里殿は!」
ゲームのお誘いに先手を打ったつもりが、つむじちゃんの気迫にあっさり跳ね返されてしまう。
「大変なことが分かったでござる!」
「大変なことって……一体どうしたの?」
「いいでござるか千里殿、落ち着いて聞くでござる。どうやら杏奈先輩は明日、前の学校に戻ってしまうそうなのでござるよ!」
「え?」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。
だって明日はボスとの戦いが待っている。ボスを倒すまでは杏奈先輩は私たちの指導員として付き添ってくれるはずだ。
「だから明日の部活が終わったら即、東京に帰ってしまうらしいでござる」
「そんな……。でも、どうしてそんな急に?」
「友梨佳先輩の話によると、もともとはもっと早く帰る予定だったそうでござる。それを安奈先輩はあともうちょっと、もう少しだけってずっと粘っていたものの、とうとう向こうの学校から即刻戻ってくるよう命令されたそうでござるよ」
「でも、これじゃあ杏奈先輩のお別れ会が……」
今日も学校帰りにつむじちゃんと話してたんだ。杏奈先輩のお別れ会をやろう、って。
明日ボスを倒したら、近いうちに杏奈先輩は東京の学校に帰ってしまう。だからその前にこれまでのお礼を兼ねてお別れ会をやろう、どこのお店がいいかな、って。
それが明日の部活が終わったらすぐに帰っちゃうなんて、そんなのあまりに急すぎるよ!
「一応先輩たちも杏奈先輩のお別れ会を考えていたそうで、明日のお昼休みに集まろうって話が」
「……つむじちゃん、魔力って日が変わってからの睡眠で回復するんだよね?」
「へ? ええ、そうでござるが……」
「みんなの魔力、四時間もあれば回復出来るかな?」
「……千里殿、一体何を考えているでござる?」
「あのね、こうなったら明日の朝の五時頃に集まって、みんなでボスを倒しに行こう! そうすれば放課後は丸々杏奈先輩のお別れ会に使うことが出来るよ!」
「それはダメでござる! 放課後以外はダンジョンへの潜入は禁止と杏奈先輩から言われているではござらんか。杏奈先輩が許してくれるはずがないでござる」
「朝だって授業が始まるまでは昨日の放課後の続きだよ?」
「それは屁理屈でござるよ」
「屁理屈でもなんでもいいよ。とにかく、ボスを攻略するために明日の朝五時に学校に集合! 杏奈先輩には内緒にして」
「ええ!? で、でも……」
「朝練の生徒がダンジョンに迷い込む可能性だってあるよね? これはそんな時のための練習だよ。それにこれから杏奈先輩がいなくなって、私たちだけで琵琶女のダンジョンを攻略していかなきゃならないじゃん。だから杏奈先輩がいなくても大丈夫ってところを最後に見せよう! そして先輩をびっくりさせようよ!」
杏奈先輩に内緒で朝のダンジョンへ潜る案に最初は反対したつむじちゃんだったけれど、それでも最後にはなんとか同意してくれた。
それから私はLINEでこのアイデアをみんなに送って支持を得ると、すかさずベッドに潜り込む。
時間は夜の十一時。四時には起きるから、都合五時間しか寝れない。魔力は回復するけど、体力は厳しいかもしれない。
でも、それでも、やるんだ! やれるんだってところを証明してみせなきゃいけないんだ!
目を瞑る。宿題は……まぁ、明日学校でやればいいや。
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