第16話:ドヤ顔にさせたい
「昨日は失敗だらけですみませんでした!」
次の日のお昼休み、私は杏奈先輩を除いたみんなに部室へ集まってもらい、開口一番昨日の謝罪をした。
「失敗は誰にでもありますよぅ。だから気にしないでぇ、千里ちゃん」
私を気遣って、すぐ慰めてくれる文香先輩は本当にいい先輩だと思う。でも。
「その様子だとなんか吹っ切れたみたいだね、千里君」
「ウジウジしてても何も始まらないもんね。元気になってくれて良かった」
私の変化に気づいて微笑んでくれる友梨佳先輩、彩先輩も本当にいい人たちだ。
「千里、もしかして昨日のことを謝るためだけに、ちょこたちを集めたのですかー?」
だとしたらちょこは猛烈抗議するのです、とちょこちゃんが今この時もスマホでゲームをやりながら文句を言うけれど。
「ちょこ殿、あまり千里殿を見くびってもらっては困るでござるよー」
つむじちゃんがにししと笑って、私に話を続けるように促してくれた。
「あのですね、昨日のあんなことがあった後でアレなんですけど」
そして私は満面の笑顔で提案する。
「私たち、
放課後冒険部全国大会、通称ダンマスは年に一度、富士山の麓にある富士女子高等学校のダンジョンで開かれる全国大会だ。
放課後冒険部の存在意義は各校の治安維持だけど、この時ばかりは全国の高レベルパーティが集まって一斉にダンジョンの攻略を目指す。
とは言っても富士女子高等学校のダンジョンは広大すぎて、今まで完全攻略されたことはないらしい。
昨年、杏奈先輩が
「ダンマス出場、か。ふむ、まだ部が出来て間もないボクたちには少し高すぎる目標な気もするけど。どう思う、彩?」
「私はいいと思う。でも、どうしてダンマスに出場したいと思ったの、千里?」
彩先輩の問いかけに私はきっぱりと答える。
「杏奈先輩の指導に報いるためです」
とは言っても、これだけでは私の言いたいことは完璧に伝わらない。
だから私は昨日の公園で杏奈先輩から聞かされたことをみんなにも話した。
「あー、杏奈って勇者になっても向こうの友達からそういう扱いされてるんだ?」
「仕方ないと思うのです。杏奈先輩は相当なおっちょこちょいさんですからー」
ちょこちゃん、辛辣だなぁ。
てか、先輩たちも後輩の軽口を窘めることなく「そうそう」って頷いてるし。
……良かった、杏奈先輩をこのミーティングに誘わなくて、本当に良かった。
「まぁ、それはともかくですね、私は私たちがダンマスに出場することで『どう? あの子たちをあたしが育てたんだよ』って杏奈先輩に自慢してほしいと思うんですよ」
あれ、どうしよう、なんか思ったほど上手く説明できない。
実際、みんなの反応もどこか微妙だ。
もっと単純に「私たちがダンマスに出場できるぐらい強くなったら、杏奈先輩も喜ぶと思う」ぐらいで良かったかな?
「……つむじちゃん、つむじちゃん、そういう自慢たっぷりな表情って何て言うんでしたっけ?」
文香先輩がつむじちゃんとこそこそ話をしている。
「うーんと、確か『ドヤ顔』って呼ばれてたように思うでござる」
つむじちゃんの返答に、文香先輩が「あ、そうそうー」と表情を開花させた。
「つまりぃ、千里ちゃんは杏奈ちゃんをドヤ顔にさせたいわけですねー。わー、私も見てみたいなぁ、杏奈ちゃんのドヤ顔」
「え? いや、ちょっと文香先輩、ドヤ顔って」
さすがにその表現はいかがなものか?
「ふむ。杏奈君のドヤ顔か、それはちょっと見てみたい気もするな」
「まぁ杏奈のことだからそれすらも笑われそうだけどね」
「ちょこは間違いなく笑い転げるです」
あれ、意外と好評?
かくして私たちは杏奈先輩のドヤ顔を見る為にダンマス出場を目指すことになった。
まぁ結果オーライ、かなぁ?
時間の流れるスピードは変わらない。
だけど何かに夢中になっている時は、どうしてこうも早く時間が流れていくのだろう。
琵琶女のダンジョン探索を始めてから一か月。
あっという間に過ぎ去ったこの時間の中で、だけど私たちは確実に強くなっていった。
ウモォォォォォ!
怒りの叫び声を轟かせて突進してくるミノタウロスが斧を高々と振り上げる。
狙われた友梨佳先輩は、それでもその場から一歩も引かずにレイピアを構え、振り下ろされた斧を絶妙に受け流して攻撃を鮮やかに回避してみせた。
「彩、頼んだよ!」
「任せて、お姉様!」
攻撃を躱されて斧を地面に深々と突き立ててしまったミノタウロス。がら空きとなったその脇腹めがけて、彩先輩が思い切り剣を振るう。
ヴォモモモモモモオオオオオ!
ミノタウロスが先ほどとは比べ物にならない悲鳴をあげた。
彩先輩の会心の一撃をモロに食らったんだ。相当なダメージなのは間違いない。
が、それでも痛みより怒りの感情が上回るミノタウロスが、やけくそ気味に斧をめちゃくちゃ振り回し始めた。
こうなると接近戦はリスクが大きい。
だから先輩たちは攻撃をもらわないよう十分な距離を開けつつ、ミノタウロスを牽制し、そして。
「ちょこの出番なのですよーっ! いけー、ブーメランアロー!」
ミノタウロスの後頭部を、ちょこちゃんの放った矢が寸分たがわず正確に貫いた。
今度は悲鳴をあげることなく、あっさり灰となって形をなくすミノタウロス。
目の前の彩先輩たちに集中していたミノタウロスは、どうして自分が死んだのかすら分からなかったんじゃないかなと思う。それぐらいちょこちゃんの矢は全然見当違いな方向に一度飛んで、ミノタウロスの死角に入ってからはその名の如くブーメランみたいに急激なカーブを描いてその頭を打ちぬいた。
「「「「「おー、お見事でござる」」」」」
そこへ五人に分身して同じく五体のハウンドヘルの相手をしていたつむじちゃんが、ぱちぱちぱちと拍手をして戻ってきた。
犬型のモンスターらしくすばしっこい攻撃が厄介なハウンドヘルも、甲賀忍者のつむじちゃんには敵わない。
最近はミノタウロスやオーガといった大型モンスターがハウンドヘルやゴブリンなどの小型モンスターを引き連れていることが多いけど、小型モンスターはつむじちゃんが分身してひとりで対応してくれるからとても助かっている。
「つむじこそ、いつもながらあっさり倒しちゃってたね」
「いやー、千里殿が相手の体力を削ってくれているからでござるよ」
彩先輩とつむじちゃんがハイタッチしてお互いの健闘を称えあいながら、でもどこか憮然とした表情を浮かべて私に振り返った。
「ってゆーか、次は広範囲魔法は使わないって約束だったよね、千里?」
「そうでござる。なのにどうしていきなりぶっぱなしたでござるか、千里殿!?」
「あはは……ごめん、いつもの癖でつい」
思わず苦笑いを浮かべながら謝る私。
そう、最近の私たちの戦術は、まず敵が密集している序盤に私が広範囲魔法ナパームを発動させた杖で小石を吹っ飛ばし、ある程度先制ダメージを与えてから始めるというものだった。
これはとても効果的で、つむじちゃんの分身と同じぐらい戦闘が楽になったんだけど、その反面この戦術ばかりに頼っていていいのか、もし今後魔法が使えない場面に出くわした時のことも考えておいた方がいいんじゃないかって話も出てきた。
そこで次の戦闘はナパームを使わないって約束してたんだけど……ホント、慣れって怖いよね?
「うー。最近は全然出番がなくてようやく誰か状態異常になるんじゃないかしらぁって期待してたんですけどぉ」
「それはさすがにどうかと思うのです」
しょんぼりとしながらも怖いことを言う文香先輩にツッコミを入れて、ちょこちゃんがさっきまでモンスターたちと戦っていた広場を後にして、次の洞穴の様子を伺いに小走りで走り出す。
「まぁまぁ、千里君が次こそちゃんと魔法を封印すればいいだけの話じゃないか。なんせダンジョンはまだまだ広――」
「キターーーーーーーッ!」
そして友梨佳先輩の声を遮って、洞穴の中から大声を上げてきた。
「ちょ! なによ、ちょこ。そんな大声を上げて。びっくりするじゃない」
「そうですよぅ。私なんて驚きのあまり、またすっぽんぽんになっちゃいましたぁ」
そう言って文香先輩が丸出しになった凶悪すぎるおっぱいをぶるんと震わせる。
放課後冒険部員は全国にたくさんいると思うけど、驚いてすっぽんぽんになっちゃうのはきっと文香先輩ぐらいだろう。
てか先輩、全国大会に行くまでにその癖は直してくださいよ?
「ちょこ殿、なんかあったでござるかー!?」
「うん! なんか石造りの扉があるですよー。これってもしかして!」
「石造りの扉!?」
その言葉にいち早く反応したのは、杏奈先輩だった。
遠くから様子を見ていたにも関わらず、杏奈先輩は私たちを追い越して洞穴に入っていく。
私たちも慌ててその後を追いかけると、確かに洞穴を10メートルほど進んだところで石造りの扉が行く手を塞いでいた。
今まで木製の扉なら何度も見かけた。でも、こんな石造りで頑丈そうな扉は初めてだ。
思わず杏奈先輩を見つめる。
目があった先輩が微笑んで言った。
「おめでとー、みんな。この先に第一層のボスがいるよ」
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